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落ちこぼれ召喚士、最強竜を召喚してしまう  作者: サモト
第2部

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4話 指示ってむずかしい

 ひとしきり話し込んだ後、グリードは腰を上げた。

 窓から外の様子をうかがう。


 一番暑い時間帯は過ぎ、地面に落ちる影は長くなっていた。

 村人たちも屋内での作業や昼寝を終え、ちらほらと外に出始めている。


「よし、そろそろ村に降りるか」

「村に?」


 ユディは小首をかしげる。

 グリードはオセロを示した。


「みんなを安心させるために、ちゃんと紹介しておこうと思ってな。オレが呼んだ竜だって」

「ふーん」

「おまえさんも来るんだぞ?」


 オセロは眠たげにあくびをした。


「口頭で十分だろ」

「そばに連れていた方が、説得力があるんだよ」

「面倒」

「オセロ、行こ。小竜姿になってくれれば、私が運ぶから」


 しぶしぶ、オセロは立ち上がった。

 小さいと侮られるのが嫌らしく、姿は人間のままだ。


「やあ、グリードさん。今日も暑いねえ」


 麓へ降りると、日陰で談笑していた老人たちが声をかけてきた。


「お孫さん、帰省してたんだね」

「おかえり、ユディちゃん。――そっちは?」


 さっそく、ユディのそばに立つ少年へ視線が集まる。

 縦に割れた瞳孔や、頭から生えた二本の角を、老人たちはじろじろと眺めた。


「こっちも幻獣だよ。今はこんな姿をしてるが、もとは竜だ」

「竜!」

「ひょっとして、昨日の?」


 老人たちが、わずかに身構える。


「ユディちゃんの幻獣だっていう……」

「――あ、えと」


 ユディは焦った。

 そういえば昨日、そんなことを言ってしまった。


「いや、いや」


 すかさず、グリードが否定した。

 顔の前で片手を振り、きっぱりと言う。


「表向きの管理は、オレが預かってるんだ。ユディには手伝ってもらってるだけでな」

「そうなのかい?」

「いい経験になると思ってさ」

「へえ」


 村人たちは幻獣や契約獣という言葉は知っていても、詳しい仕組みまではよく知らない。

 グリードがそう言えば、素直に納得した。


 そして改めて、オセロを見る。

 今度はにこにこと。


「人間の姿になっているなんて、よく慣れているんだね」

「仲のいい証拠なんだろう? さすがはグリードさんだ」

「ははは、そうだといいけどな」


 グリードは笑いながら、一歩だけオセロから距離を取った。

 見当違いの推測に、オセロの金眼が物騒な光を宿していた。


「竜かあ。頼もしいけど、家畜を脅かさないでおくれよ」

「ああ、昨日は悪かった」

「その竜は、何に使うんだい?」

「魔法を使えるから、魔獣退治の役に立つと思うよ」


 それはそれは、と村人たちはありがたそうにオセロを見た。


「竜がいるなら、悪党も寄ってこないかもしれないね」

「その前に、盗むもんもねえだろ。こんなド田舎」


 オセロが辛辣に突っ込む。

 ユディは肝を冷やしたが、心配はいらなかった。

 村人たちはどっと笑う。


「確かに!」

「うちにあるのなんて、芋と鍬くらいだしな」

「盗賊もがっかりだ」


 気を悪くするでもなく、おおらかに笑っている。

 機を見計らって、グリードは片手を上げた。


「じゃ、また」

「失礼します!」

「じゃあな、老いぼれども」


 と言いかけたオセロの口を、ユディは慌ててふさいだ。

 そのまま祖父と一緒に、そそくさとその場を離れる。


「おじいちゃん、どこを回るの?」

「村役場と、村長の家と、人の集まる水場をいくつか回れば十分だろ」


 オセロの紹介は、さしたる反発もなく平穏に済んだ。


「へえ、グリードさん、また竜を増やしたの」

「好きだねえ」


 村人たちは温かい苦笑いとともに、受け入れてくれる。


「こいつのことで何かあった時は、オレに連絡をくれ。昨日は騒がせて悪かった」

「はは、いいよ。グリードさんたちがいると、珍しいモンが見られて楽しいよ」


 万事こんな調子だった。

 ユディは、村からの信頼が厚い家族に、深く感謝した。


「――ま、こんなもんか」


 村内を一周し、ユディたちは元の場所へ戻ってきた。

 日は暮れ、あたりは薄暗くなっている。

 グリードは足を止めた。


「後は自然に話が広がるだろ」

「おじいちゃん、本当にありがとう」

「なあに。暴竜が、話の分からない乱暴者でなくてよかったよ」


 グリードは、仏頂面の黒竜を見た。


「孫のために、ご協力どうも」

「二度はやらねえからな」


 オセロは忌々しげに吐き捨て、さっさと踵を返した。


 それから数日。

 顔見世の甲斐あって、オセロがいても村は平穏だった。


 朝、竜が南側の山を飛んでいようが、山頂で昼寝をしていようが、別に驚かない。

 最初こそ物珍しそうにしていたが、やがて日常の風景となった。


 オセロ自身も、おとなしかった。

 最初に申し渡された通り、村の上は飛ばず、咆えず、決められた範囲で過ごしている。


 ユディの母、ジュディは感心した。


「オセロさん。いえば、ちゃんとしてくれるじゃない」

「規則を守っているというより、村に興味がないだけだろう」


 父のルークは、山頂で鹿をくわえている黒竜を見上げた。

 日に一頭なら鳥獣を狩っても良い、と許可が出たので、狩りもオセロの日課になっていた。


「鹿が増えぎみだったから、狩ってもらえて助かるわ」

「そういえば、お母さん。オセロがオーリー川の上を通ったときに、変なにおいがしたって」


「変なにおい?」

「魔獣っぽいにおいがしたっていってた」


 ジュディの顔つきが険しくなる。


「魔獣だったら遊んでいい? って聞かれたんだけど……」

「こっちで退治するわ。暴竜様の遊びは、なんだか寒気がするもの」


 さっそく、ジュディは魔狼を連れて山へと出かけていった。


「……村の近くまで降りてくる獣が、減りましたよね」


 人狼のダイスが、ポツリという。

 視線の先には、山頂で二度寝をはじめたオセロがいた。


「竜を警戒して、別の山へ移動したのかもしれません」

「……まあ、あんなものが居座ってたら、逃げるだろうな」


 ルークは複雑な表情をした。

 それから、あごに手を当てて考え込む。


「しかし、そうか……暴竜がいる間は、そんなに害獣の心配をしなくていいかもしれない。他の仕事がやれるな」


 ルークはさっそく、ダイスと仕事の打ち合わせを始めた。

 オセロが受け入れられた、とまではいえない。

 しかし、最初に比べれば家の空気はやわらいでいた。


(……そろそろ、作ってもいいかなあ?)


 父を見送ると、ユディは貯蔵庫へ向かった。


 ひんやりと重たい陶鉢に、カップ一杯の小麦粉をすくい入れる。スプーン一杯の砂糖と、塩をほんの少し。泡立て器で軽く混ぜあわせる。


 くぼませた粉の中央に卵を落とし、ぷっくりとした黄身を崩しながら、粉と丁寧になじませた。


(普段なら水だけど)


 ピッチャーには、朝食のミルクが残っていた。

 少しずつ少しずつ、生地がダマにならないよう注いでいく。ほんのり甘く優しいにおいが鼻をくすぐる。

 どろりとしていた生地は、泡立て器から細い糸を引いて落ちるほどになめらかになった。


「こんなものかな?」


 仕上げに、火消し壺の上で溶かしておいたバターを加える。艶のでた生地を、涼しいところで休ませた。


 その間に、火の準備だ。夏場は部屋に熱がこもるため、大部屋の立派なクッキングレンジは使えない。庭の簡易かまどに火を熾した。


 十分に熱した鉄のフライパンに、バターを溶かす。

 生地を流しこむと、ジュワッと甘い香気が弾けた。


 手首を回して、生地を薄く広げる。

 縁がチリチリと色づいたらひっくり返し、焼けたものから大きな皿の上へ重ねていく。


 たまらず、ユディは一番上の一枚をつまみ上げた。

 薄いながらも、もっちりとした食感。バターの贅沢な香り。卵とミルクの風味の奥で、ひとつまみの塩けが甘みを引き立てている。


 思い通りのできだ。

 ユディは満足げに、額や首の汗を拭く。


(どんな飾り付けにしよう!)


 楽しく想像をふくらませていると、突然、父親が庭に駆け込んできた。


「ユディ! 村の子どもたちが竜を見に、山へ入っていったらしい!」

「ええっ!?」


 ユディはエプロンを外し、杖をつかんだ。


「いつ頃!?」

「分からん! 追いつけるといいんだが」


 父と一緒に、山頂への道を急ぐ。汗だくになりながら、木々の生い茂る道を登った。

 頂が近くなるにつれ、視界が開けてくる。低木とわずかな草花の生えた場所へ出た。


「いた!」


 三人の子どもの後ろ姿が見えた。


「お——」


 呼びかけて、ルークは目を細めた。

 ユディも異変に気づく。


 子どもたちの二十歩ほど後ろに、不審な影があった。

 四足の獣がじりじりと距離を詰めている。


「お父さん、あれって——」

「たぶん、魔獣だな」


 元は野犬だったのだろう。瘴気の冒されて一回り大きくなっている。

 だらだらとよだれを垂らし、尻尾を振り、異常な興奮ぶりだ。


「もうちょっとー!」


 風に乗って、子供のはしゃぐ声が聞こえてくる。

 背後に迫る危険には、まだ気づいていなかった。


「早く倒さないと」

「——位置が、悪いな」


 杖を構えつつも、ルークは渋面を作った。


「こっちから攻撃すると、魔獣が子どもたちの方に逃げるかもしれない」

「じゃあ、オセロに威嚇を頼んでみる」

 

 ユディは大きく息を吸った。


「オセロ!」


 声を張り上げると、山頂の黒い巨体が身じろぎした。


「起きて!」


 ゆっくりと、竜が首をもたげる。

 開かれたまなこは眠たげだが、しっかりユディの方を見ていた。


「子どもたちの後ろにいる魔獣を威嚇して!」


 「まじゅう!?」と子どもたちが叫んだ。

 自分たちの背後を振り返り、悲鳴を上げる。


 でも、心配はない。

 オセロの目は魔獣を捕らえているし、魔獣も竜を警戒して身を低くしている。


(オセロに咆えられれば逃げていくはず——)


 そう予想したユディは、甘かった。

 オセロは咆えなかった。


「ふぁ……」


 出たのは、あくび交じりのうめき声。

 しかし、そのまぬけた声で、魔獣の頭上に魔法陣が浮かぶ。


「へ?」


 予想外の威嚇に、ユディもまぬけた声を上げた。

 止める間もなく、魔法陣が輝く。

 (いしゆみ)の矢のように力強い火の矢が、魔獣の鼻先めがけて放たれた。


「ギャンッ!」


 魔獣は目を剥いたが、一発では終わらない。

 陣の円周に沿って、さらに一本、二本、三本。次々と連射される。


「キャンッ! キャウッ、キャン!」


 前に、横に、後ろに。魔獣は首をめぐらせ、情けない声を上げる。

 逃げようとしても逃げられない。

 魔獣が動くたびに、魔法陣も動くのだ。


「……キュウーン……」


 十数秒後、魔法陣が消えるころには、魔獣は腰を抜かしていた。

 山頂から、オセロの低い声が響く。


「おすわり」


 座るどころか、魔獣はその場に伏せた。


「……」


 ユディとルークは、唖然とした。

 これは威嚇ではない。

 制圧だ。


「――すっげー!」


 一方、子供たちは興奮した声を上げた。


「かっこいい!」

「なにあの魔法!」


 キラキラした目で、大きな黒い竜を見上げる。


 ユディたちははっと我に返った。

 ルークが急いで魔獣にとどめを刺し、子供たちを山頂から引き離す。


「危ないから!」

「二度と勝手に山に入っちゃだめだよ!」


 ちょうど、母親の一人が迎えに来た。

 ユディたちは子供たちを引き渡し、ほっと胸をなでおろした。


「威嚇と言っただろう!」


 ルークは山頂に向かって、怒鳴った。


「なんであそこまでしつこく攻撃した! 殺害予告か!?」

「そうだけど?」


 こともなげに答えられ、ルークは頭を抱えた。


「威嚇っていうのは、吠えるとか、軽く火を吹くとか、そういうことだ!」

「次は殺すって分からせた方が早いだろ」

「早い遅いの問題じゃないんだよ!」


 憤る父に、ユディはフォローする。


「私の指示があいまいだったから……」

「普通の竜は、あんなことはしない」


 ルークはきっぱりと言い切った。


「やっぱり、普通じゃないな」


 ルークは深々とため息を吐き、山頂に背を向けた。

 また眠りはじめたオセロを見上げ、ユディも山道を下る。


 オセロのしたことに驚きはしたが、父のように責める気持ちはない。


(普通じゃないってことは分かっていたのに……私、考えなしだったや)


 ユディはとぼとぼと家に戻った。

 庭先に置きっぱなしだった大皿を手に取る。

 出ていく時はまだほんのり温かかった薄い皮も、今はすっかり冷めていた。


(……本当は、お祝いのケーキを作りたかったけど)


 ハートマン家では、子供がはじめて契約獣を持った時に、家族でお祝いをする習慣があった。

 二人の兄も、自分の契約獣のために、不器用ながらごちそうかケーキを作っていた。

 ユディはうすく焼いた皮とクリームを重ねたケーキを作るつもりだった。


(まだ、お祝いは無理だな)


 さっきまで、何枚重ねようか、どんな果物を挟もうか、わくわくしながら考えていた。

 けれど今は、白いクリームも甘い果物も、とても場違いに思える。


 ユディは貯蔵庫の奥へ、作ったものをしまいこんだ。

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― 新着の感想 ―
オセロはこれでもかなりガマンしているんだろうな〜と思いました。 ……決してジュディさんを怒らせたら怖いと思っているからじゃなくてね!!
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