精霊と少女
遠く離れた場所にいても、感じ取れる――――自身のクローンがすべて消滅したということを。タウは、その事をマザーに報告した。それを聞いたマザーは「そう……」と言い、目を伏せた。予想通りの行動とは言え、こんなに早いとは思わなかった。
カミーユがシェルターに仕掛けていた鈴。その報告を受けた時、血の気が下がった。フィレールの独断とはいえ、迎えに行ったのは正解だったということだ。
――――もう1人、迎えに行かねばならない子がいる。フィレールは、マザー達が隠れたのを確認し、ナエマに仕事を押し付けてからその子を迎えに行っていた。鏡移動が出来ないため、少し時間がかかってしまったことが原因で、付いた時にはすでに時遅し。穢れた土地を、シスター達が浄化している最中だった――――。
成功体なのに、別の場所で眠っている少女がいる。それは、最初の成功体である少女。当時の研究員のせいで、精神を病んでしまった「ティア」。
彼女は、シェルターとは別の場所に保護されているため、フィレールが迎えに行っていた。ティアがいるところはサナトリウム。マザーが、作るよう指示した病院である。
当初、ニーナも入る予定だったが、強く拒否したため、成功体ではティアだけが入院していた。
現状を見れば、マザーは彼女を入院させたことを悔やむだろう。マザー亡き後、研究員による独断で、彼女は再び実験体として使われてしまっていた。
静まり返ったサナトリウムは、穢れていた。医者も患者もみんな殺されてしまい、悪魔が徘徊している。
悪魔の目的は、「ティア」をカミーユの元へ連れて行くこと。そうしなければ、殺される。
すでに、他の悪魔が犠牲となっているのを目の当たりにし、こうなりたくなければ連れてこいと言われた悪魔達は、シスターが来る前にティアを見つけなければと焦っていた。
パスワードを入力しなければ開かない扉を破壊すると、声が聞こえた。
『ミ、ツケタ……』
この先にティアがいると分かった悪魔はにたりと笑うと、奥へと進んでいく。
ティアがいる部屋の扉に触れようとした悪魔の腕が、ジュッという音と共に焼き焦げる。パスワードを入力しなかったことで、セキュリティが強化されたのだ。
焼けた腕を再生したところを、後ろから蹴り飛ばされて扉に激突する。全身が一瞬で焼けて、崩れていった。蹴り飛ばしたのは中級の悪魔で、扉がダメなら壁を壊せばいいと壁をぶち抜く。
部屋の中は薄暗く、床は魔法陣に沿って光を放っていた。その真ん中に浮かぶのは、黒い正方形の物体で、魔法陣の光を吸い上げている。
『……人ヲ、理解スルノハ難シイナ』
遅れてやって来た悪魔を鷲掴みにすると、それに向かって投げつけた。
『ギャッ!』
悲鳴を上げた悪魔は、一瞬で蒸発した。魔法陣を囲うように、結界が張られているのだ。
『……ナルホド』
パネルを見つけた悪魔は、迷うことなく破壊した。結界が消え、魔法陣も消えていく。黒い正方形の物体は、花開くようにゆっくり開いていき、膝を抱えた状態で眠っていたティアが目を覚まして、悪魔を見た。
『ガッ⁉』
正方形の一部が伸びて、悪魔を捕らえる。手に変わったソレは悪魔を捕らえて離さない。
『ハ、ナセ……ッ!』
ボーっと、もがく悪魔を見つめていたティアは、集まって来た悪魔達に向かって放り投げた。音を立てて、壁が崩れていく。その正方形は生きていた。ゆらゆらと揺れて、ティアに近づく悪魔達を捕らえて握りつぶす。
虚ろな目で宙に浮かぶティアは、天井をぶち抜くと移動した。床に倒れた人など気にせずに、外へと向かう。
追いかけて来た悪魔達を黒い手が薙ぎ払った。壁が崩れたことで、建物は崩壊していく。ティアが外に出るとほぼ同時に、サナトリウムは砂埃を上げて崩壊していった。瓦礫の山から現れた悪魔が、しつこく追ってくるが、捕らえると握りつぶした。
「……これは、面白い。精霊と人の融合化が進んでいますね。なるほど、カミーユが連れてこいと言うわけです」
カミーユが用意したホムンクルスの身体に憑依したグラキエスは、その光景を眺めていたが、手を貸さなければ無理と判断し、作り出した黒い槍をティアへと投げつける。黒い手に槍が突き刺さると、青い炎が上がった。
「……悪魔と同じような再生能力。これは素晴らしい」
焼かれ、消滅したはずの黒い手はゆっくりと再生し、グラキエスを捕らえようと動き出す。それを避けながら、距離を徐々に詰めていった。
わらわらと集まって来る悪魔達に、近づいてくるシスターの足止めを命じ、複数の黒い針を作り出す。黒い針はティアに襲い掛かるが、黒い手が彼女の盾となった。黒い針が突き刺さった黒い手は、悲鳴を上げて消滅していく。ゆっくりと精霊のエネルギーが消えていき、ティアは地面に倒れこんだ。
「さて……次は、どんな実験をするのやら」
ティアを担ぎ上げると、グラキエスはカミーユの元へ帰って行った。
――――フィレールが到着したのは、それから30分後の事。シスターに見つかっても面倒だと判断し、引き返すことにした。悪魔に連れて行かれたということは、カミーユは悪魔を従える力を持っているという証。残念な報告をしなければならないことに舌打ちをしたフィレールは、ジェシカの元へと急ぐのだった。




