第66話 あの頃のように
昨夜は部屋に戻ってから、リリにベッドの上でこってり絞られた。
当然だが、色気のある話ではない。時系列に順を追って説教をされただけだ。
ひとつは、リリに秘密にして陛下と密談を交わしていたこと。
自身の頭はそれほど固くはないから、これからはまずわたしに相談しろと言われた。自身はもう将軍ではなく教官なのだから、と。
そうしたかったが、おまえを信用させるには、俺にはあまりにも話せないことが多過ぎたんだ。そう言えたなら、少しはわかってもらえたかもしれない。
もうひとつは、陛下の額を割ったこと。
俺がリオナを捜索するために立ち去ってから、流血する陛下を見て目眩がしたのだとか。不敬罪に処されても文句は言えない所業だったからな。そもそも相手がキルプスでなくとも、普通に傷害罪だ。いや、俺も割られたが。
この件に関しては、むしろキルプスの頭突きを喰らった俺が被害者なのだが、リリにそう言っても信じてはもらえなかった。俺はいかにもやりそうだが、陛下は立派な大人なのでやらなさそうに見えるそうだ。
おい、糞弟子ぃ……。
その次が、リオナを単身で捜索に出たこと。
陛下を狙うような危険な暗殺者を相手に、あまりにも無謀がすぎる。いくら腕に覚えがあると言っても、その身が十歳であることを忘れるなと、とても強く、そして優しく、粘り強く、しつこく、ただひたすらに、諭された。
そういった説教にどれだけ時間を掛けられても俺は生来気にするようなタイプではないが、それでもリリに過度な心配をかけてしまったことだけは、強く思い知らされた。
ああ。正直言ってこの夜は、これが一番堪えた。だから素直にうなずき、もうしないと誓った。
リリはブライズを喪ったときのことを思い出していたのだろうか。
まだあるぞ。リリの尻をグラディウスの腹で叩き上げたことだ。
かなり痛かったらしい。それはそうだ。鉄の塊なのだから。
ブライズの生尻平手の方が遙かにマシだったと言われた。あと、女性の尻や胸は簡単に触れてはならないものだと、人生二周目のいまになって軽い性教育を施された。
勘弁してくれ。俺は子供だが子供じゃないんだ。いまさらそんな当たり前の知識を、異性の、それもかつての弟子からこんこんと説かれるなどと、得るものもないのにただただ気まずい時間でしかない。
そもそもあの尻叩きは、おまえが話を聞かずにリオナを斬ろうとしたからだぞ。
まだまだある。陛下を危険にさらしたこと。
どのような理由があっても、暗殺者を陛下と引き合わせるなどということはしてはならない。それはそうだ。ぐうの音も出ん。ブライズならばたとえキルプスが許可を出そうとも、エレミーをぶん殴ってでも阻止していただろう。
だが十歳の肉体に宿るのは幼い精神だ。知識はあっても、心が追いつかなかった。
俺は救いたかったんだ。
どうしても。あの哀れな少女を。
ベッドに向かい合って座らされ、長い長い説教の時間がようやく終わった。
「すまなかった。反省している。今度からはできる限り相談する。だが、リリも俺をあまり子供扱いせず、ちゃんと話を聞いてくれると助かる」
「イトゥカ教官」
「イトゥカ教官も、だな」
リリがため息をつきながら、ようやく表情を弛める。
「わかったわ。これからはお互い気をつけましょう。――じゃあ、今日はこれでおしまい。明かりを消すわよ」
「ああ」
天井に備え付けられている大型の魔導灯のコックをリリがひねった。部屋が薄暗くなる。窓から射し込む月明かりを頼りに、ふたりしてベッドに潜った。
リリがこちらを向く。
「そうだわ、エレミア。明日、あなたのベッドが届くの。部屋は少し手狭になるけれど、やっと手足を伸ばして眠れるようになるわよ」
「ん、ああ。そうか」
何だか、いまさらだな。
腕を枕にして、仰向けで天井を眺める。リリは顔だけをこちらに向けていた。
いつものことだ。もう慣れた。というより前世を思い出して、割とすぐに慣れた。俺たちはずっとこうして暮らしてきたから。よくよく考えれば、リリと同衾など珍しくもない。
立場は逆になってしまったが。
「……俺の手足はそれほど長くない」
リリが目を細めた。
「あら。もしかして、わたしと寝ていたいの?」
「そういう意味ではない。そんな可愛げが俺にあるように見えるか?」
「ふふ……」
笑って、天井を向く。
「可愛げはないけれど、可愛いとは思ってるわよ」
「やめろやめろ。それは男にとっての褒め言葉ではない。俺が横にいたんじゃ、おまえが手足を伸ばせないだろ」
「わたしは普段から伸ばして寝ていないから。ずっと昔、いまのエレミアくらいの頃は、身体の大きな人の隣で寝てたのよ。だから小さくなって寝る癖ができたわ」
俺も笑った。
そりゃあ、悪かったな。
キルトの中で手の甲が触れた。リリの指が動いて、俺の手を包み込む。
――ブライズ、手を繋いで寝てもいい?
――いちいち聞かずに勝手に好きなとこをつかんで寝ろ。
瞬間、前世の記憶がひとつ蘇った。
俺はまた笑った。
あの頃のブライズの言い草たるや、ひどいもんだ。
「なんだ、寂しがっていたのはおまえの方か」
「……そうね」
「拾った犬に情でも湧いたか」
「ええ、湧いたみたいよ。エレミアといると、不思議と昔のことを思い出すからかしら。本当にブライズの隠し子じゃないのよね?」
「ああ。違う。血縁はない。残念か?」
「いいえ、エレミアはエレミアなのだから。……でも、少しだけ……」
素直だな。まるで子供だ。
夜の風が窓を優しく揺らす音がした。
「陛下からオルンカイム――ベルツハインを捜しにひとりで発ったと聞かされて、気が気じゃなかったんだから。護衛がなければすぐにでも飛び出したかった」
「それでいきなり斬りかかったのか」
まったく。可愛い弟子だ。
しかし立場が逆か。我ながら言い得て妙だ。ブライズだった頃もそうだった。でなければ長々とともに暮らしたりはしない。
剣聖の称号を得て、最終的に金など腐るほど貯まったが、結局追い出さずに一緒にいたくらいだ。その頃にはリリもそこそこ稼げる剣士になっていたのに、あのムサかった男所帯から出て行こうとはしなかった。
唯一の女では、色々と不便なこともあったろうにな。
家族……だったのかな。あれは……。
俺は咳払いをひとつして、リリの方を向いた。端正に整った横顔は、あの頃よりも穏やかに見える。
「あ~……。ベッド、返却するか?」
「ふふ、バカね。エレミアがそうしたいなら、わたしはそうしてあげてもいいわよ」
「言ってろ」
同時に笑って目を閉じた。
雨の中、リオナを捜して疲れていた俺は、生温かい泥の中へと引きずり込まれるように、すぐに眠りに落ちていった。
繋いだ手のぬくもりは、正直言って心地よかった。
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