因果応報
薄暗い部屋の中央に、拘束されたヘザーが倒れていた。少し離れた所にネオンが立っており、手に持つアンティークデザインのランタンに灯った火が、揺らめいている。
自白しないヘザーに、王命を受けてコネクトした。その結果にため息をつく。この男は、なんて自分勝手なのだろうかと。視たモノすべてに嫌悪感しか抱かなかった。もちろん、過去をすべて視たわけではない。知りたい情報に関わる部分の記憶にコネクトしたのだが、自警団に入る前、ジャクリーヌに来る前にまで遡った。
先程までいたアルザスとソニア、そしてシリウスはすでに退席しており、この部屋にはネオンと隅に置いた椅子に腰かけているリリベット、その傍らに控えるチョコチーナが残っていた。
「――2人の出会いがムタビリスというのは納得します。あそこは、暗殺者……特に魔王のお気に入りの情報屋がいますから」
リサリサの店。「犯罪になる仕事をする呪術師」はいないが、暗殺者は別。店の裏には、暗殺者用の道具や植物も取り揃えている。
夜来香は魔王の弟子だ。リサリサの店を利用していても不思議ではない。彼女から毒を購入したことが分かったが、浅はかな考えだと軽蔑する。
「――失礼します」
ノックして入って来た女性を見て、チョコチーナは頭を下げる。
「おかえりなさいませ」
「ああ、チョコチーナ殿。エリナの護送の協力、ありがとうございました」
入って来たのは帰還したソレイユだ。帰って来たばかりだが、休んではいられない。ソレイユに続いて、騎士たちが入ってくる。ヘザーを持ち上げると、外へと運び出した。
「牢へ入れたら、近づかないように」
返事をし、騎士たちは去っていった。近づかないようにする理由は、ただ1つ。巻き込まれないようにするためである。夜来香がそろそろ始末しに来るだろう。必要最低限の人数で対応するように指示が出ていた。
「意外と早く帰って来たのね。順調に任務が終えたのかしら?」
「ええ。完全ではありませんが、意外と役に立つシスターの処置のおかげで、我々がいなくても大丈夫な状態にはなりました」
マーガレット処置は適切だった。思い出すとイラっとするものの、シスターとしては優秀と認めざるを得ない。彼女のおかげで穢れた土地も人も浄化された。思ったよりも被害は少なく、自分たちが出来ることはすぐに完了した。
「リリベット様に挨拶をと、思ったのですが……この部屋ではなく、別の部屋でもよろしいでしょうか?」
リリベットは返事をすると立ち上がる。もうこの部屋には用はないため、ソレイユと共に部屋を後にした。ネオンはランタンの火を消し外へ出ると扉の鍵を閉めた。扉の前で別れると、自分の部屋へと歩き出す。
「……処刑する前に、暗殺されるのね。どちらにせよ、待っているのは死のみ」
ネオンがコネクトしたことで壊れてしまったヘザーは、生きながら死んでいるようなものだ。しかし、まさかアルザスからの命令が王命に変わるとは思ってもみなかった。ヘザーの暴走で、ジャクリーヌに損害が出たという理由であったが……、間違ってはいない。ヘザーにコネクトしたことで、疲れたネオンは、欠伸をしながら部屋へと入っていった。
――――その夜の事。牢屋の硬い石の壁にもたれかかり、ぼーっとしているヘザーの影が揺らぐ。
「こんばんは」
白檀の香りを纏った、フェイスベールの女性。影から現れたのは夜来香だ。反応がないヘザーを見て「壊れちゃったわね」と、短く笑う。重罪人が入る牢屋にも関わらず、外に騎士どころか看守も居ない。
「私の事を喋ったから始末される。そう思っているようだけど……、そのくらいで始末しないわ。想定内ですもの」
そう。ヘザーのことなど信用していない。――暗殺者が他人を信用するはずもない。
ヘザーに売った毒。あれにも少し細工をしておいた。そのことに気が付いた人は誰もいない。
「ちゃんと、依頼を受けて来たわ。あなたの暗殺依頼をね」
ヘザーの耳元でその名を囁く。カッと目を見開き、震えだしたヘザーから離れた夜来香の手には、輝くナイフ。
「あ……ああ……」
「フフッ。因果応報ってことかしら」
それは一瞬。喉を斬られたヘザーは、もがき出す。次に腕、足。どんどん解体されていく。スマートな殺し方ではないが、依頼主がそれを望んでいるのだ。好みではないが仕方がない。
「このナイフ、あなたを殺すために渡されたの。切れ味抜群でしょう?」
もう、ヘザーは息絶えている。大きな血だまりに変わり果てた姿となったヘザーを見て、ナイフについた血を掃ってから鞘に戻す。
「……人身売買にはルールがあるの。あの子に手を出したのが運の尽き。あなたは、あの日に死の宣告を受けた」
牢を後にした夜来香は、闇を移動する。依頼主からは前払いでお金を貰っているため、帰るべき場所へと駆け抜けていく。
この世界の人身売買にはルールがある。それは「祝福」を受けた者は取引できない。そのタブーを犯した者には死あるのみ。
小さな街に帰って来た夜来香は、音もなくシャワールームに入ると浴びた血を流した。汚れた服は燃やしてしまう。
「おかえりなさい」
シャワールームから出てきたところで、声をかけられた。
「ただいま。待っていなくても良かったのよ?」
「いえ。お気になさらないでください――」
話しかけてきたのはコレッタ。――ここは、シェルター。夜来香のもう1つの顔。
「――ノワールさん」




