17話 寄生蟲
次の区画は、召喚士向けの専門展示だった。
一般展示よりも踏み込んだ内容で、最新の召喚研究や、危険な幻獣への対処法などが紹介されている。
「何か耳寄りな情報あるかな」
ユディは期待しながら中へ入ったが、
「……」
入って三秒で足が止まった。
正面の壁に、巨大な注意喚起の掲示があった。
『!!注意!! 暴竜オセロ出現中!!!!!』
感嘆符まみれの赤い文字。
オセロらしき黒竜が、金色の目を意地悪く光らせ、こちらを見ている。
「お、さすが俺様。パネル一枚独占じゃん」
部屋にいた召喚士たちが、一斉にこちらを振り返った。
ユディはオセロの腕をつかんだ。
脱兎のごとく退室する。
「なんで逃げるんだよ。一言、挨拶しときたかったのに」
「なんて?」
「外で会った時、命が惜しかったら三秒以内に逃げろよ、底辺」
「ケンカ売らないで!」
気分は指名手配犯だ。
ユディは、はあ、とため息をつく。
「ユディ、今度はまた外へ行ってみない? かわいいものがたくさんあるよ」
ナイトは広場に設置された天幕を指差した。
飲食の屋台に交じって、土産物の販売所がある。
「うわあああ、いっぱいある……!」
沈んでいたユディの気分が、一瞬で浮上した。
幻獣のぬいぐるみや模型に、目を輝かせる。
「おまえ、そういうの焚き付けにできるくらい持ってるくせに、まだ買うわけ?」
「だって、カーバンクルはまだ持ってないもん!」
ユディは、額に赤い宝石のついた小獣の模型を手に取った。
「こういう、形の分かるものは大事なんだよ。
召喚するとき、幻獣の姿をより正確に想像するために必要で」
「両手に鷲掴みしてる時点で説得力うす〜」
「仕方ないでしょ! このケット・シーは珍しくお座り姿なんだから」
ユディの手は、早くも二体目の模型をつかんでいた。
「だいたいは立ち姿なんだよ。私が持ってるのも立ち姿だから、これは希少で」
「猫が立ってるか座ってるかで金払うなよ」
「関節の動きが分かる重要な資料!」
「召喚士って便利な言い訳だな」
オセロは呆れ返って、天を仰いだ。
その横で、ルジェが小さくうなずく。
「君の気持ちは分からなくもない。僕も杖を何本も持っているし」
「そういえば、いろいろ使い分けてるよね」
ナイトが言う。
「当然だ。杖の形状や媒体の材質によって、術の再現性や安定性が――」
「ルジェ、長くなるよ」
ナイトがにこやかに止めた。
「魔術バカに召喚バカ。分野は違えど似た者同士だよな、ボクちゃんとご主人サマは」
オセロは肩をすくめた。
「そういえば、ユディ」
ルジェは店を見回した。
「妹に土産をねだられているんだ。何かおすすめはないか?」
「妹さん? それなら――」
ユディはすぐに別の棚へ向かった。
「天使の羽根を模した羽ペンとか、人魚の涙のペンダントかな。
こっちのしっぽ飾りも、今流行ってるよ」
壁際には、さまざまな幻獣の尾を模した飾りがぶら下がっていた。
狼や猫、狐や竜など。
会場でも、腰につけている来場者をすでに何人か見かけている。
「おすすめは、やっぱりふわふわなのかな。かわいいよね!」
「これは……部分変化魔術を失敗したようで不名誉じゃないか?」
「え……そ、そうかな?」
ルジェの発言に、ナイトが肩を落とした。
「うちの子、ちょっと真面目が過ぎるみたいで……」
「苦労してんな、ママ天使」
しっぽ飾りの隣には、竜族に関連した商品が並んでいた。
模型や置物をはじめ、ポストカードやアクセサリーなど、品ぞろえは豊富だ。
「……オセロ単体の商品まであるんだな」
崩れた城の上で咆哮する、漆黒の竜の彫刻。
鎖を引きちぎる爪を象った、金属製のペンダント。
燃える街を背に、翼を広げた暴竜のタペストリー。
どれも妙に禍々しい品々を、ルジェは物珍しそうに眺め回した。
「俺様だし? 国一個貢がれたこともある超モテ幻獣ですし?」
「どんなファンだよ」
胸を張るオセロに、ルジェは冷めた目を向けた。
「ユディ、俺様のグッズならいくらでも買って良いぞ。許す」
「うーん……」
「ナニ、そのビミョーな反応」
「オセロ関連の商品って、かっこいいか、怖い感じのばっかりだから。あんまり好みじゃないんだよね」
一番無難なものといえば、黒い鱗のついたキーホルダーくらいなものだ。
ユディは難しい顔をする。
「もっと違うものがあれば欲しいんだけど」
「例えば?」
ユディは三秒ほど考え込んだ。
「……ヘソ天してるぬいぐるみ?」
「おまえ、どんな特殊性癖してんだよ」
「人を変態みたいに言わないで!」
その時、外から威勢のいい声が聞こえた。
「光絵いかがですかー! 来場記念に一枚どうぞー!」
光絵とは、光魔法で紙にその瞬間の姿を焼きつけた絵のことだ。
店を出ると、広場の一角に簡易撮影所があった。
撮影用の椅子や、数種類の背景パネル、小物が用意されている。
その脇には、できあがった光絵を飾るための額縁まで売られていた。
「わ〜! あのフェンリルの額、いいなあ〜!」
狼が大口を開けている額縁に、ユディは歓声を上げた。
絵を入れると、ちょうど人物が食べられそうに見える。
「オセロ、一緒に撮ろ!」
「ヤダ」
「なんで?」
「魂取られそう」
「いつの人!?」
お年寄りのような理由に、ユディは思わず突っ込んだ。
「大丈夫だから、撮ろ! 初契約記念に欲しい!」
「条件がある」
「なに?」
「あの悪趣味な額に入れるな。なんでこの俺様が、デカ犬に食われてるみたいにされなきゃならねえんだ」
ユディは大きくうなずいた。笑顔で請け合う。
「分かった! 今回のは虚鯨モーヴのお腹型の額に入れるね!」
「俺の話聞いてた?」
ユディはオセロを引きずるようにして、撮影所へ向かった。
渋っていた割に、オセロはいい表情で写ってくれた。
二人だけで撮った後、ルジェたちも加えて四人で撮る。
「光絵っていうものができて、よかったなあ」
「便利だよな」
「それもだけど、幻獣って記憶にしか残らないから」
幻獣の肉体は、幻界へ帰る際に霧散する。
剥がれた鱗や抜けた毛もすぐに消え、何一つ残らないのだ。
「こうして絵としてでも残せるの、嬉しいんだよね」
ユディはできあがった光絵を、しみじみと眺めた。
すると、親子連れがおずおずと近づいてきた。
「あのう……」
「はい?」
声をかけられたのは、ルジェだった。
母親はナイトを示しながら、尋ねる。
「お連れの方って、天使さん?」
「そうですが」
「やっぱり!」
母子そろって顔を輝かせる。
「不躾なのは承知なんですけど、握手していただけませんか?」
「ええと……」
ルジェはナイトをうかがった。
「本人が構わなければ」
「ぼくでよければ」
「ありがとうございます!」
親子はそれぞれ、ナイトの手を両手で握った。
どちらも満面の笑みだ。
ユディは少し離れたところで、ふふっと頬を緩ませた。
「やっぱり天使は人気だね。ナイトさん、高位の天使だから余計に」
「僕が契約者というわけではないから、許可を求められても困るんだよな」
ルジェは困り顔で、頭をかいた。
ナイトは護衛として派遣されているだけで、ルジェの契約獣ではないのだ。
「珍しがられるのは慣れてるが、握手まで求められたのは初めてだ」
「ここ、幻獣好きな人が集まってるからね」
会場は和気藹々とした雰囲気に包まれている。
来場者同士が話し合ったり、互いの幻獣に触れ合ったり。
博覧会は、展示を見るだけの場所ではない。
幻獣好き同士が交流する場所でもあった。
「天使と握手したからといって、別に加護があるわけでもねえのに。意味わかんねー」
「そこは暴竜と同感だ」
「みんな、綺麗なものには近づきたくなるんじゃない?」
ユディが言っている間にも、握手を求める人が一人、また一人と増えていく。
気づけばナイトの周囲に、小さな人だかりができていた。
さすがに、そろそろ応対に困り始めた頃。
わっと、広場の一角が湧いた。
「なんだ?」
「あ――たぶん、あれの時間だ」
ユディは会場案内の紙を開いた。
「天使たちの合唱会」
人波の向こうから、美しい少年少女たちが歩いてくる。
身にまとっているのは、古めかしい衣装。
背には、まばゆいほど白い翼が生えている。
頭に花冠を戴いた姿は、まるで絵画のようだ。
人々の口から、歓声と感嘆のため息が漏れる。
「幼いな」
「中位の天使だから」
天使たちは、舞台のある講堂へゆっくりと進んでいた。
ところが、途中で歩みを止める。
列の先頭にいた一人が、ナイトに手を振った。
「ナイト様!」
「お久しぶりです!」
他の天使たちも気づき、次々に声をかける。
「みんな、久しぶり」
ナイトも穏やかに手を振り返した。
「ずいぶん大人数だね。何をしているの?」
「ここで働く幻獣たちを、癒すお仕事をしております」
「ああ――」
ナイトは、展示や接客で働く幻獣たちを一瞥した。
「慣れない環境だと、疲れるものね」
「はい」
天使たちの合唱会は、その仕事の一環として催されているのだ。
「よろしければ、ナイト様もご一緒にいかがですか?」
天使の一人が、身を乗り出して誘った。
別の一人も同意する。
「久しぶりに、お歌をお聞きしたいです」
「ぼくはぼくで、仕事中だから――」
「行ってきたらいいじゃないか」
ルジェが勧めた。
「でも、ぼくの仕事はルジェの護衛だよ」
「この会場で、少しくらい離れたからって問題ないだろ」
「でも」
「僕も久しぶりに、おまえの歌が聞きたいと言ったら?」
「……!」
ナイトの顔が、ぱっと明るくなった。
「じゃあ、少しだけ」
美しい金髪をなびかせ、ナイトは天使たちの列に加わった。
その後を追いながら、ユディはにこにこと尋ねる。
「ルジェ、ナイトさんの歌、好きなんだ?」
「いや、別に」
ルジェの返事は、照れも何もなく、そっけなかった。
「ああでも言わないと行かないと思っただけだろ、ボクちゃん」
「そう」
オセロの推理を、ルジェは全面的に肯定した。
「えー! ちょっとは、ちょっとは好きでしょ?」
「あいつ、夜更かしをしていると、子守唄を歌って強制的に寝かしつけてくるから。
僕にとって、天使の歌声はありがたくもなんともないんだ」
「ルジェ、寝よう」
この時ばかりは、ユディもナイトの過保護を応援した。
講堂には、大勢の観客が集まっていた。
天使たちが舞台に上がると、大きな拍手が湧き起こる。
「それでは、お聞きください! 天使たちの合唱です!」
頭上に光り輝く光輪を浮かべ、白い翼を広げて、天使たちが伸びやかに歌い出す。
歌詞らしい歌詞はない。
母音を長く伸ばすような音や、鈴のように短く跳ねる音が重なっていく。
意味は分からないのに、不思議と「休んでいい」と言われているような気がする。
そんな歌だ。
人々はうっとりと聞き惚れる。
講堂で展示されている幻獣たちも、地面に寝そべって耳を傾けていた。
「きれいな歌声だね……」
「ああ」
ユディがつぶやくと、ルジェもうなずいた。
不服そうではあるが、すばらしい歌声であることは認めているらしい。
一方、オセロは耳に指を突っ込んでいた。
「あー、クソッ。精神干渉してきやがる。不愉快〜。耳元で蚊が飛んでる不愉快さ〜」
「そういえば、天使の歌は精神干渉系魔法の一種と言われているよな」
ルジェが相槌を打つ。
顔をしかめている相棒を、ユディは諭した。
「オセロ、素直に聞こうよ。せっかくだから癒されておこうよ」
「あいつら、俺が幻界で暴れるたびに『心を〜鎮めて〜』とか歌ってくんだぜ?
千年聞いても一回も鎮まったことねえけど。ほんとウザい」
「オセロ、悔い改めて」
ユディはまたも天使たちを全面的に応援した。
やがて、最後の音が消えた。
一拍遅れて、割れんばかりの拍手が巻き起こる。
感激のあまり舞台へ押し寄せる観客たちを、係員が慌てて押しとどめていた。
騒ぎが落ち着いた頃を見計らって、ユディたちは舞台裏へ回った。
天使たちが、係員から飲み物を渡されているところだった。
「お疲れ、ナイト」
そう言って、ルジェは屋台で買ってきた飲み物を差し出した。
ナイトのエメラルド色の目が、嬉しそうに輝く。
「わざわざ買ってきてくれたの?」
「やれと言ったのは僕だしな」
「じゃあこれは、ルジェに」
ナイトは手にしていたグラスを差し出した。
花の香りで風味づけした清水らしい。
「いい。僕、この花の匂い苦手なんだ」
「ああ、そうだったね」
ナイトは引っ込めたグラスを持て余した。
「――ユディ。よかったら飲む?」
「いただきます! ちょうど喉が渇いていたので」
ユディが手を伸ばした、その瞬間。
横から、ぱっと別の手が伸びた。
「ダメでーす」
オセロだ。
グラスが床に落ち、甲高い音を立てて割れた。
「オセロ!」
「人の主人に、勝手に餌を与えないでください〜」
「飼い犬扱い!?」
ユディはすぐさまかがんだ。
グラスの破片を拾おうとして、奇妙なものに気づく。
「虫……?」
こぼれた水の中で、細長い何かが動いている。
半透明の身体は、この世に普通はありえない。
幻界の生き物――幻獣だ。
「……寄生蟲?」
反射的に、周囲を確認する。
天使たちが、同じ飲み物に口をつけていた。




