9話 試験です(後半)
「で、次は?」
想定外ばかりの試験結果に興奮している人々をよそに、オセロは冷めていた。
眠たげにあくびをする。
「さっさと終わらせて寝てえんだけど」
「オセロ、この時間、いつも寝てるもんね……」
朝食を終えた後は、オセロにとって大事な二度寝の時間である。
山頂で風に吹かれて眠るのが、最近の日課だ。
「昨日は夜中に、窓からコウモリが飛び込んできて起こされたし。安眠妨害。滅びろ田舎」
忌々しげなオセロに、ユディは口をとがらせた。
「それで家の周りに結界を張るの、やめてよ。お父さんが家に入れなくて、野宿になったんだよ?」
「俺の睡眠の方が大事」
「家族は出入り自由とか、できないの?」
「むりー」
言い合う二人をよそに、ルジェは淡々と次の準備を進めている。
オセロの言動をいちいち拾っていては試験が進まない。
そう理解している態度だった。
「四つ目は技能試験だ。対象選別、同時展開、属性適性を見る。
これから出す指示に従って、あの的を攻撃してくれ」
ルジェが示した先には、的が四つ並べられていた。
先日、スペイド家の実技場にあったものと同じだ。
円形で、五重の円が描かれている。
ただ今日は、赤、白、赤、白と、布切れで色分けされていた。
「赤い的には第一等級の火矢、白い的には第二等級の風刃を。
魔法陣を二つ展開して、同時に処理できるか見たい」
ユディは目をしばたたかせた。
赤い的には火矢。
白い的には風刃。
しかも同時に。
聞いただけで、頭の中の魔法陣がぐちゃぐちゃになりそうだ。
「へーへー。あくびが出るわ」
オセロが指を鳴らすと、魔法陣が二つ展開された。
一本だけの火矢が、赤い的へ放たれる。
同時に、もう一つの魔法陣から風刃が白い的へと飛ぶ。
どの的も、円が二重に光った。
「成功!」
ユディは拍手したが、オセロは心外そうだった。
この程度で褒められても嬉しくない、と言いたげな顔だ。
「ルジェ、これで何が分かるの?」
「魔導士としての階級だ」
書類に結果を記録しながら、ルジェが説明する。
「対象の選別ができ、かつ二種類の魔法を同時に行使できる。
熟練の上級魔導士の域だな。最低でも」
「最低でも……」
ユディは持っていたメモ帳に、そのことを書き込んだ。
自分の契約獣のことは、できるだけ把握しておきたい。
「……あのさ、ルジェ。オセロなら、決まった人だけ行き来できる結界を張れたりする?」
「あくびが出るくらい簡単じゃないのか?」
ユディはすぐさまオセロを振り返った。
「オセロ! 結界のこと、さっき嘘ついたでしょ!」
「技術的にムリとは言ってないもん。俺様のやる気的にムリって意味だもん」
「なお悪いよ!」
ユディはメモ帳に『言葉どおりに受け取らないこと』と太字で書きつけた。
「では、属性適性の続きだ。またあの的を使う」
ルジェは的を指した。
数が減って、一つだけになっている。
「基本属性のうち、火、風、光は今までに見せてもらった。
残る属性の水と地で、あの的を凍らせてくれ。
そして、闇属性の結界で的を見えなくしてくれ」
「どうせなら、全部まとめて見せてやんよ」
オセロは的に背を向け、テントから出た。
演習場の、平らにならされた地面に手をかざす。
「まずは地」
ずん、と地面が振動した。
ユディたちがテントから出てみると、地面が丸くへこんでいた。
「次は水」
へこんだ地面の底に、どこからともなく水が湧く。
「光」
オセロが軽く手を振ると、水中に光球が生まれた――ようだった。
夏の日差しがまぶしく水面を照らしているので、少し分かりづらい。
「映えねえな」
オセロがもう一度、手を振る。
パキパキと音を立てて、即席の池が凍り出した。
平らに凍るだけでなく、氷は盛り上がり、やがて小さな氷山となる。
その奥で、光球が淡く輝いていた。
「きれい」
「だろ」
ご主人様に胸を張った後、オセロは指を鳴らした。
途端、氷山が消える。
「え――」
ユディは目をこすった。
あったはずの人工池が見えない。
「闇。見えなくしただけ」
オセロはにやりと笑い、手で払う仕草をした。
闇属性で隠されていた氷の池が、ふたたび見えるようになる。
「で――最後は」
氷の中に、魔法陣が生まれる。
見た瞬間、ルジェが叫んだ。
「全員、下がれ!」
「おしまい!」
風と火の魔法が、池の中で爆発した。
氷が大きな破片となって飛び散る。
「ひゃっ」
ユディは腕で顔をかばった。
しかし、痛みはなかった。
池の縁で、氷片は見えない壁に阻まれた。ばらばらと内側へ落ちていく。
どうやら闇属性は解除したものの、防壁そのものは残してあったらしい。
「以上、オセロ様の属性披露ショーでしたー!」
「爆発させるなー!」
芝居がかった一礼をするオセロに、拍手ではなく野次が浴びせられた。
ルジェは、はあっと肩を落とす。
「土で床をへこませ、水を生み、水と地で凍らせ、光らせ、闇で隠し、風と火で爆発――か。属性も万能らしいな」
ルジェが苦々しげに結果を記録する。
ユディもペンを走らせていると、どこかからつぶやきが聞こえた。
「……この属性確認、効率いいな」
観客である魔導士たちは、怒ると同時に感心もしていた。
「もう寝ていい?」
属性披露ショーを終えたオセロは、さっきよりさらに眠そうだった。
大きなあくびをする。じき、舟を漕ぎ出しそうだ。
「構わないが」
ルジェが、手にしていた書類を閉じた。隣のナイトに預ける。
「最終試験は、魔導士と戦ってもらうことだ。寝ていると、危ないんじゃないか?」
ルジェは腰に差していた杖を抜いた。
同時に、観衆の中から魔導士が二人、進み出てくる。
オセロの半分閉じていたまぶたが、全開になった。
「寝てても勝てるわ、おまえらなんて」
闘争本能に火をつけられ、金色の目がぎらりと光る。
ユディは青ざめた。
「だだだ大丈夫なんですか、ナイトさん!」
「たぶん。一応、どちらも上級魔導士だし、一度は対竜戦を経験しているベテランだよ」
「あ、それなら……」
ユディはほっとしたが、
「ちゃんとルジェが『即死の可能性もある』って危険性の説明も済ませて、了承を取っているよ」
「やっぱり止めましょう!」
「僕もさんざん止めたんだけどね……。
魔導士って、たまに命と探求心を同列に置くから」
ナイトはもはや諦め顔で、魔力回復薬を握っていた。
万が一の時には、蘇生魔法を三連続で行使する予定らしい。
「マジでやんのか、坊ちゃんたち。今日が命日になるぜ?」
「本気でやり合う気はない。今日はあくまで試験だからな」
耐魔法効果の付与されたローブや護符を身につけながら、ルジェが言う。
「制限時間は十分。
それまでの間に、僕ら三人を殺さず戦闘不能にすれば、そちらの勝ち。
おまえに一撃でも有効打を入れるか、十分間耐えれば、こちらの勝ちだ」
「俺だけ難易度高くね?」
「この先、殺さず戦闘不能にしろと指示を受けることもあるだろう? いい練習じゃないか」
ルジェの意見に、ユディは首がもげそうなほどうなずいた。あり得る指示だ。
オセロはおもしろくなさそうに口をとがらせる。
「――戦う前に。おまえらが俺と戦うに値するか、試験してえんだけど」
「試験?」
ルジェの眉が動く。
「何、簡単簡単。クイズに三つ答えるだけ。今日の俺様を見てたなら楽勝」
オセロはいやに明るい声で言った。
ユディは背筋が寒くなる。
少ないながら積み重ねた経験で分かる。
この上機嫌は、何かろくでもないことが始まる前兆だ。
「第一問」
オセロは片手を上げ、芝居がかった調子で言う。
「幻界最強の幻獣は、誰でしょう?」
演習場が、しんとなった。
ユディは両手で頭を抱える。
分かる。
答えは分かる。
だが、この状況で口にしたくない。
絶対に嫌だ。
「え? 分かんねえの? こんな簡単なこと」
オセロはわざとらしく大声を上げながら、群衆を見回した。
「正解は、この“俺様”。今日の試験結果を見たら一目瞭然だろ?」
皆、気まずそうに顔を背けた。
否定はできない。
できないが、肯定もしたくない。
そんな雰囲気だった。
「じゃあ、第二問」
オセロはさらに楽しそうに笑った。
「そんな俺様と勝負しようとしてる奴のことを、何と呼ぶでしょう?」
ユディはその場にしゃがみ込んだ。
何を言わせようとしているのか、分かってしまった。
オセロの性格が悪いことは知っていた。
知っていたが、今日は格別にひどい。
「これも分かんねえの? この三人以外でも答えていいぜ? 正解したら、俺様との実戦演習に参加させてやるよ」
誰かが、咳払いをした。
別の誰かは、空を見上げた。
全員が答えを知っているが、誰も口にしたくない沈黙だった。
ルジェだけが、答えを絞り出す。
「……馬鹿、と言いたいんだろう」
「ざんねーん。不正解。正解は“救いようのない馬鹿”でしたー」
ルジェは無言で、左右の魔導士へ目配せした。
これ以上まともに付き合っていられない、と判断したらしい。
二人の魔導士がうなずき、動く。
――が。
「えっ……!」
「なっ!?」
二人の姿が消えた。
突然、足元に開いた穴へ落ちたのだ。
地属性の魔法によって、演習場の床には深い穴が二つ穿たれていた。
「不正解者は退場〜」
オセロがけらけら笑う。
「おまえはオマケで正解にしてやるよ、ボクちゃん」
「それはどうも!」
返すと同時に、ルジェが杖を構えた。
「第三問」
魔法陣が展開されても、オセロは泰然と続ける。
「そんな救いようのない馬鹿が、今すぐ取るべき最善の行動は?」
「光の檻よ――」
ルジェの詠唱は、最後まで続かなかった。
瞬き一つほどの間だった。
オセロの姿がかき消えたかと思うと、次にはルジェの背後にいた。
「正解は『オセロ様、参りました。どうか命だけはお助けください』とお願いする、でしたー」
決着は、あっという間についた。
ルジェは右手を後ろへ回され、床へ押し倒されていた。
「結界内の転移は禁じているはず……!」
「馬鹿じゃねえの、脳筋ならぬ魔法頭。普通に自分の足で距離詰めただけだっての」
「あんな一瞬で、どうやって――」
言いかけて、ルジェは気づいたようだった。
悔しそうに歯噛みする。
「肉体強化魔法か……!」
「ははっ、俺様に魔剣士適性があるか考えもしなかったんだろ、ボクちゃん。
肉体強化魔法は試験項目にも入れてなかったもんな」
オセロは笑うが、ユディとてルジェと同じで、考えもしなかった。
わざわざ肉体強化魔法を使わなくても、炎竜なら竜体になるだけで十分に強い。
「ん〜? この感じだと、俺の魔法攻撃に備えてカウンター魔法を仕込んでたのかな〜?
でも、肉弾戦じゃ役立たず〜。戦術の組み立てが甘いでちゅね〜」
オセロはいたぶるように耳元でささやきながら、掴んでいる腕をぎりぎりと締め上げる。
「――ッ!」
「不正解だから、おまえも退場な」
ルジェが苦痛に顔を歪めたところで、オセロは身を起こした。
相手の襟首をつかみ、軽々と持ち上げる。
「うわ――!」
新たに作られた三つ目の穴に、ルジェも落ちていった。
「……」
ユディは、開いた口がふさがらなかった。
実戦演習どころか、そもそも戦いにすらならなかった。
上級魔導士三人を相手にしたはずなのに。
オセロはクイズを出し、穴に落として、背後から押さえつけただけ。
「よっし、試験終了」
オセロは満足げに、大きく伸びをする。
「メシまで家に戻って寝てくるわ」
「家って、亜空間にこもるの?」
「山頂の方」
オセロは頭上に魔法陣を展開した。
試験でさんざん魔力を使っているはずだが、消耗した様子は少しもない。
「俺様的に、今日の本番はコレ!」
全力、全開。
魔法陣が真夏の太陽よりも輝く。
あまりのまぶしさに、全員が顔を伏せ、手で目元をかばった。
演習場に何重にも張られていた結界が、灼熱の火柱に破られる。
「まあまあ! 強度はあるけど層の重ね方が雑。六十五点。じゃあな!」
たちまち竜に姿を変え、オセロは演習場から飛び去っていった。
故郷の方角へ飛んでいく姿を見送りながら、ユディはつぶやく。
「……やっぱり田舎生活、気に入ってるよね?」
ほどなくして、ルジェたちが浮遊魔術で地上へ戻ってきた。
服についた土埃を払う。
「ルジェ、大丈夫? 腕、痛めてない?」
「平気だ。勝負にすらなっていないしな」
ルジェは憮然としていた。
腰をさすってはいるが、大きなケガはないようだ。
「とりあえず、予定した試験が一通りできて良かった」
「そうだね。オセロのこと、だいぶ分かった気がするよ!」
ユディは手元のメモ帳に目を落とした。
魔力の最大出力と最小出力――測定不能。
魔力量――測定中止。
魔導士としてのランク――少なくとも上級。
使える魔法――全分野。
使える属性――全属性。
対魔導士戦――開始前に終了。
書き連ねられた試験結果に、ユディは沈黙した。
「……分からないってことが、改めて分かった」
自分の契約獣は、どこまでも常識の外にいるらしい。




