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第14話 祈りのない夜

 出発前夜、礼拝堂に行った。


 何百回もやってきたことだった。


 扉を開けた。

 中へ入った。

 祭壇の前まで歩いた。

 跪いた。

 手を組んだ。

 祈った。


 それだけのことだ。


 礼拝堂は静かだった。


 高い天井。

 白い石の柱。

 壁に刻まれた神の言葉。

 祭壇の奥に描かれた、剣を掲げる神の絵。


 幼い頃から、ずっと見てきた場所だった。


 僕は跪いた。


 手を組んだ。


 目を閉じた。


 いつもなら、自然と言葉が出てくる。


 神よ。

 僕を導いてください。

 僕の剣が、あなたの秩序を守るものでありますように。

 僕が迷わず、正しき道を歩めますように。


 何百回も唱えてきた祈りだった。


 けれど、その夜は出てこなかった。


 言葉が喉の奥で止まった。


 僕は目を閉じたまま、じっとしていた。


 疑っているわけではない。


 神を捨てたわけでもない。

 教会を疑っているわけでもない。

 アウレリウスの言葉が間違っていると思ったわけでもない。


 ただ、いつも自然に出てきた祈りの言葉が、今夜は出てこなかった。


 僕はもう一度、息を吸った。


 祈ろうとした。


 だが、何も出てこなかった。


 礼拝堂の静けさだけが、胸の中に広がっていった。


 遠くで、鐘が鳴った。


 僕はその音が消えるまで、跪いたままでいた。


 それでも、言葉は出なかった。


 やがて、ゆっくり立ち上がった。


 祭壇の神の絵を見た。


 いつもと同じ絵だった。


 剣を掲げる神。

 光に包まれる人々。

 闇へ退けられる魔族。


 何も変わっていない。


 ---


 部屋に戻った。


 扉を閉めた。


 いつも通り、静かだった。


 僕は剣を抜いた。


 布を取り、刃を磨いた。


 血は残っていない。

 汚れもない。

 それでも、何度も磨いた。


 手を動かしていれば、考えなくて済む。


 エルドリックの顔。

 肩に置かれた手の重さ。

 広場の悲鳴。

 魔族の若者の声。

 ユウの手紙。


 そういうものが、手を止めた瞬間に戻ってくる気がした。


 だから磨いた。


 刃を磨く。

 柄を拭く。

 鞘を確かめる。

 留め具を直す。


 次に、荷物を確かめた。


 替えの服。

 水袋。

 地図。

 教会から渡された密書。

 路銀。

 短剣。


 全部そろっていた。


 最後に、懐の中の手紙を確かめた。


 ユウからの手紙。


 折り目が少し柔らかくなっていた。

 何度も開いたからだ。


 僕はそれをもう一度、懐にしまった。


 手を動かしていれば、考えなくて済む。


 そう思っていた。


 けれど、やがて動かすものがなくなった。


 剣は磨いた。

 荷物も確かめた。

 手紙もしまった。


 部屋が静かになった。


 何もすることがなくなった。


 僕は窓の外を見た。


 聖王国の街に灯りが並んでいた。


 人々が家に帰っていった。

 扉が閉まった。

 祈りの声が遠くなった。


 当たり前の夜だった。


 明日、出発する。


 二人目の英雄を殺しに行く。


 リシア・ヴァレンティア。


 医療の英雄。

 多くの命を救った人物。

 民に、神ではなく人の技術を信じさせる危険な英雄。


 アウレリウスはそう言った。


 なら、そうなのだ。


 それでいい。


 僕は勇者だ。


 勇者は迷わない。

 勇者は悔やまない。

 勇者は命じられたことを果たす。


 僕は窓の外を見たまま、ゆっくり息を吐いた。


 エルドリックの言葉がよみがえった。


「いつか、自分の言葉で答えを出しなさい」


 自分の言葉。


 そんなものは、まだない。


 僕は勇者だ。


 勇者は、世界を守るために英雄を殺す。


 そう教えられた。


 そう信じた。


 だから僕は、英雄を殺した。

これにて第一部 完です

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