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落ちこぼれ召喚士、最強竜を召喚してしまう  作者: サモト
第2部

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3話 おじいちゃんの家

 パサパサと、羽音がした。

 何かが、寝ている自分のそばを通り過ぎていった気がする。


 ユディはぼんやりとまぶたを開けた。

 幻獣のポスターやぬいぐるみでいっぱいの部屋。

 実家の自室だ。


 まだ眠気の残る頭で、ユディは起き上がった。

 そばに置いたカゴをのぞく。


 綿を詰め、その上に絹のスカーフを敷いた寝床。

 けれどそこに、小さな黒竜の姿はなかった。


「……オセロ?」


 虫よけの香草を吊るした窓から、ユディは顔を出した。


 空は白みはじめたところだった。

 向かいの山の稜線が、うっすらと朝日に縁取られている。


 薄青いもやに沈んだ村も、少しずつ明るくなっていた。

 家々の煙突からは、炊事の煙が細く上がっている。


 眼下の段々畑に、小さな黒竜の姿はない。

 屋根の上にもいない。


「……庭の方に行ったのかな?」


 ユディは窓枠に手をつき、今度は東側へ身を乗り出した。


 ぎょっとした。


 巨大な黒竜の頭が、そこにあった。

 二階の窓とほとんど同じ高さに、金色の目がある。


 いつの間にか、オセロは小竜ではなく本来の姿に戻っていた。

 この家屋にも引けを取らない大きさだ。


 ばさり、ばさり、と翼が動くたび、庭の草木がざわめいた。


「オセロ!」


 ユディは思わず窓から身を乗り出した。


「朝のお散歩!?」

「せっかくムダに広いからな。ひとっ飛びしてくる」


 オセロは気楽に返してきたが、ユディは慌てた。


「ちょっと待って。お父さんに、飛んでもいいか聞いてくる」

「ただの散歩だっての。そのへん一周するだけだ」

「いいから待って!」


 昨日の村人たちの反応を見る限り、ただ飛ぶだけでも騒ぎになるのは間違いない。

 村人や家畜を驚かせないと約束したばかりなのだ。

 ユディは寝巻きのまま部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。


「お父さん!」


 ルークは作業室にいた。

 壁に貼られた地図の前で、ダイスと何か話し合っている。

 外の異変には、まだ気づいていないようだった。


「オセロが、朝のお散歩をしたいみたいで」


 ユディは南の窓から見え隠れしている黒い尻尾を指さした。


「どこなら飛んでもいい……?」


 ルークはすぐさま玄関から外へ出た。

 首を限界までそらし、巨大な黒竜に声を張り上げる。


「向かいの山々には行くな! あっちはじいさまの管轄だ!」

「こっち側なら飛んでいいんだろ?」


 オセロは面倒くさそうに応え、翼を動かす。

 ルークは矢継ぎ早に注意を飛ばした。


「村の上も飛ぶな! 家畜が怯える。絶対に降りるな、吠えるな。あちこちに薬草の群生地があるから、羽ばたきで荒らすな。地面に降りる時は木をなぎ倒すな。魔法は使うな。あと吠えるな!」


「吠えるなが二回目」

「二回言う必要があるからだ!」


 ルークが怒鳴る。

 その後ろから、ジュディが顔を出した。

 片手には、朝食の支度に使っていたらしいスプーンを持っている。


「飛ぶなら、こちら側の山の尾根沿いにして。休むなら、この山頂がおすすめよ。平らな岩場になっているから」

「最初からそう言え」


 オセロは翼を広げた。

 羽ばたき一つで、木々がざわめく。


 太い脚が地面を蹴ると、巨体は一瞬、重力に引かれた。

 しかしすぐに、大きな翼の下へ風を抱き込む。

 斜面に沿って大きく弧を描き、村とは反対側の尾根へ向きを変えた。


 ばさり、ばさりと、山肌をなぞるように高度を上げていく。

 朝日の中、漆黒のうろこが鏡のように光った。


「……やっぱり、竜ってかっこいいわねえ」

「うん」


 しみじみとした母のつぶやきに、ユディはうなずいた。

 間近にあれば恐ろしい巨躯も、遠くにあれば雄壮だ。大空にある姿は力強く、頼もしい。

 ルークも含め、一家はしばらく空を見上げていた。


「――さて、ごはんごはん」


 ジュディが、片手に握っていたスプーンを軽く振った。


「ぼやぼやしていると、暑くなってしまうわ」

「同感だ」


 ダイスと共に、ルークも動き出す。

 涼しいうちに仕事を終わらせたいので、夏の朝は忙しい。

 ユディがワンピースに着替えて大部屋へ行くと、両親は一足先に朝食を始めていた。


「お父さんは、今日も村のお仕事?」

「ああ。今日はダイスと一緒に、害獣除けの柵の補修だ」


 答えながら、ルークはパンに鱒の燻製や酢漬け玉ねぎを挟んでいく。

 朝食は、ハムやチーズ、ジャムなどをテーブルに並べておき、各自で好きに取る形式だ。


「お母さんは?」

「山の見回り。――そうそう、ユディ」


 リュックにサンドイッチを詰め込みながら、ジュディが顔を上げた。


「今日、おじいちゃんのところへ行ってきてくれる? オセロさんと一緒に」

「なにかお手伝い?」

「ううん。二人に話があるみたい」

「話?」


 首を傾げたが、詳しいことはジュディも知らないらしい。

 疑問はさておき、ユディは自分の朝食を用意した。


 オセロが戻ってきたのは、両親が仕事に出た後だった。

 人間姿で帰ってくると、食卓に着いた。分厚いサンドイッチにかぶりつく。


「……嫌いなもの、あった?」


 ユディは、オセロの食いつきがあまりよくないことに気づいた。

 いつもより食べるペースが遅い。


「飛んでたら、うまそうな鹿がいた」


 オセロはどこか味気なさそうに、ハムをかじった。

 ユディは笑った。

 狩って食べることに比べたら、たしかに物足りないのかもしれない。


「後でお母さんに、捕ってもいいか聞いてみるよ」

「食ったら、山頂で二度寝してくる」

「オセロ。なんだかんだ田舎生活、楽しんでない?」


 二度寝も昼食も済ませた後、ユディは向かいの山へ向かった。

 オセロの転移魔法で、青い屋根の家の前まで移動する。


「こっちの方に来ると、魔力がちょっと濃いな」

「ここから北は『魔の山域』だからね」


 ユディはそっとあたりを警戒した。

 祖父母の家の周囲には魔獣除けの結界が張られている。

 しかし、このあたりへ来ると、いつも少し緊張してしまう。


「おじいちゃーん、来たよー」


 ユディは、トントンと木の扉をノックした。

 しばらく待ってみたが、返事も物音もしない。


「まだ見回り中かな?」


 窓から中をのぞこうとして、ユディはのけぞった。


「わっ……!」


 軒裏から、ユディの顔より大きな蜘蛛が現れた。

 留守番役を任されている祖父の幻獣、鬼蜘蛛である。

 強靭なアゴを持つ毒蜘蛛で、背には怒る人面に似た模様がある。


 いつもは青い八つの単眼が、今は赤く光っていた。


「――オセロ!」


 ユディははっとして、背後を振り返った。

 家の下や草木の合間から、小さな蜘蛛が次々と湧き出している。

 鬼蜘蛛の分身だ。

 それらが四方から、少年姿のオセロを取り囲んでいた。


「なんだ、こいつら」

「動かないで!」


 ユディはオセロの両手をつかんだ。

 数匹の蜘蛛が、オセロの足を這い上がる。


「絶対に動かないでね!」

「身体検査かよ」


 顔にまで這い上がってくる蜘蛛に、オセロは不快げに眉を寄せた。

 ユディは言い聞かせるように、強くその手を握る。


 審査は無事に終わった。


 小さな蜘蛛たちは、波が引くように退いていく。

 軒裏の鬼蜘蛛も青い目に戻り、静かに引っ込んだ。


「中で待たせてね」


 鬼蜘蛛に一声かけ、ユディは玄関扉を引いた。

 石床の作業室を抜け、台所と食堂と居間が一体になった大部屋へ入る。


 間取りはほとんど実家と変わらない。

 ただ、こちらの方がかわいらしい雰囲気だ。

 祖母の趣味である手芸品であふれているせいである。


 大きな机には、レースのテーブルランナー。 椅子には、パッチワークのクッション。棚には、色とりどりのあみぐるみが並んでいる。


 その合間に置かれた荒い木彫りの幻獣は、祖父の手によるものだろう。

 ロック鳥やケルベロス、ヒュドラなど、大型のものや危険なものが多い。


「あそこ。珍しいモンあるな」

「え? なになに?」


 オセロがあごで示したのは、棚の隅に置かれた瓶だった。

 中には、ミミズのように細長い、半透明の白い生き物が入っている。

 数匹が団子状になって丸まっていた。


「これって――寄生蟲?」

「宿主いねえから、今にも消えそう」


 オセロがからかうように、指先で瓶をつつく。

 瞬時に蟲の団子がほどけた。

 白い生き物たちが一斉に、オセロへ向かって突進する。


「ひゃあっ」


 ユディは慌てて、契約獣を瓶から引き離した。


「危ないよ! 寄生されたらどうするの!」

「瓶に入ってんだから、大丈夫だっての」


 言い合っていると、玄関の方で物音がした。

 入ってきたのは、大柄でたくましい老人だった。

 髪はすっかり白くなっているが、よく日に焼けて若々しい。背筋もまっすぐに伸びている。

 腰には、杖代わりの山刀を下げていた。


「おかえり、おじいちゃん!」

「おう。そっちも、おかえり」


 ユディは、すぐそばの瓶を指さした。


「蟲使いの資格も取ったの?」

「ああ。前々から興味があってな。本気で蟲使いになる気はねえけど」

「物好き~」


 初対面から遠慮なく、オセロがヤジを飛ばす。

 ユディの祖父――グリードは、両の眉を上げた。

 まじまじと、少年の整った顔を観察する。


「うん? ユディ、おまえ、いつの間に彼氏ができたんだ?」

「違うよ、契約獣だよ!」


 ユディは頬を赤くした。


「よく見て。角があるでしょ?」

「え? 祭りで売ってる竜の角飾りじゃねえの?」

「本物だってば!」


 ユディはオセロの角を指先でつまみ、軽く動かそうとした。

 もちろん、簡単には動かない。


「ほら、ちゃんと生えてるでしょ?」

「ははっ、冗談冗談。噂の暴竜にしちゃ、意外な姿だったもんだからよ。びっくりしたわ」


 グリードは豪快に笑った。


「おじいちゃんも、もう知ってるんだね」

「そもそも、召喚士協会からはオレが最初に聞かされたからな。うちの孫娘が暴竜と契約したって知らされてよ。ひっくり返ったわ」

「だよね……」


 ユディは身構えた。

 父のように難しい顔をされるかと思ったが、祖父は楽しそうにあごをしゃくる。


「思っていた以上に、おまえさんたち仲良さそうだな」

「そう?」

「だってよ、あんなふうに角に触って。普通なら噛まれるぞ」

「普通なら消し炭」


 オセロは訂正し、どっかりと椅子に座った。

 もちろん、ここでも家の中を一望できる位置に陣取っている。


「ユディ、おまえも座ってな。何か飲みモン用意してくるから」

「その前に、これ。お土産」


 ユディは酒瓶を渡した。


「おう、わざわざ。ありがとよ」

「おばあちゃんは?」

「あいつは今、隣村に住み込みで行ってる。回復士が体調を崩したらしくてな。ウィンデーネを連れて手伝いだ」

「そっか。じゃあ、おばあちゃんの分はまた今度にする」


 ユディは毛糸の入った紙袋を引っ込めた。


 やがて運ばれてきたのは、凍らせて砕いた果実シロップがたっぷり入ったジョッキだった。

 仕上げに、薄めのシロップが注がれる。


「暴竜さんは、仕上げはシロップと酒、どっちがいい?」

「酒」

「だよなあ」


 グリードは、自分とオセロのジョッキに度数の高い酒を注いだ。

 三人は、冷たい飲み物で一息つく。


「ところで、おじいちゃん。話って?」

「ああ……それなんだけどな」


 グリードは、ぐびぐびとジョッキをあおるオセロを一瞥した。


「オセロの公式の契約者を、オレにしておきたいんだが」


 空気が、一瞬で張り詰めた。

 オセロは氷よりも冷ややかな目で、グリードを見る。


「消し炭希望? 灰も残さないくらいに?」

「オセロ!」

「そうする前に、理由も聞いてくれ」


 その反応は予想していたのだろう。

 グリードは慌てず、落ち着いていた。


「ユディが契約者だと馬鹿正直に公表したら、この子の身が危ない。

 なにせ、おまえさんの力は一国の勢力図を書き換えられるほどだ」


 グリードは、ごつごつとした両手を組み合わせた。


「その契約者が、まだ未熟な召喚士で、しかも学生となれば。邪な連中が何を考えるか、想像はつくだろ」


 苦々しげな言葉に、ユディは表情を曇らせた。

 実際、自分は一度殺されかけた。

 祖父の懸念はもっともだ。


「そんな気も起こらなくなるくらい、見せしめにいたぶる」

「オセロ。それは」

「やめろって」


 グリードが強い声で諫めた。


「そういうことを許す契約者なんて、おまえの望む契約者じゃないだろ」

「……」


 オセロは黙った。


「もちろん、ちゃんと調べられたらバレる嘘だ。

 でも、相手が十六の学生か、山で何十年も魔獣を狩ってきた召喚士かで、手を出す前の覚悟は変わる」


 オセロは大仰に足を組んだ。

 ついでに、偉そうに腕も組む。


「つまり、ジジイは囮ってワケな」

「そう。本当に形だけだよ」


 グリードはあっさりとうなずいた。


「孫に手を出すバカを、こっちへ誘導するための策。おまえさんを呼んだり、命令したりする気はねえ」

「当たり前だろ。主人ヅラしたら、その顔潰すからな」


 オセロはフンと鼻を鳴らした。

 それから、にたぁ、と残虐な笑みを浮かべる。


「ただ潰すんじゃおもしろくねえなあ。おまえの可愛がってる契約獣たちに、おまえを襲わせてやる」


 グリードは初めて、はっきりと表情に恐れを浮かべた。

 早々に両手を上げ、降参の意を示す。


「剣呑剣呑。やっぱり暴竜だな」

「褒め言葉をどうも」

「じゃあ、そういうことで召喚士協会にも報告するから。よろしくな」


 オセロは心底面倒くさそうに舌打ちした。


「いろいろ面倒くせえな。現界も入国手続きが必要になったのかよ」


「おまえさん、自分の影響力を把握してるようでしてないな?

 暴竜が契約して長期滞在なんて、全召喚士に注意勧告が出る案件だよ」


「有名人は辛いわー」


 グリードはユディに向き直った。


「ユディも、それでいいか?」

「私とオセロが一緒にいる理由はどうつけるの?」


「勝手におまえに付いていっていることにするさ。自由気ままな暴竜なら、あり得そうな話だろ?」

「確かに」


 ユディはくすりと笑った。

 それから、うなだれる。


「……ごめん、おじいちゃん。囮なんて」

「ん? こういう時は、ありがとう、でいいんだよ」


 グリードは、よく日に焼けた顔をくしゃりと崩した。


「とびきりの笑顔付きでな。孫にいい顔したくてやってんだから」

「――うんっ、ありがとう!」


 ユディはさっそく、笑顔で大きな体に抱きついた。

 頼もしい祖父に感謝する。

 けれど同時に、自分のふがいなさも身に染みた。


(オセロと契約するって……こんなに大ごとなんだな)


 当人同士の問題だけではないことが、はっきりと身に染みた。


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― 新着の感想 ―
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