悔やんでも悔やみきれない
空間に転がり込むように逃げ込むと、尻餅をついた。幻獣からの警告に、ただ混乱する。最後に聞こえた――ジャクリーヌに近づくなという言葉。「何なのよ、この街」と言いながら、杖で地を叩いた。
「もう、わけわかんない!」
渋々だが、撤退することにしたユプシロンは、空間から外へと出る。出た先は、森の中。結界が張られていて見えないが、ここには古びた洋館が建っていた。登録してある者しか入れないそこに、成功体がいる。
ドアノブに触れると、扉が言葉を発した。
『――――確認完了』
鍵が開き、薄暗い洋館の中へと入ると、背後で扉が閉まる音がした。明かりが灯った廊下の、2番目の部屋に入ると床を杖で叩くと、ゆっくりと地下への隠し扉が開き、現れた階段を下りていく。
「――おかえりなさい」
ユプシロンに気が付いたアルファが出迎える。ユプシロンは、辺りを見渡した。
「タウは?」
「まだ、帰って来ないわ。調整に遅れているみたい」
いくらなんでも遅すぎると、イライラしながら言うユプシロンに、アルファは首を傾げた。
「何かあったのかしら?」
「ジャクリーヌに幻獣がいるなんて、聞いてないわ」
「幻獣?……私達が行ったときにはいなかったけど……幻獣に襲われたの?」
あったことを説明すると、アルファは考え込んだ。
「幻獣が、廃棄体に味方してるということかしら? あの幽霊の仕業……でもなさそうね」
「せっかく、見つけたのに……最悪!」
「でも、ちょうどよかったわ。廃棄体を消すのではなくて、無傷で捕獲するようにと指示が出たから」
「は⁉ なにそれ」
アルファから受け取った手紙。差出人は「カミーユ」と書かれていた。内容は廃棄体についてのことが書かれており、調べたいから、殺さないように。ケガさせちゃダメだよと、語尾に星マークがついたとってもふざけた手紙で、思わずぐしゃぐしゃに丸めて床に叩きつけた。
「こいつ、ホントなんなのよ! いきなり現れて、マザーの代わりだからよろしく☆って、どっかフラフラしてるし、マジ殺したい!」
「落ち着いて。みんな、思っていることは一緒よ。誰も、カミーユについて知らなかったのだから。でも、ここに入れたということは、マザーの関係者だという証拠。マザーなら知っているのかもしれないけれど……」
マザーは死んでしまったため、カミーユについて知ることは出来ない。ここにいる数人の研究員もカミーユについて知らなかった。存在を隠しておかなければならない理由は何なのだろうか。当人は、ここに顔を出したのは一度きり。世界を見て来るよと言い残し、帰ってくる気配もない。
「タウが戻り次第、全員で話し合った方がよさそうね。」
「それまでは、待機? あー、退屈」
来た道を戻っていくユプシロンを見送り、アルファは研究所の奥へと向かった。ここでは、ホムンクルスに精霊石を埋め込む研究を行っている。
研究員達が実験を行っている近くまで行くと、オメガが彼らと話している声が聞こえた。話していることは、力を使う上での違和感がないかなどだ。その意見を参考にして、次の実験を始める。
机の上には分厚い本が重なり、難しい計算式が書かれたノートが広げられていた。ガラスケースの中に並べられている精霊石が、光を反射して輝いている。今、ここにいない他の成功体は、精霊狩りに出ていた。
アルファと適合したのはウンディーネ。水精霊を殺して手に入れた精霊石だ。オメガの中には地精霊の精霊石が入っている。
「……タウの調整が遅れていることの理由はなにかしら?」
その呟きに、研究員の女性が反応した。
「タウのクローンが保管されている研究所は、カミーユが行った日から連絡が取りづらくなっているわ。新たな実験をする研究所を探していたから……もしかしたら、それが優先されて、タウの調整が後回しになっているのかもしれないわね」
「新たな、実験?」
「ええ。設備が整っているところがいいって言ってたし、タウの保管場所が一番いいのよね。ここも、もう少し広ければいいんだけど」
実験の内容は、研究員達も教えてもらえなかったという。何の実験なのかはわからないが、ホムンクルスの実験を見たカミーユが、手間がかかり過ぎると言い、興味なさそうにしていたことから、それではないことだけは確かだ。
「わたし、あの人嫌い」
オメガがボソッと呟く。
「暗くて、ぐるぐるしてて……吸い込まれる感じがする」
「……えーっと、あ、ブラックホールか!」
「うん」
研究員の1人だけが理解できた。
「その先に、何も感じない。空っぽの人……わたしたちを人形って言った。でも、あの人の方が人形みたい」
研究員達が顔を見合わせる。オメガの勘は鋭い。カミーユもクローン、またはホムンクルス。いや、最初のころメインで行われていた、試験管ベビーの可能性もある。だとしても、誰も知らないなんていうことがあるのだろうか。
本人はコールドスリープで眠っていたと言っていたが、本当なのだろうか?
「マザーは素晴らしい人だった。マザーがいてくれれば……」
「ええ、本当に。でも、マザーのクローンはあれで最後だった。何かあった時のために、新しいのを作りましょうと何度も言っていたのに、聞いてもらえなかったから……」
何故か、新しいクローンを作ることを拒否したマザー。その理由は教えてもらえなかった。その理由を知ることが出来るのはもう少し後の話。




