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中洲のクラブ月光、総支配人玉川満。その初恋

中洲の伝説のホステスカルメンの生涯とそれを見守る玉川、そしてカルメンの妹に初恋。

昭和奇談   中洲純情伝              昭和小雪

昭和三十七年その家は、竹藪の中にあった。小さくて、在るか無いかわからない家だった。その家から、しっかり者らしい姉のアキと、小学生の弟まだ幼い妹が出てくる。疲れたような姉、弟や妹にもその傾向はあった。牧子は手早く学校から渡された配布物を、姉に渡した。一番近い近所が牧子だった。アキは悲しそうだが、勝気な目で牧子を見つめた。お母さんが、置き薬の男と一緒に、家を出たという。今ならよくわかる。男尊女卑の風潮がまだ残っていた。女は苦労して当たり前の時代だった。食べ物が無かったら、女が食べない。男が優先、次こども、女は残り物、残り物すらない時代だった。

男たちは戦場で、壊れていた。心をすり減らし、人間性を壊され、妻や子供を愛せなくなった男たち。その男たちを愛せなくなった妻、妻をやめたい。愛せない男の子供の母親をやめたい。そこに来るのは、定期的に訪れる置き薬の商人。珍しい話ではなかった。母親が、夫や子供を捨てて失踪した。竹を組んでやっと立っている家、そこに子供3人で住んでいた。大人の気配はない。学校の先生もこの事情は知っていたと思う。数日後、3人の姿が竹藪から消えた。しばらくした後、竹で作られたその家は、また主が帰ってきたのか男が住んでいた。

それから十年くらいたった時、牧子は姉のアキを思いもかけない場所で見かけた。

中洲の路上、人目を惹く美貌だった。暗くなるかならないか夕暮れ、突然横道から出てきた。一緒にいたホステスが、脇を小突いて言った。

「あれはキャバレー、ルビーのナンバーワン“カルメン”よ。」

石井牧子はそのころ警察の交通巡視員をしていた。カルメンの本名が頭に浮かんだ。

“アキちゃん”それが衝撃的な再会だった。

横にいたホステスに切符を切ろうとしたが、少し躊躇した。二人一組で行動しているが、もう一人の隙を見て、今度から気を付けて、などと言い場所をかえさせて見のがした。ホステスは、ありがとうと言った。牧子がカルメンをみて、動揺したと思ったらしい。問わず語りに、彼女のことをしゃべり始めた。「カルメンはね。ルビーの看板ホステスよ。」化粧晴れする顔立ち、白い肌、スタイルもいい。「日本人じゃないという人もいるけど、和服もとっても似合うよ。高級ホステスって感じね。」

そうアキは蠟を固めたような白い肌をしていた。

あれから何年だろうか、自分の年齢を思った。自分ももう25歳とすれば彼女も同じ。華やかさが何もない自分を思った。交通巡視員の制服だけが彼女の価値だった。

「おはようございます。」キャバレーの玄関から入る。

夜の仕事の出勤挨拶は、これから始まる。ホステスが出勤してくる時間は、賑やかである。賑やかではあるが、どこかばらばらの感じ。マネージャーが、出迎える。それぞれが、自分の目標に向かっていく。鏡に向かい化粧をする。髪を整える。ここは疑似恋愛の空間である。いわば夢を売る。現実から夢へ橋渡しの時間、アキは素顔を化粧で隠し、メイクを始めた。年齢はメイクで隠せる。顔色が悪いのも不健康な生活も化粧が隠してくれる。自分の場所でメイクを始めた。隣のホステスは30代なのに、化粧一つで当たり前に10代小娘の表情を作った。化粧上手はホステスの必修なのだ。

薄い暗闇はキャバレーの中で、驚くほどの化粧晴れをアキにもたらした。今日は客と同伴して店に入る。化粧をすますと、通勤用の少し派手目の服に着替えた。客との待ち合わせの喫茶店コロンバスに行く。路地から出たところで、見知ったホステスが、駐車違反の切符を切られそうになっていた。その交通巡視員を見たとき、どこか見覚えがあると思ったが、急いで待ち合わせの、コロンバスに向かった。待ち合わせた社長はいかにも羽振りのいい感じの男だった。「カルメンここ。」と呼ばれた。

その日も忙しかった。指名があり、いくつものボックスをかけもちした。ヘルプについてくれたホステスには、あとでお礼をするつもりだが、露骨に客取りをしようとする者もいる。油断も隙も無いが、そこが水商売だ。客と駆け引きなら、同僚とも駆け引きがある。ここは戦場だ。

その日ひと悶着あった。客の財布が消えた。ほどなくとったホステスも特定された。黒服はこんなことに慣れている。店内での窃盗は完全にアウト。

昔は折檻部屋で、袋たたきにあったらしいが、今はそんな時代ではない。静かにホステスを追い詰めていく。まずこの界隈で職はないだろう。それ以上は見たくも知りたくもない事だった。明日の点呼で一人消える。

給料日に金が消えるのは日常だった。ホステス間の窃盗には店は知らん顔をした。盗癖は多くのホステスが、多少は持っていた。金が欲しくてホステスをやる。それがすべてだ。ルビーのカルメン、彼女は水商売を泳ぐ女だった。結婚して、亭主がいる。珍しい話ではないが、彼女はその上パトロンもいた。稼ぎは大きく、給料は当時には珍しい銀行振り込みだった。ナンバーワンに認められると、店に付いた客に自動的に指名となった。パトロンからの引き立ても大きかったが、彼女はそれなりの代償も払っていた。

あの日の夜、父親からそっと起こされた。弟も妹も眠っている。竹藪の中に連れていかれた。母の遺体と年に数回来る置き薬屋の男の遺体があった。大きな穴がその横にあった。お前どうする?父が聞く。このまま俺たちと一緒に死ぬか?それとも、俺が死んだあと穴を埋めて、弟妹を連れて施設に行くか?言われた。理解することはできなかった。しかし自分や弟妹も含め、命の瀬戸際であるのは理解した。わたし死にたくない。とそう言った気がした。そうか死にたくないか。父はそう言った。だったら、俺が死んだ後この穴に土をかけ埋めろ。あとは学校の先生に親がいなくなったと言え。母ちゃんが、置き薬屋の男といなくなったと言え。いいな。念を押された。修一と裕子を頼む、最後の言葉だった。遺体を穴に投げ込むと、湯呑に何かを入れ飲み干した。穴に落ちしばらくして動かなくなった。アキは言われた通り穴に土を落とした。14歳が父親の犯罪を、隠ぺいした。夜明けまで彼女は土を落とし続け、その上に薪にしていた竹を積み重ねた。

夜が明けの日が昇ったころ、眠るために家に入った。

妹は起きていて、おなかがすいたという。弟も起きていた。二人に何か食べさせるため、米を羽釜に入れて洗った。水を入れてかまどにかけた。薪にしている竹をかまどに入れて火をつける。炊き上がるには時間がかかるが、炎を見ていると気分が落ち着いた。梅干しとラッキョウを出した。炊き上がったご飯を、茶碗によそい、上に梅干しを乗せた。幼い妹にはきつい組み合わせ、弟はラッキョウを選んだ。米は少ししかなかったからか、鍋底に焦げが張り付いた。水を入れまた火に掛けると、焦げ飯のおかゆができた。それを茶碗に盛り、掻き込んだ。こんな時食欲があるのが不思議だった。父から言われたことの、もう半分をしなければならない。どうやってしようか。親は3人を捨てた。母は薬屋と逃げようとした。父は殺されるか親なしで生きるか選べと言った。自分までが弟妹を捨てるわけにはいかない。学校の先生を思い浮かべた。一人思い浮かんだ。

諌山先生、戦地で苦労したらしいが温かさがあった。その目を思いだした。どこか光を感じた。妻に死なれ、独身である。戦地で患ったマラリアを持っていた。時々発作が起きるらしく、いわゆるマラリア焼けともいえる皮膚の色をしていた。3時過ぎ学校が終わるころ、隣の石井牧子が訪ねてきた。隣と言っても、300メートルは離れている。お互い藪の中の家、石井家は杉木立に囲まれていた。遠くから見ると、杉木立に隠れた小さな家だ、牧子は学校の配布物を持っていた。顔を見ると何か言わなければならない、そんな気がした。「母ちゃんが薬屋と行ってしまった。父ちゃんは、帰ってこない。」と出た。牧子が先生に言ってくれるのを期待していた。牧子は期待した通り、その足で諌山先生に報告したらしい。いつから学校に行っていないだろう。あれは母が、一日中ぼんやりとし始めたころからだった。父の激しい暴力の後ふっと何かが切れるように無気力になった。ご飯を炊かなくなり、オカズを用意するわけでなく、父はそんな母を置いて出て行ってしまった。そしてしばらく帰ってきていなかった。そして昨日帰ってきた。

弟や妹のために、残っていた米を炊いた。オカズはない。家中を探して梅干しとラッキョウを見つけた。今日は牧子が来てくれた。この家の異様さに気が付いたようだった。夕方諌山先生が来てくれた。打ち捨てられた姉弟の状態を見て、抱えるようにして連れ出してくれた。崩壊していく家庭は多かった。そして子供は取り残された。

学校に行くと用務員の末次さんが、ご飯の用意をしてくれた。末次さんは戦争未亡人だった。高校生の息子と二人でこの山の中の中学校に住み込んでいた。

むさぼるように食べる弟と箸を握って涙ぐむ妹を、複雑な思いで見ていた。本当のことは言えない、押しつぶされるような、見えない重圧がかかった。だが十四歳の少女はつぶれなかった。

その日は、学校の宿直室に泊まった。末次さんは、布団を用意してくれた。諌山先生も泊まった。そして3人は抱き合って眠った。翌日姉弟は児童相談所に連れていかれた。そして保護された。当時の養護施設では、進学はむつかしい。卒業したら中卒で働かねばならない。中学校の3年になりアキは寮付きの職場を探した。職場を選ばなければ職はあるがアキは何となく弟や妹に責任を感じていた。弟には高校に行かせてやりたい。だから弟たちのそばにいてやりたい。3人兄弟は3人で家族なのだ。

選んだのは、キャバレーの職だった。もちろん、ホステスにはなれない。

その付属の美容院で、見習いの美容師をすることにした。真崎先生と言われる店主は、彼女を最初に掃除からさせた。このころの美容院は店主を先生と呼んだ。真崎綾子はこの道50年のベテランだった。昔の髪結いからのたたき上げで、遊郭で、髪結いをしていたが、遊郭が無くなると、中洲のキャバレーに、スカウトされた。髪を結うことは、顔の輪郭を決める。丸顔の女、細面の女、一番状態のいい髪形にするのが、髪結いの役目である。遊郭の女性は、これで生活をしている。髪の形はその日の稼ぎに影響する。日々の暮らしは自分の容貌にかけて暮らしている。だから髪結いも真剣だった。気にいられなければ目の前で解かれた。そして時代が、髪結いから美容院に変わった。

それでも水商売の女の命は、その容貌だった。本当を言うともう引退したかった。一瞬も油断できない、真剣勝負のようなこの商売をたたんで、のんびりしたかった。

内弟子に応募してきた少女は、すこし幼さが残るが、目が違った。こんな目を、かつて見たことがあった。引き上げ船。体を売ることでしか生きていけない。そしてたくさんの死を見てきた目。まさにそれを思い出させた。少女の事情も聴いた。このころは珍しくもない事情だった。

弟子をとるかどうか迷っていたが、何かが吹っ切れた。この子に自分のすべてを教えていこうか。そう思えた。この子は磨けば玉になる。それは泥にまみれた原石だ。磨かないと光らない。そう遊郭の原石磨きを思い出させた。初潮を迎えるまでは掃除を仕込まれる。先輩女郎の小間使いをする。気が利かないと、持っていたキセルで打ち据えられる。稼がない女は生きていけない世界。そこにこの子を置いても、生きていけるようにしたい。心のどこかで思っていた。この子はつぶれるわけにはいかない。弟と妹がいる。弟と妹がアキを支えていた。

客に挨拶、きっちりとした掃除、半年もすると次第に慣れてきた。ホステス達は彼女の美貌を見抜き、ここにはもったいないよと、冗談めかしに言った。

先生が一言、「この子未成年だよ」と言ってくれた。先生はアキの事情を知っていた。養護施設に弟がいる。一番下の妹裕子は、里親に預けられた。3歳違いの弟は、中学校。アキは自分が稼いで、学校に行かせようと思っている。小さなお姉ちゃんは肩にしっかりと荷物を背負っていた。

「アキしっかりここで修行していくんだよ。」真崎先生はよくそう言っていた。

先生の家に住み込みの、内弟子で二人暮らしだった。朝8時起きたら、まず掃除をする。一通り終わると、先生が作った朝食、青菜のお浸し、味噌汁ゆで卵、麦3米7で炊いたご飯、食後に少し先生と話して、お茶を飲む。それが終わると後を片付けて、出勤となる。11時ごろキャバレーに着き開店準備をする。そのころには通いの美容師が2人出勤してくる。そのころからパーマをかけたり染髪したりのホステスが入り始め、先生から「ご飯食べてきなさい。」と言われるまで手伝う。

ご飯はキャバレーの片隅にある食堂。おばちゃんが、丼物や線キャベツの大盛りを出してくれる。お金はその都度払うが、高くはない。行事があって忙しい時は、全然声がかからず、すきっ腹で過ごすこともある。そんなときは、先生が小さく握ったおにぎりを、出してくれる。それをほおばりながら夜の8時までくらい頑張る。通いの美容師を帰らせて、そのあとは一時的に店を閉める。その後、着物の着方や、髪のとかしつけを教えてくれる。化粧や眉の書き方どうやって魅力的なしぐさをするか、教えてくれた。普段の座り方、手の置き方、癖になるまで指摘された。真崎先生はアキにとって母親の役目と父親の役目をしてくれた。

着付け直しなどの客が来るときもある。少ないが手を抜かない。11時ごろ帰宅する。そして途中で行きつけの団子汁屋の団子汁を食べて帰り、風呂に入る。でそんな毎日だった。そして田舎丸出しの少女は少しずつ蝶への変身をしていった。先生にはわかっていた。アキは花になる。それはこの中州でいちばん大輪の花になれる。すでに老境にかかっていた真崎先生には、楽しみでもあった。アキには帰る場所はない。ここで大輪の花になるしかない。

石井牧子は高校を出ると役場の職員に応募したかったがやめた。春野町の役場は、コネで入るのが当たり前だった。ある母一人子一人の息子が当時の春野町役場を受験したが採用されなかった。彼は成績優秀で余裕でここに受かると思っていたが、採用議員の「こんなに成績がいいのなら何も役場に来るこたあなかろう。」の一言で不採用、答案用紙3枚のうち2枚しか出していないものが合格する。一枚しか出していないものが合格とコネと賄賂がすべてだった。父親は、賄賂を使ってまで牧子を、就職させる気はなかった。女は所詮女、金もコネも使う気はない。自分で自分の将来を探すしかなかった。

牧子はめちゃくちゃな採用をする役場を避け、県庁関係へのチャンスを狙い就職浪人をした。交通巡視員の受験をし、次に婦人警官の採用試験を受けた。福岡県警として、最初の婦人警官だった

アキが美容院での三年が過ぎたころ、諌山先生の訪問を受けた。

「アキちゃん、弟の修一君を俺に預けんかね。」思いもかけない言葉だった。

先生が、不遇な生徒を何人か高校にやっているのは知っていた。それに甘えていいのかわからなかったが、真崎先生が口を添えた。

「アキちゃん、この先生に任せんね。あんたでは荷が重い。あとで必ず恩を返していきなさい。」

美容師見習いをしてきたとはいえ、まだまだ未熟な姉である。

お願いしますというよりほかはなかった。

春野町が春野市になり、人の気質も変わったかもしれないが、変な田舎者気質は残った。その春野市に牧子は時折帰った。母親は、兄の嫁との折り合いが悪く、村の行事への参加を渋られた。春のお彼岸の前、先祖供養がある。お寺のまかないがあるのだが、母はいかない。牧子が母の代わりにお寺に行った。いつものことだ。兄嫁がいけば、悪口を言われる気がする。だから行かせない。自分は行きたくない。だいたい苦労したというが、それは兄嫁のせいではない。とんだバカ婆だと思いながら、甥や姪にお土産を買い、休暇を取り、仏壇にご仏前を包み、実家に帰った。私もあんな鬼婆になるのかと情けなかった。供養の日、若い嫁もいる、中年の女性もいる働き手みんなで昼ごはんのまかないを用意する。参拝してもらった人には全員に出すから大量だ。その中に70代80代90代と年配者がいた。年配者は働き手ではない。ボサ方と言われる監督だ。お茶とお菓子を前に置かれ、茶を飲みながら「そろそろお経が中休みじゃけん、お茶とお茶請けを用意しとかんね。」年長者が宣言すると若いものがお盆に湯呑と豆皿に漬物をのせ、本堂に持っていく。味噌汁が出来たら味見、混ぜご飯が出来たら味見、ボサ方も忙しい。漬物を盛った皿をお箸でせっせと見栄え良くしているボサ方もいる。働き手も負けてはいない。きついなと思うと、すみっこに行き座り込み、野菜の皮むきをやる。牧子はこれを見ながら面白いと思う。明日は足腰の痛みで動けないだろう。女がたくさん集まるこのまかない日は、いい思い出になる。ボサ方の老人にもみんな優しいまなざしを向けていた。女が集まるとうわさ話に花が咲く。

矢野の家にだりかすんじょるな。ありゃ庄吉さんじゃなかか。庄吉さんは家にあんまりいなかったから顔をよう知らん。そうじゃな見かけることはあっても、ほんの少し、声かける間もないし。風貌が髭ずらでありゃあダリかわからん。女たちのおしゃべりは続いた。やっと解放されたのはもう3時過ぎ、春野の駐在所に寄った。ここの巡査佐藤さんは、定年間際の気のいい男だった。矢野家の中に住んでいる男の話を聞くと、教えてくれた。庄吉かもしれないが認知症で話が出来ないらしい。近く保護されるらしい。何も覚えていないらしい。認知症が激しく自分のことを覚えていない。「あんた、あすこの子供ん現住所を知らんかね。」アキのことは知っていたので、中洲のキャバレーを教えた。矢野の姉弟はどんな暮らしをしているのか気にはなった。母親に小ずかいを渡し、「あんたも鬼婆しちょらんで、お講賄にでも行かんね」母に言ってみた。

兄嫁が新鮮な野菜や、漬物を車に乗せてくれた。ごめんね姉さん、あんな親でも親だから、お願いします。そしてそっと2枚の札を渡した。全く、金はかかる足腰は痛む、散々な里帰りだが、楽しかった。

アキが18歳になってから支配人からホステスにどうかと話があった。支配人の狡猾でずるそうなその瞳は、笑顔を作っても決して笑わなかった。衣装は真崎先生が譲ってくれた。いろいろのホステスからもらったものを丈の補正をしてくれた。そしてこれを潮時として、真崎先生は引退した。真崎先生にはどこか不安があった。アキのまっすぐな気性は、どこか危うい。しかし、それをアキに告げることはなかった。故郷の唐津に帰る。おそらくそこが彼女の終焉の地だ。

アキは自分の部屋を借り、引っ越していった。新しい生活だった。何もかもうれしかった。この部屋に修一を呼ぶこともできる。希望が出てきた。六畳一間、風呂トイレはあるが狭い部屋だった。

ホステスとしての初出勤の日、髪を自分で整えた。着物を自分で着た。

ホステスの基本給は高くはない。日給は千円程度、あとは指名やヘルプで稼がねばならない。毎日着付け料や、髪のセット料を払っていたら、金はたまらない。化粧をしていると自分の顔が見知らぬ他人になっていく。一分の隙も無い装いに、満足して店へと入っていった。まだすきがあったようで、先輩ホステスから少し直してもらった。

支配人から、ホステス名カルメンの名刺を渡され、ホステス人生が始まった。すでに見知った店内である。顔なじみのホステスも多い。通いなれた美容院は、通いの美容師が跡を継いでいた。いつもの夜だったが店スタッフから集客用商品に変わった。使いつぶされない強さを持つこと。それ以外生き延びる道はない。父から言われたことを思い出した。このまま俺に殺されるか?それとも修一や裕子の面倒を見ながら生きていくか?この日から弟と妹の保護者になった。小さな肩に重かった。生きていく限り、つぶれるわけにはいかない。つぶれることは父から殺されることを意味した。気合を入れていると、年配のホステスが声をかけた。「行こうか。」

その日は新人だったせいかヘルプがたくさん入った。アキが通路を歩くだけで人目を惹く。その芸術品を作り上げたのは、真崎先生である。しぐさの一つから仕込んでくれた先生に、感謝した。

閉店後、年配ホステスから客との食事に誘われた。「顔つなぎよ。」そう言われた。行って損はないだろう。しかし先生の声が頭によぎる。器量が十人並みなら行くのは得になる。しかし「自分を高く売りたいなら、高い女の行動をしなさい。自然と高くなるから。」自分はそのどこにいるのだろう。十人並みの器量を高級に見せているだけかもしれない。自信のなさが、目に出たのだろう。年配のホステスの手毬さんが、たたみかける。「高く売るのもいいけれど、ここは高く買える人ばかりではないのよ。」

客は金持ちの男だった。景気のいい男らしく、中州から少し離れた高級割烹に行った。手毬さんが席を外し二人きりになった。うん、どこかおかしい。さりげなく、化粧直しのふりをして席を立つ。玄関に出ると履物が無い。そのまま足袋はだしで外に出る。着物の裾をまくり裾が汚れないようにして、タクシーを拾った。あとで知ったが、手毬は新人を客に抱かせて謝礼をとる、新人キラーだった。翌日も手毬とは顔を合わせたが、そのまま挨拶だけでお互い何事もなかったように過ごした。だが、リスト(ホステスの管理をする部所)に一言告げた。手毬さんのヘルプは断ってと、何かあったとは黒服は思ったようで、ここはうわべがすべてだよとだけ言った。

店にいる限り和やかでなければならない。それが黒服の仕事だ。夜のキャバレーは面白い。毎日それなりのショーがある。いつもはストリップが多かったが、それなりに有名な芸能人も来た。それにも芸達者な人もいれば、どうしょうもないほど下手もいた。

そうこうしているうち、修一も学校を卒業する年になっていた。大学に行くほど学力はない。小さい時、親から捨てられた思いが強いのか、どこか投げやりな生き方に、あこがれている節もある。諌山先生はそんな修一を、良く面倒見てくれた。

修一が卒業するとき、諌山先生は退職した。マラリアがその寿命を縮めた。戦地でもらったマラリアが、長い年月彼を苦しめ最後は命にとどめを刺した。先生は苦学する教え子に、援助をしていた。その数は十人以上もいた。中には大学費用も出してもらった人も数人いた。葬式に行ったが先生の身内はいなかった。奥さんを早くに無くし兄弟も子もいない。しかし近所の人や教え子が、たくさん来た。近所の隣組の人が喪主の代わりを務め、教え子が骨を拾った。骨壺は集落の納骨堂に収められた。

アキは修一に言った。「キャバレーの厨房に入る?」卒業してから先生の看病があり、就職しそびれていた。他の先生に相談しても良かったが、自分の周りで考えた。

あの支配人に頼んでみよう。修一を支配人に頼み込んだ。支配人は修一をキャバレーの調理場に入れてくれた。キャバレーの厨房の料理長麻山は、包丁術にたけた男だった。キュウリ一本が見事なツマミに化ける。もともと料亭の板前らしかったが、女でやりそこない、居場所がなくなったと噂された。それでもその確かな腕は、キャバレーの中で評判が良かった。しかし気むつかしい。何人かの調理場担当が辞め、黒服に転身したものもいた。キャバレーは男も女も、どこからか風に流され流れて吹溜まるそんな場所だった。

麻山は修一を見たとき、なぜか自分の息子を、思い出した。麻山は生きた英霊だった。戦場から帰ってきたら、妻は弟と結婚していた。息子は、弟を父として育っていた。戦死の知らせが来ていたらしい。だが彼は、死線を越えて生き延びた。名乗出れば妻も子も弟も、しいて言えば父母さえ世間の好奇の目にさらされる。今が安定しているならば、そのままにしておきたい。闇市の戸籍屋に行き、戸籍を買った。戸籍の男が、どんな男だったのか知らない。ただ年が近かった。

父母には戦死者の年金をそのままもらえるようにという、配慮でもあった。

一度だけ見た息子の顔がなぜか修一に重なった。

初勤務の日、店が引けた後、一軒の飯屋に麻山は修一を誘った。

食堂佐倉は、家庭料理の店だった。おでんや肉じゃが、塩焼き、家庭料理が並んだ。おいしかった。佐倉の女主人良子の笑顔が温かかった。

「調理人の腕はなあ、どれだけうまいかもんを食ったかできまる。味音痴になるんじゃねえぞ。飯はここで食え。」

彼なりの料理人教育だった。修一はそれを守った。女主人良子はいつも優しかった。しばらくすると、問わず語りに、彼女に高校生の娘がいるのが分かった。そして出勤前に佐倉で食べるとき、時々見かけるようになった。母の味は、記憶の中から消えかけていた。それを上書きしたのが、佐倉の味だった。そして麻山はある日消えた。どこの誰ともわからずに死んでいくのが彼の家族孝行だった。

食堂佐倉の女主人佐倉良子は、隣の県佐賀の出身だった。置き薬の行商をする夫と暮らしていたが、ある時行商に出かけて、それきり帰ってこなかった。そのころ夫は愚痴のように言っていた。山の中の家に行くと、若い嫁がここから連れ出してくれと頼む。だから山の中に行くのは気が渋る。

いなくなってしばらくは元の家にいた。やがて娘かおりのことを、考えねばならないと思った。あんたの亭主は女と逃げたんだよ。冷たい陰口がどこからともなく聞こえてくる。みんながそうではないとわかっていたが、逃げるようにそこを出た。流れ着いた春吉橋の近くで、小さな食堂を開いた。料理の腕は確かだった。小さい時から近所のお寺で手伝いをして、小使いをもらった。禅寺だったので、客があるときは、精進料理の手伝いをした。庫裏を任される奥様が、丁寧に教えてくれた。料理は好きだった。なんの変哲もない食材が、豪華な料理になる。その変化が楽しかった。好きこそものの上手なれ。結婚したときは結婚難の時代だったが、夫の胃袋をつかみ結婚した。ろくに良い食材もないなかで、工夫した食卓はいいものだった。それが思い出になった。夫が失踪して福岡市に出てきたときは、何をしようかと考えたが、私にはこれしかないと、小さな食堂を開いた。小さな店だった。柳橋の市場に行き、肉、魚、野菜、イモを買う。それを丁寧に下処理、夜の街で生きる人に提供してきた。そしてそれらの人の胃袋をつかんだ。春吉橋に立つ、立ちんぼう(売春婦)を見て、心が痛んだ。一つ間違えれば、それは自分の姿だった。彼女たちも店の顧客だった。板付基地にいたアメリカ軍の兵士も時々来てくれた。その兵士の英語を、立ちんぼうをしている女が通訳してくれた。パングリシュなどと言われる言葉だった。女たちは生きていくために必死だった。男も必死だった。

年を取り売春を出来なくなった女は、夜間に子供を預かった。母親が仕事をしている間、子供たちはよその家で眠るのだ。

娘かおりは高校を卒業し、お母さんの食堂で働くと言ってくれた。正直うれしかったが、大学を出してやりたいという願望もあった。そのころの食堂の売り上げは、サラリーマンの収入は超えていた。

かおりの、「大学出ても、お母さんくらい稼げないよ。」の言葉に、娘の食堂見習いを許した。店によく来る青年を、良子は好もしく思っていた。

いつか娘かおりが、この青年と一緒になってくれないかと願うようになった。

良子も40代半ばになると、体がきつい日も多くなった。もう自分も年なのか?

体を蝕んでいたのはガンだった。発見されたときは手遅れ、それから進行は早かった。

中州は米軍兵士を客にしていた戦後、大型の華麗なキャバレーがあったが、客は次第に日本人が主になった。アキは中洲のネオンになじんでいた。若いうちが花だろうが、ある程度年を取ったら、それなりの考えもしなければならない。ホステスは時流に乗った話ができないといけない。新聞を必ず3誌読んだ。知らない漢字は辞書を引いた。それが、人間性に深みを出すとは思えなかった。まだ若いとは言え、ホステス生命は長くはない。自分に教養が無いなら、教養のある男を捕まえればいい。男を食って、身につけるものはある。女も男も相手を食おうとしていた。

同僚ホステスだった明美を思った。彼女は茶屋を営む男に惚れられ、ホステスをやめた。最近会ったとき、その変身ぶりに驚かされた。もはや水商売の時の面影はなく、落ち着いた若奥様になっていた。男がこれほど女を変えるとは、驚きだった。わたしも変わりたい。子どもを連れたホステスを見ると、胸が痛んだ。子供を連れて、水に浮かばねばならないのか。そんな悲壮な女ばかりではない。夕方子供を夜間保育所に連れて行き、旦那が7時ごろ迎えに行く。12時店が引けると、すぐ帰る。パートと割り切ってやっているホステスもいた。三十代なのに化粧がうまく十代に見えて、体は細くて胸にパットを入れて、薄い腰をごまかすためにここにもパット。出来上がりはセクシーな少女というものも珍しくはなかった。男は純情な生き物なのかとも思う。その純情な男が純情な女を探す。

純情な男も女も架空の生き物なのか?

見た目がすべての世界だった

甲斐性のない男を頼らない女になりたい。女の願いだった。

二十五歳を過ぎれば、年増扱いされる世界、まだ時間はあるとはいえ、水商売で生きていくのは、困難が多い。支配人はアキを、一生水商売で生きていく女と、決めつけているようだ。支配人は年取った男だった。アキを前から知っているので、責任を感じているのかもしれない。本当の話、アキは水商売で生きていくしかなかった。

アキは妾や愛人になるつもりはなかった。そんな支配人が紹介したがる男がいた。会わないわけにはいかない。アキには、一緒に暮らしている男がいた。黒服の宮部である。

出会った頃は、ウエイターだった。何を言われても「はい。」と、いい返事をして受け流す、そんな男だった。少し頭が足りないのかと、思うこともあった。やがて甘え上手なのだと、気が付く。そして、宮部が雑魚寝大部屋の寮より居心地のいいアキの部屋に、転がり込み、いつか同棲した。別に愛しているなどではないが、誰も責めない態度と積極的に家事をしようとする態度に好感が持てた。料理もした。アキは宮部にお茶を入れたことはないが、宮部はこまごまと世話をやいてくれた。着物の着付けを教えると、とても上手になった。便利な男だが気は許せない。

宮部はルビーのホステスとしてのアキを、手放したくなかった。

それはアキが持つ、巧な閨房術にもあった。真崎先生から聞かされた閨房術を宮部に試した。宮部は骨抜きになった。アキがいない生活は耐えられない。真崎先生はアキに娼婦の閨房術を教えていた。

「花街には花街の技術がある。処女の水揚げを何回もやる。そんな技術があったからよ。無理をしないで、男を手玉に取りなさい。」真崎先生自身は、それを試したことがあるのだろうか?そして思う。今頃どうしているだろう。何かあったら連絡くれとは言っていた。

支配人は何回か島田に会うことを勧めた。支配人はアキに、このキャバレーのナンバーワンの地位を与えていた。店に付いた客はアキの客となった。一つのキャバレーに、5年以上務める女はまずいない。勤続年数の長さは、それがアキの信用にもなっていた。そして男を振り返らせる魅力もあった。島田の財力はもっと魅力だったのだろう。愛人の斡旋はもう一つのビジネスだった。「私はホステスよ。指名されたら、会うよ。」店の中の席で会うことにした。

その客は少し変わっていた。指名をしてくれた客に笑顔でお礼を言う。客は笑顔でいたが目は笑っていなかった。その後、週に1回くらい来てくれた。そのたびに指名してくれた。 じっとさすような目で見てくる。怖い男だった。

3回目の時、連れていた若い男に、ヘルプのホステスをあてがい、彼らが歌手の歌の変更に乗るようにして、ダンスをしにフロアに降りた。2人になったとき、男は、アキに手を伸ばした。抱き寄せた。暗いボックス席で耳元でささやいた「じっとして。」耳に息を吹きかけしゃぶるように舐めた。抜けるように体の力が抜けていく。SEXの後のような感覚がした。体を離すとアキの目を静かに見た。「ビジネスの話をしょうや。」頭は剥げているが、どこか若々しく眼光が鋭かった。そしてその目はアキを値踏みしていた。

「好いた男はいるんやろ。同棲しているんか?」アキは笑ってごまかした。お人が悪い、いやねえ、笑顔でごまかし流した。名刺をもらった。知らない会社の島田明社長とあった。若いのか年配なのか、年の読めない男だった。数日後アキは支配人に呼び出された。そこにはあの客、島田社長もいた。申し出は愛人契約、考えてくれと言われた。支配人もオーナーも島田には気を遣う言葉使いだった。力関係がわかった。

島田社長は、男やもめではあったが、決して女に不自由しているわけではなく、その愛人は数人いるらしかった。女に甘い人間ではなかった。それぞれに役目を持たされ、競争させられていた。先輩に聞いたところによると、ある女は工場を任されていた。毎月厳しい帳面の検査と利益の査定があった。ある愛人は市内の割烹を任されていたが、1円まで帳簿を調べられた。

「きっとあんたもどこかを任されて、搾り取られるよ。」

だったら断ろう。そうは思いながらも、自分の頼れるものも欲しかった。支配人は後ろ盾のいないアキに生活の安定をさせようとしたのかもしれない。あくまで善意に解釈すればだが。さんざん悩みそして愛人になった。父親より年上の男だった。

その小女は無口だった。話せないわけではないが、人と話すのは嫌いだった。家族は、そんなもんだと思っていたらしい。3歳のとき、養護施設から引き取られた。優しい家族だった。年の離れた実子がいたが、もう一人養護施設から里子で迎えた。里親の山本弘と山本町子は、大切に育ててくれた。自分が里子だと感じてはいなかった。ただ3歳以下の記憶が欠落していた。何か思い出そうとすると、悪夢を見る。それは深い穴のふちに腰掛け、底知れぬ穴を覗き込んだ夢だった。不安がいっぱいになり、声が出せない。誰かに何かを訴えかけようとすると、声が逆流するように、のどに詰まった。家庭での話は問題なく、外では話せない。里親は心配して、医療機関などに連れて行ってくれた。場面緘黙症と診断された。深く心に受けた傷がある。そういう説明を受けた。時間が薬、やがて親に甘えることを覚え、記憶の中の家族は、里親とお兄ちゃんだけとなった。少しずつ症状は軽くなっていった。裕子は笑うようになった。時々、漠然とだが、違うお兄ちゃんとお姉ちゃんが、いたような気がした。

人なかで、なんとか話せるようになったのは、中学性の頃だった。それでも仕方なしに返事と短い感情表現ばかりだった。中学生の時からしゃべらなくていい趣味を持った。毛糸を編んだり、レースを編んだりした。それに集中できたせいか、出来栄えも良く、母親が喜んでくれた。次第に母親のセーター、兄のセーター、父親のセーターとなり、親戚の叔父叔母までそれは広がった。父の妹がそれは才能だと言い始め、自分の稼ぎで食べていく生業になると言ってくれた。中学卒業となったとき、里子であることを話し、このままこの家の子になってもいいし、実の親は消息不明だが、姉兄がいることも告げた。このままでは、十八歳になったら里親の家を出なければならない。このまま養子になるなら、家を出ないでいいことも言った。裕子の中で何となく腑に落ちた。あれは実姉兄だった。恐怖の夢に出るおぼろげな人影。深い穴。

わたしはこの家に厄介になってはいけないのか?そう思ったとき、叔母の言葉が思い出された。わたしは、手仕事で生きていく。裕子の決心を聞いた両親は、保護者のいない娘を、一人で放り出すわけにはいかないと、養子縁組をすることにした。裕子は、養親山本の姓を名乗り山本裕子となった。山本家は特段裕福というわけではない。真面目に定年まで会社を務めあげた養父、養母は専業主婦、家を出て結婚している兄とその家族がすべてだった。自分が迷惑をかけるのは気が引けた。兄の正人は裕子を自分が高校に行かせると言い張ったが、裕子の「私、人と会うのが苦手だから行きたくない。」で断念した。好きな手芸で生活したいと、裕子には珍しくはっきりした意思を示した。

伯母の世話で、手芸の師匠に付くことになった。手芸の師匠、高野宮子は、デパートに出している店で編み物教室や、革細工教室、裁縫教室アクセサリー教室をやっていた。裕子は手伝いをしながら自分の腕を磨いた。内弟子として住み込みである。別に家から通っても良かったが、腕を上げるために、あえて内弟子となった。高野宮子は何でもできる師匠だった。少し足が不自由だったが、それは注意しないとわからない程度だった。世間の風の冷たさは宮子が身に染みていた。自力で生きる道を選んだ。まだ既製品がない時代、洋裁で自活しようとした。若かったが弟子を取り、少し商売を広げた。終戦後は洋裁店を営んでいたが、やがて手芸に幅を広げた。

裕子が来た頃、宮子は60を過ぎていた。自分としては最後の弟子だと思った。裕子の養父の姉とは幼馴染、裕子が他人には思えなかった。この若い裕子が世間の荒波を自覚していることが、不憫だった。子供のいない宮子にとって、娘が出来たと喜んだ。2年もすると裕子の腕は上がった。デパートの売り場を任され、教室を任された。宮子が病気がちになり裕子は家に戻った。宮子の代わりに注文品を作った。そして宮子の看病をした。裕子が20歳になったときの成人式は町子の振袖を着た。町子の嫁入り道具として、大事にタンスにしまわれていた。化粧をして、髪を結い上げ着付けをしてもらった。写真を撮る。裕子は見違えるほどの美貌に変わった。それは日ごろの地味な裕子を見ていた家族には、うれしい事だった。そして高野宮子は親戚と住むため市内を離れた。

成人したからと養父母が、実の姉兄を探してくれた。話によると姉は夫と、印刷工場を営み、兄は小さな町食堂を、妻と営んでいた。どんな人かわからないので養親は人を頼んで呼び出してもらった。

アキを見たとき町子は思った。この女は、女の敵になる。話しをした。裕子への思いは母親を思わせた。自分が裕子を預かったときに聞いたことを言うと、姉のアキは父母の出奔、姉弟は置いていかれたことなどを話した。生きるために水商売をした。夫は印刷工場をしているが、自分も現役のホステスだといった。隠すつもりはなかった。

それは仕方がない事だ。生きていくことにどん欲になる。それがこの立場にいたアキの生きる術だったと町子は感じた。兄は小さな食堂をしている、夫婦で頑張っていると話した。会わせても問題ないかもしれない。しいて言えば、アキのことが気にかかる。裕子に選ばせた。裕子は会いたいといった。会わなかったら後悔する気がした。

アキは、裕子と会える前の晩、眠れなかった。

裕子と修一の間にはあと二人兄弟がいた。夫からの暴力を受けても夫婦、やることをやれば子はできる。これ以上子が増えれば生活できなくなる。母は必死だった。幸い妊娠が目立たない体質だった。生まれた子を、産湯の中に沈めた。誰にも知られずこれをやった。3回目の時アキが気付いた。赤子を母の手から奪い取ると、そばにあった布に包み家を抜け出した。必死で、集落に1軒ある小さな店に飛び込んだ。

老いた姉妹が、やっていた店だった。脳卒中の後遺症で半身不随の妹と、それを介護する姉が暮らしていた。そこには村の中でただ一台電話があった。「おばちゃん。」必死の形相のアキが飛び込んでくると、二人はびっくりしていたが、事情は何となく分かったのだろう。赤ん坊を受け取ると毛布を出し静かに置いた。赤子を毛布に包み、老姉妹は互いを見つめあい、そしてアキに温かい茶を出してくれた。

そう、裕子は、間引きそこないの子だった。だが私がこの世に引き戻した子。そのぬくもりが手に残る。しばらくして父が迎えに来た。父は赤子を抱くと、安心するようにいった。アキにとって、父も母も自分たちを庇護してくれる存在ではない。

アキと島田との愛人契約が結ばれた。と言っても書類はない。彼は弟を、一流の割烹の板前見習いに入れてくれた。以前から同棲していた恋人宮部と結婚を、していいと言われた。宮部については、今は中洲のクラブの黒服をしているが、転々とした職の中に印刷工があった。印刷工場を任せる。仕事は島田が回す。というものだったが、しっかり者の部下がついて、実質的にはお飾り社長だった。アキは宮部を、愛しているわけではなかった。ただ都合がいいから一緒にいる、そんな存在だった。情を抜くことは、島田に習った。それが生きる知恵だった。

子供は産んでいいが全員宮部の子とする。そして週に2日は島田のモノになる。それはいろんな使われ方をしても、それに従う事だった。初めのころは島田の所有するマンションだった。関係を持った時から、宮部はどうするだろうかとみていた。果たしてヒモになりきれるのか?この愛人契約で宮部は微妙な立場になった。

宮部は母子家庭で育った。父親は小学校に上がるか上がらない時死んだ。顔はあまり覚えていない。父が亡くなった後、母親が育てた。異様な子育てだった。

宮部の小さい時のあだ名がボン。

ボンの母親と祖父母は、たいそうボンをかわいそうだと思った。

かわいそうな子だ。母親はボンがかわいそうでならない。だから父親の葬儀のあとから、ボンを背負って学校に送っていった。来る日も来る日もかわいそうなボンを、せいっぱいの愛情で、母親はボンを背中に負ぶって学校に送った。母親より大きくなり、それでも母親はボンを負ぶった。その結果、見事な三文安の、ボンが出来上がった。中学生になり母親の送り迎えはなくなった。そしてますます三文安が光った。なぜかわいそうでは親が負ぶって、学校に行くことになるのか理解はできないが、そんな空気の田舎だった。母親は、かわいそうな子にしてやれることが、これしかなかった。やがて祖父母が死に、母親の手には負えなくなった。こんなはずじゃなかった。母親は困惑した

他人に騙され金品を脅し取られ、そして、いつか母親も死んだ。人に騙され、家や多少あった田畑を失った。風に吹かれるままに、流れていくしかなかった。

彼もまた中洲に吹きだまってきた、塵芥の一人だった。俺はかわいそうな人間だと、いつも自分に言い聞かせているような男だった。

島田は宮部に会い、いくつかの条件を出した。その中の一つにアキを所帯じみさせないというものがあった。水仕事は、料理お茶くみお前がやれと言われた。島田の言葉は絶対だった。彼の気迫に恐怖したが、アキと別れる気はなかった。一緒にいるだけで華やかな気分になる。金は充分にある。こんないい場所はなかった。

彼はこの関係を、そういうものだとあっさり割り切った。妻は週に五日の妻だった。

アキが妊娠をした。アキには、この子の父親は宮部だと確信があった。だからそのまま産んだ。二度目に妊娠した時この子の父親は何となく島田だと思った。中絶を選んだ。あの島田の子は欲しくなかった。

じつはアキはアルコールに強い。いわゆるウワバミ体質。

この手の人に良くあるらしい、麻酔がきかない体質だったのだ。アルコールは水と同じだった。

麻酔なしの壮絶な中絶を経験し、それ以後子を望めない体になった。

島田からの経済援助はあった。島田が望んだので、アキはルビーに出続けた。子を産み諸々のことがあったが、アキのカルメンは妖艶さを増していった。着物でも、ドレスでもふっと雰囲気が変わる匂いたつような雰囲気があった。

島田は時折ルビーに、商売の相手などを連れてきた。ある日、島田が高級官僚を連れてきた。その傍に座り、島田の客をもてなした。帰りしなにカードを渡された。ホテル名と部屋番号が書いてあった。店が終わると、指定されたホテルに行った。そのような身を悲しいと思うより、ビジネスと割り切った。

しかしそこからが勝負だ。初めからやらせはしない。男を手玉に取りなさい、真崎先生の弟子だ。話をしてちらりと魅力の一部を見せる。そして一番男が弱くなった時引いた。その駆け引きが絶妙で、それで疑似恋愛に持ち込む。恋愛経験の少ない官僚ほど、その効果は抜群だった。何度も合うことを望まれた。徹底して食いつきのいい餌になる。それがこの道に入ったアキの宿命だった。

島田もまた宿命を背負っていた。

島田は農家の三男坊。分けてもらえる財産はない。だが幸運だったのは、養子の話がきた。親戚の寡婦が養子に望んでいると聞いた。満州で成功した親戚の男の妻だった。男は病気で他界したが、家は存続させないといけない。家督を相続して寡婦の生活保障が条件だった。十代だった島田は、それを了承して家督を継いだ。だが時代は約束を守れるほど甘くはなかった。大抵のものは田畑を買って上納米を貰って、働かずに暮らせるのがいいと言った。それが長続きすることではないと彼は思った。

島田は広大な山林を買った。田畑に比べると安かったのもある。結婚は重しがつけられるようで嫌だった。招集で軍隊に入る。上昇志向の強かった島田は陸軍逓信養成所(陸軍中野学校)に入った。戦争は敗戦色が出始めたとき、軍の方針はいつしか戦後の復興に焦点が当たった。まだ敗戦もしていなかったが。同級生は商売の話をした。そして任務で上海に行った。上海の日本人租界は豊かだった。内地では手に入りにくくなっていた生活物資も、まだ手に入った。そこである女を知った。妹尾家のお嬢様で、何人かの中国人の使用人がいた。妹尾は島田の上司だった。その妹尾には家柄のいいところから嫁いできた妻がいた。そこの一人娘美津に島田は恋をした。取ろうとしても取れない高根の花。敗戦になる、なった時、ここにいては危ない。島田はわかっていた。中国人の使用人は彼女を守らない。

そして美津は、東京のお嬢様学校を卒業して戻ってきていた。卒業と言っても戦況の悪化で空襲が激しくなり半年繰り上げの卒業だった。本土はその状態なのに、危機意識はなかった。何度か妹尾にそれとなく警告はしたが、はっきりと警告するのは役目上出来ない。自分は探ったことを、報告する義務がある。いざとなったら、妹尾一家を見捨てて、いや盾にしてでも、日本に帰らねばならない。もっと奥地に行った者も多い。そこの日本人に警告はできない。ソ連は日本との約束なんぞ守る気はない。ソ連との不可侵条約は、雨戸の代わりに雨戸の代金を張りつけているようなもの、嵐になれば飛んで行ってしまう。なのに、ここを守る兵士はいない。みんな南方に行ってしまっている。敗戦後の上海で、無事に生き残った日本人はどのくらいいただろか。島田は役目を終えるとさっさと日本にかえった。しかしそれがわかっていても、役目で残らねばならない人もいた。外交官たちである。敗戦になったら一番先にこの家族が犠牲になる。この人たちは家族を内地に行かせることはできない。それは敗戦を予想されるから。

敗戦は確実でも誰もそれを言わなかった。その責任はだれにあるのだろう。

敗戦後島田の山林は大きな金になった。戦後の復興期、山の材木は飛ぶように売れた。そして金になった。田畑をもっていたら農地改革でみんな取り上げられていたが、山林は違った。そこから上がる収益が商売の元手となった。軍隊の時の仲間からくる情報は役立った。そしてお互いに連絡しあった。

養母には連絡を取ることはなかったし、家族はいないものとしていたのが、島田の生き方だった。数年後養母が死んだと連絡があった。戸籍上でも親だったので葬儀に行った。普通の神経だったら針の筵だったろうが、島田には痛くもかゆくもなかった。養母は全財産を島田に奪われ、脳梗塞を起こし、長く寝付いていた。小さな、家とも呼べない小屋で、老姉の介護で生きていた。そしてある日亡くなった。寒い日だった。その家に行くと親戚と近所の人が集まってきた。火鉢を置いているが、家の中は温まらない。親戚の呼んだお坊さんが、お経を上げ、集まった人に説教をすると帰っていった。そのあと養母の老姉に、財布から1万円札を数枚取り出し渡した。集まった人たちは、目を丸くしてそれを見た。一万円札が発行されて間もない頃、珍しいのと、その金額に驚いた。周りは貧しい山の中の開拓集落、万札を見ることはない場所だった。

通夜の席で、養母の姉は、つぶやいた。妹は若いころ裕福に暮らしていた。旧満州で、広いリンゴ園を経営する夫と、豊かに暮らしていた。夫がある日病死した。財産を整理し日本へ帰ってきた。戦争も始まっていない時だったのでひと財産無事に持ち帰ってきた。子供のいない寡婦だったため、養子をとった。そして養子の息子に家督を任せた。養子の息子は金をとって養母を放り出した。返すように裁判を起こしたが、旧民法の時代、裁判に敗れ一文無しになった。姉は妹の介護をするため元火葬場を改装した家で暮らした。集落の人は旧満州の引揚者。みんな訳ありだった。その小さな家に人が集まり故人をしのんだ。終戦から十数年くらいのことである。何歳くらいだったろうか。苦労の多い人生だったろうと思う。老姉は妹に、もう不自由な体で生きていかずともいいと、話しかけていた。だれからともなく満州の思い出が語られた。夜も更けたころ、旧満鉄の機関手だった男がふっとしゃべり始めた。最後の引揚列車の情景だった。累々とある死体、それらを積み重ね火をつけて列車を走らせ、また止まって死体を重ね、火をつける。遺体を集める。火をつける、呪租のように繰り返す。「お父さんやめて。」男の妻が泣き叫ぶ。かまわず男は遺体を集め、火をつけた情景を語った。老人たちは苦労するため、絶望するために人生を歩んできたのだろうか。養母は何を思った一生だったのだろうか。島田は自分の心から追い出したはずの何かがうずくのを感じた。

島田は政商だった。その商売は政治が多く絡んだ。そこにいたる道の工事、不動産、政府の事業、県の事業、市町村の事業、払下げ、そして倒産整理。すべてが彼にかかれば金になった。賄賂は足がつく。島田が選んだのは、女だった。この女ならば、男を虜にしてくれる。しかし、所帯じみた女は男にとって魅力はない。所帯を感じさせると、遠慮なく宮部を怒鳴りつけた。宮部にとって島田は怖い存在だった。そして師匠でもあった。

アキの子供智は、生まれた時から宮部が育てた。母より父を慕う子だった。宮部は妻の帰りを智とともに待っていた。智は父親べったりだった。風呂に入れ寝かせつける。夜遅く帰るアキを宮部は何も言わず、ただ彼女を抱きしめた。アキは彼の中にいると、ささくれだった気分がなぜか落ち着いた。彼も、彼女も、また、疑似恋愛の中を生きていた。

佐倉良子はガンでこの世を去った。佐倉食堂は修一とかおりがやることになった。入院や看病の大変な時、修一が店を手伝った。店の収入が無ければ、治療もままならない。それがかおりと修一を近づけた。いよいよとなったとき、修一は店に休暇を願い出た。かおりを婚約者だというと、認めてくれた。  

良子の亡き後、かおりが店をきりもりすることになったが、店は葬式の前後は休んだ。良子の死後二人は結婚した。披露宴も何もない結婚式、それでも修一とかおりはうれしかった。祝ってくれたのは姉のアキだけだった。麻山に来てほしかったが、中州にはもういなかった。

店には、水商売の出勤前のホステスや、黒服が来てくれた。店に来るホステスには、子持ちが多かった。その子供たちを食べさせる姿が、キャバレーでは見せない顔だった。店には小さないすが置かれ、家族のような温かさがあった。夜間保育園に送り、これから同伴出勤をする。その母親たちを見送った。女ができる職業は限られていた。

修一が下ごしらえをして、開店準備はかおりがした。修一が料理の切りそろえや、だし取りをしている間に、かおりは戸や窓を拭き、テーブルや椅子を拭き上げた。開店をすると修一が、軽い食事をして出かけた。大きな割烹の料理場で働いた。かおりが店で料理を出した。母親ゆずりの優しい味に仕上げた。稼げるときに稼ごう。それが修一の方針だった。貧乏は嫌だった。割烹が引けると、また店に顔を出し、閉店を手伝った。

そんな時裕子に会うことになった。

二十歳の裕子に会う。初めて話を聞いた時、信じられない思いだった。裕子が3歳の時別れた。その裕子が二十歳になっている。十七年の歳月があった。それは、他人に会うより怖い事だった。恨まれているのか?姉アキと話したが、やはり怖かった。どんな姿で会うだろう。自分たちもどんな姿で会えばいいだろう。そうこうしているうちにかおりが妊娠した。こんな無茶な働き方はさせられない。修一が割烹をやめ、食堂は修一が主にすることにした。アキは裕子と会う前、いろいろの思い出が頭をよぎった。

父庄吉は、家にあまりいなかった。生活のため山の中にある金鉱山で、働いていたからである。戦時中鉱山の操業は止められた。国力を石炭採掘に一本化するためだった。その鉱山に戦後、山師が集まった。正式の操業許可があるわけではない。ただ集まって、金を掘り始めた。鉱脈に当たった時はそれなりに金になった。仲間割れで流血沙汰もあった。そして幾何かの金を得て、米や麦などを買い家に帰った。そして茜と壮絶な夫婦喧嘩をした。アキの思い出は、そんな日々の中の暮らしだった。

裕子と会うとき、アキは地味な服装をしていた。それが彼女の輝きに影を落としていなかった。温泉旅館で6人は会った。裕子の養親も兄も一緒だった。アキと修一は感無量だった。何の言葉も出せなかった。ただ裕子は不思議な感覚だった。自分はこの人たちを知らない。だがこの人たちは裕子を知っていた。夢に出てきたあの漠然とした姉、兄は、こんな顔をしていたのか。

 アキは安心した。物堅い人たちに守られ育てられた裕子を見て涙が出た。

言う事はできないが、あの日の父との約束を果たせたと思った。目の前の裕子は、アキの知らない裕子だった。幼いころの裕子が、場面緘黙で声が出なかったことを聞いた。それは修一とアキの二人の中で黒い思い出と重なった。あの頃が裕子の中で暗く影を落としたのかと。

修一ももうすぐ父になる。かおりのためには無力であってはならない。裕子が幸せな子供時代を過ごしたことに感謝した。

年の離れた兄、山本正人は大学を出て、県庁に勤めていた。現在は、結婚している。裕子のことを家族として愛した。正人の妻節子は看護婦で、今は子供を育てるためにやめているが、そのうちまた働き始めるだろう。裕子には、自分で生きていけるように、手に職をつけてやりたかったが、性格的におとなしく、外に出て働くのは無理だと判断した。正人に初めての子が生まれるとき、そのころは手縫いのおむつが主流だった。赤ん坊の必要品を、何から何まで、裕子が用意してくれた。おむつ、おくるみ、産着、小さな帽子、どこかにほんの少しアクセント刺繍があった。それがかわいかった。

正人はアキと裕子を見比べた。姉妹だから似ていて当然なのだが、雰囲気は全く違った。そう、アキには火のような気性を感じた。と同時にアキが裕子にそっくりなのを感じた。若いか年上か?華やかさがあるか無いか、それくらいの違いだ。

アキは裕子に会ったとき、あの時の赤子の手のぬくもりと重さをおもった。

自分も智を産んでいるが、その感触は上書きされなかった。

真面目そうな正人を見て、裕子の育った家庭が、理想的な家庭だったと思った。と同時に、自分は異常な世界に身を置いているのを感じた。この人たちと距離を置くのが自分の恩返しだとアキは思う。

やがて、月が満ちかおりに女の子が生まれた。かわいかった。恵子と名づけた。そう妹もこんな感じだった。修一は裕子を思った。自分は無力な兄だと思った。しかし今からはかおりも恵子も自分が守っていかねばならない。絶対俺と同じ思いはさせない。無力な父になりたくなかった。中州が時代とともに変わっていく。春吉橋も変わっていった。以前いた立ちんぼうは目立たなくなっていた。以前は生活のため、立ちんぼうをする中年女性がいた。キャバレーでもソープでも性を売れなくなった女たちだった。それでも生活費を稼ぐためにこうした。そして事件が起きた。ある女が殺された。女性は四十五歳、春吉橋の近くに立ち姿が目撃されていた。そして朝、春吉橋の下で死体となっていた。心臓を一突き、手際のいいやり口に、犯人は前科があるとみられたが、警察は、犯人を上げることができなかった。以後ここで、立ちんぼうを見かけることは、ほとんどなくなった。彼女にも子供がいた。良い母親だった。小学五年生の子供は学校には通っていなかった。夫の暴力に耐えきれず、子供を抱いて家を出たのだ。だが中州で生きるほど若くはない。自分から職を求めるほど世間なれしていない。母親の遺体を前にして子供が叫んだ「母さんを殺したやつ絶対許さん。俺が大きくなったら殺してやる。」愛情深いものから死んでいく。殺されるのも自由の一つか?修一はかおりや恵子にために、引っ越しを考えた。

そのころは、以前の大型のキャバレーは無くなっていった。小型のクラブやスナック、フロアのあるちょっと大型のクラブ。やがてバブルの時代がやってくる。歓楽街は好景気に沸いた。

アキを若い時だけの使い捨てと思っていたが、アキのしたたかさと、男を引っ張る巧妙さ、疑似恋愛の中で、中洲の水がアキを泳がせた。ある日、島田は宮部に、智を連れてくるように言った。もう島田は若くはなかった。いろいろの事業を手掛け、その大半を成功させた男は多くはないだろう。宮部は思っていた。この男もいつか死ぬ。死んだあと俺は自由だ。智を見たとき島田はにっこりとした。「そうか、これがあのアキの子供か。男か、残念だったな。」そういうとからからと笑った。「お前いくつだ。そうかまだ中学生か。」

宮部は島田が智に、金を残そうとしているのではないかと、ふと思った。智の中に自分を見たのかもしれない。島田にとって智は孫のような年齢だった。島田には数人の婚外子がいた。そしてそれらの子供には冷たかった。それは智も同じだった。

 アキは中洲のクラブ月光を島田から譲られた。がっちりと経営を監視する総支配人の玉川満つきである。バブルのさなかではあったが不安もあった。こんなこと長続きしない。それはわかっていたがやめるわけにはいかない。頑張って利益を上げ続けないと食いつぶされる。長くは頑張れない。潮時を見なければならない。宮部はその日が来ることを予想していた。今ではないがいつか島田は死ぬ。

アキは相変わらず美しかった。それは自分の努力と、宮部の努力かも、所帯じみてはいなかった。

宮部は株への投資、土地投資、島田がやっていたことをなぞるように、事業をやった。全部が成功したわけではないが、そのうちのいくつかが、成功したのもあった。トントンだったものもあった。もちろん損したものもあった。島田は宮部にとっても師匠だった。世の中の不条理を教えたのは島田だった。表面で流すことができないことを、自分で処理する。それを教えたのも島田だった。不条理でも自分を押し殺して、受け入れなければならないことがある。それはアキとの生活で、いやというほど教えられた。アキはこの子は間違いなく宮部の子だといった。宮部にとって智が、誰の子でもよかった。智が自分になついていたら、アキは逃げない。そう信じていた。彼女を、相変わらず家では、所帯じみたことをさせずにいた。アキは真崎が、彼女に厳しく教えたことを守った。それは、彼女が生きていく伝手を見つけた糸口だったからかもしれない。アキは相変わらず美しさを保つ努力をした。宮部もまた島田から、多くを学んでいた。中洲に浮く浮草だからこそ、どこかに根を張るものを求める。自分の金をためアパートや貸家を建てた。息子が成長した後は、アキとの静かな老後が、待っているはずだった。

宮部も息子の中に、島田の影をみた。

アキも、修一と裕子も、竹藪の家は忘れた存在だった。

裕子の手芸の腕は磨きがかかっていた。着物の古着でブラウスを作ったり、手芸でバックをつくったりしていた。その作品をもってイベントに行き、それを売る。そんな日々だった。彼女の作品は人目を惹き、よく売れた。冬に夏物を作り、真夏に冬物を作る。そんな生活だった。

そんな中で弘の入院、やがて弘の死があり、町子も体に不調が来ていた。母の介護をしながら、裕子は暮らした。正人はそんな妹を気使った。介護がある分裕子の収入は減っていった。

そんな中、アキと修一、それに裕子、3人は一つの通知を受ける。父親と思われる人の死と竹藪の土地の接収だった。

修一は通知を受け取ったとき、あの夜を思い浮かべた。思い出せない。思い出したくない。あの夜、眠れなかった。ろくに食べてもいなかった。顔を思い出せない母は、ご飯作ってくれなかった。ただ姉がご飯を炊いて、ご飯の上にラッキョウを置いた。米と麦は父が時折帰ってきて置いていった。麦しか炊かない時もあり、それでも、口に入れられるものがあればよかった。ギシギシを取り、オオバコを摘み、野ばらの新芽の皮をはぎ口に入れた。腹の足しにはならないが何かを口にしなければならなかった。そんな日々だった。

修一はお腹がすきすぎ、その夜寝られなかった。姉はいない。外に出ると、姉は穴の縁にいて、土をかけていた。声をかけられない。そんな気がした。スコップの音が止み、そのまま静寂が訪れた。自分の後ろに裕子がいるのに気が付くと、抱くようにして家に入った。

裕子の緘黙を山本町子から聞いた時、これを思い出した。あの日裕子は、何を感じたのだろうか。

昭和22年の夏、復員船で25歳の矢野庄吉は23歳の湯島茜に出会う。

庄吉は両親と兄二人の骨壺を抱えていた。その骨壺には骨はなく、中国の土だけが入っていた。茜は妊娠しており、独りぼっちだった。那の津港に着いた二人は誰の出迎えもなかった。茜は妊娠中絶の手術を受ける。茜を気にかけていた庄吉は、手術が済んだ茜を連れて父親の故郷に帰る。それから始まった家族だった。誰も生きていくのが、せいいっぱいの世の中だった。その庄吉が亡くなったと知らせがきた。アキは驚いた。話しを聞くとあの竹藪の家で長く一人暮らしをしていたらしい。認知症で何もかも忘れ、病院に収容されて亡くなった。役所はアキたち兄妹を探していたが、ようやく探し当てたとき庄吉は亡くなっていた。アキはどこの誰ともわからない男の死が、自分に都合がよいと考えた。遺体が安置されている葬儀屋に行き、そこで警察から事情を聴いた。庄吉はアキたちがいなくなってしばらくしてここに帰ってきていたらしい。認知症状態で、この家で自活していた。役所は庄吉を病院に入院させた。親族に連絡を取ろうとした。アキとようやく連絡が取れた。アキは自分たちを捨てた親だと言った。役所の説明によると、この土地は大きな道のバイパスが通ることになっていて、庄吉の土地の大半がそれにかかっていた。役所も困り果てていた。役所で説明を聞き土地の売渡を承知するかと思えたが、アキが反対した。修一はアキに同意した。国家権力は強い。土地は接収されることになった。

裕子についてきていた正人は、裕子に庄吉の住んでいた家に行くように勧める。渋っていた裕子だが、家が取り壊されてからでは後悔するかもしれないと、見に行くことにした。それは竹藪の中に立っている家だった。素人修理があちこちにあり、立っているのがやっとの家だった。竹が生い茂りもはや家の形もなしてはいなかった。

アキは島田を重荷に感じ始めてきた。30代の半ばを過ぎたアキには、島田の旺盛な性欲は重荷になってきていた。それに庄吉だという、あの家に住み着いていた男も気になった。おそらく浮浪者が住み着いたのだろう。誰かわからないが、庄吉として死んでくれたことはありがたかった。このころはDNA鑑定もなく、アキたちが父だと主張すればそうなった時代だった。その遺骨は市の共同墓地に収められた。

このころからアキは体調の不良に悩まされる。宮部は心配してくれた。島田はそんな気使いはなかった。アキは島田と別れることを、思うようになる。その前提としてまず、宮部と別居した。一人離れて別のマンションに引っ越した。智は宮部が離さなかった。

島田は一言「俺からは逃げられないぞ。役に立つ間は俺のものだ。それなりの報酬もやっただろう。」

逃れられない。美貌を保っている間は、島田に飼われる。美貌でなくなったら、すべてを取り上げて放り出されるだろう。男の気を惹くことが、彼女の価値のすべてだった。

古川功は県議会の重鎮だった。裏のある男で、戦争中は外地で軍の活動をしていたらしい。戦後引き上げてきて、年上の女の家に婿養子に入った。どこかスフの入った九州弁だった。古川家は、古い家柄で、戦後の農地改革で田畑は取られたが、多くの山林を持っていた。それが功の資金となった。島田とはどこか似通った男だった。公共事業や、払下げ、政治がかかわる事業は何でも金にした。古川家は功の代になって盛り返していた。二人の息子がいた。長男の幸太郎は、自慢の息子だった。柔道が強く、頭がよかった。大学を出て県庁に入り、今は山本正人の部下だった。重い部下だった。なんせあの古川功の息子だ。そして国会議員の山田三郎の娘と結婚させようとしていた。いずれ政界に進出していく。おやじに似て腹黒さが出てきた。幸太郎は高校生の時から女にもてた。そしてトラブルも多かった。そんな時古川がもみ消した。そんな幸太郎が正人の妹裕子にちょっかいを出しそうになったことがあった。正人は慌てた。それからなるべく裕子に会わせないように工夫した。裕子が恋してもかなわぬ相手だ。裕子に悲しい思いはしてほしくない。正人は妹の裕子が来たとき、うれしかった。もう十八歳だったから、兄妹とは言え十五も年が離れていれば、もはや親子である。その裕子の保護者になった気がした。緘黙と診断されたとき、人生の始まりなのに、これほど傷つく何があったのかと思った。大学に行き県庁に入った。30代半ばになると議会義務局に移動になった。むつかしい部署だった。普通に考えれば問題が無いはずだったが、ここには汚職とすれすれのせめぎあいがあった。県議会議長の古川功は油断のならない男だった。山本正人はこの人物と付き合うには、徹底的な記録以外ないと思った。汚職や賄賂たかりは、公務員としてあってはならないことだが、それをきっちりしていると、業務がなりたたないことがある。その間の事情を記録することが正人の自己防衛だった。古川の息子幸太郎は、正人の部下になった。彼はよくよく見れば、箸にも棒にもかからない人間だった。背も高く顔もいい、一見好男子。だから女にもてた。もちろん古川家の息子、資産家、そして将来は国政出馬を期待されていた。少し付き合うとその人間性を見た。顔は整形をしていた。人好きされるようにしたらしいが、ケンカで顔をボコボコにされたとも聞いた。柔道をやっていたから、ケンカには強いと思う。それをボコボコにした相手はすごい。

古川の次男福次郎は、地味な男だった。幸太郎より二つ下。高校2年までは暴走族に入り夜中に珍走していたがある日ピタリと止めた。走るよりバイクを分解し整備していくようになり、高校卒業してから整備士の専門学校に行った。古川に言わせれば柔道もやらせたがものにならず、学校の成績は悪い。おまけに顔は嫁に似て不細工、いいところはなかった。ただ一つバイク好き、だからバイク屋をやらせているが、これが結構繁盛していた。学校出るとすぐ結婚、妻の由美子と子供の瑛太郎もいるが、この嫁、功にとって気に入らない。功の気に入る美人ではないし、気が強い。たまに行くとビールを出してくれるが、そのツマミがニガゴリ(ゴーヤ)の味噌煮。大嫌いだったからそのままにしておくと、福次郎がご飯に乗せて食べていた。福次郎はそれが大好物だった。それを見るのも嫌だった。瑛太郎の名前も気に入らない。こんな名前なんで付けたと聞いたら幸太郎が嫌いだから付けた。こいつが俺の長男だ、新しい長男だ、といった。わが子ながら、気に入らない一家だった。幸太郎へ尊敬のかけらもない次男だ。

古川は福次郎を大切に思うことはなかった。次男だ、好きに生きろ、ケンカ、強ければ文句を言われる筋合いはない。しょせん次男死んだとしても長男がいる。長男幸太郎は自慢の長男だ。見てくれがいい。

ダンスが得意で、女にもてた。古川の支持者に受けがいい。それに比べて次男の福次郎は、見てくれは悪いし何考えているかわからない。時々夜中にバイクで出かけて、朝帰ってきた。妻は何をやっているのか心配したが功は心配しなかった。

その夜は明るい月夜だった。福次郎は宇美川の堤防にいた。月を見ていた。背の高い草にバイクを隠し、草むらに座り込み身を隠した。夏祭りがあり土手道を人が通った。いつもは通らない道だった。福次郎はある道具つくりに熱中していた。その道具を今日試すのだ。やがて人通りは途絶えまた人が来た。若い女だった。浴衣を着て下駄をはいていた。次の誰かが通るまでにやらないといけない。草むらから立ち上がった。悲鳴を上げる前に口をふさぎ、胸に道具を突き立てた。草むらに引き込み刺した道具を引き抜こうとしたが、自分が血まみれになるわけにはいかない。そっと草の中に横たえ絶命するのを待った。草の背は高い。声は出せないように袖を引きちぎって口に詰めた。しばらくして絶命を確認した。そっと道具を抜く血の流れは少量だった。そのままバイクの方に歩き、乗って帰った。上出来だ。ただ改良の余地はある。道具に名前を付けなければ、そうだな、福岡にちなんで長政はどうだ。凶暴な相棒が出来た。福次郎の最初の殺人だった。

中学生の時、福次郎は工事現場で、三十センチほどの細い鉄の棒を拾った。何気ない行動だった。それを家に持って帰った。古川の家は庭が広く、そのため風呂は薪で焚いた。落ち葉や木の枝を燃やすためにそうしていた。燃やすものが無い時は製材所から薪を買っていた。風呂を用意するのは福次郎の役目、風呂を洗い、水を入れ薪で焚いた。火が勢いよく燃えた真っ赤な火の燠(炎が上がらない炭火状態)が出来た。そこに鉄棒を入れた。真っ赤に焼けた。それを横に置いていた防火用のバケツに突っ込む。ジュンといって赤い棒が黒くなった。面白かった。毎日これを繰り返していた。最初はただ面白かった。刃物研ぎ用砥石で先端を研いだ。最初は投げて土に刺さるように研いだ。どれくらい深く刺さるか、自分の中でマイブームみたいなものだった。土が木になった。投げると刺さった。そして深く刺さるようになった時、外側を磨いた。先端を磨いた。握るところに麻紐を巻いた。磨き方が均一ではないが、納得いくまで磨いた。風呂はやがてガスになり焼きなましはできなくなった。何をしたいわけではなかった。ただ、ただの鉄棒がみがきあげられた。グラインダーで側面を削った。鋭利な刃が出来た。それを磨いた。そして使ってみたくなった。高校生になると性的な要求が出てきた。心の中に飼っていた虎が檻を破って出てきた。生肉を求めて動き出した。彼の理性は止められなかった。

最初の殺人で仕留めた若い女の匂いが忘れられなかった。さらに長政は磨きこまれ鋭利になった。近郊では足が付く。バイクで夜中に遠出した。さみしい峠道だった。今は舗装されてトンネルが開通して、一瞬で通り過ぎてしまう。そんな犬鳴峠だった。

女が歩いてくる。幽霊かなと思った。現実の女みたいなものだった。車が通る。若い男がたくさん乗っていた。女みたいなものを見つけると止まった。若い男が降りてくる。「ねえちゃん遊ばない。」ほかの男が無言で殴りかかる。女らしいものは黙って背中から六十センチくらいの木刀を抜いた。遠慮も手加減もなかった。たちまちたたき伏せられた。あらかた片が付いたころ、一台の車が来た。黙って女らしいものを拾って去った。チンピラ狩りだった。ただの女の服着た男だった。狩るものと狩られるものが混在した。ここは危険なスポットだった。

夜道だからと人通りが無いわけではない。一晩中何事もなく過ごす日もあった。夜道を行く若い女性は必ずいた。数日そこで待っていると来た。不思議なことに絶対こんなところに人は来ないと思える夜道に女がいる。ある時、若い女性を襲った

藪にオフロードバイクを隠し、自分の身を草むらに隠した。最初の時と同じだった。違ったのは長政の鋭利さだった。磨き上げ防さび剤を塗り、十六歳が知りえる知識の最大を詰め込んで磨いた。明け方までに誰も来なかったら、朝日が昇る前に家に帰りつきたい。バイクに乗って家路に付こうとした。その時、女が来た。自転車に乗っていた。早朝だった。人目はない。バイクで近づいた。

胸を刺し、素早くバイクで逃走した。

朝日を浴びて夢から覚めた気がした。昼間は寝た。ぐっすりと寝た。そしてまた狩りに出た。犬鳴峠の場所を変えた。背の高い草にバイクを隠した。草に隠れた。じっと隠れて時間をやり過ごす。真夜中に音がした。車が止まり、女と男がケンカしている。男は女を車から突き落とすと、そのまま去った。福次郎は女のそばに行った。悲鳴を上げようとしたとき、その胸に長政を突き立てた。車の音がする。さっきの男の車が帰ってきていた。

胸に刺した長政を、絶命を待たずに引き抜いた。心臓から血があふれた。悲鳴と噴水のような血を見つめた。自分の服にかかった。真っ赤に染まった。異様に興奮した。性的な興奮があった。家に帰ると風呂場で服を脱ぎ、風呂で血を洗い流した。

福次郎の母昌子は福次郎を心配した。心配しても自分の手の届かないところに出かけてしまう、高校二年のある夜、夜中に出かけた。そして風呂場に入った。

血がべっとりついた服がビニール袋に入れられていた。昌子は幾重にも包んでゴミに出した。自分の子が犯罪をして来たとは思わない。頭の中で拒否した。そして忘れた。

女性が襲われ死んだ。ニュースになり世間は騒いだ。福次郎に母親は何も言わなかった。

それっきり夜の遊びに興味をなくした。バイクが彼の興味になった。長政は道具箱に入れられ、少しずつ錆びていった。以後ぱったりと、夜中にバイクで出ていくことはなかった。母は気が付いていないと自分に言い聞かせた。思い出せなくなった。

長政を思い出すのはずっと後だ。

古川の妻昌子は夫の役職と金が自慢だった。自分は地主のお嬢様だった。行き遅れとなっていたのに婿に来てくれた。農地解放で地主でも途端の貧乏暮らしをせざるを得ないものもいる中、夫はやり手だった。県会議員に当選、今は議長、息子は国会議員になるはずだ。至福の時だった。

議会事務局長になった正人は古川功の気に入りだった。使い勝手のいい男になっていた。何よりも古川の意をくんで行動した。そんな折、汚職疑惑が県庁内で起こる。県の構造改革を推進しようとする古川が、業者選定で業者から、キックバックを、受けているのではというものだった。もちろん古川は即座に否定した。その問題が大きくなりそうになったころ、山本正人が県庁の屋上から飛び降りて自殺した。問題の大半の責任を押し付けられていた。自殺とみられた。捜査をしようにもそこで糸は断ち切られる。

何かにつけて正人のせいにされた。古川はそれを隠れ蓑に逃げおおせた。汚職公務員、非難は正人に集中した。一介の公務員、どれほどの権力があるというのか。それを言うものはなかった。県議会議長、知事、副知事がその責任を正人にかぶせた。遺族に支払われる遺族年金は八割にカットされた。

通夜の夜、石井牧子は山本家の通夜の会場に行った。牧子は交通巡視員から、婦人警察官の試験を受け、警察官になっていた。山本の自殺は解せなかった。誰もがそう思った。それを言うのはタブーに近かった。一応捜査することになり、牧子が見に来たのだった。裕子のその表情はやつれ果て、全身で悲しみを表していた。大声を出して泣かないのが憐れだった。裕子にとって正人は親だった。身寄りのない彼女を慈しんでくれた。親と同じだった。

この会場には数人の捜査員が入り込んでいたが、裕子のやつれ方にもらい泣きした。正人の妻の節子はしっかりとしているように見えた。それでも憔悴の色は隠せなかった。二人の子供は高校生と中学生だった。事件が事件なのでこの子たちの将来に不安もあるのだろう。アキが来ていた。牧子を見ると目礼であいさつした。薄いグレーの着物に黒羽織、落ち着いた物腰、泣き崩れる裕子のそばに行き、裕子を助け起こすと控室にはいっていった。聞けば裕子は食事もとれてはいないらしい。しっかりしているようで節子もどこか憔悴していた。裕子は抜け殻のようになった。葬儀を済ませたが、遠慮のないマスコミが心をえぐった。山本町子は憔悴していた。裕子の手を取り、自分の無念を伝えた。そして亡くなった。その葬儀で裕子は堅い表情をしていた。

警察内の会議では山本正人は自殺とされることになった。牧子はどこか釈然としないものを感じつつ、それでも役目として納得せざるを得なかった。下っ端の自分が口出ししたとて、取り上げられるはずはない。黙るしかなかった。

そんな牧子は久しぶりに春野市の実家に帰った。実家は兄が継いでいる。このような山地で、農業は果樹か酪農で、実家は酪農をしていた。アキの家があった竹藪は、道路にかかってはいたが、まだ工事がここまで来ていない。傍に行った。竹は密集して人が入る隙間もなかった。ここも巨大な工事機械で平らになり、その上を車が通ることになるのだろう。牧子は考えた。アキの父親の顔は、ほとんど記憶にない。いつも山奥の鉱山に出稼ぎに行っていた。女一人では、この地に畑は無理だった。だから、開拓前の竹藪に戻ってしまった。いつも下の子の子守に追われるアキを、思い出した。幼い日の記憶は、懐かしいものばかりではない。悲しさが多かった。

牧子の母は、相変わらず鬼婆だった。その言動に異常を感じた。何があっても気に食わない。いわゆる箸が転んでも可笑しいという表現があるが、箸が転んでも腹が立つ。そんな感じだった。小さな虫が壁一面をはい回ると言ったり、寝ている枕元に、大きな坊さんがいるなどの幻覚を見ていた。母の母、牧子の祖母は子供からも親戚からも見放され、当時は老人ホームなんてありがたいものはない。敷地に小屋を建て、閉じ込めるように入れられていた。幽鬼のようなその姿は老醜そのものだった。異常を感じた牧子が兄に言った。この人は異常だと。兄は言った。兄嫁のシマ子が悪いから母さんは怒るんだろう。牧子はわかった。兄や周りの者は、母が正常だと思い込もうとしている。すべての責任をシマ子のせいにして異常だと認めない。異常だと認識しながらそれでも正常だと言い張る。よくあることだ。家の人はおかしいと思っていないのに、近所中の人がおかしいという。家族は正常だという。母は農業用の軽トラックで徘徊していた。免許の返納はこのころ言うものもいなかった。シマ子はそれも責任をとわれていた。

車は免許を持っていたが、道端の木にぶっつけてしまった。車は大破、また買おうとしていたが、牧子が止めた。これ以上車で徘徊されてはたまらない。しかし危機意識は兄にない。家の中で平和が一番。牧子は兄を引っ張り、母を引きずり、病人になってしまったシマ子を連れて精神科に行った。母は車から出ない。診察の順番が来た時、医師が車に行き「小さい虫が見えるでしょう。直しますよ。」と声をかけた。

母は車を降り診察室に入った。診断結果はレビー小体症。家に置くのは危険な位、病状は進んでいた。治療はない、現状維持のみ、兄を怒鳴りつけてやりたかったがシュンとしている彼を見ていると言葉が無い。正常性バイアスの恐ろしさだ。

シマ子があの人と一緒なら離婚と口にした。このころ女の職業はなく離婚をためらう女が多かった。入院させてもらったが、一週間で追い出されるらしい。体が悪いわけではない。健康なものは入院できない。

これ以上したら妻がおかしくなると、知った兄はうろたえた。長年妻のシマ子が悪いからだと思っていた兄は、現実を医者から突き付けられた。妻を責めることしかしてこなかった。

「兄さん、現実を何で見なかったつね。みんなくたびれてしもうてる。」自分の家が異常だと思いたくないだけだ。

今では遅いのかもしれない。シマ子に義母の面倒を見る気持ちはなかった。兄夫婦はわかれるかもしれない。ため息をついた。牧子は福岡の自分の警察官舎の、部屋に帰った。

気が重かった。老人ホームを探すしかない。

町子が亡くなって、裕子はアキとともにくらしていた。山本の家には節子が住み高校生の息子と暮らしていた。裕子は山本家の遺産を受け取らないことが父母や兄の恩返しに思えた。節子は看護婦として働き始めた。子供たちへの夕飯作りや、家事の手伝いに山本の家には行っていた。甥二人は裕子が好きだった。節子も裕子が好きだった。なにくれとなく手伝ってくれるのを、ありがたく思っていた。裕子が来るとまず仏壇に手を合わせる。それがうれしかった。そして裕子の料理は、博多の町家の味だった。何より裕子が次第に立ち直ってきたのがうれしかった。

アキは自分の子の智を冷めた目で見ていた。だんだんと島田に似てきた気がした。智を愛せない。それは母が自分たちを愛しなかったのと重なった。智が島田に似てきたのは気のせいだ。そう思いたかった。智は母親から愛されなくても平気に見えた。心の中はわからない。愛されずに、生きていくことができるだろうか。

アキは自分の体の不調を感じて病院に行った。次は家族を連れてくるようにと言われたが、宮部に頼むのは嫌だった。宮部に頼むと島田に筒抜けになる。裕子に頼もう。アキは決心した。告知の日アキは裕子を伴って診察を待った。どことなく自分が死んだあと、裕子が困窮しそうだった。それが見えていた。自分が裕子に何を残せるか考えた。医者はできるだけ機械的に告げた。

肝臓がん、それはもはや腹腔内にどれくらいガンが、飛んでいるかわからない。

「余命は?」の問いに、転移が無ければ、長くても2年早くても、半年は余裕があるかもしれない、ないかもしれない。アキには何となくわかっていた。自分の命は長くはない。それは病気のためだけではない。あの夜竹藪に埋めた秘密が、自分の命を食いつくすという、感覚のせいかもしれない。あの竹藪が切り開かれたとき、自分がこの世にいないことが救いだった。医者はいった。半年したら緩和ケアを始めましょう。アキには解かっていた。緩和ケアは役に立たない。自分の体に麻酔は効かない。

裕子は兄正人のことを思った。裕子は正人から手帳を預かっていた。自殺、葬式でのこと、養母の死でも、わすれてはいなかったが、見る気になれなかった。ある日手帳を見た。そこには人の名と、金額と思しき数字が書かれていた。なんのことだかわからない。裕子はアキにそれを見せた。アキはそれを見るがなんのことだかわからなかったが、そこに書かれている名前は見覚えがあった。これはもしかしたら不正の証拠なのではと思い始めた。よくよく見れば贈った人ともらった人の名前だとわかった。そしてその名前は、議会の議長や部長でアキのクラブの常連だった。バブルといわれる好景気に沸く中州で、豪勢に遊びに来る社長さんや先生たちだった。この中の誰かが正人を殺したのだろうか。探ってみようにもその方法がわからなかった。一つだけわかったことがある。裏の事情に詳しい島田なら知っているかもしれない。殺されたとしたら、手を下したのは誰だろうか。正人の仇を取りたい。裕子がつぶやいた。せめて正人の無念をはらしたい。自分の残り少ない人生で、裕子にしてやれるのは何だろう。

アキは思っていたことを実行することにした。アキは裕子に教え始めた。化粧の仕方、着物の着方話し方、裕子はそれを植物が水を吸うように吸収した。なまめかしく美しくなっていく裕子。それを見ていたアキは、自分の手の中からあの赤ん坊の重みが、消えていく感覚がした。父の顔も母の顔も今は思い出せない。あの日々は夢か幻。

季節が廻り夏が来て初秋となった。

アキは山の中の廃坑の前に立った。この鉱山は、庄吉が働いていた鉱山だった。戦時中に廃坑になり、戦後山師たちが金を許可なく掘っていた。その中に庄吉がいた。

ここで働くために家にあまりいなかった。茜もそれは承知していただろうが弱かった。廃坑から流れ出る水はその周りの花を育てていた。紫の花それはトリカブトだ。群生するトリカブトは圧巻だった。吸い取り紙を出した。手袋をした手で、その草の汁を紙に吸わせた。葉を数枚吸い取り紙に挟んだ。かつては山の神の祠があった場所に、持ってきた酒を注いだ。山から何かをもっていくなら、何かを置いていく。それが庄吉の教えだった。

ある日アキは、島田の呼び出しを受けた。島田はホテルの部屋でアキを待った。やがて女が入ってきてシャワーを浴びると明かりを消した。ベッドに滑り込んだ女は確かにアキのいつもつけている香水の香りがした。アキの声がした。ねっとりと吸い付くような肌の感触、何となく感じる若い雌の匂い、それは自分の老いが見せる感覚だと錯覚した。帰り際服を着たアキを見た。久しぶりのスッピンが驚くほど美しかった。「まて、ここへ来い。」思わず呼び止め、またベッドに引きずり込んだ。

ねえ、教えてよ。アキが言う。あの古川とはどんな関係?腐れ縁だよ。

古川もまた島田と同じ人間だった。アキは山本正人の妹裕子の実の姉である。

山本正人を殺したのは誰?島田はアキの体をまさぐりながら答える。知らないよ。知っているでしょう。あなたの仲間でしょう。ただ言えることは、もし殺されたとしたら、犯人は誰かな。俺かな。あなたはそんなことはしないよ。他人のために、そんなことをする人ではないから。そうだな。教えたら俺にいいことあるかな?あるよ。こうして上げる。島田は一気に果てた。それを知ってどうする気だ。県議会議長の古川が、息子にやらせた。あれ以来息子の目つきが変わった。息子は古川の腹黒さを受け継いでいる。戦争中俺は人を殺した人間を見た。平気な奴はいなかったが、たまに目つきが変わるやつがいた。あいつの目はそいつらに似ていた。二人でやったんだ。知ってどうするんだ。どんな証拠を出しても握りつぶされる。殺されるぞ。そう言い終わると眠り始めた。ベッドの中で島田は独り言のようにつぶやいた。

俺はな。陸軍の工作員だった。学校を出て上海にいた。そこで好きな女が出来た。日本租界のいい家庭の娘だった。あの混乱の時代をうまく生き延びただろうか。生きていてくれ。

考えてみたら中国人の国で日本人が、大きな顔して暮らしていたんだから、好かれないのは当たり前だろう。そして眠った。眠りながら言った。大好きだったよ。美津。その言葉はかすれて聞こえなかった。

アキは異変に気が付いた。おかしい、

フロントに電話する。ホテルの従業員が集まってきて、救急車がきた。病院に運ばれた。脳梗塞だった。享年七十歳、島田に正妻はいない。遺体の引き取りと葬儀は、島田の会社の役員が行った。交際は広かった。葬式は社葬という形で行われた。島田は遺言を残していた。この男が遺言を残すほど死を考えていたのだろうか。危ない橋を渡ってきた彼だから、遺言は必要だったのだろう。婚外子八人に分けるようにと書かれていた。そして智が成人したら島田の会社を相続するようにとあった。認知している者はいなかった。他人の戸籍に入れている者もいた。智も相続人に入っていた。未成年は智一人。十二歳になっていた。最近島田によく似てきたと宮部は感じた。一応アキと宮部は夫婦である。最近では、会うことはなくなっていた夫婦だったが夫婦だ。宮部は智に愛情を持っていた。彼が感じたかは別だ。

クラブ月光は、繁盛していた。それは支配人の玉川の腕によることが多かった。組織は緩めればどこまでも緩くなる。玉川はこれを踏み台にして成りあがる気でいた。アキは県議会議長の古川に何とか近づきたかった。古川の息子幸太郎は正人の部下であり、裕子の初恋の相手だった。告白したわけではないので、胸に秘めただけで散った初恋の花だった。

アキの行動は玉川に奇異に映った。ある日営業が終わった後、玉川はアキを呼び止めた。珍しい事だった。暗いクラブの席に玉川と対面で座った。玉川は、どう扱おうかと考えていた。普通は、女は道具に過ぎない。情けをかければ経営の目がくもる。情けを抜いて扱っていいものかわからなかった。玉川の気持ちはアキにも理解した。この男を味方につけるしかない。

「ごめんなさいね。私の行動が、問題なんでしょう。」

「そうですけど。」「この店あなたに譲るよ。ただし私の頼みを聞いて。」「島田さんから何か聞いたんですか。」男として頼れるものは玉川一人だ。アキは玉川に島田の言葉を伝えた。島田はこういった。

「議会議長の古川が、息子にやらせたと思う。あれ以来息子の目つきが変わった。息子は古川の腹黒さを受け継いでいる。戦争中俺は人を殺した人間を見た。平気な奴はいなかったが、たまに目つきが変わるやつがいた。あいつの目はそいつらに似ていた。二人でやった古川と息子が、二人で山本正人を殺した」と島田の言葉を伝えた。「そうですか。知っている者はいないのですか。おそらくという推察はできますね。でもそれが何であなたに、関係あるんです。」

「山本正人は、私の妹裕子の兄、私からしたら恩人よ。山本さんは裕子を育ててくれた人よ。山本さんの息子が山本正人さん、裕子を家族として愛してくれた人よ。その人を殺したのは古川幸太郎。私が手伝わなければ裕子は一人でもやる気よ。わたしはね。手伝いたいのよ。玉川は黙って聞いていた。この話、忘れましょう。私は何も聞きませんでした。」そういって立ち上がった。その背中にアキが言った。「クラブを譲るよ。都合のいい時を教えて。ただし、安くはないよ。」

 玉川は思い出していた。杉山と古川は交流がある。古川には何度かあったことがあった。杉山のお供で事業計画などを話した。もちろん幸太郎の顔は知っている。顔は知っているが、相手が自分の顔を覚えているかはわからない。幸太郎については印象的な事件があった。玉川が中学に入ったばかりだった。玉川はそのころチビだった。成長期に男の子が一番女の子に負けるときがこのころだ。中学で背が伸びたのでその感じはしないが、小さかった。ある日校舎裏にいるときだった。その辺の掃除当番で竹箒を持っていた。そこに三人ほどの上級生が来た。誰だか知らない。急激に人口の増えたマンモス校で、クラスは一学年三十クラスほどあり顔なんか覚えられない。上級生は玉川を取り囲み、足払いをかけ殴りつけようとした。とっさに持っていた箒を使い足払いをよけ、無防備なそいつの喉を竹箒の竹の先で突いた。崩れ落ちる奴に目もくれず、残りの二人をたたき伏せた。剣道で鍛えた目と行動は素早かった。三人はチビの新入生からこんな反撃が来るとは思わなかった。先に手を出した上級生は靴で顔を散々踏みつけた。二人はまだ悶えている一人を引きずって去っていった。しばらく学校には来ないだろう。陰に隠れて事の成り行きを見ていた同級生が出てきて、驚いていた。玉川は凶暴な人間ではなかったが、売られたケンカで負ける気がしなかった。何事もなかったように掃除を再開した。あとで知ったが、それが幸太郎だったらしい。悪ぶっていたが面子は丸つぶれだった。あとで玉川は、母親が電話機が壊れそうな大声で、「下級生をいたぶるつもりが、なあんか。返り討ちにあったとかー、謝れだと。そっちがわるかつじゃろうもん。顔をつぶされたあ。自分の身一つ守れんで男じゃなか。なんばいいよっとか。馬鹿に付き合う暇はなか。」これで終わった。中学時代に三回も制服を買い換えるほど成長した。母親が嘆いた。「あんた、どこまでおおきくなるとね。全く。似らんでいいとこが似てしまったつね。」縦も横も伸びた。幸太郎は転校したらしい。見かけることはなくなった。

幸太郎も忘れてはいなかった。父親についていって杉山に会った。不動会の会長、威圧感は有った。それにもまして威圧感があったのは横にいた杉山の息子だった。ケンカだけでのし上がった杉山に対して体の大きさも負けてはいない。それ以上に威圧されたのは、その頭の良さだった。法律から組織まで解説してくれた。もうただケンカが強いだけの暴力団は成り立たない。古川ですら彼に一目置いていた。こいつが中学校の時いたぶろうとしたチビの新入生だった。あとで暴力団の組長の息子と聞いた。「おまえ、人を見てケンカふっかけろ。杉山の息子に、かてるわけにゃーだろ。」父親にいわれた。相手がチビで弱そうだったからケンカ吹っ掛けたのに、泣かせて優越感に浸るためにボコボコしたかったのに、玉川には手出しはできない。その目におびえた。そしてそれ以後は、女にしか手は出さなくなった。

アキは県庁に出かけた。矢野家の敷地は道のため、強制接収となっていた。道以外の土地がまだあった。そこに道の駅ができるという。その買い上げ説明を受けに来ていた。工事の請負に決まったのはオリエント工業、手帳に有った名前だった。説明会を終えて部屋を出ると時間はもう3時だった。買い上げ金額は多くはない。そんなことを考えながらロビーの椅子に腰かけた。いろいろの人がロビーを行き来する。大きなロビーだが椅子は少ない。ここは通り過ぎるための場所だった。しばらくした後、一団の人が現れた。議会を終えた議員だった。彼らが去ったあと。二人の男がでてきた。一人は古川功、もう一人は議会事務局の菊池だった。菊池は正人がなくなってしばらくして、議会事務局長になった。何人かがその間事務局長になったが、古川の気に入らなかったのか短期間で交代していた。菊池は古川が気に入ったのかもう一年も務まっていた。オリエント工業の社長伊藤とひと月ほど前店に来た。菊池は座っているアキに目をとめた。アキが目を合わせると寄ってきた。

「今日はなんでここへ?」にっこり笑顔を作って答えた「春野市の道の駅用地収用について、説明会があったからよ。」「ああ、あそこですか。」と言い、どうでもいい話をして行ってしまった。アキも立ち上がった。それから数日後、菊池はクラブ月光に来た。夜見るクラブ月光のカルメンは昼間のアキとは違った。その妖艶さに魂が抜けるようだった。女は化け物だな。その時の菊池は夢見心地だった。クラブ月光は高いクラブだった。接待などでない限り、給料の決まった公務員が。煩雑に行ける場所ではない。今、古川議長に一番接近してきているのは、オリエント工業の伊藤社長だ。だったら古川を誘うか。いや待て、古川の息子の幸太郎を誘おう。幸太郎は、今は財務課にいる。菊池とは付き合いがあった。菊池は次第に仕事を受けた企業から、議長へのキックバックの橋渡しをするようになっていた。

次の土曜日菊池は古川幸太郎をクラブ月光に誘った。まだ週休二日はなかった。もちろん伊藤の接待である。幸太郎はクラブに行ったのは初めてではない。山本正人が生きていた時、何回かついていった。飲んだ後、小さな飯屋に行った。古川家の長男で県議会議長の息子、学校を出て県庁に入った時、周りが少し引いていたのを感じていた。そのころは慣れない人間関係に参っていた。飯屋は居心地がよくその料理はおいしかった。母親は家庭料理が苦手だった。どうでもいい料理が初めてうまいと思った。店主とは知り合いらしかったが、かといって少しの距離を置いて話していた。正人の妹というのも会うことがあった。地味な印象だった。手を出そうかと思いはした。手は出さなかった。そうしなくても女と付き合いは多かった。そして見かけの、さわやかさに騙された女は多かった。今は父親の勧めで、衆院議員の娘との縁談が進んでいた。そのうち政治家になる。誰もがそう思っていた。幸太郎もそう思っていた。

幸太郎は菊池に誘われ、伊藤と一緒にクラブ月光に行った。そこでホステスの接待を受けた。面白かった。女の子と気取らないおしゃべりをしていると、菊池がそっと「カルメン呼んで。」と黒服に頼んでいた。しばらくするとカルメンがやってきた。幸太郎は息をのんだ。にこやかな笑顔、全部手編みレースで作られた赤いドレスを着ていた。華麗さが目立った。彼女が輪に入ったおかげで場は盛り上がった。伊藤がホステスとフロアに降りてダンスをやり始めた。菊池はカルメンをダンスに誘った。ふたりがフロアで踊り始めた。菊池のテンポ遅れで足を踏みそうな中で、カルメンが華麗にかわしながら相手をした。横のホステスが「ママはダンスうまいのよね。」とため息をついた。次のダンスでは、幸太郎はカルメンにダンスを申し込んだ。プロダンサーもどきに幸太郎はダンスがうまかった。そしてアキのカルメンは引けを取らないうまさだった。菊池のように足を踏もうとしなかった。

幸太郎は店を出るとき、カルメンから名刺を渡された。裏に宮部アキと書かれていた。個人電話番号も書かれていた。それから数回会った。最初は同伴待ち合わせ、三回くらいすると店が引けた後食事に行った。いつもなら、もっと引っ張るが、そうもいかなかった。幸太郎は恋愛に関してはどん欲だった。

縁談が進んでいる最中の幸太郎の行動は、父親の古川功の監視下にあった。そして父親に知られることになった。相手が島田の愛人だったアキだと、知って激怒した。古川はクラブ月光に怒鳴り込んだ。支配人の玉川は丁寧に古川を奥に通した。そこで玉川はアキを呼んだ。アキが入ってくると古川は息をのんだ。以前、島田が見せびらかすようにアキを見せたことがある。若くて美貌、その上男のあしらいがうまい。目の前にいるアキは前と変わらないアキだった。この女、年を取らないのか?思わずぎょっとなった。玉川が何者か古川は知っていた。不動会会長杉山の息子だ。うかつには手が出せない。杉山という男を古川は知っていた。時代は昔のやくざから、ビジネスをする企業に変わろうとしていた。アキの生意気な古川を嘲笑するような態度も気に入らなかった。散々嘲られてカンカンに怒って帰っていった。玉川から「あれでいいんですか。」と言われた。「いいのよ。私長くないから。」そして「あんた、ここを全部買い取ってくれない。」

玉川にとっては願ってもないチャンスだった。

アキと山本正人の関係を、古川は知らなかった。そしてアキはあの島田が愛人だった。玉川は守るだろう。外から見ればただの愛人だったのに。幸太郎は父親の束縛が嫌いだった。自分を政争の道具にしようとしている。代議士の山田の娘は、幸太郎の好みではなかった。そして彼は二つの顔を持っていた。真面目な好青年と、それを隠したずる賢い残忍な心である。そして女好き。

夜のアキは雰囲気が変わった。それは男をひきつけてやまない雌の雰囲気だった。

幸太郎は父親の監視をかいくぐり、春吉橋近くのラブホで逢引を重ねた。そのホテルは、コールガールも呼べる便利なホテルだ。幸太郎は自分で予約して部屋に入った。あとから女がきた。夜中に女は出て行った。翌朝、幸太郎がホテルのふろ場の湯船で瀕死の状態にいた。そして死んだ。死因は心不全。警察は事件性がないと判断した。今の知事は古川功が立てた知事である。そして副知事は警察OBがなっていた。ラブホテルで死んでいるとなったら、世間の噂になる。古川は握りつぶすしかなかった。古川は担当刑事からの報告を受けた。

古川は幸太郎の死が受け入れられなかった。あれほど夢見ていた国会議員。夢が破れた。心不全と言われたが、そのまま信じることはできなかった。幸太郎の葬儀は行われた。敵が多かった古川に他人の目線はきつかった。選挙の後援者が来てくれて、支持していた国会議員が来てくれて、でも妻は布団から起き上がれなかった。火葬されて骨壺が帰ってくると涙が出た。殺されなければならない程、ひどいことをやったというのか?そう自問したとき心の奥底から、やっただろうがと答えられた気がした。

幸太郎がホテルに入り誰か女が入ってきた。女が誰だかわからない。殺されたという証拠もない。一番疑わしく思っていたクラブのカルメンこと宮部アキはその日店にいた。証人は多かった。そして気になる報告も受けた。以前議会事務局にいた山本正人の妹のことだった。正人の妹は3歳の時里子として山本家にきて、15歳で養女になった。旧姓矢野裕子で宮部アキの実の妹だという。正人の死後二人は同居している。裕子は少し精神の不安定さがあり人の見知りはげしい性格だという。小学校の時は場面緘黙と診断され、人前には出たがらない。高校は行けずずっと手仕事で生活している。報告を受けて古川は考えた。

山本正人、忘れていた名前である。便利な男だった。そして危険な男だった。業者からのキックバックの受け皿を任せていた。それなりの報酬を与えていたつもりだった。正人はそのすべてを記録していたとは知らなかった。妹のために心配する兄だった。その妹がアキの実妹。初めて知った。悪いたくらみは、知る人間は少ないのがいい。そして、人を殺した人間は二つに分かれる。後悔するものと、それを糧に強くなるものと。古川は幸太郎に命じ正人を突き落とした。失敗することも考えたが、うまくいった。正人は自殺した。そういうことになった。その正人の亡霊に幸太郎は殺された。生かしておくものかアキを殺してやる。殺意が芽生えた。

アキはだんだん若くなった。ホステスの間からヒアルロン酸注射だとか、美容整形だとか噂された。それ以上はなかった。女は化け物だ。クラブの支配人玉川は、島田の後ろ盾が無くなってからも務めてくれた。彼はいい総支配人だった。そんな玉川にクラブ月光はわたった。従業員ごと借金も何もかも売り渡された。つつましく暮らせば修一と裕子が生活するには困らないだろうそれくらいの金は残った。中学生ながら智は株をやり始めた。アキはどうしても智を愛せない。智は世の中の動きや世界情勢などを分析、着実に利益を増やした。その横顔が島田に似てきた。

アキは、修一の食堂にはしばらく足を運んでいなかった。その日は無性に肉ジャガが食べたくなった。かおりの優しい味が欲しかった。店に行くと数人の客がいた。よく見ると顔なじみがいた。中洲の小雪ちゃんだった。オカマのお姐さんだ。

「ねえ、古川幸太郎の事知ってる?」ながくいわせず答えた。

「ええ、運が悪かったのね。こうなったのも、自業自得かな。」

観察眼がこわいオカマだった。彼女は誰よりも中洲の客を知っていた。小雪ちゃんは中洲のクラブムーランのオーナーだった。ショー全般の企画や舞台監督もした。芸達者が多かった。舞台はいつも賑やかで、女性客も多かった。オカマだから男が好きかといえばそうでもなかった。しいて言えばお金が好きだった。10代のころは福岡市近郊にある炭鉱で働いた。服でかくれてはいるが、中身は筋肉質の男だ。性を換えてはいない。まだ男だった。きれいなものが好きだった。レースやフリルの服が好きだったが、男が好きなわけではない、男の好みはうるさかった。顔がいい事、礼儀正しい事何よりスタイルがいい事。そしてお眼鏡にかなったのが幸太郎だった。小雪ちゃんは、外見がすべてだった。幸太郎は俳優にしたいほどいい男だった。寝たいと思ったが、あっさり振られた。心の中までは知らないが相当の女好き、泣いた女は多かろう。そんな幸太郎だが、ムーランにはよく来た。雰囲気が好きだった。ムーランの名物フレンチカンカンがあると、自分で飛び入りするくらいだった。またオカマ相手にタンゴなどもうまかった。運動神経の良いオカマを相手に、切れのあるダンスを披露した。店にいるときの幸太郎は楽しい男だった。そんな彼が恋しているのがわかった。クラブ月光のカルメンことアキに惚れている。大変なことになるぞと思っていた。あの島田の妾で、あの玉川が管理するクラブ。そして古川の息子。実は以前アキに寝ないかといったことがある。やんわり断られた。そのしぐさが男を隠して女をしている小雪ちゃんに、ぐっと来た。この女どこまで男を手玉に取るのだろう。中洲という空間がこんな怪物を育てるのか。小雪ちゃんはその夜は思いを遂げられず、もんもんとして眠った。半分オカマの男の部分がどうしょうもなく傷ついた。後日アキをムーランに誘った。衣装もそれなりでセクシーなダンス、タンゴの相手をしてもらった。小雪ちゃんの相手で完璧に踊った。その夜、アキは小雪ちゃんをホテルに誘った。女の本気の情事だった。

それがアキの最後の思い出だった。

三人の女の恨みを買うと女にとり殺される、幸太郎は三人以上から恨まれていたのは確かだ。その夜もクラブは客がいっぱい、経営は譲渡したが、できるだけ出た。常連客の一人が、耳元でささやく。「どうだい。俺をつまみ食いしてみないか。」ふふふと笑って流した。

数日後、病院に行くと、緩和ケアを勧められた。自分の麻酔が利かない体質はよくわかっていた。その日彼女は体中が痛んだ。正人の妻節子に頼んできてもらった。節子は在宅ケアの医師を呼んでくれた。もう胸をはだけられてもどうでもいいようになっていた。髪も白髪が混じっていた。裕子と修一にすべてを残すとの遺言も書いた。思い残すことはない。

私は親殺しだ。そして壮絶な麻酔なしの中絶を思い出した。私は子殺しだ。そして裕子を抱いて走ったあの夜が浮かんだ。用意していた、トリカブトの毒がしみこんだ吸い取り紙を、飲み込んだ。庄吉が手招きした。アキが死んだ。享年三十八歳、葬式はちかくのお寺で小さくやるつもりだった。別居していたとはいえ宮部が夫、息子もいる。修一と裕子は宮部の顔を立て、喪主をしてもらった。遺体はきれいに死に化粧をして美しい時のアキに戻っていた。痛みに苦しんだことなど感じさせなかった。通夜に来た玉川は、これで一つ中洲の伝説が、消えたと思った。小雪ちゃんは、アキの顔と暗く沈む裕子の顔を見比べた。お悔やみを述べると去っていった。僧の読経のあと、集まった人がお茶の接待を受け、去っていった。玉川は残った。石井牧子がアキの死亡を知ったのは通夜の日だった。顔見知りのホステスが知らせてくれた。ただの幼馴染であり、学校の時の同級生、行かなくてもいいだろうと言われても、最後の別れをしたいと思った。最後にあったのはいつだったか。アキの葬儀には誰か来ているだろうか。少し遅くなったが通夜に行った。僧の読経は済んでいたが、香を上げた。

人数が少なくなった時、古川功がきた。彼女の死を聞いて、最後を見届けないと気が済まなかった。遺体を見て殴ってやりたい衝動にかられた。俺の復讐を待たず何で死んだ。棺の遺体に殴りかかろうとしたとき、玉川が止めた。横にいる裕子を見たときはっとした。アキの面影がある。香典も渡さず帰ろうとする古川を見て裕子は小さくつぶやいた。なんといったか周りの者には聞こえなかった。牧子はすべて見ていた。玉川は裕子を見た。すっかりアキの面影は消えていた。修一が棺を整えた。横にかおりがいた。そして幼い恵子を抱いていた。古川はその恵子の顔をじっと見つめた。かおりは怯えた。古川を車に乗せてきた息子の福次郎が、引っ張って帰ろうとした。玉川を見てぎょっとした。

あれが噂の玉川か。目に力があった。一生懸命古川を引っ張り帰っていった。車に乗せられるまで、古川は大声でののしっていた。

玉川は裕子の顔を見た。アキは裕子や修一を愛していた。そして裕子に乗り移ろうとさえした。あれはアキの毒気に充てられた幻だったのか。翌日の葬儀でアキは荼毘に付され骨壺は裕子が引き取った。アキの死後、裕子はアキの知り合いのホステスやクラブのママに形見分けでアキのドレスを贈った。体に合わせて補正もした。アキが着ていた手編みレースのドレスは背の高い小雪ちゃんに贈った。体に合わせて補正をしたり編み足したりした。小雪ちゃんは出勤にそれを着て、中洲の通りを歩く姿は、人目を引いた。裕子はアキが残したマンションに、アキの骨壺とともに住んでいた。

春野市の道の駅の工事現場で、人骨が出たという知らせが修一と裕子にきた。話しを聞きたいというので、修一と裕子は春野市の警察に行った。もう30年以上は経っているもので、心当たりはないかというものだったが、裕子には全く心当たりがなかった。修一は少し心に引っかかったが、心当たりがないというほかなかった。遺骨は無縁仏として市の共同墓地に収められた。

石井牧子は県警の捜査2課にいた。出世は縁が無かった。元々交通巡視員から婦警になった。定年まで勤めればいいと思っていた。警察の政治家との癒着や見て見ぬふりの多さにいささか憤慨していた。特に古川が県議会議長になってから、選挙違反の検挙はほとんどなくなった。交通違反の検挙は熱心だった。交通取り締まりが多く、50ccのバイクなど、福岡市内を走ることができない程だった。巨悪は見逃すが小悪は見逃さない。

そんな牧子のもとに一つの小包が届いた。差出人は矢野アキ。住所は中洲のクラブ月光。

通夜に行ったときあの古川の態度に疑問は残っていた。中には一冊の大きめの手帳があった。とっさに手袋をはめて手帳を取った。手帳の持ち主らしい名前は山本正人、中を見ていくうちに、これが重要なものだと理解した。下手にこれを世に出すと、握りつぶされる。アキが牧子にこれを送り付けた意味が分かった。なぜこれをアキが持っていたのか考えた。そしてわかった。山本正人は殺された。誰に?これに書いてある犯罪者に。古川功が山本正人を殺した。そしてアキの通夜でのことを思い出した。おそらく古川幸太郎は、アキが、何らかのかかわりをもって殺したのだろう。アキは明らかに、古川功の息の根を止めたがっていた。牧子はこれをこのまま出したら、握りつぶされる。そう感じてビニールに包み保管した。そしてあの竹藪の家を思い浮かべた。

アキの一家が住んでいた家のあとから3人の死体が出た。30年以上前のものらしい。次々と情景が現れた。あの日竹藪の家に行ったとき、アキは言った。母ちゃんが置き薬屋の男と出て行った。父ちゃんは帰ってこない。3人が行方不明。その竹藪の家で暮らしていたものがいた。当時は浮浪者が空き家に入り込むことは多かった。庄吉かもしれないし、違うかもしれない。庄吉は山奥の鉱山に稼ぎに行って、近所の人との付き合いは少なかった。誰もこれが庄吉だとはっきり言えない。偶然だったのか。アキは古川を牧子に始末してほしいのだろうか。

古川はその日、自分の家にいた。妻は友人のところに泊まりに行っていた。幸太郎は功の宝物だった。長男のこの子に過大な期待をした。衆議院の山田三郎の娘と結婚、そして引退する山田の地盤を引き継ぎ、次期衆議院選に出馬の予定だった。だがその夢は消えた。誰に復讐していいのかわからない。次男の福次郎もいる。あいつはバイクで走り回りをするしか能のない息子だ。期待はない。夕方6時ころに県の仕事をする土木業者が、迎えに来た。中洲のクラブでの接待だ。車を降りてしばらく歩いていると、後ろから勢いのいい、ハイヒールの音がした。ついていた接待係が振り返った。「あっ小雪ちゃん。」振り返ると大柄な女が歩いてくる。見事なモデル歩きである。その着ている物に見覚えがあった。アキの手編みレースのドレスだった。スタイルのいい小雪ちゃんが、尻周りに薄くパットを入れ、女性のようなスタイルをしていた。それを見ていてはっとした。もしかしたら幸太郎は、アキの顔をしたアキではないものに殺されたのだろうか。それは一人しかいない。しかしあの気弱そうな裕子がそれをするとは思えなかった。

修一は、家族がのんびりと過ごせるように引っ越した。国道沿いにある小さな店だ。そこでうどんとおでんの店を出した。昼ごはん時小さな店はいっぱいになる。自分たちの生活を大事にして夜は7時には店を閉めた。修一は恐れていた。アキが子どもの未来に影響を及ぼすことになりはしないかと。アキは死んだが、まだ不安だった。修一はかおりや恵子が心配だった。そして自分の家族を守ることに必死だった。

そして昔を思い出した。

時々庄吉はアキと修一を連れて、鉱山に行った。裕子はまだ生まれていない。戦時中に掘ることをやめた鉱山で、掘りつくしてはいない。そこを何人かの山師で盗掘していた。9月の頃だった。坑道から流れ出る水のそばに花が咲いていた。赤紫の花できれいだった。思わず手を出しそうになった修一の手を、庄吉が止めた。「この花は毒だ。死んでしまう。トリカブトだよ」修一は手を引っ込めた。ここのトリカブトは毒性が強い。そう説明した。この花は、金の匂いのするところに咲くんだ。これを目当てに金を探したと。アキは覚えていたのだろうか。

正人の死も、正人の部下だった幸太郎の死も、修一は俺に関係ないと思い込もうとした。彼はアキや裕子と距離を置こうとした。それが恵子を守ることだ。

条件のいいところに店を出すのは金がかかる。開店資金は結局アキが残してくれた金に頼った。店を出した時、ある団体に挨拶をしに行かねばならなくなった。あいさつにいった。そこにいった時、拍子抜けした。愛そうよく迎えられ、当たり障りない話をして帰ってきた。噂で聞いてきたこととは少し違った。店を開けてしばらくしたころ玉川がうどんを食べに来てくれた。アキが店を売った相手だった。会うのは久しぶりだった。

「いい店になったね。」と言ってうどんをおいしそうに食べてくれた。店に客がいない時間だった。カウンターでニコニコ笑いながら、おでんも食べてくれた。代金を払い、店を出て行こうとしたとき、客が入ってきた。玉川とすれ違った。客はカウンターに座った。「今の知り合い?」客が聞いた。一瞬なんと答えていいのかわからない。さあ、ただのお客さんですというと、「だろうな。あれは不動組の財務担当だよ。」不動組とは昔ならしたやくざだった。今は企業舎弟過去の遺物だ。玉川が来てくれた意味も、挨拶に行った時愛そうよくしてくれた組の意味も悟った。亡くなった島田が、まだ自分たちを見ている気がした。修一にとって島田は恩人だ。

玉川満は中洲が好きだった。ここにはどんな過去があっても受け入れてくれた。小学校中学校そして高校、勉強は優秀だった。小学校の時から剣道をやっていた。県大会には常連だった。母親は小さな飲み屋をしていた。父親の顔は知らないはずだった。ただ母のところに来る白い背広に黒いシャツのやくざ映画から出たような男が、父親かもしれないと思った。母親がその男に「もう来ないで。満は成績がいい、あなたが邪魔になる時がいつかくるから。」と言っているのを聞いた。母親は満に期待していた。その期待が大きかった分、父親を遠ざけようとしていた。懸命に勉強をして、難関の大学に入った。卒業したとき、これだけ剣道が強いなら、県警から声がかかると思った。どこからも採用されなかった。戸籍に父親はいなかった、母親しか記載されていない戸籍。そして自分が不動組の大幹部杉山玄太の息子と知った。のちに杉山は組長が死ぬと、後を継いで会長になっていた。玉川の母親民子は、やくざの妻になるつもりはなかった。普通の男と恋愛しているつもりだった。30歳行き遅れと親から言われていた。恋人はいた。真面目そうな男だった。ある日彼が言った。「俺んちに来ないか?」父や母は民子を行き遅れのブスと愚痴った。自分にも惚れてくれる男がいる。ついていった。何も考えてはいなかった。あの頃のおめでたさを自分で殴りたくなる。杉山の家に行った。そこには3人の幼い女の子がいた。愛情にも食事にも飢えていた。3人は縋り付いてきた。実は杉山の妻はやくざの妻に嫌気がさし子供を置いて逃げた。やくざの女房は粗雑に扱われて当たり前、暴力亭主で当たり前、女を作って当たり前、子供を置いていったのは、杉山に愛想尽かしの意思表示だった。飢え死にさせても良かったが、そこまでやれば温厚な親分から破門される。困って民子をだましたのだ。少しまじめな演技をすると、騙された。民子が家を出ようとすると、3人に泣かれた。食事を作って食べさせた。風呂にも長く入っていない。風呂を沸かして入れた。洗濯物がたまっていた。着せる服が無い。洗濯した。見捨てられない。情けが深すぎてそのまま帰れずにいた。

杉山は都合のいい女を探して、ひっかけただけだった。その人を見る目は確かだっただろう。見捨てられない3人の子供に縋りつかれ、お母さんになっていった。そんな民子の両親はやくざの脅しに震え上がった。民子を守る気はなかった。こうしてやくざの女になった、そうこうしていると妊娠した。杉山と話し合い、子供3人を民子が引き取り育てることを条件に、別居して、飲み屋をやることになった。満が生まれて覚悟ができた。手伝いを母がしに来た。意外だった。陰で組長がしてくれたことを知った。百姓女の母は、夏はゴーヤの味噌煮、冬はぶり大根、カボチャの煮しめ、それ以外できない。それでも感謝した。民子が出て行って一番困ったのは父親だった。飯のおかずが貧弱になった。子供が成長すると一人で切り盛りした。家にいたときから家事一切と農業をしていたから、へでもないことだった。(たやすい事方言)4人の子供の母親になった。民子は美人ではない。それは何回お見合いしても断られた実績があった。杉山の先妻は美人だった。そのせいか3人の先妻の子は美人だった。そして満の顔は母親に似ていたし父親の大きな体を受け継いでいた。3人の姉は満をかわいがってくれた。民子の親は娘も孫として扱った。5人の家族は暖かい家庭だった。民子のやっている飲み屋はどちらかというと食堂に近かった。酒も飲める食堂だった。やくざの女がやっていると言われないように努めた。繁盛しているほどではないが、生活はできた。満を産んでも民子は入籍を拒んだ。それは父親失格を杉山に突き付けたことでもあった。いない方がましな父親だと。「おりゃあこん子の親だぞ。」杉山は一人仲間外れにされて悲しかった。

ブスにはブスの生き方がある。「なんばいいよっとか。」の一言で黙らせた。そんな母だ。玉川の大学の成績は優秀でも無意味だ。就職はない。考える選択は一つである。自分でのし上がるしかない。そして選んだのが中州だ。来るものを拒まない。そこには自由があった。その自由に殺される自由も自殺する自由も含まれている。剣道は格闘技の中でも、手に竹刀やや木刀を持つだけ最強だった。中洲の黒服には、剣道有段者が多い。強いものはケンカを売らない。ケンカを売られても、相手をたたき伏せた。それは彼の父親がしていたことだ。暴力は何も生まない。頭で勝負だ。まず手始めにつぶれかけたソープランドに入った。そこは従業員の放漫や、オーナーの経営の無知がたまっていた。玉川はオーナーを無視して経営した。従業員を鍛えなおした。1年もすると立ち直っていった。そして乗っ取った。

どうせつぶれるところを立て直してやった

俺のもん(物)だ。玉川がしたのは、整理しきちんと帳簿を付ける。

稼げる女、稼がない女の選別と接客教育で立ち直った。

金は俺の物それが玉川の哲学になった。

ソープの立て直しからクラブの立て直し、いろいろ手がけていると、杉山が来て、少々ブラックな金の活用を持ち掛けられた。金に色はついていない。そしてそれが玉川の専門となった。そんな時、クラブ月光の支配人にならないかと、島田に言われた。宮部アキと会ったとき、島田の持ち駒の一つだとおもった。そして持ち駒として生きるアキに、奇妙な感覚がした。妙に擦れていない。気持ちがまっすぐなのだ。世間ずれしていないし、意外と素直な心があった。引き受けた。月光はいいクラブだった。客筋がいい。これはアキの手腕によるものだ。新人ホステスをアキは教育した。そして淘汰された。ソープや体を売るのを目的のクラブに行く者もいた。洗練されたものもいた。とはいえ最終的には男と女の世界だ。玉川は来るものを拒まない中州が好きだ。アキとは、オーナーと支配人の関係以上出なかった。時折アキが裕子と入れ代わっているのは知っていた。どんな行動も理由がある。それを詮索してはいけない。なぜならここは中洲なのだ。島田もそれに騙されていたのかどうかわからない。案外、楽しんでいたかも知れない。古川も玉川に対して手が出せなかった。そしてアキにも手が出せない。玉川はアキからクラブ月光を買った。不動組のブラックな金を、普通の金に換える装置を手にいれた。アキが亡くなった後、アキが気にしていた修一と裕子を気にかけた。表だったらかえって迷惑だ。玉川は裕子に対しては心が動いた。アキとは違うものがあった。本質的には女だが、道具ではない女だった。結婚それはかなわぬ夢だった。今の玉川は、やくざのフロント企業の代表だった。不動組は不動会、不動興業となり、任侠組織不動組は自然消滅していた。不動組の初代は沖仲仕の手配から始まった。やがて箸にも棒にもかからない悪たれを使うようになった。人の世からあぶれる者を何とか人並みに生活できるようにしたかった。背中に不動明王の入れ墨を彫っている。やがて不動組と言われた。鬼手仏心がその理念だった。杉山はその組員の中でも手の付けられないワルだった。戦災孤児。焼け跡をさまよい不動の親分に拾われた。ケンカは強い。見境なしの狂犬だった。その時きつく言われた。刺青と指を落とすのは絶対禁止。これを約束させられた。そして仕事を覚えた。映画の影響があるまでは任侠道に指詰めはなかった。

妻に出ていかれてどうするか見ていたら、女を拾ってきた。女はお世辞にも美人とは言いかねたが、料理を作る手際の良さと、作り慣れた様子、その味はうまかった。組長は紋付袴で民子の親に会いに行った。親戚から縁を切られるのは、女にはつらいだろう。細やかな手助けがいるときもある。畳に頭をこすりつけ許しを請う組長を見て、民子の親は恐縮した。縁切りはしないと言ってくれた。子供が小さいうちは、なにくれとなく手助けをしてくれた。

杉山に組を任せようと思ったが、単独は心もとない。頭が悪い。はっきり言ってバカだ。頭の中まで筋肉でできていた。子供が出来た。賢い子だった。母親によく似ていた。満が大学を卒業したときこいつに組を任せていいと思った。親分は引退ししばらくして亡くなった。最後の介護は民子がした。杉山は会長となった。不動興業となり、玉川が社長となった。元組員は玉川の会社の社員になった。そして杉山は民子と同居した。戸籍上の夫婦ではないのに、いい夫婦になっていた。三人の姉たちが面倒を見てくれている。姉は結婚していた。一番上の姉美鈴が夫とともに同居していた。民子は相変わらず強烈な博多弁でまくしたてている。「あんたがろくでなしだったけん、あたしゃ苦労したつじゃろうが。なんばもんくいいよるとね。黙って食べなさいよ。オカズの文句言いなさんな。」大嫌いなニガゴリ(ゴーヤ)の味噌煮が出ると文句を言った。それに対する民子の怒鳴り声が付き物だった。民子はこれが大好きで、飲み屋の酒のつまみの定番だったからか、よく作った。美鈴も大好きだった。母の味だった。杉山玄太にとって贖罪の味だった。玄太は民子の作るしめサバやサバずし、ゴマサバ茶漬けが大好きだった。そしてその好みは、満に遺伝した。よく似た親子だ。満が来ると民子は言った。「ガネ(カニの方言)ん子はガネ、横歩きしかしよらん。」杉山は満に言った。「いいか、いろんなことがあるじゃろう。じゃがのう、絶対に人を殺したらいかん。約束しろ。人殺しは癖になる。殺しても平気になる。任侠道に背くことだ。」それは不動組長との約束でもあった。杉山は残された組員とその家族を満に押し付けた。こっちの気も知らずにのうのうと暮らす父親、その贖罪がゴーヤの味噌煮だけでは物足りない。漏斗を口に突っ込んで、その上からいっぱい押し込んでやりたいと、杉山の顔を見ると思う。

博多んもんは横道もん青竹わってヘコにかく、これをやっているのは民子だ

裕子も福岡市内を引き払って春野市に引っ越した。自分は覚えていないが、そこは自分が生まれた場所だった。山の中に小さな店を出した。養魚場と小さな民宿があるところだった。そこに手芸と喫茶の店をだした。住居は貨物コンテナを2つつなぎ合わせた。住居と店舗。生活に不自由はない。住んでいる場所は庄吉が盗掘をしていた鉱山の下である。山の中で喫茶店が生活していける収入になるとは思えないが、九州の山には案外ある。性能のいい冷凍庫を入れて、川魚の寄生虫対策もした。ヤマメをサバに見立て寿司や塩焼きを作った。暇があればスミレを摘みクリスタリゼを作った。喫茶室は下に清流が見える絶景だ。なぜか一日に3組ぐらいのカップルが来るようになった。大抵は女が男を、引っ張ってきていた。「あすこにいきたかばってん、あんたの運転じゃ無理かんしれん。」その言葉に男は反発するらしい。あまり悪い道ではないが、山の中は不安だ。バイクで山の中の道なき道を走る男もいた。ふいに上品な喫茶店はびっくりする。

それから、裕子の姿にびっくりする。裕子はアキから美貌は女の武器と言いこまれていた。中洲でもアキくらいの美人は履いて捨てるほどいた。アキは常に女の匂いをさせた。立ち姿、かがむ姿、座る姿、気を抜かない。常に女を感じるシナを作った。裕子は忘れてはいなかった。

ある日裕子は大きなヤマメを養魚場から仕入れた。薄手の刺身にひき養母町子がしていたようにみりんや酒、醤油ゴマでつけだれを作って漬け込んだ。さばくのに使った包丁は、正人がドイツに行った時に買ってきてくれたゾーリンゲンの包丁だった。出刃包丁の代わりにもなる。先の方は刺身包丁、ずっとこれを愛用してきた。それを使うとき、町子と正人の顔が浮かんだ。そんな時、思いもかけない訪問者が来た。玉川満である。満はただ様子を見に来た、だけだったのかもしれない。今住んでいるところは何から何まで違っていた。博多のように、新鮮な魚が手に入るわけではないが、それに代わるものがあった。養魚場は多くはなかったが釣り客がよく来た。

玉川が来たときゴマヤマメ(ごまさばに似せたヤマメ)がちょうど、食べごろになっていた。ご飯の上にゴマヤマメを盛り、熱い番茶をかけた。ヤマメでやったのは初めてだから、自信はなかった。身に少し火が通り生煮えの状態が最高だ。玉川はそれを、涙とともに掻き込んだ。母のゴマサバ茶漬けと同じ味がした。裕子大好きだったよ。の言葉を飲み込んだ。言いたくても言えなかった。杉山という途方もない負の遺産を背負わされた身に、ともに背負ってくれとは言えなかった。手を伸ばせばそこにいる。心の中で別れを告げた。車の中で泣いた。クチズケもしたことのない恋だった。女はいっぱいいてどれでもすぐ手に取れる。なのに、ままならぬ恋だった。それはあの日を忘れる日だった。

幸太郎が死んだ日、玉川はアキの様子が少し違うと感じた。アキと裕子は入れ替わってもわからないくらい似ていた。この日はアキだった。いつも幸太郎が使うホテルに、電話した。このホテルも元不動会の経営に等しい。電話に出た支配人に幸太郎の予約を聞いた。予約がある、入室した、そして今最中だと。この日幸太郎をヤルつもりだと確信した。ホテルに急いだ。ホテルに着くと部屋のカギを取り部屋に行く。丸裸の裕子がいた。悶える幸太郎がいた。

「毒を使ったのか。何だ。」玉川が聞く。「トリカブト。」裕子が答える。「時間が無い。早く着ろ。」皮の手袋をはめ幸太郎の体を持ち上げた。女には抱えられない重さだ。風呂場に行きバスタブに入れて湯を張った。少しずつ湯を出してあふれさせた。ちょうどいい温度より熱め、体を沈み込ませた。裕子はその間に服を着た。体液の付いた布団を換えさせた。救急車に連絡させた。その間5分もかかっていない手際の良さだった。フロントのそばを通る時、手を出した。「出せよ。」仕方なくビデオテープを出した。あとで同じもんが出ないだろうな。凄みがあった。こうやってアキと幸太郎のテープも取り上げた。そして何事もなかったように裕子とともに月光に帰った。狭い事務室で隠すように休ませた。閉店後アキが来ると二人を帰らせた。ホテルの人間は、元組の者だ。口は堅い。テープの上にアイロンを乗せた。何事もなかったように淡々と事を運んだ。あとは古川がもみ消すだろう。トリカブトの毒は熱に弱い。恐らく検出されない。そうしてまた日常に戻った。


熊本地震お見舞い申し上げます。私は今物語の中の春野市に住んでいます。まだ余震が来ます。お気をつけてお過ごしください。この文は十年ほど前に書いたものですが、今の福岡県議会が何も変わっていない。

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