崩壊前夜、影が叫ぶ
シン視点
婚約式から――2年。
リディア様は16歳となり、すでに王子妃として完成しつつある。
静かな微笑、優雅な所作。
彼女の歩く道には、敬意と憧れの眼差しが並んでいた。
その傍らに立つ第二王子アイキム。
自然に、滑らかに――
“寄り添う位置”を奪っていった。
最初の頃は、それでもリディア様の隣に立てた。
道を歩くとき、言葉を交わすとき。
“侍従”とはいえ心が通じていると――そう思えていた。
けれど王子妃教育が進むにつれ、
少しずつ少しずつ、“場所”が変わった。
微笑みを向けられる回数が減る。
相談される事も減る。
声をかけてくれなくなる夜がある。
そして、誰より近くで仕え続けてきたはずなのに――
いつのまにか、2、3歩分の距離が、
“どうしても埋まらない深淵”に変わっていった。
それでも、耐えられた。
リディア様が幸福である限り――それだけで僕の生きる意味になったから。
……だが、あの日。
アイキム第二王子が暗殺されかけた。
その報を聞いた時、仄暗い喜びが湧いた。
(リディア様…)
けれど、駆けつけた時には――
治療の魔力が部屋を照らしていた。
リディア様が泣きながら、王子を癒していた。
その姿を見て……僕は、初めて理解した。
――ああ。
“あの方”は、もう僕より
アイキム殿下を先に想うのだ。
燃え上がる嫉妬。
狂うほどの焦燥。
けれど――
リディア様の微笑が、
僕をまた救ってしまった。
(僕の為ではない。
王子の為の笑顔だったとしても―)
そうやって、リディア様が笑顔になれば
いくらでも“許してしまう”のが―
僕という存在の弱さなのだ。
あの夜、眠れず王宮の屋根の上で空を眺めた。
夜風が冷たい。
目を閉じれば、胸の奥が痛くなる。
―僕の役割は“侍従”。
ならば、心もまた侍従として従うべきなのか?
主を愛し、支え、お守りしていくだけ……
……苦しい。
僕は――
リディア様に救われた。
“生きていい”と初めて言ってくれた。
生き方を教えてくれた。
その人の隣で笑うために――
僕はすべてを磨いてきた。
暗殺も諜報も護衛もできるようになった。
より速く駆けつける為に鍛えた。
どんな毒にも耐える体に仕上げた。
――それでも足りないのか?
僕では、届かないのか?
“侍従”という立場しか、
二度と与えられないのか?
誰にも聞こえない夜の静寂に、
声にならない叫びが落ちていった。




