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落ちこぼれ召喚士、最強竜を召喚してしまう  作者: サモト
第2部

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18話 蟲使い

「ごめんなさい、ちょっと貸して!」


 いうなり、ユディは隣の天使のグラスを取り上げた。

 中身を床にぶちまける。


 そこにも、いた。

 細長い半透明の蟲――寄生蟲だ。


「みんな、水を飲まないで!」


 ユディは鋭く叫んだ。


「寄生蟲がいる!」

「――え?」


 天使たちは一斉に、水を飲む手を止めた。

 舞台裏が騒然となる。

 係員が慌ててグラスを回収し、中身を調べる。


「こっちにもいた!」

「こっちは……もういないな」


 天使の一人が、青ざめて口を押えた。


「わ……わたし、もう、全部飲んでしまいましたあ」

「ぼくもです……」


 飲み干していたのは、五人のうち二人。

 どちらも今にも泣きそうな顔になる。


「大丈夫だよ」


 ナイトが優しく、二人の肩を抱いた。


「落ち着いて。専用の薬で追い出せるからね」

「人間に害はないのか?」


 ルジェが恐る恐る、蟲をのぞき込む。

 ユディが見つけた二匹は、床に伏せたグラスの中に閉じ込められていた。


「うん、人間には憑かないから大丈夫だよ。幻獣だけ」

「憑かれると、どうなるんだ?」

「まず、蟲が生きていくために魔力を奪われる」


 ユディはグラスの中へ、少しだけ魔力を流し込んだ。


 寄生蟲が鎌首をもたげた。

 細い先端が、根のように裂ける。

 二つ、四つ、八つ――糸のように細かく枝分かれしていく。


「……これは、宿主の神経に入りこむ種類かな」

「神経に入りこむ?」


 オセロが簡潔に言い直した。


「体を乗っ取るタイプってことだろ」

「乗っ取る!?」


 ルジェはぎょっとして、半歩引いた。

 ユディは慌てて付け加える。


「使い方次第なんだよ。

 興奮した幻獣を鎮めたり、身体機能を補助したり。

 寄生蟲を扱う専門家を『蟲使い』っていうの」


「『創造士』のように、専門職なんだな」


 ルジェは半歩引いた足を、元の位置に戻した。

 それから、首を傾げる。


「――健康な天使に、蟲を仕込む意味は?」


 ユディは言い澱んだ。

 代わりに、オセロが口を開く。


「そんなもん、決まってんだろ。操って、どっかに売り飛ばすため」

「オセロ!」


 オセロはニヤニヤと、美しい天使たちを指差す。


「見目よし、声よし。祝福だの癒やしだの、芸も良し。

 召喚士でなくとも、欲しがる物好きはいるだろうな。金持ちの好事家とかさ」


「みんなを怖がらせることを言わないで!」


 ユディはオセロの口をふさぐが、もう遅い。

 幼い天使たちの顔が、ますます青くなった。


「今、係りの人が救護班を呼びに行ってくれているからね。大丈夫だよ」


 ナイトは怯える仲間たちの背をさすった。


「ナイトさん、天使さんたちの周りに第三等級の完全封鎖型の結界を貼ってもらえませんか?

 蟲に命令されて、どこかに行ってしまわないように」


「うん、その方がいいだろうね」


 ナイトはすぐに呪文を唱えた。

 柔らかな光が広がり、天使たちを包むように半球状の結界が形成される。


「狙う理由は分かったが、ずいぶん、回りくどいことをするんだな。

 蟲使いだって、召喚士だろう?」


「召喚したくても、できなかったんだと思う。

 天使って、魂のきれいな人しか召喚できないって言われているから……」


「だから盗むのか」


 ルジェは納得しかけたが、また眉を寄せた。


「……でも、最終的に、どうするんだ?

 もし好事家に引き渡すにしても、召喚士でなければ契約はできないだろう?」


「バーカ。なんにでも抜け道はあんだよ、ボクちゃん」


 オセロは舌を出した。

 幻獣に護衛されているルジェは、不安顔になる。


「大丈夫だよ、ルジェ。

 ナイトさんみたいな契約済みの幻獣なら、元の契約が切れない限り、他の人とは契約できないから」


 安心させようと、ユディは説明した。


「普通、狙われるのは召喚獣――契約前の幻獣だけだよ」

「じゃあ、なんでナイトまで」


 オセロは鼻で笑った。


「ボクちゃんの守護幻獣、さっき壇上で歌っただろ。

 犯人から見りゃ、他の天使どもと同じで、博覧会用に呼ばれた召喚獣に見えたんじゃね?」


「……腹立たしいな」


 ルジェの声が低くなった。


「そういう下劣なことをする輩がいるのは」

「たぶん、近くに蟲使いがいるはずだから。捕まえないと」


 ユディは講堂内を見回した。

 係員たちも、すでに動いている。寄生蟲を仕込んだ犯人を捜していた。


「この飲み物を用意したのは?」

「臨時雇いの男です。ええと……一言でいうなら、ゴブリンみたいな」


 話を聞いていたルジェは、眉を寄せた。


「ユディ。ゴブリンって、どんな幻獣なんだ?」

「ゴブリンは、背が低くて、痩せていて、特徴的な顔立ちで――」

「要はブサイクってことな」


 オセロが身も蓋もなく言い切った。


「あんな感じに」


 不躾な指先が、柱の陰を指した。

 ぎょろりとした目の、小柄な男がいた。

 三人と、何とはなしに視線が合う。


「……」

「……」


 男の顔が引きつった。

 くるり。

 突然こちらへ背を向け、走り出す。


「あ?」


 オセロが、口を半開きにした。


「ひょっとして、当たり?」

「止まれ、そこの男!」


 ルジェが叫ぶ。


「古今東西、それで止まった奴なんているかよ」

 

 オセロが片手をあげる。

 ユディはすぐさま、その腕に飛びついた。


「魔法はダメ! 人が多いから」

「じゃ、地道に追うわけ?」

「オセロはここでじっとしてて」

「は?」

「相手は蟲使いなんだよ? 危ないよ!」


 主人の言い分を、オセロは珍妙そうにした。


「俺が? あんな糸くずに操られると思ってんの?」

「オセロの出番はまだ! 真打ちの登場は、もっと後!」


 そう言われると、オセロは気をよくした。

 ふうん、と得意げにあごを上げる。


「へいへい。じゃ、高みの見物してるわ」

「そうして!」


 オセロのことは置いて、ユディもルジェの後に続く。


「逃がすな!」


 係員たちも、蟲使いを追っていた。

 一人が、連れの魔狼を差し向ける。


「行け! あの男を捕まえろ!」


 大型犬に似た幻獣が、地面を蹴った。

 人々の間を、縫うように駆け抜ける。

 あっという間に蟲使いへ追いついた。


「ひいっ!」


 背に飛びかかられ、蟲使いは地面に倒れこむ。


「よし、捕まえ――」


 皆が喜べたのは、一瞬だった。

 蟲使いは糸くずのようなものを背後へ投げつけた。


 蟲だ。

 それが魔狼の耳へと潜り込む。


「ギャンッ!」


 魔狼が何度も激しく頭を振る。

 しかし、蟲はもう追い出せなかった。

 次第に、瞳が赤く染まっていく。


「――まずい」


 召喚士が杖を構える。

 蟲使いが叫んだ。


「そいつの杖をへし折れ!」


 魔狼は即座に、その命令を実行した。

 ばきり、と嫌な音が響く。


「他のやつらを威嚇しろ!」


 魔狼は咆えながら、あたりを走り回る。

 来場者たちが悲鳴を上げ、逃げ惑う。


「くそっ……動きが速すぎる!」


 鞄から杖を取り出したものの、ルジェが歯噛みした。


「これじゃ、捕縛の魔術が当てられない!」

「一瞬でも動きを止めればいい?」


 ユディは壁際に目を走らせた。

 小さいながらも、土産物の店がここにもある。


「ちょっと待ってて!」


 店先に山と積まれたぬいぐるみ。

 その中から、ユディは白い狼をつかみ取る。


「それは?」

「魔狼たちの長、王獣フェンリル!」


 お腹を押す。

 中に仕込まれた魔道具が反応した。

 狼の遠吠えが響く。


「!?」


 魔狼がびくりと硬直した。

 すかさずルジェが杖を振る。


「捕らえよ、重き楔!」


 魔狼の背に、目に見えない重圧がのしかかった。

 四肢が折れ、腹が床につく。

 そのまま地面に伏せた。


「やったあ!」

「――でも、もう一頭だけじゃないぞ」


 ルジェがあたりを警戒する。


「他にも蟲がばらまかれてる」


 蟲使いは逃げながら、手当たり次第に幻獣へ寄生蟲を投げつけていた。

 講堂に展示されていた幻獣や、来場者が連れていた幻獣。

 その瞳が、次々と赤く染まっていく。


「赤と青のベストを着てるやつらを襲え!」


 蟲使いが係員たちを指差した。

 辺りの混乱が、いっそう激しくなる。


「くそっ、こっちにも!」

「誰か、捕縛魔法を使える者は!?」


 係員たちは口々に叫ぶ。


 彼らは一般人か召喚士ばかり。

 召喚魔法には長けていても、攻撃や捕縛といった一般魔術を得意とする者は少ない。

 頼みの契約獣も、寄生蟲に操られる危険がある。


 次々と暴れ出す幻獣を前に、係員たちは防戦一方だった。


「——うわあっ!」


 ユディたちの目の前で、係員が大鷲のような幻獣に蹴倒された。


「大丈夫ですか!?」


 返事がない。

 打ち所が悪かったのか、気絶している。

 ルジェは杖を握り、獅子の頭を持つ大鷲を見上げた。


「ユディ、あの幻獣はなんだ?」


「風と雷を操る霊鳥、アンズー!

 高位幻獣だから、第三等級以上の魔法でないと効果がないと思う」


「威力に自信はあるが、飛ばれるのが厄介だ。

 こっちに向かってきてくれればいいんだが」


「じゃあ、私が引きつけるから。よろしく!」


 ユディは倒れている係員から、赤と青のベストを脱がせた。

 第三等級の魔法を使っても他に被害へ出ないよう、人けの少ない隅へ移動する。

 それから、自分がジャケットを羽織った。


「こっちだよ!」


 アンズーがユディに気がついた。

 天井の梁を蹴り、牙を剥いて襲いかかる。


「貫け、氷杭!」


 太い氷柱が頭上に出現した。

 アンズーめがけて落下する。

 鋭い氷の杭が霊鳥を貫き、その体が霧散した。


「さすが!」

「君の機転のおかげだろ」


 そう返したルジェの顔が、不意に影に覆われた。


 荒い鼻息がかかる。


「——これは」


 三歩と離れていない場所に、一本角を生やした白馬――ユニコーンがいた。

 刺激しないよう、ルジェは顔も動かさずに尋ねる。


「何の魔術が効く?」

「待って。別に、操られてるわけじゃないみたい」


 ユニコーンの目は、赤く染まっていなかった。


 周囲の騒ぎにつられて、興奮しているだけらしい。


「落ち着いて、何もしないよ」


 ユディは慎重に、ルジェを退かせた。

 代わりに、自分が前へと出る。


「大丈夫、大丈夫」


 ユディはそっと、ユニコーンに手を伸ばす。

 美しい白馬が頭を垂れようとした、その瞬間。


「――ヒイィィィン!」


 突如、ユニコーンに雷撃が落ちた。

 聖なる幻獣がたちまち霧散する。


「えっ、何!?」

「だって、処女大好きとかいやらしすぎィ〜」


 声の方を向けば、オセロがいた。

 文字通り高みの見物で、宙に浮いてる。


「天罰」

「待機しててっていったでしょ!?」

「ユディ、ここは任せた! 蟲使いを捕まえてくる!」


 ルジェは魔法で宙に浮いた。

 人でごった返す地上から離脱し、出入り口へ飛ぶ。

 蟲使いが係員たちを振り切り、講堂から出ようとしていた。


「おとなしく——しろっ!」


 ルジェは上空から、蟲使いに向かって体当りした。


「ぎゃあっ!」


 悲鳴をあげて倒れたところを、係員が取り押さえる。

 腰に挿していた杖を奪い取り、怒鳴った。


「蟲たちを回収しろ! 早く!」

「むっ……むっ……無理だ……!」


 蟲使いは喉を引きつらせながら答えた。


「無理って何だ! おまえの契約獣だろう!」

「多すぎるんだよ!」


 蟲使いは悲鳴のような声を上げる。


「おまえらが追ってくるから、あっちこっち蟲を撒くハメになって……!

 もう、オレの手になんて負えるもんか!」


「おまえ、自分で制御できない数を放ったのか!?」


 あまりのことに、係員は激昂した。

 乱暴に、蟲使いの胸ぐらをつかむ。


「馬鹿野郎! この騒ぎ、どう納めるつもりだ!」


 壁に叩きつけるようにして、放す。

 蟲使いは、ぐえっとカエルの潰れるような声を出した。


「誰か、縛るもの貸してくれ!」


 係員が離れた、その隙。

 蟲使いの手が動いた。

 懐から取り出した指輪を、素早く指にはめる。

 印台には魔法陣が刻まれていた。


「定式召喚の指輪……!」


 ユディが短く叫ぶ。

 特定の幻獣の召喚を、簡略化できる魔道具だ。

 係員たちがはっと振り返る。


「捕まってたまるかよ!」


 蟲使いが指輪を掲げた。

 講堂の奥に向かって、召喚の魔法陣が展開された。


「来いっ、蟲たち!」

「やめろ!」


 制止も虚しく、幻界の扉が開かれる。

 ぶわりと、白い霧のようなものが吹きだした。


「憑いて、憑いて、憑きまくれえっ!」


 大量の寄生蟲が、講堂内に降った。

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