15話 いざ実践!(おじいちゃんが)
夜中に大暴れした翌日も、その次の日も、オセロは家に帰ってこなかった。
しかし、取っておいた食事は消えている。
その上、ユディの杖はカトラリー入れに、幻獣辞典は薪置き場に移されている。
呼んでも来ないくせに、存在だけは主張していた。
「オセロー! 私のお財布どこーっ!」
ユディの叫びが山頂に響いた。
家から見た時にはいたが、三十分かけて登ってくれば、もぬけの殻だ。
「絶対、わざとだ……」
ユディは肩を落として引き返した。
「ユディ、これ」
家に戻ると、ルークが二枚の紙片を手にしていた。
幻獣博覧会のチケットだ。
「お友達の分と、二枚だったね」
「うん!」
「ここに置いておくから。忘れないようにね」
ルークは二枚の券を、暖炉の上へ置いた。
手近にあった魔石で重石をする。
「ありがとう!」
ユディは上機嫌で返事をし、庭へ出た。
干しているチクマメをひと混ぜする。
そうしてまた居間に戻り、悲鳴を上げた。
「あーっ!?」
床に、幻獣博覧会の券が落ちていた。
二枚とも、真っ二つに破られている。
「嘘っ!」
慌てて券を回収する。
幸い、貼り合わせれば使えそうだった。
(誰がこんな……)
犯人はすぐに分かった。
券には小さな穴――牙の跡があったのだ。
ゆっくりとあたりを見回す。
テーブルの上に、黒い小竜が澄まし顔で座っていた。
「オセロ!」
ユディは声を荒げて、詰め寄った。
「破ったでしょ!」
ぷいっ。
オセロは知らないとばかりに、顔を背ける。
「とぼけてもダメ! 歯型ついてるんだから!」
顔を背けた方へ回り込む。
すると、オセロは反対側をむいた。
ユディは小さな胴体をつかみ、持ち上げた。
「怒ってるのは分かってるけど、こんなことしなくてもいいでしょ!?」
「燃やさなかっただけありがたく思え」
オセロはぶら下げられたまま、つんと鼻先を上げる。
ユディの怒りが爆発した。
「幻獣博覧会、一緒に連れて行かないから!」
「別に行きたくないから結構ですぅー」
ユディはオセロをおいて、足音荒く自室へ向かった。
チケットをお出かけ用のポシェットの中へしまい込む。
(もう! 絶対――ってわけじゃないけど、すぐには許さないんだから!)
心の中で怒りの炎を燃やす。
と、同時に少し困りもした。
祖父との約束がある。
飛竜に乗ってグリードがやってくると、ユディは肩を縮めた。
「ごめん、おじいちゃん。さらにオセロと喧嘩した」
「今度は何だ?」
「楽しみにしてた幻獣博覧会のチケット、オセロに破られたの!」
ユディは拳を握った。
「『燃やさなかっただけありがたく思え』って。本当に何様!?」
「はは、暴君様だなあ」
グリードは苦笑した。
「すぐ仲直りしなかったのが裏目に出たか」
「分からない。仲直りしていても、これはしたかもしれないし」
「たかだか他の幻獣を見に行くのすら気に食わねえか。竜ってのは嫉妬深いな」
「みんなこんなに酷いの?」
「まあ、竜にもよるだろうけど」
グリードは、庭でくつろぐフラッシュを一瞥した。
「オレの場合はよ、人に頼まれて作ってた炎竜の木彫りをズタズタにされたことがある」
「フラッシュに?」
「そう。しかも、完成した日の夜にだぞ」
「ひえっ……」
完成まで待って、というのがいやらしい。
「閂をかけた物置にしまってたのによ。
夜中に器用に開けて、牙と爪の跡をたっぷり残していきやがった」
「自分の仕業だって隠す気もなかったんだ?」
「向こうにとっちゃ、当然の言い分ってことなんだろうな」
ユディは想像した。
普段は大雑把なフラッシュが、夜中に爪先でそっと閂を外している姿を。
「……ヘタな怪談より怖い」
「だろ?」
「おじいちゃん、どうしたの? 叱った?」
「いやあ。叱っても反発すると思ったし」
「何も言わなかったの?」
「そのことはな。ただ、前より『おまえの翼が一番好き』だとか『おまえを信頼してる』って、前より細かく伝えるようにしたよ」
グリードは笑った。
「何か効果あった?」
「あった。二体目は無事に納品できた」
「……」
「めんどくさいだろ、竜って」
「うん」
「でも、魔獣に囲まれた時には、命令より先にオレを守りやがる。
情が深いんだよ」
グリードは相棒の頭を撫でまわす。
フラッシュは迷惑そうにしたが、逃げはしなかった。
「じゃあ、券を破られた時は『オセロは私の特別だよ』っていって、安心させてあげるとよかったのかな」
「いや。ありゃ『そんなの当たり前だけど?』って言いそうじゃねえ?」
「……すごくしっくりくる」
ふんぞり返る姿が、ありありと想像できた。
「『おまえは特別。でもやったことは許さない』。
オレなら、そういう態度でいくかな。
言うべきことは言わねえと、そのうち券だけじゃ済まなくなりそうだ」
「おじいちゃん……理解が深いね」
「この道、長えからな」
さて、とグリードは山頂を仰いだ。
「おまえさんから頼みにくいなら、自分で交渉するかね」
「何を頼むの?」
「魔の山域に散らばってる瘴石の回収だ。――あんなやつ」
グリードはフラッシュの背に載せている魔石を指差した。
見本はすでに浄化が済んでおり、色は透明だ。
輪型で、大きさは一抱えほどある。
「大きいね。魔道具の工房とか、大きな施設で使う規格だよね」
「ああ。どこかのバカが処分に困って、あれと同じのをいくつもばら撒いていきやがった」
放っておけば、いずれ瘴気は抜けていく。
だが、これほど大きいものとなると時間がかかる。
その間に周囲の生き物が瘴気を浴び、魔獣化する危険があった。
「どうせ元から魔獣の多い山域だから、ここなら捨てても同じって考えたんだろうな」
「ひどい」
「まったくだ。近くに住む人間のこと考えろってんだ」
幻獣は、人間より瘴気への耐性が高い。
魔の山域を動き回りながら瘴石を拾うなら、幻獣に任せる方が安全だった。
「暴竜なら『ゴミ拾い』っていいそうだな」
祖父はははっと気楽に笑うが、ユディは心配になった。
「危なくない? 今のオセロに、そんな頼みごと」
「そうさな」
「頼んだ時点で、怒り出すかも」
「引き受けたフリして、意趣返しもあり得るな!」
グリードはからからと笑う。
ユディはまったく笑えない。眉根を寄せた。
「危ないよ!」
「オレは言い方次第だと思ってるよ」
グリードはひらりと、フラッシュの背にまたがった。
「首尾よくいったら、ラッパを鳴らす。
おまえさんも飛行服に着替えて、庭に出てな」
しばらくして、高らかにラッパの音が響いた。
「!」
ユディは顔を上げた。
ほとんど同時に、山頂からフラッシュとオセロが飛び立つ。
二頭とも一直線に魔の山域を目指していた。
(うまくいったんだ!)
ユディはすぐさま飛行服に着替えて、庭に出る。
仲の良い風龍に連れられて、グリードがやってきたところだった。
「すごいね、おじいちゃん。どうやって説得したの?」
「説得っていうか『退屈だろ? うちの飛竜と勝負しないか』って誘っただけだよ」
ユディは目をぱちくりさせた。
「勝負って……瘴石を拾う勝負?」
「普通に『拾うの手伝ってくれ』なんて言っても断られるだろ。
『正午までに、瘴石をより多く集めてきた方の勝ち』っていったら、乗ってくれたよ」
ユディは大きくうなずいた。
祖父の言うとおりだ。
ただ瘴石を拾ってくれ、と頼んだなら、オセロは鼻で笑っただろう。
しかし。
勝負しないか、と言われれば。
(乗る……)
ものすごく乗る。
思えば、魔法の等級を覚えてくれたのだって、ルジェに「炎竜に細かい魔力操作は苦手」と言われたことがきっかけだった。
(負けず嫌いだもんね)
ユディはまた一つ、契約獣の特性を頭に刻み付けた。
「本当、言い方次第なんだね」
「そういうことだな。オレらも移動しよう」
風龍が、翡翠色の長い胴をくねらせた。
グリードと同じく、ユディの身体もふわりと宙に浮く。
二人は風龍に曳かれるようにして、空を渡った。
「どういうルールなの?」
北山へ向かう道中、ユディが尋ねた。
「制限時間は正午まで。相手の邪魔は禁止」
「転移魔法は禁止した?」
「もちろん。山全体から一気に吸い寄せるようなマネも禁止したよ」
魔の山域が近づいてくる。
飛竜は素早く飛び回っているが、オセロは高い峰の頂に座っていた。
「どうしたんだろ?」
「探索魔法を使ってるんじゃねえか?
土地勘のない山を闇雲に探すより、最初に位置を割り出した方が早いだろ」
「フラッシュは探知魔法使えないよね?」
「ああ。分かるのは、魔力の濃い薄いくらいだな。
その代わり、あいつには土地勘はある」
山の斜面を滑るように飛んでいたフラッシュが、突然、翼をたたんだ。
急降下し、こんもりとした木々の中へ突っ込んでいく。
「さっそく、一つだね」
再び空へ舞い上がってきたフラッシュは、足に輪型の瘴石をつかんでいた。
ギャッ! と、嬉しそうな鳴き声が響いた。
「暴竜も動き出したな」
バサリ、とオセロが峰から飛び立つ。
飛行に特化した細身の飛竜に対し、炎竜の体つきは戦闘向きだ。
体は大きく、翼も厚い。飛ぶ姿は重々しかった。
「……あれ?」
ユディは二頭の進行方向を見比べた。
「同じところ目指してない?」
「みたいだな」
西からはフラッシュが、東からはオセロが。
二頭とも、谷底の河原へ向かっている。
双眼鏡でのぞけば、輪型の瘴石が転がっていた。
「これは早いもん勝ちだな」
フラッシュが先に高度を下げた。
風の流れを読みながら大きく旋回し、少しずつ角度を詰めていく。
一方、オセロは――
「……降りないね」
まだ真っ直ぐ飛んでくる。
「通り過ぎる気か?」
「あそこのは諦めたのかな」
二人が首を傾げた、その瞬間。
オセロの前方に、円形の結界が出現した。
「え?」
次いで、オセロが宙返りする。
後脚が結界を捉えた。
蹴る。
結界を空中の壁代わりにして。
黒い巨体が、あり得ない角度で急降下した。
「うわっ!?」
黒い影が、あっという間に飛竜を抜き去った。
河原すれすれを飛び抜けながら、瘴石を前脚でかっさらう。
「そうやる!?」
「ははっ! おもしれえこと考えるな!」
風龍も驚いたのか、ぶわりと風が起きた。
さらにオセロは、地面すれすれに新たな結界を展開した。
それを蹴って、一気に急上昇。
向かい風すら突き抜けて、高空へと戻っていった。
「結界って、あんな使い方するものなの……?」
「普通はしねえな」
フラッシュは一瞬、呆気に取られていた。
だが、すぐに立て直し、風の流れへ乗る。
さっきよりも速度を上げ、次の地点へ飛び去っていった。
「いい勝負になりそうだな」
グリードが楽しげに笑う。
風龍がそよそよと風を起こした。
太陽が真上へ差しかかった頃。
グリードがラッパを吹いた。
終了の合図だ。
二頭が北山の広場へ着陸する。
ユディとグリードも、地面へ降りた。
地面には、回収された瘴石が積まれていた。
紫色のもやが漂っている。
風龍が気を利かせ、瘴気を遮る結界を張ってくれた。
「ひい、ふう、みい……」
グリードが指差していく。
「暴竜が六。フラッシュが五、か」
「ギュル……」
フラッシュが低く喉を鳴らした。
悔しそうに前脚で地面をかく。
翼を半分広げ、もう一度やらせろとでも言いたげに山々を睨んだ。
「残念だったな、相棒」
「飛ぶしか能がねえ奴とは、頭も体も使い方が違うんでね」
間髪入れずに、オセロが鼻で笑う。
「オセロ!」
ユディは肩をいからせたが、グリードは気にした様子もない。
フラッシュの頭を抱き寄せる。
「惜しかったな。でも、純粋に飛ぶ技術でいったらおまえの勝ちさ」
ぎゅるぎゅると、飛竜の喉が鳴っている。
まだ不満そうだ。
「特に三つ目、すごかったじゃないか。あんな狭い谷間にまで入っていってよ。
あそこは風を読むのも難しいのに、少しもまごつかずに石まで一直線。
さすがだよ」
グリードはほれぼれと、細い体を撫でる。
「……ギュ」
喉の鳴る音が、少し変わった。
やがてフラッシュは諦めたように翼をたたむ。
そして、もっと労えと言わんばかりに、主人の肩へあご下をこすりつけた。
「はいはい。帰ったら、肉な」
「ギャッ!」
「単純〜」
オセロが冷やかしたが、グリードはにかっと笑う。
「そこがいいんだよ」
「これでどっちが上か分かっだろ、羽虫。今度から頭を低くして迎えろ」
「オセロ!」
またユディはたしなめた。
金色の瞳と、視線が合う。
ほんの少し迷ってから、労いを口にした。
「……お疲れさま」
「別に。おまえに頼まれたわけじゃなく、遊んでただけだし」
そっけなく、顔を背けられる。
「……うん」
まだ怒っている。
当然だ。
しかし、無視されなかったことには、ほっとした。
「ユディ、帰りはどうする? 風龍に頼むか?」
「えっ、あっ」
グリードに聞かれて、ユディはうろたえた。
そろそろと、自分の契約獣をうかがう。
「……オセロ。乗せてくれる?」
金色の目だけが、ちらりとこちらを向いた。
「自分で飛べもしないなんて、羽虫以下だよな」
嫌味は言うものの、乗りやすいように首を下げてくれる。
「ありがとう」
返事はなかった。
しかし、ユディが乗っている間、揺れないようにゆっくり飛んでくれていた。




