闇夜に輝くは月
物語は後半に突入しました。あと少し、お付き合い頂ければ幸いです。
ユプシロンと似たような服を身に纏う女性の手に、光を反射して輝いているフィンガーアーマー。彼女は「タウ」。椅子に座り、外を眺めている女性の傍に控えていた。タウの現在の使命は、その女性の世話という名の監視をすること。女性は……死んだはずのマザーであった。あの時死んだはずのマザーが、何故か生きている。憂鬱な顔で、外を眺めていたマザーはため息をついた。
「……まったく、予想通りすぎて嫌になるわね……」
自分の知らないところで、自分のクローンが用意されている。その可能性はあると思ってはいた。彼にとっては自分がまだ必要なのだ。「マザー」としての自分を。こうなると思って、手は打ってあるが、どの程度時間が稼げるかはわからない。マザーも、カミーユの行動を理解することは出来ないでいた。
「ユプシロンのところに戻りたいでしょう?」
「いいえ。戻ると言うことは、ユプシロンの死を意味します。わたしでいられるようにしてもらえただけで十分です」
自分のクローンを作らなかった、いや、作ることが出来なかった理由。それは、最後の一体が死ぬとカミーユが目覚めるように設定されていたからである。死んだあの日、マザーの魂は別のところに一度保管され、目覚めたカミーユが、マザーの魂をクローンへ移した。
カミーユが目覚めたとき、調整中だったタウは、ドールとして必要の無いモノをすべて消去されてしまい、言いなりの人形と化していたが、マザーはそれを見越しており、彼女達を、カミーユの支配から逃れるように細工をしていた。勿論、カミーユにバレない程度であるため、完全なものではないのだが、カミーユが目覚めた後に自分を生き返らせる可能性があると見越して、自分の傍にいれば完全にカミーユの支配から逃れられるようにする、二段階の細工をしておいた。
「結果としては良かったのだけれど……。帰って来たと思ったら、研究所から出てこない。邪魔な研究員は他のとこへ追い出す。まったく、どうしようもない男ね。私もここから出ることは出来ないし……困ったものだわ」
「どうしますか?」
「そうねぇ……ミスティのことに気が付いちゃったみたいだし……まあ、あの子は守られているからそう簡単に捕まらないだろうけど、下手に戦闘になって、やられちゃっても困るのよねぇ。ああ、レベッカ達は大丈夫よ」
レベッカという女性のクローンがタウだ。彼女たちが暮らす家には優秀な護衛がいる。そう簡単にはカミーユも手が出せない。それに、成功体ということは、精霊との相性が良いということだ。自分の身は自分で守れるように、魔法の使い方を教えておくように頼んである。そのことを知ったタウは、安堵のため息をついた。
「……廃棄――――いえ、ミスティの事に関しては些か納得できませんが、レベッカ達に手を出されないならいいです」
「クローンにはもう興味もないみたいだから、大丈夫よ。だからこそ、あなた達を捨て駒として使おうとしているんでしょうし……世界を救うためにして来た私の努力もこのままだと水の泡ね」
本当に、どうしたものかしらと呟き、外を見た。抜け出すのは不可能な崖の上。この部屋にはついていないが、一歩外に出れば監視するための装置が至る所に置かれている。何とかして、他の成功体と連絡を取りたい。クローンに興味がないカミーユのことだ。残っているクローンをスペアではなく、そのまま使う可能性を否定できない。……クレアを、連れ去られてしまったあの時、油断した自分を酷く攻めた。
(私の願い事は、どうしても叶わないのね……。だとしても、最後まで足掻いてみせるわ)
マザーのその思いは、すぐに叶うこととなる。
夜になり、皆が寝静まった頃、部屋に置かれた姿見鏡に波紋が広がった。
「……探したぞ、ジェシカ」
聞き覚えのある声に、マザーはゆっくりと上半身を起こす。
「よく、ここがわかったわね。フィレール」
そこから現れたのは魔王フィレール。彼は、マザーのことをジェシカと名前で呼ぶ、唯一の人物である。
「ったく、追うのが大変だったぞ。ここに来るまでも魔力の流れがおかしくなっているせいで、バレないように繋げるのに苦労したんだからな」
「アラ、それはご苦労様」
フィレールはマザーの傍に移動すると、手を取って立ち上がらせた。
「何が起こった?」
「――――諸悪の根源がお目覚めよ」
「あー……なるほどな」
眉間に皺を寄せたフィレールが舌打ちをした。マザーと繋がっているフィレールは、それがカミーユのことだと瞬時に理解することができていた。
「そろそろ限界か。それで、どうする?」
「そうねぇ……無駄にされる前に抵抗するべきよねぇ」
「了解」
マザーの手を取って、鏡の中へ入ろうとするその手をいったん止めて振り返った。
「タウ」
「……はい」
扉の外で待機していたタウに、中に入るように声をかける。俯いている彼女へ手を差し出した。
「ここにいたら、あなたは死んでしまう。だから、――――私と一緒に行きましょう」
「……は、はい!」
置いて行かれると思っていたのだろう。泣きそうな顔をしていたタウは、嬉しそうにほほ笑むと、差し出された手を取り、フィレールに導かれるように鏡の中へと入っていった。波紋が再び広がったのち、鏡は静まり返ったのだった。




