16話 幻獣博覧会
待ちに待った幻獣博覧会を、明日に控えた夜。
ユディは、お出かけの準備に余念がなかった。
(明日はいっぱい歩くから、動きやすい服がいいよね!)
ブラウスとキュロットに、日焼け対策の麦わら帽子。
ポシェットには財布とハンカチ、入場券。それから、買ったグッズを入れるための布袋。
「よし! 準備万端!」
ユディは満足げに腰へ手を当てた。
あとは、明日の朝を待つだけだ。
(……出発前に、一応オセロを誘ってみよう)
ユディは、からっぽのカゴへ目をやった。
瘴石拾い勝負の後、オセロの態度は少し軟化した。
呼べば応じるし、必要なら背にも乗せてくれる。
しかし、以前のようにユディの部屋で寝ることはない。
まだ完全には機嫌が直っていないらしい。
(せっかくだし、一緒に行きたいな)
ユディはベッドに入り、目を閉じた。
翌朝。
目を覚ましてすぐ、妙な声を上げる。
「ん゛っ……!?」
机に置いたはずのポシェットがない。
代わりに、黒い小竜が鎮座していた。
「オ……オセロ? ポシェット、どこに隠したの……?」
「隠してねえよ。俺の収納庫に入れてあるだけ」
「それは隠したって言うんだよ!?」
ユディはオセロの体を両手でつかみ、揺さぶった。
「出して! 早く!」
「ヤだ」
「お土産買ってくるから!」
「いらねー」
取り付く島もない。
「ルジェも誘ってるから、行かないわけにはいかないんだよ!」
「俺の知ったことじゃねーし」
「オセロ!」
揉めていると、扉をノックする音がした。
祖父のグリードが顔をのぞかせる。
「ユディ、今日の博覧会、一緒に行くか? 送ってくぞ?」
「うん! お願い!」
元気よく返したものの、ユディはさらに焦った。
「でも、オセロが私のポシェット、亜空間にしまっちゃったの!」
「チケットもか?」
「そうなの! 出してよー!」
ユディはがくがくとオセロを揺さぶるが、当人は知らん顔。されるがままだ。
グリードがあごをしゃくった。
「じゃ、とりあえずソレごと連れてったらどうだ」
「オセロごと!?」
「荷物を返さねえなら、そいつが荷物だろ。持ってけ」
「……そうする!」
急いで身支度と朝食を済ませ、庭へ出る。
グリードはフラッシュの鞍を確かめていた。
「お待たせ!」
「おう。暴竜も持ったか?」
「持ったよ!」
ユディは、小脇に抱えたオセロを見せた。
「身勝手な主人に強制連行される、かわいそうな俺」
「おまえさん、最初からそのつもりだろ」
グリードは苦笑した。
「お母さん、行ってきまーす!」
離れの納屋から、ジュディが顔を出す。
「気をつけてね。……あら、荷物は?」
「これ!」
ユディはオセロを掲げた。
母のピンク色の目が、一瞬丸くなる。
「身軽でいいわね」
ジュディは一つうなずいた。
幻獣博覧会は、都の東郊にある召喚士向けの研究施設で催される。
実家からフラッシュで一時間ほど。
会場最寄りの駅では、到着した汽車から大勢の客が吐き出されていた。
「飛竜だ!」
着陸するなり、人々の視線がフラッシュへ集まった。
「おじいちゃん、今年も展示担当?」
「そ。こいつも慣れたもんだよ」
人に囲まれた祖父とフラッシュを、ユディは誇らしく見送った。
「召喚士らしい登場だな」
「飛竜、かっこいいね」
聞き覚えのある声に振り返る。
ルジェとナイトだった。
挨拶を交わし、ユディは少し首を傾げた。
「ルジェ、ちょっと日に焼けた?」
「ああ。ここのところ、屋外での訓練が増えたから」
「ルジェ、肉体強化魔法も鍛錬し始めたんだよ。オセロとの再戦に備えて」
ナイトが補足する。
「魔剣士修行ってこと? すごいね!」
「魔剣士と言えるほどじゃないが。まあ、体力も大事だと思って」
ルジェは、自分の細い腕に触れた。
へっ、と黒い小竜が鼻で笑う。
「必死すぎて笑う」
「ユディ、入ろう」
ルジェは華やかに飾りつけられた正門へ視線をやった。
「正門の両脇にいる幻獣は何だ? グリフォンと――」
「ヒポグリフだよ。……ちょ、ちょっと待ってね」
ユディは二人に背を向けた。
腕の中の小竜へ、必死にささやきかける。
「オセロ、ポシェット返して」
「……」
「オセロ様、お願いします! どうか行かせてください!」
「契約獣を放置とか。ありえないし」
「そんなこと言うなら、一緒に来てよ!」
ユディはとうとう声を荒らげた。
「オセロがずっと興味なさそうにしてるから遠慮してたけど、私だって契約獣と一緒に回りたいんだよ!?
召喚士なのに、一人ぼっちで歩いてるなんて嫌だよ!
会場で『私の相棒はこの子です』って見せびらかしたいよ!
来て! 来てください! お願いしますっ!」
ユディはとうとうオセロを地面に置き、拝み倒した。
主従関係が逆転している光景を、人々が物珍しげに眺めながら通り過ぎていく。
「……ふう」
オセロが、大げさにため息を吐いた。
「仕方ねえなあ」
ばさりと、小さな両翼を広げる。
ぐにゃりと姿が歪み、たちまち人間の姿へ変わった。
黒髪金目。頭に二本の角が生えた少年の姿だ。
「ほらよ」
オセロは手をひと振りし、何もない空間からポシェットを取り出した。
ユディは慌てて受け取る。
中を開けると、破られていたはずの入場券が元通りになっていた。
「……直してくれたの?」
「反省したとかじゃなく、許可の意な」
元通りになった入場券にほっとして、ユディは一枚をルジェに渡した。
「ごめんね、変なところ見せて」
「……荷物、暴竜に取り上げられていたのか」
「ユディが他の幻獣を見に行くの、そんなに嫌だったんだね」
ナイトは微苦笑しただけだったが、ルジェは呆れたように言う。
「必死すぎて呆れる」
「あーあ。なんで現界バカンスに来てまで、地元のやつらの顔を大量に見なきゃならねえんだか」
オセロはうんざりした顔で、会場へ向かう。
門番役のグリフォンとヒポグリフが腰を上げたが、
「あ゛?」
オセロにすごまれ、すごすごと腰を下ろした。
またもルジェが呆れる。
「手口がゴロツキ」
「うるせえ若造。こっちは、おまえらが法律作るよりはるか昔に生まれてんだよ」
「老害の見本」
「ルジェ。こっち見ようか」
ナイトがやんわりと二人の間に割って入り、会場案内図を広げた。
幻獣の生態や歴史を扱う展示館。召喚実演場。実物の幻獣を見られる展示区画。
見どころはたくさんある。
「ルジェは幻獣博覧会、来たことある?」
「子供の頃に、一度だけ」
「ルジェ、生き物が苦手だったから。ずっとぼくの後ろにいたよね」
「ナイト」
ルジェが咎めるが、もう遅い。
性根のねじ曲がった竜が、金色の目を細めていた。
「へ〜、苦手なんだ〜?」
「昔の話だ」
「じゃ、とりあえず、ふれあい広場行こっか〜」
「オセロ!」
オセロはルジェの肩を抱き、広場へ強引に連れていった。
柵の中へ入り、角の生えた兎をつかみ上げる。
「ほーら、ボクちゃん。かわいいウサちゃんだぞ〜」
「アルミラージか。見たことはある」
ルジェは、ぎこちなく兎を抱いた。
「下ろした途端、獰猛になって襲ってくるから気をつけろよ」
「嘘つかないで! ルジェ、下ろして大丈夫だからね!」
「分かってる。そんな危険な幻獣を、ここには置かないだろ」
ルジェは兎を撫でながら、首輪の札を見た。
「……一角兎、とあるな。アルミラージではないのか?」
「同じ幻獣だよ。ただ、召喚するときの名前で少し性質が変わるって説があるの」
ユディの顔が、ぱっと明るくなる。好きな話題を振られた顔だ。
「『アルミラージ』だと大柄で活発、『一角兎』だと小柄でおっとりした子が出やすいんだって」
ユディは『アルミラージ』の札がついた兎を抱き上げた。
「ほら、こっちは目も鼻もよく動いてるでしょ?
ルジェの子は耳が寝てて、おっとりしてる。
毛並みや角も微妙に違うし――」
「……」
二匹を見比べ、ルジェは黙り込んだ。
オセロが呆れ半分に言う。
「ボクちゃん、黙ってねえで言え。全部同じだって」
「同じじゃないよ!」
「一緒だっつーの! ひよこの雌雄鑑定ぐらい分からんわ!」
「ナイトさん、どう思います!?」
ナイトは二匹を見比べ、微笑んだ。
「みんな可愛くて、みんないいね」
「出た〜、博愛を装った天使の逃げ口上〜」
「可愛さが伝わってるなら、なんでもいいです!」
ユディは拳を握った。
「次は、展示を見に行こうよ! 幻獣の基本が分かるから」
一行は展示館へ場所を移した。
『幻獣とは?』『幻界ってどんなところ?』といった内容が、絵や模型を交えて子供向けに解説されている。
ルジェは、一つ一つ丁寧に読み込んでいた。
「あっ、今年もやってる。募集企画」
ユディは部屋の奥へ駆け寄った。
壁には『見てみたい幻獣を教えて!』と大きく書かれた掲示板がある。
その下に、記入用紙と箱が設置されていた。
「これは?」
「来場者から、実際に見てみたい幻獣を募集してるの。
票が多かった幻獣は、召喚実演の候補になるんだよ」
「へえ」
ルジェは昨年、人気だった幻獣の一覧表を見上げた。
炎竜やフェニックス、天使などが並んでいる。
「……天使も人気なんだな」
「それはもう。上位常連だよ」
「ありがたいね」
ナイトが、にこにこと微笑む。
光輪を顕現させていなくても後光が差すような美しさなのだから、納得の人気だ。
「ルジェは、会ってみたい幻獣っている?」
「特には……いや、オベロンはもう一度見てみたいかもしれない」
「妖精王オベロンね! いいよね! きらきらしてるよね!」
「祭典で披露してくれた、光属性の魔法が見事だったんだ」
ルジェは腕を組んだ。
「七色の光の帯を出してくれたんだが、各色の発色がすごく鮮やかで。魔力粒子の密度が高いんだろうな。あの量をあんな短時間で出すなんて――」
滔々と続く語りに、ナイトが申し訳なさそうにした。
「ユディ、ごめんね。ルジェ、こうなると長くて……」
「ううん、新たな魅力に気づけた。ありがとう」
「変な扉開けんな、ボクちゃん。こいつ『次からそこも見よう』って顔してるぞ」
本気で感謝しているユディに、オセロが突っ込んだ。
「ルジェ、せっかくだし、オベロンを希望していったら? 書くだけならタダだし」
「そうだな。君は?」
「うーん……召喚士泣かせの珍しい幻獣になっちゃうから、やめとくよ」
ユディは、ケサラン・パサラン、毛羽毛現、銀色スライムと何度も書き直した末、応募用紙をくしゃくしゃに丸めた。
次の展示室へ移る。
「これは……一般人でも知っているような、有名な幻獣ばかりだな」
ルジェは大きな一枚絵を見上げた。
悪魔。多頭の怪物ヒュドラ。九本の尾を持つ妖狐。
見るからに強そうな幻獣たちが、絵の中にひしめいていた。
ユディは苦笑する。
「うん。よくない意味で、ね」
展示室の見出しは『悪い幻獣って?』。
その下には、こんな説明文が続いていた。
『幻獣そのものに、善悪はありません。
火を出す幻獣は、森を燃やしてしまうことがあります。
でも、寒い場所で人を温めたり、魔獣から町を守ったりもできます。
大切なのは、力の使い方です。
幻獣をよく知り、正しく頼むこと。
それが召喚士の役目です。』
ユディは、つくづくとその文章を読んだ。
『暴竜』の異名を持つ契約獣がいる今、身につまされる話だ。
「暴竜もいるな」
ルジェが絵の隅を指差した。
小さな黒い竜影が描かれている。
「うわ、納得いかねー。なんで俺様こんな小さいワケ? 影みたいになってるワケ?」
「黒竜だから、仕方ないんじゃない?」
ユディはなだめるが、オセロは口をへの字に曲げた。
「ヒュドラなんて、頭が多いだけだろ。狐も尻尾多いだけじゃねえか。
映えるからってデカデカ描かれやがって。ムカつく。今度ちぎるの決定」
「何を!?」
絵をひっかきそうなオセロを、ユディは慌てて引き離した。
ルジェが冷ややかに言う。
「悪い幻獣はいない、と書いてあるが。おまえだけは例外だよな」
「ルジェ、ルジェ」
ナイトがそっと袖を引く。
ルジェは、はっとした。
困り顔のユディへ、即座に詫びる。
「すまない。君の相棒なのに。言い過ぎた」
「ううん」
ユディは小さく首を振った。
そう思われても仕方ないのだ——今のところは。
「先月、都でオセロっぽいのが現れたらしいぜ」
近くの話し声が、ユディの耳に入った。
「嘘だろ。誰だよ、召喚したアホ」
「山と学校をぶっ壊したってさ」
「ひえー。さすが空飛ぶ災害。暴君様」
ユディは肩身が狭くなった。
実際には、そこまでの被害は出ていない。
しかし、オセロの長年の悪評が、噂を大げさにしているのだろう。
(これが、世間のオセロの評価なんだよね)
当の本人はまるで気にしていないが、ユディは小さく息を吐いた。
耳が痛い。胸も痛い。
「つ、次、行こっか!」
努めて明るい声を出し、ユディは三人を別の展示室へ誘った。




