7話 第二等級火矢でお願いします
ユディたちは、屋敷の離れに場所を移した。
魔導士の多いこの屋敷には、修練のための実技場も用意されている。
オセロがやりすぎた時に備え、ルジェは防護結界の一番丈夫な部屋を選んでくれた。
「じゃあ、まずは僕が見本を見せる」
ルジェは壁の的を見据えた。
五重の円が描かれた的は、威力に応じて光る仕組みだという。
的までの距離が分かりやすいよう、床には一定の間隔で線も引かれていた。
「第一等級の火矢から」
一本の火矢が、的に当たった。
中心の円だけが淡く光る。
第二等級では、火矢が三本、先ほどより勢いを増して飛んだ。
中心と、その外側の円が明るく浮かび上がる。
第三等級になると、五本の火矢が的を射抜いた。
「ふーん」
オセロは軽くうなずいた。
手のひらを上に向け、中指をぴんとはじく。
「第一等級」
ルジェと同じ勢いの火矢が、的の中心を明るくした。
「第二等級。第三等級」
続けざまに放たれた火矢も、手本と同じように、二重、三重の光を浮かび上がらせる。
威力も、速度も、的の残光まで同じだった。
ルジェの眉が、わずかに上がる。
「……本当に、一度見ただけで合わせてきたな」
「おまけで四、五!」
手本もなしに、オセロはさらに火矢を放った。
四度目の着弾で、的の外寄りの円に光が走る。
五度目には、五重の円すべてが一斉に輝き、壁までもが光を帯びた。
部屋に張られた防護結界が反応したのだ。
「要領が分かれば、こんなもんよ」
「……次は風刃だ」
次も同じ結果だった。
ルジェが風の刃を三段階に分けて放つと、オセロは鼻歌まじりにそれを完璧に再現した。
「オセロ、呑み込み早いね」
ユディは感嘆のため息を漏らす。
「天才ですからぁ~」
オセロは、ふふんと胸を張った。
腹立たしい態度だが、実力は文句のつけようがない。
ルジェは少し悔しそうに黙り、ナイトは素直に拍手した。
「ユディ。他に、よく使う魔法は?」
ルジェは『汎用魔術・使用基準表』の冊子をめくった。
「全部の規格を覚えるのは大変だ。今日は優先度の高いものだけにしよう」
「あ、そうだよね」
ユディも冊子をのぞき込んだ。
「うちの家は、村の警備をしてるんだ。魔獣を倒したり、結界を張ったり。迷子になった家畜を探したりもする」
「魔獣を倒すなら、あとは雷撃があると便利だろうな」
「雷撃はありがたいよ。火矢は山火事が怖いし、相手の動きを止められるのも助かる」
ユディはぱらぱらとページをめくった。
「あとは捕縛系の魔術も欲しいけど……捕縛系は、魔術ごとに等級が分かれているんじゃなくて、等級ごとに魔術が分かれているんだね」
第一等級には、土壁や影縛り。
第二等級には、光鎖や軽い重力負荷。
第三等級には、麻痺や睡眠といった魔術が記載されていた。
「第一等級は足止め、第二等級は行動制限、第三等級は戦闘不能、といったところだな。副作用や危険度を考慮して区分されている」
第四等級は完全拘束。
第五等級になると封印だ。
これも、日常で使うのは第三等級までだろう。
「魔術ごとに等級がないなら、これは実演だけしてもらえばいいよね」
ユディは契約獣を振り返った。
「オセロ、私の両手首に光鎖をしてみて」
「ほいよ」
差し出した両手首に、光の鎖が絡みつく。
ユディはあれこれ腕を動かしてみたが、8の字状の鎖はびくともしない。
しかし、痛くはなかった。
「うん、いい感じ。ゆるくもなく、きつくもない。ちょうどいいや」
やりすぎを心配していたユディは、ほっとした。
ルジェがすかさず口を挟む。
「暴竜、僕にもやってみてくれ」
「ほらよ」
オセロが手を振った途端、ルジェは苦痛に顔を歪めた。
二本の腕は、光鎖でがんじがらめにされている。
鎖は肌に食い込み、見るからに締めつけがきつい。
「お――ぐっ!」
ルジェが口を開いた瞬間、鎖がさらに締まった。
うめくルジェに、オセロはひひっと笑う。
「その鎖に縛られたからには、おまえに自由に口を聞く権利はねえんだよ。
てめえの生殺与奪権が誰の手にあるか自覚しろ、ブタ」
「オセロ、解除して解除!」
ユディが命じるまでもなく、ナイトが光鎖を消していた。
ルジェは、やれやれと自由になった両腕をさする。
「やっぱり、ユディにかけた方が規格外だったか」
「ルジェにかけた方が規格外でしょ? 普通、あんな痛そうなのは――」
「痛そうな方が、暴竜には標準だろう」
「……」
同意しかない指摘だった。
「これでも優しい方だと思うよ。普段なら、首にも鎖がかかるだろうから」
ナイトの優しい追い打ちがかかる。
ユディが振り向くと、オセロは悪びれずに言った。
「立場を一瞬で分からせるための、俺なりの配慮」
「捕縛系の魔術を使う時は、相手を私だと思ってやってね」
油断せず、捕縛系魔術もきちんと手本を見せてもらおうと、ユディは決めた。
「結界は、対象と範囲の指定を忘れずにすれば大丈夫かな?」
「そうだな。それから、状況に応じて通過条件もいる」
「強度の上限を決めておいた方がいいと思うよ」
防御魔法の得意なナイトが、やんわりと口を挟む。
「彼なら、誰にも破れない結界を張れるだろうから。
でも、それだと中で何かあった時、外から助けに入れない。
第四等級程度の攻撃で破れるようにして、味方が介入できる余地を残した方がいいよ」
「な、なるほど……」
「もしくは、常に結界解除の呪文を決めておくとかね」
ユディがメモ帳に注意事項を書きつけていると、オセロがにやにや笑った。
「解除呪文は、おまえが初恋幻獣シロ君へ捧げたポエムにしとくわ」
「なんで知ってるの」
「探索魔法の応用」
「探索魔法で調べていいのは居場所だけです!」
オセロの手にかかると、魔法は何もかも危険なものになる、とユディは思い知った。
「じゃあ、後は雷撃と、捕縛魔術で軽重力と睡眠。
結界魔法は、暴竜に第四等級の攻撃で破れる結界を張らせて、僕がそれを確かめる方針でいいか?」
「よろしくお願いします」
残りの魔法の演習も、オセロは完璧にこなした。
雷撃も、捕縛魔術も、手本通りに再現する。
オセロの張った結界がルジェの氷矢で破られた時、ユディは思わず拍手した。
「すごい! 細かい調整も、本当にお手のものなんだね!」
「お次は? 回復? 補助魔法?」
「えっ、大丈夫? 疲れてない?」
「準備運動って感じ」
余裕綽々のオセロに対し、ルジェは難しい顔をした。
少し、背が曲がっている。
「ルジェは疲れたよね」
「というか、回復や補助になると、僕には無理だ。ナイト、代われるか?」
「かまわないよ」
それからは、ナイトを手本に回復と補助魔法をいくつか試した。
オセロはそれらも、あっさり再現してみせる。
攻撃、防御、補助、回復。どれも、人間の基準に合わせられるらしい。
「……暴竜のやつ。回復と補助もいけるのか」
「全分野マスターしてるって言ってたよ」
「全――?」
ルジェは驚愕を飲みこんだ。
「幻獣なら、あり得る話か。いや、でも精神干渉系は」
「それもやってたよ。禁術だけど」
「……聞かなかったことにする」
話している間に、ナイトとの演習も終わった。
ルジェが壁から背を離す。
「最後に、おさらいを兼ねて、ユディが指示してみたらどうだ?」
「うん」
ユディはオセロと一緒に、的に向かって立った。
「オセロ、あの的に第二等級火矢!」
「ん」
オセロは的に向かって指をはじく仕草をした。
先日、魔獣を制圧した時のような複雑な魔法陣はない。
ただ単純に、三本の火矢が的に当たる。
「あの的の半径三シャークに、第一等級攻撃魔法で破れる結界を張って。
結界に第一等級の強化魔術を付与して。
それから、第三等級の雷撃で攻撃して」
「ハイハイハイ」
雷撃を受けると、的の一番内側の円だけが光った。
成功だ。
ユディは、口元がゆるむのを止められなかった。
「す、すごい……っ! 指示がちゃんと通じた……!」
「何その『やっと原始人と話が通じた』みたいな反応」
オセロは憮然としたが、ルジェとナイトもうなずいた。
「『目には目を』どころか『目には命を』のような凶暴な野獣だからな。苦労しただろう」
「現界の安寧に協力できてよかったよ」
「ありがとう! 二人とも、本当にありがとう!」
ユディは、頼りになる二人の手を固く握った。
「ルジェ、この冊子。夏休みの間、借りていい?」
「君のものにしてもらって構わない。配布物で、うちにたくさんあるんだ」
「助かる!」
「じゃ、帰るか。虫とカエルの大合唱会場に」
オセロが踵を返した、その時。
外から、実技場の扉が勢いよく開いた。
「失礼! これ描いた子、まだいる!?」
飛び込んできたのは、二十代半ばくらいの男性だった。
鳶色の髪はぼさぼさで、シャツもズボンもよれよれだが、目だけはらんらんと輝いている。
片手には、魔法陣の描かれた紙を持っていた。
「これ描いたの、君!?」
男性は、二本角の生えた少年――オセロに詰め寄った。
オセロがあからさまに面倒くさそうな顔をしても、かまわない。
食らいつくような勢いで話しかける。
「これってさ、つまり、火矢三角陣単対象の三巡相自動追尾変換型ってことでいい?」
「現界風なら、そういうことになるんじゃね?」
「確かめたいから、実演してほしいんだけど!」
オセロは、ぐいぐい迫ってくる男性から三歩離れた。
そして、相手の頭上に魔法陣を展開する。
「オセロ――!」
ユディの制止は間に合わなかった。
魔法陣が輝き、火矢が勢いよく放たれる。
「うひょっ!」
男性は身をすくめたが、それだけだった。
次の瞬間にはもう、自分の周囲を巡る火矢を冷静に観察している。
「おおお! 本当に追尾する!」
男性が前へ、左へと動いても、火矢は当たらない。
魔法陣ごと動き、一定の距離を保って対象へ放たれ続ける。
三巡すると、ふっと消えた。
「すごい!」
生白い頬を紅潮させ、男性は叫んだ。
「補助陣なしの自動追尾なんて、初めて見た!」
「すいませんすいませんすいません!」
ユディは、さっきの火矢に劣らない勢いで謝罪した。
しかし、相手はまったく気にしていない。
むしろさらに生き生きと、両手を合わせてオセロに迫った。
「おかわりください!」
「追加料金にバケツアイス持ってこい」
「了解!」
男性は即答し、実技場を飛び出していった。
ぽかんと見送るユディの横で、ルジェが苦笑する。
「あれがさっき言っていた、幻界の魔法に興味のある魔導士だ。創造士をしている」
「創造士! 初めて会ったよ」
創造士は、魔導士の一種だ。
既存の魔術を改良したり、新しい術式を組んだりすることを専門にしている。
「さっそく食いついてきたな」
ほどなくして、創造士の男性が戻ってきた。
本当に、バケツ並みの容器に入ったアイスを抱えている。
しかも、他に人を引き連れていた。
「自動追尾って、本当に?」
「俺も見たい」
魔導士たちが、ぞろぞろと入ってくる。
オセロは煩わしそうにしながらも、アイスを受け取ると、約束通り魔法を再現した。
火矢が対象を追って三巡し、ふっと消える。
実技場にどよめきが上がった。
「このアレンジは誰が?」
創造士は、アイスを頬張るオセロに詰め寄った。
「悪魔? 上位精霊?」
「俺」
「えーっ、キミなの!? 自分で新しい術、組める系?」
「そう」
周囲の魔導士たちが、一斉にざわめいた。
「圧縮記号の展開図を教えてくれ」
「現界でも再現可能な魔術なのか?」
またたくまに、オセロは物見高い魔導士たちに取り囲まれた。
その様子を前にして、ルジェが口を開く。
「ユディ。君は、オセロの能力をどのくらい把握しているんだ?」
「どのくらい……?」
「最大魔力量は? 最大出力は? 本気で魔法を使わせたことは?」
矢継ぎ早の質問に、ユディは戸惑った。
「し、知らない。そこまで具体的には」
「召喚士協会から、オセロに能力試験を受けさせるような話はなかったのか?
あれほどの特殊個体なら、試験したがると思うんだが」
「あったよ。でもオセロ、召喚士協会を『ストーカー集団』って言って嫌ってるから、とても試験場に連れていけなくて」
召喚されるたびに、召喚士協会に警戒されるようなことばかりする本人が悪いのだが。
道理が通じないのが暴竜だ。
「うちでやるなら、どうだ?」
「能力試験を、ルジェのところでってこと?」
「測定機器も会場も用意する」
ありがたい申し出だった。
ユディも、できることならオセロの能力を具体的に把握しておきたい。
「でも、今日もいっぱいお世話になってるのに……」
「気にしないでくれ。僕のためでもある」
「ルジェのため?」
「敵を倒すには、敵を知らないといけないだろう?」
ルジェは眼鏡の奥で、静かに闘志を燃やした。
「前も言ったが、僕はいつか決闘のリベンジをしたいんだ。
あのクソ竜に、ちゃんと痛い目を見せたい」
「ルジェ……」
契約者として、思ってはいけないのかもしれないが。
ルジェの気概はたいへん頼もしかった。
「というわけで、暴竜を説得してくれ。
オセロの能力試験なんて、君という契約者がいる今しかできない。空前絶後の機会だ」
「わ、分かった!」
ユディはオセロを呼び寄せ、能力試験の話を持ちかけた。
返ってきたのは、気乗りしない声だった。
「退屈そ。俺の実力を知りたいなら、神獣クラスとデスマッチさせればいいじゃん」
「終わったら、ステーキでもなんでも作るから!」
「暴竜、食べたいものを言え。うちで用意する」
ルジェの加勢に、オセロのアイスを食べる手が止まった。
「肉でも菓子でも、好きなものを好きなだけ出すぞ」
オセロは値踏みするように、ルジェや屋敷を見回した。
「――牛一頭」
「生きたままか?」
「肉も内臓も骨もぜんぶ使って、フルコース作れ。ボクちゃんのおうちなら、そのくらい楽勝だろ?」
「分かった。用意しよう」
能力試験は、五日後に決まった。




