第67話 戦姫が欲したもの
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翌朝は週に一度の休日だった。
騒がしい声に目を覚ますと、リリはもう起きていた。誰かと話をしている。何だか揉めているようだ。
眠い。身を起こすのも億劫だ。が。こうもうるさくては、おちおち寝てもいられない。
「……」
俺は上体を起こした。
開かれたドアの前に、リリが立っている。廊下側には知らない男が数名いた。俺は頭を振ってベッドから下り、リリの側にいく。
「困ったわね」
「すいやせん。こりゃあ完全にうちの手違いです」
俺はリリの背中に声をかけた。
「どうした?」
「ああ。あなたのベッドが届いたのだけど……」
何やら言い淀んでいる。
どうやら男たちは運び屋のようだ。家具屋から俺のベッドを持ってきてくれたのだろうか。リリの横から覗き込むと、廊下には組み立て式のベッドらしきものがあった。
屋内に持ち込んでから組み立てるものだ。ひとつひとつの部品はさほど大きくはない。
だが。
俺は眉をひそめる。指さして。
「……それ、部品は足りているのか?」
男たちが俺に視線をやって、悲観的な表情をした。それも一斉にだ。
小さいんだ。あきらかに部品が少ない、というより、小さい。
俺はリリを見上げて尋ねた。
「赤ん坊用ベッド?」
「そうらしいわ」
「いくら俺が小さくても、さすがに入らんぞ!?」
いまより手足が伸ばせなくなってしまう。
「そうよね」
ああ。そういうことか。
男は先ほど、うちの手違いだと言った。
そっちに視線を向けると男は帽子を取って、ばつの悪そうな顔で口を開いた。
「すいやせん、坊ちゃん。子供用と注文をお聞きした際に、うちの若え従業員がまだ腹の出てねえ母親さんだと思っちまったらしくて、早とちりで赤ん坊用のベッドを作っちまったんでさぁ。ああ、ほら、だって、あんたは――」
リリが慌てて付け加える。
「わたしも悪かったわ。もう少し丁寧に説明をするべきだった。エレミアとの同居は突然決まった話だったから、急いでいたのよ」
馬車で俺を宿まで迎えにきた日のことか。
男が首を左右に振った。
「それもそうなんですがね、ほら。あんた、あの有名な“戦姫”様だよね? リリ・イトゥカ将軍? レアン騎士学校に赴任したっていう。注文書の方にもその名が書かれてやしたし」
「あ、ええ。何か問題でも?」
「やっぱそうかい。そうある名じゃねえもんな。いや、ね。その~、てっきり退役したのは結婚か妊娠が原因だって、うちの従業員が思っちまったらしくて」
「あ~……」
リリがうつむいた。
「ごめんなさい、わたしが嫁ぎ遅れているばっかりに……」
「や、やややや! やめてくだせえや! あんたほどのいい女なら、引く手数多でしょうや!」
もうやめてやってくれ。
俺の弟子は本気で落ち込んでいる。見るに堪えん。
おそらくだが、できないことを落ち込んでいるわけではなく、しなかったことによってこんな妙な誤解が世間に生み出されていたことに対してだろうが。
「ベッドぁ、あっしらが責任持ってうちで作り直しやすんで。もちろんお代金はすでにお支払いいただいてる分だけで構いやせん」
「でも、赤ん坊用と大人用では差額があるでしょう?」
「や、今回のこたぁこちらの不手際、それも、英雄様に対して失礼なミスでしたから、お気になさらずってことで」
「でも、そういうわけには――」
俺は口を開く。
「ああ、もういいもういい。それよりも小さめのクローゼットを作ってくれないか。子供の服が入る程度でいい。それなら差額も大して発生しないだろう。それでいいか、リ――イトゥカ教官」
「……エレミアがよければ?」
家具屋の親方らしき男に視線を戻した。
「そういうことだ。話が二転三転してすまないが、ベッドはキャンセルでクローゼットを頼む」
「え、そりゃあ、うちはもちろんかまいやせんが……」
男がリリに視線を向けると、リリも小さくうなずいた。
そうして俺たちは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。結局、俺たちは前世と一緒だ。
親方が不思議そうに尋ねてきた。
「……あんたたち、親子じゃないよな……?」
俺の肌は白く髪は金色。リリの肌はやや色濃く髪は黒。
顔つきもまるで違う。そもそも俺がリリの子だったら、リリの出産年齢が15歳になる。それはさすがに少し早い。
「立ち入ったことをお聞きしやすが、えっと、どういうご関係で?」
「わたしたちは――……」
リリが「ん」と小さく呻いて、迷うように口をつぐんだ。
ヴォイド曰く。たとえ合意の上でも、この年齢に手を出すことは犯罪らしい。言うまでもなく、俺たちはそのような関係ではないのだが。
その様子を見た男が、慌てて手を振る。
「あーいやいや! すいやせん! 差し出がましいことでした。こりゃあ戦姫様のプライバシーだ。もちろんあっしらはただの家具屋ですし、口外なんぞしやせんから。どんな形であれ、誰かのために何かをプレゼントするってのぁいいことだ。精一杯真心を込めて作らせていただきやすよ」
「おい、家具屋。いいものを作ってくれるのはありがたいが、妙な勘違いはするなよ」
だから俺が言ってやったんだ。笑いながら言ってやった。
リリが先ほど言おうとして、躊躇った言葉をだ。
「俺たちは家族だよ。血のつながりはなくとも。その関係に“型”などなくともな。だから、ともにあるんだ」
馬鹿な弟子が、そうではないかもしれないなどと考えてしまったであろう言葉を。
そして付け加える。この国の民ならば、おそらく誰もが知っているであろう少しだけ昔の話を。本来あるべきだった俺たちの関係を。
「……そうだな。さしずめ剣聖と戦姫のようなものだ」
そう言ってからリリを盗み見ると、彼女は嬉しそうに頬を染めていた。
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