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第5話 魔族の声

翌朝、市場を歩いた。


エルドリックの動向を確認するついでに、街の様子を頭に入れておく必要があった。


市場は朝から賑やかだった。


野菜。肉。布。陶器。

どこの国とも変わらない品物が並んでいた。


違うのは、売り手の半分近くに角があることだった。


魔族の老婆が野菜を並べていた。

皺だらけの手で、丁寧に一つ一つ置いていた。


隣の人間の男が声をかけた。


「今日は大根あるか」


老婆は答えた。


「昨日売り切れた。明日は入る」


「じゃあ明日また来る」


男はそう言って去った。


その会話は、あまりにも普通だった。


少し先では、魔族の若い女が布を広げていた。

人間の客が色を選んでいる。


「この青はどうか」


「少し暗い。もっと明るい青はないか」


「あっちの棚にある」


二人は並んで棚を見ていた。


聖王国では見たことのない光景だった。


聖王国の魔族は荷物を運ぶ。

畑を耕す。

命じられたことをこなす。


商売などしない。

言葉も持たないはずだった。


なのに、この街の魔族は普通に商売をしていた。

普通に言葉を話していた。

普通に笑っていた。


頭の中で何かがずれ続けていた。


---


通りを歩いていると、声をかけられた。


「布を扱っています。よかったら見ていきませんか」


僕は断らなかった。


店の中は広くはなかった。

棚に布が積まれていた。

色とりどりだった。


奥に年配の魔族の男がいた。

若者の父親らしかった。

僕を見て、軽く頭を下げた。


「遠くから来たんですか」と若者が聞いた。


「少し」


「旅の人がよく来ます。最近は色んな国から来る人が増えました。戦争が終わってから」


若者は布を整えながら話し続けた。


「僕が子どもの頃は、人間が怖かった。顔を合わせると逃げてた。でも今は友達もいます。よく一緒に飲みに行きます」


「人間の友人か」


「はい。向こうの鍛冶屋の息子です。最初は気まずかったけど、話してみたら普通でした」


若者は少し照れたように笑った。


「当たり前のことなんですけどね」


当たり前。


その言葉が引っかかった。


聖王国では当たり前ではなかった。

魔族と友人になる人間などいなかった。


魔族は奴隷で、道具で、知能のない存在だった。


「聖王国から来たんですか」と若者がつぶやくように聞いた。


「なんで分かる」


「雰囲気です。あと、魔族を見るときの目が少し違う」


図星だった。


若者は口元に笑みを作った。取ってつけたような笑みだった。


「……そうですか」


声のトーンが少し下がった。


しばらく沈黙があった。

若者は布を整える手を動かし続けた。


僕も何も言わなかった。


「聖王国では」と若者がぽつりと言った。


「魔族は奴隷なんですよね」


「そうだ」


正直に答えた。


若者は頷いた。

否定もしなかった。

怒りもしなかった。


ただ静かに頷いた。


「ここは違います」


それだけ言った。


それ以上は何も言わなかった。

でも少しして、また普通に話しかけてきた。


客として扱ってくれた。


僕は店を出た。


市場の声は変わらず賑やかだった。

人間も魔族も、さっきと同じように品物を売り、値段を交渉し、笑っていた。


若者の言葉が耳に残っていた。


「ここは違います」


聖王国では、魔族は奴隷だった。

この街では、違った。


それが何を意味するのか、まだうまく言葉にできなかった。


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