10話 いざ実践!
約束通り、オセロはスペイド家から牛一頭分のコース料理を振る舞われた。
牛脳のフリット、テールスープ、骨髄のロースト。
頬肉のワイン煮込みに、心臓の串焼き、肝臓のパテ。
もちろん、巨大なステーキも出た。
あらゆる部位をくまなく使った料理が、次々と運ばれてくる。
「うん、どれも合格点」
巨大なミートパイを切り崩しながら、オセロが尊大に評した。
別テーブルにいるルジェに、軽く手を上げる。
「ボクちゃん、これは褒めてやるわ」
「それはどうも。厨房に伝えておく」
ルジェは淡々と返し、隣のユディへ顔を向けた。
「すごいな、竜の食欲は。毎日、いったいどれだけ食べるんだ?」
「今日が特別なだけで、いつもあんなに食べるわけじゃないよ」
ユディは、一人分の小さなミートパイを食べながら答えた。
ユディもまた、夕食をごちそうになっている。
「幻獣って、本当は食事をしなくても平気なんだ。
契約者から維持魔力をもらっていれば、体は保てるから」
「そうなのか?」
「だって、ナイトさん、食べていなくても平気でしょ?」
先ほどから、ユディたちのテーブルに運ばれてくる料理は二人分。
ナイトの前には、水の入ったグラスがあるだけだ。
「ナイトが水しか口にしないのは、そういう種族だからだと思っていた」
「幻獣にとって食事は娯楽なんだって。幻界では、味わうための肉体がないから」
「つまり、あれは生命維持ではなく遊びか」
ルジェは、オセロが積み上げていく皿を眺めた。
「うん。でも、まったく意味がないわけでもないよ。
体を保つ助けになるし、契約者が渡す維持魔力も少し軽くなるんだ」
「なるほど。補助燃料みたいなものだな」
納得したものの、ルジェは皿の山に呆れる。
「遊びにしても、補給にしても、度を越してないか?」
「すがすがしいくらい豪快な楽しみ方だよね」
触発されたのか、ナイトが初めてグラスに口をつけた。
桃とミントで風味づけされた水を、ゆっくりと飲み下す。
「それにしても」
桃のシャーベットをすくいながら、ユディは苦笑いした。
「ナイトさんから『ルジェを魔法から引き離すために、遊びに来てほしい』って言われたのに。
結局、余計に魔法へ引っ張り込んじゃいましたね」
「ううん、来てくれただけで十分だよ。魔導士以外とも接点を持ってほしいから」
ナイトはそう言ってくれるが、ユディは気になった。
何か案はないかと、頭をひねる。
「――そうだ。ルジェは、幻獣に興味ある?」
「ないこともないが」
「よかったら、一緒に幻獣博覧会へ行かない?」
ユディは身を乗り出した。
今日のお礼をしたいし、ルジェを一日、魔法から引き離す口実にもなる。
「珍しい幻獣が見られるし、触れ合うこともできるんだよ。
パレードやショーもあって、幻獣に詳しくなくても楽しめるよ!」
自分が一番楽しみにしていることもあり、ユディは力強く訴えた。
ナイトが後押しする。
「ユディは幻獣にとても詳しいから、一緒に回ると勉強になるんじゃないかな?」
付き合いが長いだけあって、守護幻獣の誘導は見事だった。
勉強、という単語に、ルジェが反応する。
「確かにいい経験かもしれない。せっかくだから、一緒に行かせてもらうよ」
「うん、ぜひ!」
ユディは手を叩いた。
「チケットはこっちで用意するから。今日のお礼に」
「いや、それはちゃんと支払う」
「いいの、いいの。うち、おじいちゃんが博覧会のスタッフだから、無料券が回ってくるんだ」
日取りが決まる頃には、オセロも最後の一皿を平らげていた。
満足げに、ナプキンで口の端をぬぐう。
ユディは席を立った。
「オセロ、満足した?」
「した。人間の体だと食いでがあるな」
テーブルの両端には、皿がうず高く積み上がっている。
串には肉のかけらもなく、骨も筋一本残っていない。
皿もきれいなもので、ソースの一滴すら見当たらなかった。
嵐が通過した後のようだ。
給仕は感心するやら呆れるやらで、ぽかんと口を開けていた。
「ルジェ、ナイトさん。本当にお世話になりました。ごちそうさまです」
「これからは、暴竜への指示がうまくいくといいな」
「じゃあ、また幻獣博覧会で」
オセロの転移魔法で、ユディは家へと帰った。
戻った頃には、もう夜だった。
山間の村は、満天の星の下、静けさに包まれている。
両親は、庭へ面した軒下にいた。
夕食はすでに済んでおり、炭火台には埋め火が残っているだけだった。
ダイスが丁寧に、鉄串や網についた汚れをこそげ落としている。
母のジュディは魔狼にブラシをかけ、父のルークはフェニックスの炎を明かりにブーツの手入れをしていた。
いつもの食後の光景だ。
夜風が軒下を抜け、炭火の残り香と庭の草いきれをさらっていく。
「おかえり、ユディ」
娘に気づいて、ジュディが顔を上げた。
「オセロさんの能力試験は、無事に終わった?」
「うん。なんかすごかったよ。魔力の出力計は壊れるし、保有量を調べる魔石は瘴石になるし」
「――」
沈黙が落ちた。
安穏としていた空気が、ぴんと張る。
しまった、とユディは思った。
ただでさえ、家族はオセロを警戒している。
それなのに、自分から警戒心を煽る話をしてしまった。
フェニックスのまとう炎が、少しふくらむ。
胸の奥がきゅっと縮んだ。
「やっぱり、暴竜の異名はダテじゃないわねえ」
硬くなった空気をやわらげるように、ジュディが穏やかに言う。
「事故が起きなくてよかったわ。お疲れさま」
「うん」
話したいことは山ほどあったが、ユディは飲み込んだ。
ルークは黙って手を動かしている。
「そうそう」
ジュディが明るい声で話題を変えた。
「今日ね、お父さんがお仕事のお礼に、またお野菜をたくさんいただいたのよ。
明日、ピクルスにするのを手伝ってくれる?」
「分かった」
ユディはなんでもないように微笑み、自室へ戻った。
オセロは、さっさと寝床に入っている。
カゴの中で翼をたたみ、丸まっている小竜の姿はかわいらしい――見ているだけならば。
(気をつけなくちゃ、なあ)
ユディは今日のメモ帳をぱらぱらとめくった。
常識外れの結果の数々に、眉尻が下がる。
(もし間違った使い方をしたら。もしオセロが面白がってやりすぎたら。
本当に、大変なことになるんだ)
ずしりと、石を吞んだように胃が重くなった。
大きく息を吐いて、緊張を解く。
「おやすみ、オセロ。今日はちゃんと試験を受けてくれてありがとう」
頭をちょんと押すと、黒いしっぽが軽く動いた。
翌日も良い天気だった。
ジュディが朝の見回りへ出かけている間に、ユディはピクルス用の瓶の準備をする。
「今日も暑いなあ」
庭先には、予洗いを終えた瓶がずらりと並んでいる。
ユディは額の汗をぬぐった。
これから瓶を大鍋で煮て、煮沸消毒だ。暑さを思うとうんざりする。
「――そうだ」
思いついたことがあって、ユディは杖を手に取った。
「我が呼びかけに応えよ」
山頂にいるはずの契約獣を呼んでみる。
期待半分だったが、呼びかけは成功した。
黒髪金眼の少年が、あくびをしながら庭先に現れる。
「なんか用?」
「オセロ、この瓶に第一等級の浄化魔法ってかけられる?」
思ってもいない用事だったのだろう、オセロは片眉を上げた。
「第一等級の浄化魔法は、調理器具の簡単な消毒にも使えるって、基準表に書いてあったから」
オセロは退屈そうに、手を一振りした。
淡い光が、瓶の列をなぞる。
「す……すごい!」
ユディは思わず瓶を持ち上げた。
「三十分はかかる作業が、たった三秒で……!?」
「だから、おまえ。俺様で感動する方向、違うだろ」
「すごいよ、オセロ。台所の救世主! ありがとう!」
「称号が破滅的にダサい」
オセロは顔をしかめたが、ユディはもう次の可能性に気づいていた。
まだ洗っていないキュウリを運んでくる。
それを大樽へどさどさと入れた。
「オセロ、ここに七分目まで水を溜めて」
「で、風魔法で撹拌しろってか?」
「そう! 第一等級でね。強くしないで、優しくお願いします」
「俺様の超絶技巧、昨日見ただろ。なめんな」
オセロが手をかざす。
樽の中に水が湧き、キュウリがぷかぷか浮いた。
続けて、やわらかな風が水を回しはじめる。
ぐるぐる、ざぶざぶ。
樽の中で、キュウリが回る。
互いにぶつかっても傷まない程度の、ちょうどいい流れだ。
汚れが浮き、水が少しずつ濁っていく。
「わあ……!」
ユディは樽の縁に手をかけ、中をのぞき込んだ。
数分も経たないうちに、キュウリはきれいになっていた。
「すごい! これでもう、冬に川辺で凍えながら野菜を洗わなくて済むんだ……! うっかり流された野菜を追わなくていいんだ……!」
「感動ポイントが哀れみを誘うレベル」
「ありがとう、オセロ! 台所の守護竜!」
「センスゼロ。却下」
キュウリをざるに上げている途中で、ユディはさらに気づいた。
「っていうか、オセロの亜空間に時間停止つきでキュウリをしまってもらえば、そもそもピクルスを作らなくていいんじゃ――」
オセロが、洗ったばかりのキュウリを三本つかんだ。
指に力がこもり、みし、と嫌な音がする。
「嘘、嘘です! キュウリ折らないで!」
ユディはオセロの手から、キュウリ三本を返してもらった。
「もっとこの俺様にふさわしい仕事を持ってこい」
「ハイ。後でお母さんに、魔獣退治の仕事がないか聞いてみます」
オセロは軒下の籐椅子にどかりと腰を下ろした。
頬杖をつき、作業を見守る姿勢に入る。
「そういう助っ人が欲しいなら、幻界から呼んでやろうか」
ユディがキュウリの水気を拭いていると、オセロがぽつりと言った。
「呼ぶ……って?」
「呼ぶは呼ぶだよ。召喚」
ユディは目を丸くした。
「幻獣に召喚はできないでしょ?」
「例外があるだろ。召喚モドキをやれるヤツがいるだろ」
「……神器・招霊鏡のこと?」
招霊鏡は、その名の通り、大きな丸鏡の姿をしている。
幻獣の名を言うだけで召喚を代行してくれる、特殊な幻獣だ。
「正規の召喚じゃねえから、呼ばれた幻獣の能力は落ちるけどな」
オセロはざるからキュウリを一本取る。
「俺のはそれよりさらに劣る。でも、一日作業させるくらいなら十分だろ」
「……そんなことまでできるの?」
ユディはまじまじとオセロを見た。
自分の契約獣は、つくづく非常識の塊だ。
幻獣に召喚はできないという前提すら、平然とひっくり返してくる。
「で、誰がいい?」
バリッ、とオセロはキュウリをかじった。
ユディはまだ衝撃の余韻から抜けていないのに、向こうはどんどん話を進めてくる。
「一日でも現界に来たいってヤツはたくさんいるからな、誰でも呼んでやるぜ。
ベルフェゴールとかいいかもな」
「ベルフェゴールって……七大悪魔の一人だよね? 怠惰の悪魔」
「そ。あいつ、楽するために徹夜するタイプだから。
雑用頼むと、全力で時短の方法を考えてくるぜ」
「け、結構です」
ユディは首を横に振った。
七大悪魔となれば、高位幻獣だ。
自分の手に負えない幻獣が、また一匹増えてしまう。
「え? 誠に結構な案? じゃあ、七人全員呼ぶわ。
ベルフェはおまえに貸すから、あとは俺の遊び相手ってことで」
「この場合の結構ですは、いらないってこと!」
ユディが慌てて止めた、その時。
「ウォンッ!」
吠え声がした。
母の契約獣、魔狼の鳴き声だ。
山頂からの坂道を駆け下りてくるのが見える。
その前方には、一匹の野犬。
目は赤く光り、口からは太い牙がのぞいている。
不自然に盛り上がった背には、瘴気がまとわりついていた。
もはや犬ではなく、魔獣だ。
「ユディ! 家に入って!」
魔狼の後を追いながら、ジュディが叫ぶ。
ユディはすぐに身を引っ込めた。
「おい、オーダー」
横から、オセロの声が飛んでくる。
ユディははっとして、立ち止まった。
今こそ努力の成果を見せる時だ。
「オセロ! あの魔獣を、第三等級の雷撃で攻撃して!」
「はいよ」
オセロが指を鳴らした。
たちまち、雷撃が魔獣を襲う。
「ギャウッ!」
魔獣はその場にひっくり返った。
焦げた匂いが漂う。
少しの間、ぴくぴくと痙攣していたが、やがて動かなくなった。
魔狼が足を止め、様子をうかがう。
鼻先でつついても、何の反応もない。
絶命を報告するように、主のジュディに向かって短く吠えた。
「あら……まあ」
驚く母の声に、責める響きはない。
ジュディがふっと微笑んだ。
「ありがとう、二人とも」
ユディの胸に、熱いものがこみ上げた。
「やったあ!」
思い切り飛び跳ねて、ユディは自分の契約獣に抱きついた。




