8話 試験です(前半)
能力試験日、当日。
ユディはオセロと共に、都の郊外にある演習場へ転移した。
土塁と結界柱に囲われたそこには、すでに何十人もの魔導士たちが集まっていた。
転移魔術で現れた二人に、視線が一斉に集まる。
「人、多いね」
ユディは心もちのけぞった。
「悪いな。半分は野次馬だ」
集団の中から、ルジェが進み出てきた。
ナイトが苦笑しながら付け足す。
「暴竜オセロを試験すると言ったら、見学希望者が多くてね。最後はくじ引きになっていたよ」
「く、くじ引き……」
ユディは肩をすぼめた。
一方のオセロは、観客のことなど気にも留めていない。
演習場を覆う結界を、楽しそうに見上げている。
「今日こそ、ドラゴンスレイヤー一門の結界耐久試験日だな」
「壊さないでね!? 今日の目的は能力試験だからね!?」
オセロの言葉を聞いたのか、魔導士たちが慌てて演習場の結界を強化した。
「試験場を郊外にしてくれてありがとう、ルジェ。これなら安心だよ」
「万が一が怖いからな。今日の被験者は」
広々とした演習場の片隅には、日除けのテントが張られていた。
すでに測定機器や的も並べられ、準備は万端だ。
「ユディ。暴竜がつけているアクセサリーは枷か?」
「あ。試験するなら、外さないといけないよね」
ユディは、オセロの左手首にある革のブレスレットを外した。魔法効果を一割減少させるものだ。
首輪は契約者に危害を加えないためのもの。
金のバングルは維持魔力の制御枷なので、そのまま残す。
被験者の準備が整うと、ルジェが咳払いをひとつした。
「やりたい項目は色々あったが、長いと暴竜が飽きて投げ出す。試験項目は五つに絞った」
「判断が的確すぎる……」
「最優先で確認したいのは、魔力の出力量、保有量、使える魔法の三つだ。
まずは、魔力の最大出力と最小出力からいこう」
ルジェは、銀色の円盤が載せられた台を示した。
円盤は大人の手より少し大きく、表面には魔法陣が刻まれている。
裏からはいくつも配線が伸び、その先は目盛りのついた計器につながっていた。
「暴竜、ここに手を当てて魔力を……」
「これを壊せばいいのな?」
説明の途中で、オセロが銀色の円盤に手を置いた。
たちまち、魔法陣が閃光のような光を放つ。
「うわっ!」
配線が焼き切れ、計器が弾け飛んだ。
測定器のあちこちから白い煙が上がる。
周囲の魔導士たちがどよめいた。
「わああああ! すみません、すみません、すみません!」
ユディはほとんど反射で謝った。
オセロは、おもちゃの中身を確かめるように、無邪気に壊れた測定器をのぞき込んでいる。
「弱すぎね?」
「やると思った」
ルジェは額を押さえ、ため息を吐いた。
「だから、最小出力からやってもらうつもりだったのに」
「説明が終わるまでは、計器に近づけない方がいいね」
ナイトがのんびりと言う。
「ごめん、ルジェ。本当にごめん!」
「大丈夫だ、ユディ。もちろん予備を用意してある」
「備えがよすぎる!」
担当者たちが新しい機器を運んでくるまでの間に、ルジェが念押しした。
「暴竜、最小出力の測定だ。いいか、最小だからな」
「へいへい」
次に運ばれてきた測定器は、先ほどのものより古びていた。
旧型らしいが、造りはほとんど同じだ。
オセロは、また銀の円盤に手を当てた。
何も起こらない。
円盤に刻まれた魔法陣は光らず、計器の針も動かない。沈黙している。
ユディは怪訝な顔をした。
「オセロ、魔力、流してる?」
「流してるっての」
いったん、オセロに代わって、ルジェが円盤に手を当てた。
魔法陣は淡く輝き、針も数値を示す。
「機器は正常だな」
「測定器がヘボいから検知できねえんだろ」
「最小出力が検知できないほど低いなんてこと、あり得るのか……?」
周囲の魔導士たちも、ルジェと同じく不審そうにしている。
オセロは舌打ちした。
「要は、俺様に繊細な魔力操作ができることを示せばいいんだろ?」
言うなり、先ほど壊した測定器から、素手で円盤を剥ぎ取る。
「これ、ミスリル製だろ。今から加工してやるから見てろ」
ミスリルは、普通の道具では傷ひとつつけられない金属だ。
魔力を通せば加工できるようになるが、ただ魔力をぶつけるだけでは弾かれる。
構造を意識し、細く均一に魔力を流すことで、ようやく形を変えられる。
緻密な魔力操作が必要なのだ。
「わ……すごい」
オセロが円盤の端をつかみ、糸のように引き伸ばすのを見て、ユディは感動した。
ただ伸ばすだけでも、初心者には難しい。
「まだ驚くな。これは準備運動」
オセロはいったん、円盤をぐしゃりと潰した。
ひと塊にした後、道具もなしに何かを形作っていく。
「ほらよ、ボクちゃん」
オセロは完成品を、ルジェの手のひらに乗せた。
出来上がったのは、手のひらに収まる小さな人形だった。
短い髪。眼鏡。魔法学園の制服。
少し不機嫌そうに腕を組んだ立ち姿。
「……ルジェだね」
本人よりも先に、ナイトが反応した。
顔立ちは簡略化されているが、ルジェだと分かる出来だった。
「道具もなしに、よくもここまで」
のぞき込んだ観衆たちも、ため息を漏らす。
「熟練の魔道具士でも難しいですよ、これは」
「……どうやら、計器の方が悪かったようだな。最大出力も、最小出力も測定不可ということか」
ルジェは小さくうなった後、少し不可解そうにした。
「どうせなら、ユディを作ればいいだろうに」
「あ? だって、後始末がやりにくいだろ」
そう言うなり、オセロは作った人形を握り潰した。
「お気に入りに、こーんな無体はできねえだろ」
ぐいぐい、ぐいぐいと、元の円形になるよう押し潰す。
念入りに。
「オセロ……本人の目の前でやらないで」
わざとだと分かりつつ、ユディは諭した。
ルジェは嫌がらせに構わず、次へ移る。
「次は、魔力量の測定だ」
ルジェは、大人の背丈ほどあるガラス筒を振り返った。
中には、まだまっさらの大きな透明魔石が納められている。
魔力が効率良く魔石に流れ込むよう、金色の輪がいくつも嵌められていた。
「魔石の色の変化で、魔力量を見るってか。原始的〜」
オセロは、筒の側部に貼り付けられた色見本を見た。
透明から淡紫、紫、濃紫へ。魔力量が十段階で分類されている。
「正確な数値が見られるよう、ちゃんと数値計もある」
ルジェは筒の端から伸びる線を指した。
先は、目盛りつきの計器につながっている。
「いいか、暴竜。ゆっくりだぞ。ゆっくり魔力を流してくれ」
「俺様的にゆっくりやるわ」
「一段階、色を変えるのに三十秒かけろ」
「ちっ」
しっかりと具体的な説明を済ませてから、ルジェは測定器のそばへ移った。
「そういや、おまえ」
魔石をじわじわと淡い紫に染めながら、オセロがユディを見る。
「魔力量どんだけ?」
「四」
「……」
オセロに哀れみの感情があることを、ユディはこの時初めて知った。
「四捨五入したらゼロじゃん」
「召喚士としては普通!」
「かわいそう。本当にかわいそう。……一周回って、かわいそかわいく思えてきた」
「同情するなら、週三日くらい幻界に帰って!」
そう叫びたかったが、オセロの契約者がユディだということは秘密だ。
ぐっとこらえる。
ガラス筒の中で、魔石の色がゆっくりと濃くなっていく。
色見本の四段階目を越え、五段階目。
一般的な魔法使いの平均魔力量も、当然のように通過する。
「ルジェはいくつなの?」
「この前、八を達成した」
「すごい!」
「すごいすごい。人間にしては」
オセロが雑に合いの手を入れる。
その間にも、魔石は九段階目の色に染まった。
浮ついていた会場の空気が、すっと引き締まる。
野次馬めいていた視線に、専門家の真剣さが混じりはじめた。
「……炎竜なら、だいたい十段階目だが」
ルジェは色見本と魔石をよく見比べた。
魔石の紫色は、もはやどこにも属さない濃さに沈んでいる。
「上限を超えてないか?」
「超えていますね。色見本にはない、幻の十一段階目突入ですよ」
計器をのぞき込みながら、測定担当者が興奮した声を上げる。
「ここからは、王獣や神獣クラスの領域です」
ユディはオセロの様子をうかがった。
疲れた様子はない。
ただ、退屈そうだ。
片足に体重を預け、広々とした演習場を眺めている。
「まどろっこしい。飽きた」
「あと少しだ。一段階二十秒程度にしていい」
「一秒でも終わんねーよ」
「は?」
次の瞬間、魔石の染まる速度が跳ね上がった。
濃紫だった魔石が、一足飛びに紫黒色へ沈む。
計器の針は目盛りの端にぶつかり、がちがちと震えた。
「数値計、上限です!」
「冗談だろ」
「炎竜の限界理論値を超えているぞ」
どよめきが広がる。
ナイトが険しい顔つきになった。
「ルジェ、これ以上は危険だよ。魔石が瘴石になりはじめてる」
濃すぎる魔力は瘴気へ変じる。
魔力を溜めすぎた魔石は瘴石となり、そこにあるだけで動植物に悪影響を及ぼす。
ユディも不安になったが、ルジェは冷静だった。
「たとえ瘴石になっても、瘴気はガラス筒の外へ漏れない仕様だ。心配ない」
「……測定器のまわりに、結界を張らせてもらうよ」
ナイトは渋い顔をするが、どこからも中止の声は上がらない。
未知の現象を前に、恐怖よりも好奇心が勝っていた。
やがて魔石から、黒いもやがにじみ出す。
瘴石となった証だ。
「この大きさの魔石を瘴石にするとは……」
「後で、瘴気濃度を計測して逆算ですね。……こんな測定、はじめてですよ」
会場が冷静でいられたのは、そこまでだった。
筒の中のもやが濃くなるにつれて、みなの表情に不安が混じりはじめる。
瘴石から漏れる瘴気は、どんどん濃度を増していく。
泥のように重く、ガラスの内側をどろりと這い上がるほどに。
「……なんだ、あれ。瘴気が……液化している?」
「いや、密度が高すぎて、そう見えているだけだろ」
答える声は、かすかに震えていた。
ユディも不安に指を握り込む。
こんなに濃い瘴気は、見たことがなかった。
「ルジェ、中止して」
珍しく、ナイトが声を荒げた。
「これはもう測定じゃない。事故の手前だ」
ガラス筒の上下にある黄金製の蓋が、内側から押されるように膨らんでいた。
刻まれた封印陣が赤く明滅している。
今にも中のものを吐き出しそうに震えていた。
オセロが、ひひっと笑う。
「漏れた瘴気で、みんな仲良く魔獣化か。
こんだけ魔導士がいたら、天災級の魔獣集団に仕上がりそうだな。
ブッ倒しがいありそうで楽しみ〜」
オセロが金の目を輝かせ、ニタニタ笑う。
皆一様に、青くなった。瞳から好奇心が消え失せる。
「中止だ!」
ルジェが叫んだ。
「終わりだ、暴竜。手を離せ。終わりにしてくれ!」
「オセロ!」
ユディも手伝って、オセロを測定器から引き剥がす。
流入が止まっても、ガラス筒の中の瘴気は不気味にうごめいていた。
魔力測定の担当者たちは、顔をこわばらせる。
「これはもう……これごと廃棄だよな」
「ああ。下手に魔石の交換もできない」
「開かずの保管庫行きだ」
ガラス筒には封印札が何枚も貼られ、幾重にも布でくるまれた。
運ばれていく測定器を見送りながら、ユディは息を吐く。
驚くべき結果だ。
しかし、誇らしい気持ちは少しもない。
底の見えない井戸をのぞき込んでしまったような恐怖を覚えた。
空気は暑いのに、背筋がひやりと冷える。
「次は、使える魔術の確認をさせてくれ」
ルジェは今一度、表情を引き締めた。
手に持った書類をめくる。
「攻撃魔法、防御魔法、回復魔法、補助魔法については、先日、使えるところを見せてもらった」
周囲にどよめきが広がる。
ユディはその反応で、その全部を使えるというだけでも相当珍しいのだと知った。
「時空間魔法の転移魔術も見た。亜空間の創造魔術もできるのか?」
「できるけど?」
「見せてくれ」
「ヤダ」
「……理由は?」
理由が分からないらしいルジェに、オセロは心底あきれた顔をした。
「急に人の部屋見せろとか。超失礼。モテねえぞ」
「部屋と言っても、入れているのは荷物くらいだろう?」
「は? そんなわけねえだろ」
オセロは心外そうにした。
「壊した枷コレクション部屋とか、実験場とか、気に入らねえもんぶっ壊す用の荒野とか。いろいろあるんだよ」
「ちょっと待て」
ルジェが、束の間言葉をなくす。
「亜空間は、広さに応じて維持魔力が必要になる。それをいくつも……?」
「お宝しまってあるしぃ。見せたら別の問題起きそうなもんもあるしぃ。散らかってるの見られるの嫌っていうかぁ」
ユディは、オセロが何度もこちらをちらちら見ていることに気づいた。
どうやら、自分次第らしい。
「オセロ、私なら何も気にしないから。見せて」
「怒らない?」
「怒らないから」
「絶対?」
「絶対」
言質を得ると、オセロは良しとうなずいた。
「じゃ、特別に」
指が鳴ると、何もなかった空間に黒い扉が出現した。
だが、オセロはすぐには開けない。
またユディの顔色をうかがっている。
普段なら人の許可など待たないくせに、妙に慎重だった。
「ユディ。君は見ない方がいいかもしれないよ」
ナイトが、そっとユディの肩に手を置く。
ルジェも深々とうなずいた。
「確かに。あの暴竜のことだ。死体や呪物、違法な魔道具の類が出てこないとも限らない」
「えっ……」
あり得る話だ。ユディは身構えた。
「ユディは他を向いていて」
「そうだな。僕らが先に、中を確認してくる」
「う、うん。よろしく」
ユディは黒い扉に背を向ける。
ドキドキしながら待っていると、やがてルジェたちが戻ってきた。
拍子抜けしたような顔で。
「危険物はなかった」
「むしろ、かわいかったよね」
「かわいい……?」
「ああ。腹立たしいくらい平和な部屋だ」
自分の契約獣には、およそ似つかわしくない単語だ。
ユディは首を傾げつつ、正面へ向き直った。
青空の下、黒い扉と向き合う。
「オセロ、私も見ていい?」
「見ない方が幸せな気もするけど」
不穏な前置きと共に、オセロが扉を開いた。
そこは、小さな部屋だった。
ルジェの言うとおり、安全な部屋だ。
ナイトの言ったとおり、かわいい部屋だ。
棚には幻獣のぬいぐるみや人形が飾られ、壁は幻獣のスケッチやポスターで埋め尽くされている。
「……これって」
見覚えがあった。
ありすぎた。
「オセロに捨てられた私の幻獣グッズーッ!」
「ハイ終了〜」
ユディが部屋に突撃しようとした瞬間、すかさず扉が閉じられた。
黒い扉は、空気に溶けるように消えていく。
オセロがにんまりと笑った。
「怒らないって言ったよな?」
「恨まないとは言ってない」
ユディはこれでもかと、意地悪い契約獣をにらんだ。




