それぞれの旅立ち
3月1日。大和たちは卒業式の最中にいた。一人ひとり名前を呼ばれ、卒業証書を受け取る。先生の目から大粒の涙が溢れていた。
「大和、卒業おめでとう。3年間よく頑張ったな」
だが、大和に思い出に浸る素振りはなかった。高校の男子たるもの、滅多に涙を流すものではない。そういう時代だった。
卒業式のあと、大和たちは自然と生徒会室に集まっていた。誰かと打ち合わせをしたわけではない。それぞれが、忙しくも楽しかったあの時間に別れを告げに来ただけだった。
大和「なんだ、みんなも来てたのか」
美園「最後だから……」
沙耶「うん」
大和「ああ、寂しくなるな……」
美園「そうだね」
沙耶「でも、また会えるよね」
大和「みんな地元で働くんだろ?」
沙耶「……わ、私は、大学に行くの」
美園「私は、大和の会社の近くだよ」
大和「そうなのか? 送り迎え頼むなよ。まだ免許取ってないから」
美園「んじゃ何、まだチャリンコ?」
大和「……ま、そうなるかな」
そこへ先生が現れ、帰宅するよう促された。
大和「……じゃあ、またな」
美園「うん、大和も元気でね」
沙耶「ま、待って……、あの、ボタン貰えないかな?」
大和「ボタン? あ、ああ、いいよ」
大和は制服の第二ボタンを引き千切り、沙耶に渡した。
沙耶「あ、ありがとう。大和」
大和「じゃ、本当にお別れだな。元気でな」
大和は自転車に乗り、坂道を勢いよく下っていった。美園と沙耶は大きく手を振り、その背中を見つめていた。
だが、そのときの美園の心は穏やかではなかった。
『ボタン……か。もう明日からは、大和はいないんだよね……』
沙耶の手に握られた第二ボタンを見つめながら、美園は胸の奥で静かな寂しさを募らせていた。
こうして大和たちはそれぞれの道へと進みだした。大和と美園は地元の会社に、沙耶は市外の大学へ。
卒業式から二週間。他の卒業生がまだ最後の春休みを満喫している中、大和は少し早い入社を迎えていた。慣れ親しんだ環境から一転、全てを新しく覚えなくてはならない。緊張と不安の日々が続き、あっという間に月日は経過していった。
研修期間が終わり、配属が決まると、ゴールデンウィークには製造現場に組み込まれた。周りが長期休暇を楽しむ中、大和は製造現場で泥臭く汗を流していた……。
まだ免許もなく、仲間と遊びに出かけられない大和は、この頃からギターを弾き始めていた。仕事から帰り、ひとときの時間、ギターを奏でる。それが唯一の心休まる時間だった。
ニューミュージックという『フォーク』が流行りだした頃。松山千春や長渕剛、アリスなどの楽譜を開いては弦を爪弾いた。
特によく弾いていたのは、松山千春の『季節の中で』『時のいたずら』、長渕剛の『夏祭り』『祈り』、アリスの『冬の稲妻』。どれも学生時代に流行った曲だったが、更に想い入れの深い曲になることは、まだ大和自身知る由もない。
そんなある日、美園から一本の電話がかかってきた。
美園「あ、大和……ちょっと相談したいんだけど」
大和「珍しいな、どうかしたのか?」
大和と美園の会社は、業種が同じだった。だからこそ、お互いに気心が知れている大和に電話をしたという美園。だが、「相談」というより、彼女の口からこぼれ落ちるのは仕事の愚痴だった。
それでも、長々と話してスッキリしたのか、美園は「じゃ、またね」と言ってあっさりと電話を切った。
だが、この日をきっかけにして、二人は頻繁に電話で話すようになっていった。
美園「そういえば、ギターやってるって言ってたよね。今度聞かせてよ」
大和「まだ聞かせられるほど上手くないから」
美園「別に気にしないよ。大和、いい声してるから」
卒業して半年が経ち、季節は秋になろうとしていた。




