校長、帰ってもらっていいスか?
恵「なあ、作戦を考えるぞ……とりあえずどうする?」
カウンターに2人でしゃがみ込み、ヒソヒソとした声で会話を始める。
竜「もちろん、このままそーっとやり過ごそう、レジにもし来たらチャラ男パイセンに頼もう。」
恵「確かに!それだ!このまましばらくやり過ごしてもし来たら事情を話して変わってもらおう、先輩ならわかってくれる!」
実は本日のシフトは店長が不在、竜と恵、そしてもう1人、近所にある大学に通ってる大学1年生のチャラチャラした男の先輩がいた。
黒い根元がチラ見えする如何にもな安い金髪を輝かせ、両手に女…………と言うわけでもなく、男友達を抱え込む佇まい、2人にはよくわからないがブランドもののトゲトゲした財布…………耳にはギラギラした大量のピアスが光を放っている、そんな派手で羽振りの良い先輩のことが何よりも男らしくカッチョイイと思っていた。
2人はこの先輩のことをえらく慕っており、先輩もヨイショしてくれる高校生たちに満更でも無い感じで優しくしてくれるのである。
竜「また休憩室で寝てるだろうから…もし来たらその時起こそう。」
チャラ男先輩は大学1年生なだけあって、遊び!遊び!たまに講義のまた遊び!のような日々を過ごしており、シフトの休憩中にはこうしてスタッフルームで寝ていることが殆どである。
余談になるが、見かけと中身がかなり噛み合っているので、女の子のバイトからはやや敬遠されていることを本人はまだ知らない。
恵「いいね…じゃあここからは耐久勝負…!果たして何分で帰るのかな!?フフン!」
すでに勝ち誇った顔で鼻息荒くふんぞり返る恵と、得意気な顔でニヤニヤと校長の後ろ姿を見つめる竜だったが、そんな2人の期待は脆くも打ち砕かれることになる。
チッチッチッチッチッチッチッチッ
カチッ
時計の針が動く、5分経過した。
チッチッチッチッチッチッチッチッ……
カチッ……
時計の針が動く、そこからさらに10分経過……。
チッチッチッチッチッチッチッチッ……………
2人が時計を見上げて気がついた時には、渦中の校長が入店してからもう30分になっていた。
恵「…………遅くね?」
竜「……まあ、多少は?ね………………?」
雑誌コーナーで釘付けになってる様子の校長はいまだに動く気配すら感じさせなかった。
恵「……ちょっと、さあ…作戦とか変えてみようかな……?」
竜「オレも言おうと思ってた。」
今度こそ噛み合った2人の気持ち、お互いに目を見て頷き合う。
恵・竜「「校長を追い返そう。」」
そう、2人はなんとかして、校長をこの場から追い返そうと決意した…………。
恵「そのためには顔バレ防止必須だな。」
竜「オレはこのままでもいいや。」
恵「オレはお前みたいな川で磨かれた石のような顔はできない、マスクをつけて店長が置き忘れた老眼鏡を着けさせてもらうね。」
竜の顔をややディスりながら、自身の対策を話し出し、早速と言わんばかりに店長の老眼鏡をスチャっと掛け、どこからともなくマスクを着用した。
正直、もっと早く出せばいいのにと思ったが、おそらく慌てて忘れていたのだろう。
10歳ほど老けた風貌に早変わりした恵がその場に佇んでいた。
竜「じゃあ先行はオレ、掃除のフリして邪魔してくるわ。」
恵「ちょっとなんか嫌な予感して来たかも。」
お互いに決めたことだったが、妙に自信のある竜の姿を見てなんだか嫌な予感が漂ってくる恵だった。
コイツは昔からこうだ、何か決めるのはいいが、自信満々な時ほどコケる傾向がある。
幼稚園の頃、ことねちゃんに告白した時も自信満々だったし、小学校1、2年の頃に受けた音楽のテストも自信満々だったが、奇跡的に何も当たっておらず先生に怒られていたはずだ。
恵「まあ…………なんだ…その、グッドラック。」
それしか掛ける言葉が出てこず、お父さん構文になってしまったが、恵のそんな言葉を受けて竜は白い歯を見せニカっと笑い、掃除用具をガバッと雑に持ち上げ、校長の方へズカズカと歩いて行った。
背広姿の小太りの男は雑誌に夢中になっていたが、視界の端に何やら動く影を感じ、振り向いた。
竜「ァー…っス……清掃中デェス…………。」
校長「おお、ご苦労。」
竜の顔がまた知らない男に切り替わる、その背後でカウンターに隠れた恵が固唾を飲んで見守っている。
恵「何がご苦労やねん。」
ぼそっと吐き出すようにそう呟いた。
突然の、かつて生徒だった変な顔の男にやや戸惑う校長から捻り出された一言がそれなのかと恵は呆れ返る。
校長は気が小さい男で、このようにイレギュラーがあるとすぐに動揺するところがある。
校長(急に現れた…たまげたなぁ…………。)
竜「………………………………。」
竜は雑誌売り場の端の方に清掃用具を置いて、掃除を始めた。
まずは箒、掃除機があるのにも関わらず箒にしたのにはある理由があった。
竜「スィヤッセェ~ン。」
軽率な謝罪を述べつつ箒で床を掃いていく………………
…………………………
…………校長のスネを狙いながら。
校長「いで!?デッ!?お、オイ君当たってるぞ!?」
竜「あ、サセンッす〜失敬失敬。」
バチ、ベチと容赦なく弁慶の泣き所を一点に定めて打つ、打つ。
薙刀の試合だったら一本入ってること間違いなしである。
校長「いで!?いっ!!!!ギャホゥッ!?こ、コラーーーーーーッ!!」
竜「スィヤッセェーーーーーーーーーん。」
とうとう堪忍袋の尾が切れた校長が激おこぷんぷんし始めたところで、すかさず竜はスタコラサッサと走り出し逃げていく。
そのままバックヤードのドアを開けてバタンと閉めてしまった。
校長「なんだったんだ今の…。」
気を取り直して持っている雑誌に再び向き合う。
校長「グフ♡」
雑誌のいずれかのページを眺めてつい笑みが溢れる校長の背後に、妙な生暖かい人影を感じたその瞬間、奴が見えた。
竜「あ、先ほどはサーセンシタッ。」
そう言うと変な顔の男は、校長に軽く頭を下げ、どこから持って来たのか……手に持っていた掃除機のスイッチを親指で押し上げる
フィーーーーーーーーーーーーーーーーンと、掃除機によくある、あの大きな音が店中に響き渡る。
校長「ぎゃひッ!ナニぃ!?うるさ!?」
急な騒音に驚きが隠せない校長はビクッと肩を跳ねさせ、竜の方向に勢いよく振り返る。
その瞬間、新たな事件が起きてしまった。
校長「ぎぃやッ!!!」
校長があまりにも勢いよく振り返ってしまったせいで首を寝違えたような鋭い痛みが走ったのだった。
苦悶の表情を浮かべて次第に顔中から汗が浮かび上がってくる。
筋を痛めた。
つった。
そう、完全につったのだ。
終わりだ。
竜「あ…………。」
竜「……あー………なんか…悪かったっス…………。」
校長「うごおおおおおおしばらく動けん………私は死ぬのだ……このコンビニで命が尽きる、終わりだ。」
竜の作戦はこうだった、掃除をする、ぶつかったり鬱陶しい感じで動き回り、とにかく邪魔をする、イヤになった校長が帰る。
安直である。
それが作戦失敗に終わり、掃除機の音に驚き、肉付きの良い首を無茶な方向に勢いよく振り返り、取り返しのつかないことになってしまった校長が出来上がった。
校長は弁慶の如く、そこに立ち尽くしたまま、首から下がピクピクと、痙攣したままだった。




