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07.沈黙の引き籠りと男装の乙女


※2015.11.23 誤字修正


 学ランかと笑った黒い衣裳は、王宮侍従の見習い用の制服だったらしい。紛う方なき男物。これまでも老爺のお下がり服を適当に詰めて着ていたし、あちらでも制服以外はジーパン一択の生活だったのでサキとしては気にならなかった。


 だが、サキの振る舞った『昼食』を微妙な表情のまま平らげた騎士殿は、心底申し訳なさそうに詫びを入れた。


 曰く、「人を寄せ付けない竜公爵の許に、使用人だろうと女性が居ると知られると鬱陶しい連中が出てくる。侍従服なら遠目には少年にしか見えないし、詳細が確認できるほど離宮に近付く奴はまず居ないから。申し訳ないが我慢してくれ」と。


 飾りたい盛りだろう女の子に男装を強いるのは心苦しい、と続けられて、サキとしてはぬるい笑みを僅かに浮かべるしかなかった。キラキラした『女の子』な部屋を拒否っておっさん部屋を寝床と定めたサキに、『飾る』という言葉は縁遠い。見るのは嫌いじゃないが。


 あと、


 ――騎士さんの中で一体わたしはいくつの扱い……いや、王太子サマも『年の割には』って発言してたし村の人たちからも同じ評価されてたか。


 つくづく東洋人の薄味な顔というのは年齢が読み辛いらしい。


 とは言え、王城に転移術で入った際に目撃はされているはずだ。応接室に辿り着くまでにかなりの人間が老爺に声をかけていたと記憶している。サキの最大の特徴となり得る眼鏡は外していたし、意識は老爺に集中していただろうから顔も覚えられていないかもしれないが、娘を伴って登城したことは知られているのでは、と。

 指摘すれば、短い髪と細く平坦な身体つきから『魔力の弱い少年弟子』とでも認識されただろうと苦笑が返された。


 ……細いともかく平坦て言うな。身長体重スリーサイズとも標準値だ。多分。


 乙女の矜持で突っ込みたかったが呑み込んで髪の件だけを問えば、こちらの女性には『斬髪』という刑罰が存在するらしい。サキの髪の長さは前科者と名乗るに等しいという。――村に初めて出かけたとき妙な眼で見られたのはそういうことか、と納得する。


 あちらでは大体肩の少し下くらいの長さで整えていた。こちらに来てからも、長いのは邪魔で不衛生なので鎖骨下まで来たら肩辺りで切ることにしている。なにせお湯を沸かすのも一苦労、ドライヤーなんて無いので自然乾燥させている間に風邪をひけるという、毎日髪を洗うことが難しい環境なので。ちなみに、鋏は剪定用の如く大きく、ナイフでは到底手入れできないので、ざく切りが仕様である。

 そして老爺は、サキが『髪を切る』と宣言してもなにも言わなかった。果たしてこの状況を見越してのことだったのか。いっそ刈り上げてしまうかとぼやいたときはやんわり止められたが、果たして。


 半眼になったサキに構わず、応接室に入って来たサキを見たときには確かに少年だと思った、と騎士殿は肯定のみを返してくださいましたとさ。


 ちなみに、こちらの成人女性の平均身長は一六〇半ばから後半くらい。日本人だと一六〇をちょっと切るくらいの筈で、一六〇ジャストのサキはむしろ平均超えだと言わせていただきたい。まあ、郷に入りては、というのか。こちらの基準でいけばサキは小柄で成長途中の子供にしか見えないのだろうが。

 なお、男性も高めだ。一七〇後半から一八〇に手を掛けるくらい。目測一七〇ちょいと思しき老爺の「昔は普通にあったんだよ、年取って縮んだんだよ」という言葉と、村の住人らの体格から推し量る限り、多分、そのくらい。


 話を戻して。


 サキが女性であることを知る王城関係者は、サキの声を聞いた人物だけ。サキが喋ったのは応接室で王太子と対面してからなので、人払い前に立ち会っていたもうひとりの騎士と、メイドさん二名が該当する。――騎士殿との会話で『メイド』ではなく『女官』だと訂正された。メイドは『女中』に該当する言葉に翻訳され、給仕や清掃などが担当職務だそう。『女官』は官吏の補佐を行う立ち位置で、サキの感覚なら『秘書』のようだ。


 例の女官さん二名はそれぞれ、騎士殿の従姉と、もうひとりの騎士の奥方だと言い、騎士二名共々、王太子の腹心なのだそう。


 それ以外には当面『アイガイオン老の少年弟子の魔力耐性が高いことが分かったので竜公爵の側付きにしている』ていを取り繕うとのこと。


 ようやく自分の置かれた状況の一端が見えて息を吐いた。




  ◆◆◆




 さて、騎士殿による『竜公爵の生態』情報を整理すれば、以下である。


 一、食事は究極的には不要だが、書類配達と併せて一日一食を差し入れている。

 二、屋外での目撃情報は皆無。離宮内に限りうろついている痕跡はある。

   ただし、離宮内でもその姿が目撃されたことは無い。

 三、生活リズムは謎。本人の性格上、規則正しく寝て起きてだと思われる。

 四、風呂トイレは私室に付属している。水および湯は魔術で調達可能。

 五、着替えは初期に持ち込んだ物で回している様子。

   時々王太子が新調して贈っているが、着用しているかは未確認。

 六、掃除は浄化の魔術で離宮全体に一日置きで実施。同術で洗濯の代用にも。

   ちなみに浄化の魔術を施すのも竜公爵ご本人様。


 本気でサキが手を出す部分が無い。掃除洗濯くらいはできるし要求されるだろうと思っていたのに肩透かしである。さすがに下着は魔術任せというのもすっきりしない――洗って干して乾かして、の過程がちゃんと欲しい――ので、ちまちま手洗いをしているけど。タオル類もお日様の匂いが欲しいので一緒に済ませるが。制服その他は魔術任せだ。靴に付いた砂埃は綺麗に落ちていた。万能魔術、万歳。


 食事については「いいから作れ」と言われれば覚悟もするが、受け渡し方法が確立できないので保留のままだ。初日にサキ作『お昼ご飯』を見て騎士殿がフリーズしていたので、授受方法が確立しても「作るな」と言われる気がしないでもない。不敬罪とかテロとかの扱いになることが確定したようだ。


 結局、サキにできること、サキがやるべきことは、いかにヒッキー氏を引き摺り出すか、に終始するらしい。



 サキが意識の覚醒と同時に眼鏡を探すのは、十年来身に染みた習慣だ。着替えより洗顔より――というか布団から身を起こすより先に、枕元に置いた眼鏡を手繰り寄せて装着するのが朝の儀式。


 流石は王室御用達、と思わせるふかふか布団にもう一度潜り込みたくなる誘惑を振り切って起き出し、カーテンを開く。明るくなった部屋の中をのろりと移動してクローゼットに掛けて置いた従僕見習いの制服を取り出し身に着ける。手櫛で寝癖をざっと撫でてから部屋を出る。


 離宮に放り込まれて五日も経てば慣れるもので、しっかりした足取りでまっすぐ向かうのは半地下の台所だ。タオル――手拭いと称すべきか、ふかふか感はまったくない布――を首に掛け、桶を持って裏口からすぐの水源の前に立つ。眼前に聳える金属製の水源は、蛇口ではない。昭和の遺物と呼んだら非難されるだろうか、と思ってしまう手押しポンプである。


 上着の袖を捲って把手ハンドルに体重をかけてぎっこぎっこと上下させるとごぼりと吐き出される水。惰性で流れる水を手に掬って顔を洗い、眼鏡を掛け直したら今度は桶をポンプの下に据えて再びハンドルをぎっこぎっこ。満杯にした桶の水を台所の隅にある水瓶に移す。料理にお茶に洗い物、と意外に使うので、数往復して一日分を溜める。


 続けて台所に隣接する小部屋に水を運ぶ。風呂場とトイレと洗濯場がまとめてある場所だ。盥に水を空けて、洗濯の準備だけ整えて桶を片付ける。汲み上げたばかりの水は冷たいので、実際に洗うのは朝食後、というのが離宮生活三日目で確立したルーチンである。


 お次は竈の灰を掻き回して埋火うずみびを起こす。昨夜の残り物スープの鍋を乗せてから食糧庫へ。


「……うぅむ。スープがあるから堅パンとー、サラダ……キャベツ様がボチボチ寿命だな、使い切ろう。あとチーズいいな」


 適当に見繕って持ち出したら、切り刻むだけの朝食完成。温まったスープと共に胃袋に流し込み、食器は軽く濯ぐだけで置いておく。浸水による腐食の心配がない陶器なのをいいことに、きちんと洗って片付けるのは夕食後に一日分をまとめてやっつけることにしている。


 スープの鍋と交代で火にかけていた薬缶から湯気が立つ。持って行く先は洗濯場で、盥の水に足してぬるま湯を作るのだ。

 少ない洗濯物を洗い終わったら、水を捨てた盥に入れて裏口から外へ持ち出す。裏口脇に置かれた木箱から物干し用のロープとピンチを取り出して物干し場へ向かう。離宮の北側、建物の影にならない距離に物干し台が据えられている。ロープを張って洗濯物をピンチで留め、晴れ渡る空を見上げる。


 ぼうっとしていると、慣れた感覚が首や頬を掠めた。


「あー……、やっぱここまで出て来ないと接触してくれないのね、小精霊おチビさんたち」


 離宮内ではまったく接触してきてくれない小精霊たち。騎士殿に訊いてみたら、竜公爵の魔力にうっかり触れると小さな精霊は存在が消し飛びかねないからだろうとのこと。精霊は純粋に魔力の塊だと聞いた覚えがあるのだが、それを凌駕する勢いの魔力を持った竜公爵はどれだけ人外なのか。


「……わたしの唯一の癒しが取り上げられていることが一番納得いかない……」


 この五日、訪れたのは騎士殿だけで、初日のあとは三日目の定期配達担当としてだった。要る物は無いか、と気に掛けてくれたので話し相手を所望してみた。物凄く申し訳なさそうな顔になって、結局小一時間お茶に付き合ってくれたが。


 天岩戸の向こうから反応が無くても、部屋に引っ込んだときとか台所に居る間とかだけでも小精霊たちとの触れ合いがあれば気にならなかったのに。


 ――寂しいとかって感覚がまだ残ってたんだなぁ、わたし……。


 こちらに来てから老爺と二人暮らしなんてしていたからだろうか。慣れていた筈の孤独感なんかを意識してしまっている。


 爽やかな朝に似つかわしくない気分に陥りそうになって、頭を振って離宮に踵を返した。


 茶器と茶葉を用意して、朝食後の一服は――竜公爵の応接間にて。


「竜公爵、おはようございます。サキです、入りまーす」


 自分の分だけならお高そうな白磁のカップじゃなくていいし、と開き直って片手に持つのは大振りなマグカップもどき。恐らく使用人用の食器として揃えられていた物。

 コンコン、と昨日自分で閉じた扉を軽く叩いて声をかけてから開く。中に踏み込んで、開かずの扉脇の台座――送付魔術用のアレ――にカップを置いて、カーテンを開ける。


「おはようございます、竜公爵。サキです。今日も朝からいい天気で洗濯物がしっかり乾きそうでなによりですー」


 天岩戸にノックをして挨拶をして、一言を付け足して。


「えーと、昨日はなに喋りましたっけー。生まれ育ちは三周しましたし昔話もあんまレパートリー無いんで、そろそろネタ切れですねぇ。うーん。おじいちゃんの悪口とか愚痴とか悪口とか行ってみますか……」


 噂をすれば影とも言うしね、一回くらい様子を見に来たらどうだよ保護者様。


 やさぐれた感情が湧くままに、老爺との出会いからスパルタ仕込みの異世界生活訓練を語ることにする。


「笑顔が標準装備の喰えないおじいちゃんでー……」


 初日の午後、騎士殿が帰ったあとに三度向き合った扉の向こうからは、やはり一切の反応が――小石だかペン先だかで突いたようなあの小さな音すら――無く、腰を据えて話しかけるかと腹を括った。

 そうして、応接間の隅にあったティーテーブルのセットから椅子だけを拝借して送付陣の台座の傍に置いた。中央のソファからでは声が遠いかな、という判断で、台座をテーブル代わりにお茶を啜りつつ話しかけている。


 語る内容は、穏やかで優しい気性だと言う竜公爵の同情を引ければ儲けもの、という姑息な判断から、手始めには自分の生い立ちを延々と。


 サキ自身は別に不幸だとも思っていないが、周囲からは「大変だね」を筆頭として、同情だか憐みだか、その裏で優越感に浸っているのだか知れないお言葉を頂戴するのが基本仕様デフォルトだった。なので、案外、竜公爵も釣れないかと期待したのだが。

 三度、である。あちらの童話の類を間に挟みつつ、三度、生い立ちの話を繰り返してみた。


 結果は、安定の沈黙。

 同情や慰めも無く、逆に「うるさい」などの追い払うお言葉も無く。


 独り延々と自分語りをする、痛い女の出来上がりと相成った。


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