第82話 サムライの理由
焦っている。オウジンが。女のこと以外で。
珍しいこともあるもんだ。
オウジンが頭を掻いて、照れくさそうにつぶやく。
「早く強くならないとって思ってね。卒業まで三年しかないんだ。僕らは足踏みなんてしてる場合じゃないだろ」
「なぜ? おまえは十分に強いぞ。その年齢でおまえに勝てる学生なんてそうはいないはずだ」
おそらく、とある条件下においては、いまの俺やヴォイドよりも強いだろう。
例えば修練場のような何もない空間で、且つ一対一では、オウジンに勝てそうにない。現時点ではな。だからやつの剣術を戦いの中で盗むために、俺はオウジンと剣を合わせたかった。
もっとも、ダンジョン内や森林、または戦場のような乱戦となった際には、その力関係は逆転するだろう。だがそれをおいてしても、オウジンはすでに十分に強い剣士だ。
オウジンが苦笑いでつぶやいた。
「ありがとう。でも、学生レベルじゃだめなんだ。正騎士でもまるで足りない。もっと、もっと強くならなくては。剣聖や戦姫のように」
「理由を教えてはくれないのか?」
オウジンの声が掠れた。
「……ああ。いや。弱ったな」
これは……。
尋常ではない様子に、俺は慌てて口を開く。
「すまん。追い詰めるつもりはないんだ。言いたくなければ言わなくていい。言えないことなど俺にだってまだまだあるからな。……あ~っと、いまのは余計な一言だったか。詮索は勘弁してくれよ」
リオナもヴォイドも、俺を呆れたような目で見ている。
そうしてしばらく。
穏やかな風が吹いたとき、オウジンはまるで何かを払うように、頭を勢いよく振った。短い黒髪が揺れる。そして意を決したように語り出した。
「……みんなは僕の故郷、東国にある島国ヒノモトの“剣鬼”を知ってるか?」
ヒノモト。
俺たちは東の海を渡った先にある大陸や島国をすべてひっくるめて東国と呼んでいるが、実のところ細々とした国家がいくつも点在している。ヒノモトはそのひとつだったはずだ。
といっても、俺も刀という特異な武器と、そして“剣鬼”と呼ばれる恐るべき剣士を排出した国家程度にしか知らないのだが。
俺はうなずく。
「ああ、知っているぞ。ガリア王国で言うところの“剣聖”みたいなものだろう。数十もの敵に囲まれてなお、自らの身に一太刀も浴びることなく、すべてを斬り伏せたという逸話の残る、凄まじい剣術使いだと聞く。又聞きだから真偽は知らんが」
「それは事実だ」
「そうなのか!?」
一度は剣を合わせてみたいものだと、俺は常々思っていた。それはブライズだった頃からだ。むろん、子供にまで若返ってしまったいまとなっては時期尚早ではあるが。
当面のところ、俺が目指すのは“戦姫”でいい。リリを超えたとき、俺は再び“剣聖”となる。実に楽しみだ。
だが、そのためにはキルプスには長生きして、王位にいてもらわねば困る。レオ兄の下で剣を振るうなどと、考えるだけで嫌気がさすからな。
俺は尋ねる。
「さては、オウジンは“剣鬼”を目指しているな? そのようなことを恥ずかしがるな。俺は別に笑ったりしないぞ。なぜなら俺だって“剣聖”になるため――」
「違う!」
オウジンが再び頭を振る。それは明確な否定だった。
そうしてやつは吐き捨てた。
「剣鬼は……ッ、あいつはブライズ殿のような方じゃない! イトゥカ教官とも違う! 憧れるような対象じゃないんだ!」
「え……」
それはもはや苛立ちを隠すこともできぬほどの怒号だった。
オウジンがこれほどまでに苛烈に反応する姿など、俺は初めて見た。思わず絶句してしまう。
そうして、やつは言った。
「僕は“剣鬼”を斬る力を得るために海を渡った。あいつと同じ空振一刀流では殺せないから。だから――」
ため息をついて、オウジンが口を閉ざした。そのままうつむく。
リオナもヴォイドも息をすることさえ忘れているかのような表情で、オウジンを食い入るように見ている。俺もだ。
「僕は負けている場合じゃないんだ。ホムンクルスにだって。なのに……」
ギリと奥歯を噛みしめる音がした。
「エレミアがいなければ、ヴォイドがいなければ、リオナさんが助けてくれなければ、僕は本懐を遂げることなく異国の地で死んでいた。あまりにも弱い。弱すぎる」
「そう落ち込むな。あれは相手が悪すぎただけだ。それに俺はおまえに岩斬りを教わったから、奇策に奇策を重ねてどうにか立ち回れただけだ。俺の方こそ武器を砕かれ、おまえがいなければどうにもならなかったのだぞ」
それまで黙って聞いていたヴォイドが口を挟む。
「あー。ありゃ規格外だ。悔しいが、俺もあんな安もんの得物じゃあ、どうにもできねえ。騎士学校なら、ちったぁ武器に金かけろっつーんだ」
「そうだよぉ、リョウカちゃん。あのときは、この四人のうちひとりでも欠けてたら、最終的にみんな死んでたと思うよ?」
オウジンが弱々しいため息をついた。
「……わかってはいるんだ。でも、剣鬼はホムンクルスよりずっと強い」
ホムンクルスよりずっと強い、か。やはり“戦姫”や“剣聖”級のようだ。それにしても“剣鬼”を斬る、か。穏やかではないな。
こいつもヴォイドやリオナと同じで、何かとてつもないものを背負っているのかもしれない。
一組三班。なんとも奇妙な運命だ。
「ふー……」
やがてオウジンが顔を上げた。いつもの表情に戻して。明るい調子で。
「すまない。余計な話で時間を取らせてしまったな。まあ、とにかく、そんな理由があったということだ。――時間がない。午後の授業が始まる前に話をカリキュラムに戻そう」
「そうだな」
これ以上は突っ込めそうにない。
俺たちはやつの言葉にうなずくしかなかった。
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