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落ちこぼれ召喚士、最強竜を召喚してしまう  作者: サモト
第2部

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14話 暴竜オセロの動かし方

 その日の夕食。

 ユディは自分の分をオセロに分けるつもりでいたが、オセロは食卓に現れなかった。


 呼応の呪文にも応じない。

 窓から見れば、黒い竜は山頂の岩場に伏せたままだった。


 直接呼びに行こうとも考えたが、やめる。


『俺のこと、本当に相棒だって思ってる?』


 あの問いへの答えが、まだ見つかっていなかった。

 何も知らないルークは、気楽に椅子を引く。


「まあ、食べよう。気が向いたら来るさ」

「……うん」


 久しぶりに食べるラミーの料理はおいしかったが、今日は喉を通りにくかった。

 団欒の時間もそこそこに、自室へ戻る。

 オセロの寝床は空っぽだ。


(……私、どうしたいんだろう)


 普通ではないオセロに、普通を求めても仕方がないと理解している。

 だが、ユディ自身はただの学生で、まだ初級召喚士だ。


「はあ……」


 ため息をつき、明かりを吹き消してベッドに入る。

 答えの出ないまま、眠りに落ちた。


 ――ドォン!


 唐突に、衝撃音が夜の静寂を破った。


「!?」


 ユディは何事かと飛び起きた。

 窓から身を乗り出す。


(何? 花火?)


 月は中天にあった。

 真夜中に聞こえていい音ではない。


(村じゃない……もっと向こうだ)


 ユディは見回りに使う双眼鏡を手に取った。

 向かいの山々――魔の山域を探る。

 木々の間から、黒い小さな影が次々と空へ飛び出してくるのが見えた。


(……コウモリ?)


 不規則な飛び方から、そうと知れた。


(魔獣化してる)


 体は通常より大きく、目が赤く光っている。

 数十匹——いや、もっといるかもしれない。

 騒がしく鳴きながら、一か所をめがけて飛んでいく。


 その先には、黒い竜がいた。


(さっきの爆音は、オセロのしわざ!?)


 ねぐらを襲撃されたコウモリたちが、怒り狂っているのだろう。

 オセロへ一斉に襲いかかる。


 しかし、オセロは逃げない。

 慌てず騒がず、結界を展開した。

 向かってくるコウモリたちを、まとめて包み込むように。


 中にぎっちりと魔獣の詰まった、巨大な球体ができあがった。


(一網打尽にするのかな?)


 結界の中で火の魔法でも起こすのかと思ったが、違った。


 ――ドゴン!


 オセロは球体の結界を、しっぽで蹴った。

 魔獣ボールが吹き飛び、正面にそそり立つ崖へ激突する。

 跳ね返ってきたところを、今度は後ろ脚で。

 次は頭で。

 ドゴン、ドゴン、と鈍い衝撃音が夜の山に響き続ける。


(あ、遊んでる!?)


 ユディは口を半開きにした。


「あれ……暴竜か?」


 隣の窓から、ルークも顔を出していた。

 ユディは気まずくうなずく。


「いったい、何をしてるんだ?」

「魔獣化したコウモリを結界に閉じ込めて、ボール遊び」

「……」


 ルークが無言になる。

 言われなくても、感想は分かった。

 悪趣味、の一言に尽きる。


 衝撃音に気づき、村のあちこちで灯りが点きはじめた。

 家から出て、魔の山域を眺めている人影もある。


「と、止めた方がいいかな?」


 ユディが言った直後。


 ――ドオオンッ!


 これまでで一番大きな音が響いた。

 崖の一部が崩れる。

 オセロの歓喜の雄叫びが、やかましく山々に響き渡った。


「……終わったかな」

「分からんが、一休みするようだな」


 ルークの言葉通り、オセロは蹴るのをやめた。

 前脚で球体をつかむと、そのまま崖の上へ移動する。


「何してるんだろ?」


 オセロが前脚の爪で、球体結界に小さな穴を開けた。

 ふらふらとコウモリが飛び出してくる。

 オセロはそれらを一匹ずつ宙に固定し、空中へ並べはじめた。


「何をするんだ……?」


 ルークも自分の双眼鏡をのぞき込む。

 二人の疑問には、ほどなくして答えが出た。


「……あれって……」


 夜空に並べられた無数のコウモリは、一つの単語をつづっていた。

 オセロ、と。


「……」


 ユディもルークも、そっと双眼鏡を下ろした。


 完成した文字が、一斉に燃え上がる。

 オセロの三文字が、よりくっきりと夜空に刻まれた。

 最後には、花火のように爆散する。


「ぎゃははははは!」


 山々に、下品な笑い声が響き渡った。


 何が起きているのか分かっていない村人たちは、華々しい光景に歓声を上げた。

 拍手まで聞こえてくる。

 事情を知る父娘だけが、沈黙していた。


「……やれやれ。大人しくしてると思ったが。やっぱり暴竜だな」


 ルークが深いため息をつく。


 ユディは口ごもった。

 もしかしたら、昼間に自分と言い争ったことも関係しているのかもしれない。


「ユディ。明日、じいさまのところへ行ってきなさい」

「おじいちゃんのところ?」


 ルークは遠くのオセロへ目をやった。


「また夜中にあんなことをされたら敵わない。

 どうせ魔の山域で暴れられるなら、こっちが何とかしてほしい場所で暴れてもらう方がいい」


「分かった」


 ユディはうなずいたが、不安をこぼした。


「でも、オセロが従ってくれるかな」


「そこも含めて、じいさまなら何とかしてくれるさ。

 ああいう荒っぽい幻獣の扱いは、うちじゃ一番うまい」


 話し合いが済むと、ユディはまたベッドへ戻った。

 でも、すぐには寝つけない。

 さっきの光景が、頭に浮かんでくる。


(……っていうか。跳ねる結界なんてあるんだ)


 何十匹ものコウモリを、一匹ずつ宙に固定し、文字の形に並べたことも驚きだ。

 いったいどんな仕組みなのか、ユディには見当もつかない。

 また一つ、オセロの訳の分からなさが増した。


 そして何より怖いのは、あれがオセロにとって特別な技でもなんでもないことだ。

 渾身の魔術ではなく、ただの遊び。


「もう……全然ついていけないよ!」


 ユディは枕を抱きしめ、ベッドに突っ伏した。


 翌日。

 ユディは祖父のところへ行くつもりで支度をしていたが、その必要はなかった。

 向こうから来てくれたのだ。


「おう、ユディ!」


 飛竜の背から、大きな声が飛んでくる。


「南山の見回り、ありがとな! おかげで奥の集落まで行ってこられたぞ」


 祖父のグリードは機嫌よく笑い、飛竜の背から降りた。

 土産、と荷袋を渡してくる。

 奥の集落でもらったという野菜や果物、それから細かな魔石屑が入っていた。


「ありがとう、おじいちゃん」

「で」


 グリードは妙に楽しそうな顔をした。


「昨日の夜の、ありゃなんだ?」


 アレというのは、オセロのことだろう。

 グリードも見ていたらしい。


「おまえさんの指示か?」

「違うよ! オセロが勝手にやったの!」


 ユディは激しく首を横に振った。


「相手が魔獣だからって、あんなひどい遊びをするなんて」

「まあ、褒められたことじゃねえな」


 グリードは苦笑したが、その目は輝いていた。


「でも、魔法の披露としてはおもしろかったな。

 球体の結界をボール代わりにして、それから魔獣を空中固定。

 あんなことできるのか、暴竜は!」


「楽しそうだね、おじいちゃん」

「他人事だからな!」


 あっけらかんと笑ってから、グリードは山頂を見上げた。

 今日も黒い竜体が、岩場に伏せている。


「びっくりするくらい大人しくしてたが、さすがに退屈したかね」

「……分かんない」


 ユディはうつむいた。


「退屈してたのか、私のことで腹を立ててたのか」

「ん? なんかあったのか」

「昨日のお昼に、ちょっと喧嘩しちゃって」


 ユディたちは、軒下にある椅子へ場所を移した。


 オセロが見回りを嫌がったこと。

 山全体の魔力を一気に散らしたこと。

 悪魔に仕事を丸投げしたこと。

 それが怖くなり、ユディがオセロに頼むこと自体を避けてしまったこと。


 それらを、ユディは祖父に打ち明けた。


「オセロに、悪いことしたと思ってるんだ。

 怖がって使わないんじゃ、相棒とは言えないなって」


 ユディは膝の上で手を握った。


「でも、これからどう扱っていけばいいのかも分からなくて。

 どうやって指示を出せばいいのか、困ってる」


「なるほど」


 グリードは白髭の生えたあごをさすった。

 ふと、首を傾げる。


「ユディ。そもそもおまえさん、あの暴竜とどうやって契約したんだ?」

「え?」

「何を言って、あのクセモノをその気にさせた?」


 問われて、ユディは少し前のことを思い返した。


「……オセロに、ヒーローになってって頼んだの」

「ほう?」


 グリードが緑色の目を軽く見張った。


「評判は最悪だけど、誰より強いでしょ?

 正義の味方になったら、完全無敵のヒーローになるって思ったんだ」


 今さら口にすると、少し恥ずかしい。


「今考えると、むちゃくちゃだよね。

 でも、オセロはそこを面白がってくれて。それで契約してくれたの」


「いいじゃねえか。逆転の発想だ」


 グリードはにやりと、心底楽しげに笑った。


「なら、見回りだの豆剥きだのは、大事な仕事じゃあるが、ちょっと役が違うよな」

「そうだけど。私に任される仕事なんて、今はそんなものしかないよ」


 ユディは眉を寄せ、口をとがらせた。


「ただ普通に仕事をしてくれればいいのに、オセロだと普通にならないんだよ」


 ため息を吐くと、フラッシュが頭にあごを乗せてきた。

 励ましてくれている、らしい。


「ところでよ。フラッシュのやつ、荷物の運搬って嫌いなんだよ」

「え? そうなの?」


 意外だった。

 フラッシュは普段から、人や荷物を載せて村と山間の集落を行き来している。

 好きとまではいかなくても、嫌いだとは思わなかった。


「速く飛ぼうと思うと、余計なもんは邪魔だからな」

「でも、やってくれるんだね。現界で飛ぶのが楽しいから?」

「俺がこの翼に惚れ込んでるからってのもある」


 いつも見ているだろうに、グリードはつくづくと相棒を眺めた。


「フラッシュは速い上に、飛び方も安定してる。

 だから『おまえの飛ぶところが見たい』って口説いたんだ」


「……それって、つまり」


「そ。荷物を運んでくれるのはさ、こいつが俺にいいとこ見せてくれてるんだよ」


 グリードは自慢げに笑った。


「暴竜も一緒だろ。おまえにいいとこ見せてやるって、契約してくれたんだろ?」

「……そう、かも」


 いや、そうだ。

 特等席のかぶりつきで、自分の活躍を見せてやる。

 確かに、そう言ってくれた。


「だったら仕事だって、あいつがいいところを見せられる形で頼んだらどうだ?」

「……たとえば?」


 グリードは「そうさな」と軽く空を仰いだ。


「あれだけ魔法が得意で、遊び好きなんだ。

 ただ瘴気を散らすにしても、何か風魔法に工夫を加えてもらうとか。

 魔獣退治なら、周りに一切被害を出さず倒してもらうとか。


 仕事を遊びにして、遊びにルールを設ける。

 そういう頼み方の方が、やる気になるんじゃねえかな」


「確かに……そういう方が、オセロは好きそう」


 普通ではない幻獣に、普通の仕事を頼んでもうまくいかない。

 その答えが、やっと見えた気がした。


「おじいちゃん」


 ユディは机に身を乗り出した。


「魔の山域で、オセロが暴れてもいい場所ってある?」

「おう、あるある。頼めりゃ世話なしと思って、わざわざ戻ってきたんだよ」


「どこ?」

「待て、待て」


 身を乗り出すユディを、祖父が手で制した。


「頼むなら、もう二、三日待とうや」

「どうして?」


「昨夜、あんだけ派手に暴れて発散したばっかりだ。

 今すぐ仕事を持っていっても、乗りはいまいちだろ」


「でも、早く仲直りしたい。機嫌悪いと、また何するか分からないし」


 祖父の眉が上がった。


「ご機嫌取りで仕事を頼むのか? そういうのは見抜かれるぞ」


 ユディははっとした。

 それでは結局、オセロが何をしたいのかではなく、暴れられるのが怖いから仕事を与えるだけだ。


「手綱を馬に持たせてどうする。おまえさんは主人だろう」

「……うん」


 ユディは背筋を伸ばした。

 主人と言っても、オセロより立場が上だという気はしない。

 だからといって、手綱を放していい立場でもなかった。


「二日後に、また来る。もし雨が降ったら、止んだ日に」

「分かった」

「じゃ、また奥の集落へ戻るわ。ルークによろしくな」


 グリードが腰を上げる。

 すると、フラッシュは急にぺたりとお腹を地面につけた。

 動きたくない、と言いたげだ。


「あーあ。長いこと縄張りを離れてるから、また奥の集落まで行くの嫌がってんな」


 グリードは苦笑して、しゃがみ込んだ。


「いい南風だな、相棒」


 はたはたと、庭に干された洗濯物が風にはためく。

 飛竜が風の調子を確かめるように、鼻先を上げた。


「今日なら、十回の羽ばたきでどこまで行けるだろうな?」


 翼に軽く触れながら、グリードが挑発的に語りかける。

 フラッシュがゆっくりと体を持ち上げた。


「自慢の翼を見せてくれるか?」

「ギャッ!」


 グリードが飛竜の背にまたがる。


「じゃ、またな!」


 ひときわ強い風が吹いた。

 機を逃さず、フラッシュが地面を蹴る。

 細身の竜体は滑るように斜面を駆け下り、そのまま風をつかんで空へ舞い上がった。


「……どっちも楽しそう」


 悠々と村を越え、さらに奥へ飛び去っていく姿を見送りながら、ユディはぽつりとつぶやいた。


 欲しい未来の形が、少しつかめた気がした。

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