第八話 かぐや姫
ヨウの世界から旅に戻り、何も見つけられないまま、さらに十数年の時が過ぎました。
「……また、人には見えないものが見えちゃった。聞こえないはずの声が聞こえちゃった」
薄茶色の髪と紫色の瞳の少女が、公園の木の上で休んでいたメジロとツバキを見つめながら言いました。
「やぶから棒に何だよ? ……ってオレの声が分かるのか!?」
「私のことも見えるの!? あなたは何者?」
「私は満月。えっと、十七歳の高校二年生で……」
話し途中でハッとした様子のミヅキは、キョロキョロと周りを気にする素振りをしながら声をひそめて話します。
「……ここ公園だし、人目につきやすいから私の家に行こう。一人で話している変な人と思われたくないし」
ミヅキは、メジロとツバキを自分の肩に乗せるとゆっくり歩き出しました。
苦しそうな息づかいで歩くミヅキに、メジロが心配そうに声をかけます。
「お前、大丈夫か? すごく苦しそうだけど」
「いつものことだから大丈夫。たぶん私ね、この世界の住人じゃないから体が適応できなくて疲れやすいのかも。……なーんてね」
「やっぱり、そうなんだね。ミヅキが普通の人間じゃないことは気付いてたよ」
「まあ、オレたちの存在に気付いた時点でおかしいしな」
「えー、冗談のつもりで言ったのに。やっぱり私は普通の人間じゃないのかな……」
「何だそれ? お前、自分のことなのに自分が分からないのか?」
「しょうがないでしょ。赤ちゃんの頃から、この世界で育てられてきたんだから」
「まあ、そうだよな。あとさ、一つ気になることがあるんだけど、ミヅキを見てるとだれかを彷彿とするような。オレたちに驚きもせず躊躇なく家に連れて行ってくれるところとかが何となくアイツに……」
そんな話をしていると、さくら色の小さなアパートに到着しました。
玄関のドアを開けると、長い黒髪と漆黒の瞳の女性が駆け寄りミヅキを抱きしめました。
「よかった! 帰りが少し遅いから心配してたのよ。また具合が悪くなったの? ……あら肩に鳥?」
「……あー、このメジロがなついてきて離れないから、つい遊んであげてたの。心配かけてごめんね。体調は本当に大丈夫だから」
「おいっ! 適当なこと言ってんじゃねえ!」
「メジロさん、静かに。ミヅキは、たぶん体の調子が悪いことをお母さんに知られたくないんだと思う」
黒髪の女性は、しばらくミヅキと話した後、どこかへと出かけていきました。
「ミヅキのお母さん。すごく若くてキレイな人なんだね。……でもなんだろう? どこかで会った覚えが」
「実はオレも、そんな気がするんだが思い出せない。……それより母ちゃん、どうしたんだ?」
「今夜は満月だから、おだんごを作ってくれるって。よかったら、あなたたちも一緒にお月見をしない?」
それを聞いたメジロとツバキが顔を見合わせます。
「どこかで似たようなことを言われた覚えがあるな。しかもオレの声が聞こえてツバキの姿が見えるし……」
「うん。それに髪の色、瞳の色まで同じ……」
「急に誰の話?」
メジロとツバキの会話を不思議そうな顔で聞いていたミヅキが、手鏡を取り出して自分の姿を見つめます。
「ちなみに私の髪はね、月の光を浴びると銀色に染まるよ。しばらくすると元の薄茶色に戻ってしまうけど」
「だからあの時、銀色だったんだ……」
「うーん、なるほどな」
「それに、不思議な力まであるの。先の未来が少しだけ分かる。未来予知の力があるみたい」
「だから大量のだんごを用意してたのか。その力でオレたちが来ることが分かってたから……」
「私が記憶喪失だってことも未来予知の力で分かったんだね」
「さっきから、だれの話をしてるの? もしかして私に似ている人を知ってるってこと?」
「うん。ミヅキにすごく似ている友だちがいるの。男の人だし別の世界にいる人だけど……」
「……やっぱり、別の世界か。私、自分が何者だか本当に分からないの。知っていることは、自分が普通の人間じゃないこと。あと、お母さんが不思議な力なんて持っていない普通の人間だということだけ」
「ちなみに父ちゃんは?」
「いないよ。お母さんに聞いても教えてくれなくて」
それを聞いたメジロとツバキは声をひそめてコソコソ話を始めます。
「……まさかと思うけど、ミヅキはヨウの子じゃないよね?」
「そういえば、ミヅキとモナカって同い年くらいだな。……もしかしてだけど妻と娘だけ別の世界に捨てて息子だけ育ててるのか!? いやでも、そんなクズには見えなかったよな」
「う〜ん。ヨウに聞かないと、やっぱり分からないよね。余計なことを言わない方がいいかも」
「そ、そうだな」
メジロとツバキが何となく気まずそうな表情になると、「どうしたの?」と心配そうにミヅキが首をかしげます。
「あっ! ええと、よかったら、ミヅキのことを友だちに伝えてきてやるよ。オレたちは、なぜか色んな世界に行ったり来たり出来るんだ。理由は分からないが……」
それを聞いたミヅキが、うっすら微笑むと静かに言いました。
「ありがとう。じゃあ、たとえ私がこの世界の住人じゃなくても迎えに来ないでって伝えておいてくれるかな」
「はあ? 何で!?」
「ミヅキは自分の正体が知りたくないの? それに、この世界にいると体が弱っていくんでしょ。なのにどうして?」
「私は自分が何者でも、お母さんと一緒にいたいだけだよ。いつも二人で月見をしてると寂しそうに言うんだ。かぐや姫みたいにいなくならないでねって……」
「かぐや姫? 竹取物語の?」
「うん。竹の中にいた女の子が、人間に大切に育てられるけど最後には月に帰ってしまう話」
「たしかに、本当にミヅキがこの世界の人間じゃなかったら状況が似てるね。人間に育てられた別の世界の住人か……」
「それだけじゃない。もしかしたら月の住人たちは不思議で神秘的な力を持っていたんじゃないかな」
「まあ、竹の中にかぐや姫を送り届けられるわけだしな」
「もしかしてミヅキには、未来予知よりも、もっと不思議な力があるの?」
「……また次に会えた時に見せてあげるよ」
「……次って? いつ?」
「さあ、私にも分からない。でも、また会える気がする。そして、その日はそんなに遠くない……」
そう話したミヅキは、まだ月が見えない空を見上げました。




