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落ちこぼれ召喚士、最強竜を召喚してしまう  作者: サモト
第2部

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2話 家族と顔合わせです

 段々畑の重なる山の斜面を登っていくと、踊り場のように開けた平地に出る。

 村を見下ろすように建てられた、赤い屋根の家。

 それがユディの実家だ。


 大型の幻獣がいても不自由しないよう、庭は広く取られている。

 その一角で、翼の大きな細身の竜――飛竜が、慣れた様子で地面に伏せていた。


 飛ぶことに特化した体は無駄がなく、うろこも体に添うよう薄く細かい。

 青みがかった灰色の体が、日差しを受けて鈍く光っていた。


 その背から、ユディと同じピンク色の髪をした女性が荷物を下ろしている。


「ただいま、お母さん!」


 ユディが駆け寄ると、母――ジュディが振り向いた。


 無骨な男物のジャケットを羽織り、腰に大ぶりのナイフを下げていても、柔らかな体の線が目立つ。

 ぱっちりしたピンク色の目が、ユディを映した。


「あら! おかえり、ユディ」


 ジュディは荷物を地面に置き、両手を広げた。

 ユディはその腕の中に飛び込む。

 母の体は柔らかく、懐かしい匂いがした。


「ここまで遠かったでしょう。駅まで迎えに行くと言ったのに」

「帰り道を楽しみたかったから、いいの」


 母との再会を喜んでいると、横から青灰色の鼻面がぐいと押し付けられた。

 ユディは笑って、飛竜の頭を撫でる。


「フラッシュも、ただいま。また背中に乗せてね」


 フラッシュは祖父の契約獣だが、ユディにとっては昔からよく知る相手だ。

 小さい頃、何度も背中に乗せてもらった。


 飛竜は低く喉を鳴らし、顔を擦りつけてくる。

 ざりざりとしたうろこの感触まで懐かしい。


「ギャッ!」


 突然、フラッシュが短く鳴いた。


 横面を指で弾かれていた。

 黒髪金眼の少年――オセロが、飛竜を不機嫌そうに睨みつけている。


「ヒトのもんに余計なにおい付けるんじゃねえよ」

「ギャウッ!」


 不躾な仕打ちに、フラッシュは牙をむいた。

 しかし、オセロも一歩も引かない。

 むしろ二本角の生えた頭をそちらへ寄せ、剣呑に金眼を細める。


「あ?」


 ただそれだけで、フラッシュの体がわずかに引けた。

 牙はむいたままだが、首の位置がさっきより後ろに下がっている。


「なんか文句あるわけ? やるか?」

「ギュルウウウウ」

「オセロ、ケンカを売るのはやめて」


 ユディは強引に、二頭の間へ割って入った。


「お母さん、フラッシュ、もうおじいちゃんのところに帰していい?」

「ええ。荷物は全部下ろしたから大丈夫よ」


 母も扱いは心得たもので、フラッシュの頭を抱えるようにして、そっと北側へ向けた。

 できるだけ、オセロの姿が視界に入らないようにしている。


「ありがとう、お疲れさま。父さんによろしくね」


 フラッシュは、向こうの山に建つ青い屋根の家を見据えた。

 ジュディに促され、翼を広げる。


 最後に一度だけオセロを睨んでから、南風に身をすべらせた。

 細い体がふわりと浮き、村を越えて飛んでいく。


「それで、ユディ」


 見送りを終えると、ジュディは改めてユディたちの方を向いた。


「そちらが、契約獣のオセロさんなの?」

「えっ、知ってたの!?」


 驚くユディに、母はこともなげに答える。


「だって、召喚士協会から連絡が来たもの。パパだって知っているわよ」

「信じたく……なかった……」


 ユディに遅れること数分。

 ようやく父のルークも自宅に到着した。


 人狼のダイスも一緒だ。

 父の少し後ろに控え、まだ警戒心たっぷりにオセロをうかがっている。


「娘の契約獣がオセロだなんて……」


 ルークの顔色は冴えない。

 対して、ジュディはためらいなくオセロへ一歩近づいた。


「意外だわ。暴竜というから、もっと厳つくて怖い姿を想像していたのに」


 人間姿の暴竜をしげしげと眺め、ぱん、と手を叩く。


「かっこいいわね!」


 ジュディは素直に感嘆した。


「『月刊・召喚ライフ』のグラビアページを飾れそう! 変化魔法、上手ねえ。表情も自然だし、角がなければ人間と見分けがつかないわ」


 距離が近い。

 ユディはまた威嚇されるのではないかと気を揉んだが、オセロは気にしていなかった。

 むしろ変化魔法を褒められたことが満更でもないらしく、得意げにしている。


「見る目あるじゃん」

「ママ、危ないよ。そんなに近づいたら」


 ルークがあわててジュディを引き離した。


「あの暴竜なんだから。さっきも村で派手に土魔法を使うわ、竜体で牛を止めるわで、村中大騒ぎだったんだよ」


「あれは私の指示がまずかっただけで……」

「そうだとしても、やり過ぎだ」


 ユディが弁解しても、父の態度は変わらない。

 ダイスの灰色のしっぽも、警戒心で膨らんだままだ。


「とりあえず、中に入りましょ」


 ジュディが明るく話題を変える。


「立ち話で済む話ではなさそうだもの」


 届いた荷物の片付けをルークとダイスに任せ、ジュディは家へ向かった。

 ユディもオセロを連れて、それに続く。


 大きな玄関扉を抜けると、まず石床の作業室がある。


 壁にはロープや雨具、魔獣討伐に使う道具が吊るされていた。

 棚には外仕事用の細々した品々。

 少しひんやりとした室内には、革とオイルのにおいがこもっている。


 階段下のスペースを見て、オセロが顔をしかめた。


「犬コロ臭え」

「犬じゃなくて、魔狼の寝床だよ」


 ユディは木箱に腰かけ、ブラシで靴底の土を落とした。

 それから、大きなテーブルのある隣の部屋へ移る。


 木の床。白い漆喰壁。使い込まれた木製の家具。

 台所と食堂と居間がひとつになった、広い空間だ。


「さあ、座って座って。今、飲み物を用意するわ」


 ジュディが勧める前から、オセロは椅子を引いていた。


 遠慮なんてまるでない。家の中を見渡しやすい席に、家長然と陣取る。

 鉄製のクッキングレンジや食器棚、天井から吊るされた香草や薬草を、ぐるりと見回した。


「前ほどごちゃごちゃしてねえな」


 オセロがこの家に来たのは、今日が初めてではない。

 十年前、真っ白な小竜シロとして来たのが最初だ。


「今はお兄ちゃんたち、他で働いていて家にいないから」


 ユディがいなければ、ここに住む人間は夫婦二人だけだ。

 子どもたちの勉強道具や荷物がなくなり、家の中は以前より落ち着いた雰囲気になっていた。


「あっちの隅からこっち見てんの、ナニ?」


 オセロがあごで示したのは、貯蔵庫の方だ。

 ユディには何も見えないが、予想はついた。


「ブラウニーだよ。家事妖精の」

「庭には火だるまの鳥がいるし」

「フェニックスね」

「人より幻獣多すぎだろ」

「にぎやかでいいでしょ?」


 ユディは背負っていた革鞄を下ろし、オセロの隣に座った。


「そういえば、ユディ。おまえ、荷物は?」


 片付けを終えたルークたちも、家に入ってきた。

 革鞄一つしか見当たらないのを、不思議そうにしている。


「荷物は、ほとんどオセロに持ってもらってて」

「持つ?」


 ルークはさらに怪訝そうにした。

 オセロはどう見ても手ぶらだ。


「オセロ、預けた荷物を出してくれる?」

「ほらよ」


 オセロが宙で手を一振りする。

 何もない空間から、荷物と土産物がどさどさと落ちてきた。

 ジュディが歓声を上げる。


「うそ! すごい便利!」

「でしょ!?」


 一方、ルークは渋い顔をした。


「空間魔法か……。何を隠し持っているか、分かったものじゃないな」


 ルークはユディの向かいに腰を下ろした。

 冷たい自家製のシロップジュースが、全員に配られる。


「それで、ユディ」


 ジュディも席に着くと、ルークが口火を切った。


「オセロとの契約は、本当におまえの意志なのか?」


 父の問いに、ユディは軽く拳を握った。

 そして、はっきりとうなずく。


「うん。ちゃんと私が呼んで、私がお願いして、私が契約したの」

「学園で何があったかは聞いたよ」


 その内容を思い出したのか、ルークは表情を曇らせた。


「オセロはずいぶん騒ぎを起こしたようだね」

「う……うん」


「おまえも、一度は死にかけたと聞いた」

「そうだけど。いいこともあって――」


「父さんは反対だ」


 ユディの言葉を遮り、ルークははっきりと言った。


「オセロと契約するなんて、危なすぎる」


 予想していた反応だった。

 ユディはうつむき、冷たいグラスから流れ落ちる水滴を見つめる。

 大部屋に、気まずい沈黙が落ちた。


「――で?」


 静けさを破ったのは、オセロだった。

 ボリボリと、グラスの氷を噛み砕く音を響かせる。


「なんと言おうが、もう契約したし。今さらムダだぜ?」


 行儀悪く、オセロは机に足を乗せた。

 ルークのこめかみに、青筋が浮かぶ。


「黙ってろ、この災害竜! 机に足を乗せるな! 態度がでかい!」

「おかわり。濃いめ、氷多め、量マシマシで」


 空のグラスを差し出され、ルークはますます激昂した。


「おかわり、じゃない! おまえにやるのは帰還の呪文だよ!」


 怒鳴られても、オセロはまったく怯まない。

 むしろ気楽に、ユディへ話しかけてくる。


「あの外野、テンション高いな。血管切れるんじゃね?」

「そう思うなら煽らないでよ……」


 ユディはうなだれた。

 ジュディは「まあまあ」と、夫の背をさする。


「パパ、落ち着いて。もうどうにもならないことは事実よ」

「いや、きっと何か方法が――」

「少し前向きに考えてみましょうよ」


 いかる両肩に、ジュディの手がぽんと置かれた。


「確かにユディは危ない目に遭った。でも、それはオセロさんが傷つけたからじゃないわ」

「契約者に死なれたら、現界に留まれないからな」


「わざわざユディと似た年の姿をしているのは、とても気に入っている証拠だと思うの」

「油断させるためだよ」


「じゃあ、あれは?」


 ジュディは、オセロの首にある黒革の首輪を指した。

 続けて、左手首の革のブレスレットと、右手首の金のバングルも示す。


「枷も檻も壊す暴竜なのに、ちゃんと枷をはめているわ」

「……そうだな」

「しかも、三つも」


 渋い顔のルークに、ジュディがにこりと笑う。


「信じきれない気持ちは、もちろん私にもあるわ。

 でも、最初からまったく信じないのも失礼じゃない?」

「……」


 ルークは黙り込んだ。


 ユディはそわそわと周囲を見る。

 父と一緒で、ダイスもオセロを警戒したままだ。

 庭先にいるフェニックスの炎がいつもより強いのも、同じ理由だろう。


 家族も、家族の幻獣たちも、みんなオセロを怖がっている。


「……お父さん」


 ユディはきゅっと、制服のスカートの裾をにぎった。


「家にオセロを置いておくのが難しいなら、私、夏休みは学園で過ごすよ」


 ルークが、はっと顔を上げる。


「ユディ、それは」

「みんなに迷惑はかけられないから」


「せっかくここまで帰ってきたのに」

「いいな、それ」


 オセロが愉しそうに笑った。


「こんなシケた田舎にいないで、夏休み中、遊び回ろうぜ。

 水系巨大幻獣を呼びつけて洋上クルーズ? 高級ホテルで毎日フルコース? 宝石風呂だって用意してやるけど?」


「少しは申し訳なさそうにしろ、問題児いいいいいっ!」


 悪びれない娘の契約獣に、ルークが吠えた。


「おまえのせいで、ユディが肩身狭くしてるんだろうが!」


「は? 俺じゃなくて、無理解な周囲のせいで肩身狭くしてんだろ。

 慰める俺様、超優しい。スパダリ系契約獣」


「原因だってことを自覚しろ、この迷惑系契約獣!」


 一気に怒鳴ってから、ルークは深呼吸した。

 それから、改めて娘に向き直る。


「おまえの覚悟は分かったよ、ユディ」


 ため息を一つ。

 父の顔から、感情的な怒りが少し引いた。


「じゃあ、今度は召喚士として話そう」


 神妙な声に、ユディは背筋を伸ばした。


「滞在中、他の幻獣を脅かさないこと。もちろん、村人や家畜もだ」

「うん」


「おまえが契約者として、オセロの手綱を取る。いいね?」

「はい」


 ユディは深くうなずいた。

 ルークは今一度、厳しい顔つきになる。


「守れなかった時は、父さんがそこの素行不良の竜を追い出す。何としても」

「身のほどは弁えたほうがいいぞー、おっさーん」

「うるさい! 勝てるかどうかは問題じゃないんだよ、これは!」


 ルークは強く杖を握った。


「ハートマン家は、この地域の暮らしを守っている。

 どうせ負けるからと危険を放置するのは、仕事を放棄するも同然だ」


 その言葉に呼応するように、人狼もフェニックスもオセロを睨みつけた。

 相手を考えれば、普通の幻獣ならとうに逃げ出しているところだ。

 しかし、だれもそんな気配はない。


「……めんどくせー小バエの多いこと。さすが田舎」


 オセロは頭の後ろで手を組み、ふんぞり返る。


 契約獣と家族の初対面は、不安の残るものとなったが、ともかく終わった。


 ユディはほっと肩の力を抜き、席を立った。

 大きなマグカップを取り、果実シロップと氷を多めに入れる。

 オセロへおかわりを渡す前に、ペシリと行儀の悪い足をはたいた。


「足はテーブルの下!」

「ヘイヘイ」


 オセロは素直に、机から足を引いた。

 天を向いてばかりいたダイスのしっぽが、初めて小さく揺れた。


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