約束
「マーガレット」
黒みがかった赤褐色のおさげショートに、茶みを帯びた深い黄緑の瞳。
悪魔祓いのフリーシスターであるが、問題児。歩く大迷惑。存在自体が大迷惑などと呼ばれてしまうほどの行動をとるため、ダリアが酷い目にあっている。しかし、シスターとしての能力は合格であり、もう少し落ち着いて欲しいところだ。
「私の友達だったの? そう……覚えていなくてごめんなさい」
見た目はナターシャだけれども、中身が……違う。全てが違うものだ。別人だということに気が付いたあの日。オーウィミィもナターシャと同じように、別人になってしまったことで確信した。
「ナターシャは昨日亡くなったの。実験がうまくいってたのに、病気になってしまったから、記憶の共有とか色々中途半端な状態なのよねぇ……まあ、記憶なんて必要ないからいいのだけれど。あ、私のことはナターシャじゃなくてイオタって呼んでちょうだい」
そう言ったイオタ。
「オーウィミィ? ああ、あたしの本体のことか。悪いけど、もう会うことは出来ないよ。悪い病気で隔離されてるからね。もう用無しだし、近いうちに処分されるはずさ。ああ、そうそう。オーウィミィじゃなくてカッパね。名前、間違えないでよ?」
そして、カッパ。
2人はこう続けた。自分は成功作だと。
成功作という言葉が、1つの答えとなる。顔も覚えていないあの子達は――――死んでしまったのだ。
2人は大人達が「ドール」と呼んでいた。人ではなく人形になってしまったのだと理解すると同時に、次は自分の番ではないかと気がついた。
2人に会った次の日。目が覚めると、ミスティは培養槽の中にいた。身体は拘束されているために動かすことは出来ない。透明な液体の中から見える景色は、恐怖でしかなかった。
ガラス張りの巨大な水槽や、カプセルが並べられた空間に、白衣を着た人達がいて何かを話している。自分と同じように培養槽の中に入れられた子達がいるが……もはや、生きているのが不思議なくらいの状態になっていた。
顔が半分無い人。上半身だけの人……そんな人が入れられた培養槽の周りに研究員である大人達がいた。
――逃げなきゃ。私も殺されてしまう。でも、どうやって?
恐怖で怯えるミスティの前に男性の研究員がやって来た。見覚えのある顔。話したことは無いけれと、ナターシャとよく一緒にいた男性だ。
「やあ。気分はどうかな? ついにこの日が来て嬉しいよ。ここにいる尊い犠牲のおかげで……この日を迎えられた。神に感謝しよう! 君という存在を手に入れることが出来たのだから」
この人は何を言っているのだろうか。うっとりとした眼差しで、ミスティを見つめている。その視線が気持ち悪い。
「たくさんの被験体が犠牲にはなったが、ナターシャもオーウィミィも私が作り出したんだ。間違いなく、成功するぞ。魂の相性は抜群。私は間違いなく神となる!」
何かが培養槽の中に入れられた瞬間、ミスティの意識は暗闇へと落ちた。深く深く沈んでいき、一気に浮上する。
意識が戻った時、ミスティは瓦礫の山の上に立っていた。周りにはファタモルガナ達がふらふらと歩いている。
『――――……』
名前を呼ばれた気がして振り返る。しかし、そこには誰もいない。
逃げなさい。そう聞こえた気がしたミスティは、駆け出したが、時折頭痛がして、足を止める。
『……何故だ!? 何故、何も起こらない!?』
頭痛がするたびに声が聞こえる。この声はあの男の声だ。ガラスを叩く音と、男の怒りを含んだ声。
『アラァ……やっぱり失敗したのね。どうしても、彼女のクローンは作れなかったでしょう? 理由は定かじゃないけれど、原因はそれじゃないかしら? だけどね、ドクター? 許可なく実行した責任はとってもらうわ』
『うるさい、うるさい!! 世界を救うための実験なんて、最初から無理だったんだ! オレのせいじゃな……』
男の首が飛んで床に転がる。血飛沫がガラスにこびりついた。
『イオタ、ご苦労さま。掃除もお願いできるかしら?』
『はい、おまかせください』
――ズキン。ズキン。頭が割れそうなほど痛む。動悸がする。乱れた映像。乱れた声。
映像はブツリと切れて、すぐに他に変わった。研究員達は、誰もいない。ガラスもキレイになっている。あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか。
――――ミスティ。
鳴り響く警報音。割れるガラス。悲鳴。
『――――廃棄体、魔力上昇、限界突破。警告警告』
身体の奥底から力が溢れる。今なら、――――逃げられる。
解放するんだ。そう聞こえた瞬間。何かが弾けた。
「ぐっ!」
頭を抱えてしゃがみ込む。
「……そうだ」
思い出した時、頭痛も動悸も治まっていた。飛んできた炎の矢を、素手で掴むと水で消し去った。
立ち上がり、ゆっくりと振り返る。そこにいたのはカッパ。ミスティを追って来たのだろう。その手に炎を纏い、睨みつけて来た。
「廃棄体……よくも、よくもやってくれたわね……! おまえのせいで、イオタもマザーも死んだ……っ! 」
「……オーウィミィ……」
「オーウィミィじゃないっていってるでしょう!?」
炎は渦となり、ミスティを飲み込むが、彼女を燃やすことは出来ない。
「……分かったの。あそこで何が行われていたか……オーウィミィもナターシャもあそこに入れられた被験体……」
炎から守っていた風が、炎の勢いを増して、空へ舞い上がる。そして、カッパへと勢いよく落ちた。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
「見えたの……一番奥に、オーウィミィとナターシャがたくさん眠っているのを……あれはスペアボディ。クローン。ホムンクルス……試験管ベビー」
あの部屋で行われていた非人道的な実験。全てはあの女性、マザーの指示。
「でも、そんなことどうでもいい。私は、外の世界で自由を手に入れるわ。誰にも邪魔させない……」
外の世界、ナターシャとの約束。果たせなかった代わりに、自分が外の世界に何があるのかを見る。だから――――
「おやすみなさい」
前に突き出した手のひらから、小さな赤い炎が現れてカッパの方へ飛んでいく。それは、焼かれてもがき苦しむカッパを一瞬で消し炭に変えた。
『あ、あのね。オーウィミィも一緒に行きたいな……?』
外の世界に憧れた2人に、もう会うことは出来ない。2人の思いを胸に、ミスティは、歩き出したのだった――――。
もうすぐ、2回目のワクチンです。周りが全員高熱にうなされててヤバすぎです。




