第九話 呪い
ミヅキと月見を楽しんだ後、再び旅に戻ったメジロとツバキは小さな沼がある山奥で気になる存在を見つけました。
「何だ? あれは……」
「木にぶら下がってる大きなヘビさんの口の中に、十代後半くらいの女の子がいて手をバタバタと動かしているね」
ツバキの説明そのままの状況を目撃して固まっていたメジロが、我に返った様子で慌てます。
「おいおい、もしかして食われそうになってんじゃないか。助けるべきだよな!」
「でも、女の子がぜんぜん平気そうだよ。遊んでいるだけじゃないかな?」
「大蛇の口の中に入るって、どんな遊びだよ!?」
その時、メジロとツバキに気付いた少女が声をかけてきます。
「もしもし、そこのお方。あちらのヘビイチゴの花を摘んでいただけないでしょうか?」
「はあ? いきなり何だ。……と言うか、やっぱり食われてたわけじゃないのか。よ、よかった。しかも、オレたちのことを普通に認識できてるから人間じゃないな」
「お願い致します。どうしても手が届きません」
「わ、分かったよ。まったく紛らわしい状態でいるなよ。心配して損したぜ」
メジロは言われた通りに、ヘビイチゴの花を摘んでくると大蛇の口から抜け出していた少女に渡しました。
「ありがとうございます。助かりました」
「別に礼を言われるほどのことはしてないぞ。ただ採ってきただけだし。それより、何でヘビイチゴの花を摘むことに苦労してたんだ? 普通に地面に下りればいいだけだろ」
「アレがいるのです」
「アレ?」
少女が指差している方向を見てみると、茂みの奥に頭にお皿を乗っけて亀の甲羅を背負った緑色の生物たちがいました。なぜかキュウリを握りしめながら待ち構えています。
「……何だアイツら。もしかして河童か?」
「そうです。河童です。キュウリを無理やり食べさせようとするのです」
「なぜ!?」
「あのカッパたちは、棲家が人間たちに見つかってしまい、この沼に逃げてきたばかりです。お近づきの印にキュウリをくれようとしているみたいなのですが、わたくしはキュウリが苦手で、どうしても受けつけなくて……」
「まあ、たしかにキライな物を無理やり食わせられるのはイヤだよな」
「そうなんです。それに、わたくしたちは静かに暮らしたいのです。だから、この場所は河童たちに譲って引っ越すことにしました」
少女が大蛇にもたれかかり、ヘビイチゴの花を胸に抱えて頬を赤く染めると、「この花は、わたくしのことを美しく可憐な花のようだと囁いて贈って下さった方がいて大切な思い出の花なんですよ。この沼を出る前に、手もとにおいて一緒に愛でたかったのです」と大蛇に目配せをしました。
そんな少女に対して、大蛇が恥ずかしそうに体をくねらせます。
「もしかして、惚気を聞かされてるのか? オレたちだって負けずに仲良しだぞ。なっ、ツバキ。……ツバキ?」
返事がないので、どうしたのかと様子を見ようとした瞬間、いつの間にか気を失っていたツバキが、メジロの体から落ちてしまいました。
「ツバキ!?」
大蛇が慌てて体を伸ばして椿を受け止めると、「……これは何だ? 強い呪いのような力を感じる」と呟きました。
「…………今、何て?」
「この妖精から、何らかの強い力を感じる。そして水の感覚がする。……これは、水神?」
「水神? ツバキは記憶を失くしてるんだ。オレたちは、その記憶を取り戻すために旅をしてるんだけど、そいつの呪いが原因なのか?」
「おそらく。……ところで、お前は?」
「えっ?」
「だから、お前のことだよ。記憶があるのか?」
「えっ? だってオレは、ただのメジロで……」
「聞いているのは、メジロの記憶ではない」
メジロが答えあぐねていると、少女が大蛇の体の上でぐったりしているツバキを抱き上げて憐れむ表情を浮かべて言いました。
「あきらかに、どちらの記憶も奪われているのでしょう。それなら答えられるはずがないではありませんか?」
メジロは、少女が伝えたいことを察すると力なくたずねます。
「オレたちがどっちも、その水神の呪いにかかっていることは分かったよ。でも、何も分からないし思い出せないんだよ。……どうすればいいんだ?」
「水神に会うしかない」
「だから、その水神がどこにいるんだよ?」
「分からない。……たが先ほどの水の感覚は、泉の奥底のように感じた」
「……泉?」
「太古の昔から、あらゆる生き物たちを癒し続けてきた泉だった。あれほど美しく澄んでいたのに……。人間の業は深すぎたのだ」
その言葉を聞いた時、メジロの脳裏に、以前に行ったことがある泉の姿が浮かび、ミヅハとイソラのことを思い出しました。
「……まさか」
その時でした。ツバキがゆっくりと目を覚まします。
「ごめんなさい。また気を失ってしまって……」
「……ツバキ。もしかしたら、旅を終わらせることができるかもしれない」
「……えっ?」
「さあ、行こう! 早く背中に乗ってくれ」
メジロの様子を悲しげに見つめていた少女は、戸惑うツバキを背中に乗せてあげると、「あなたたちに祝福を……」と祈りを捧げます。
やがてメジロが飛び立つと、しばらくの間、空を見つめていました。
そんな少女の様子を見ていた大蛇が、少年の姿に変わると優しく言います。
「愛しの黒姫。皆それぞれ別の物語があるだけだ。私たちに出来ることは何もない。さて、そろそろ我らも出発しよう。今度こそ誰にも邪魔をされない二人だけの安住の地を求めて……」
黒姫と呼ばれた少女は、無言で頷くと少年に抱き寄せられるまま身を任せました。




