第一章 第4話 空
俺たちはひとまずエリオットと合流した。
「お前、今までどこに行ってた?」
「古き友人と秘匿通信を」
感情の揺れのない声。
「友人?」
「ええ、8階層に潜伏している人物です」
8階層。
1から5階層までは空から行くことができる。
だが6階層以上は結界によって世界が区切られている。
子供の頃にそうやって聞いたことがある。
「何で8階層の人間と繋がってるんだ?」
「正確には繋がっていた、ですね」
わずかに間があった。
「その人は今、反乱残党を率いています」
セラが小さく息を飲む。
「それって、第二王子の?」
第二王子の反乱、十数年前に起きた誰でも知ってる大事件。でも知ってるのは存在だけで何が起こったのか、結果すら知る術がない。
エリオットは静かに頷く。
「ええ、あのルシウス殿下に最後まで付き従った反乱者の1人です」
その言葉に、ルクスが微かに反応した。
背中が微かに、脈打つ。
「マッド・スカラー、一部ではそう呼ばれていました」
「マッド・スカラー?」
「......狂った学者?」
セラが小さく呟く。
「何でそんな奴と?」
「あなたの翼とコアを作ったのはその人ですよ」
「......は?」
理解が言葉に追いつかない。
また背中が脈打つ。
「......セイカクニハ、チガウ」
ルクスの低い声が割り込む。
「違う?」
反射的に返した。
エリオットの視線がわずかに下に向く
「ええ、魔法構造に関しては、ルシウス殿下が制作していました」
「......ただ」
と続ける
「その時、私はその場にいませんでしたので、詳しいことは分かりませんが」
一瞬の沈黙が流れる。
そして俺の中で一つ疑問が浮かんだ。
「何でお前がいなかったんだ?隊長兼補佐官なんだろ?」
「いいえ、その時はもう違います」
"その時は"?
「私は20階層に留まり、人工翼の能力が発現するまで第一王子側に着くよう命を受けておりました」
「スパイって事か?」
「当時は私もそう認識しておりました」
エリオットはわずかに目を伏せた。
「ですが、今思えば殿下は最初からご自身の運命を理解されていたのだと考えております」
「王子は死んだのか?」
「殿下だけではありません、零階層で戦った反乱軍は2人を除いて壊滅しました」
たった"2人"?
「そのうちの1人がマッド・スカラーってことか」
「ええ、そしてもう1人が——レイ、あなたなのですよ」
......俺?
「何言ってんだよ」
声が荒くなる。
目の前が暗くなる。
そもそも俺は反乱軍だった覚えはないし、親だって昔はちゃんといた。
おかしい事が沢山ある。
一つ一つ整理する事すら難しい。
でも、そんな中で不思議と一つ明確に理解できたことがあった。
「だから俺は、お前にとっての遺志なのか」
それは問いというより確認だった。
エリオットは即答しない。
わずかな沈黙が流れ、彼は口を開いた。
「……はい」
短い肯定。
「あなたは、偶然生き延びたのではない——守られ、残され、託された存在です」
風が止まる。
セラの指先が、そっとレイの袖を握る。
「レイ……」
足元を見た。
「俺は」
息を吸って空を見る。
「知りたい。」
セラを奪った奴らを。
この世界を牛耳る奴らを。
反乱軍を。
俺自身を。
そして———
「"青い"空を」
自分の口から出た言葉に、わずかに驚いた。
セラがかすかに笑う。
その一瞬だけ、世界が止まった気がした。
「そのためには力が必要です」
淡々としている。
否定でも、命令でもない。
事実——
「ああ、わかってる」
あの時、守れなかった大切な人。
今目の前にいるセラは違うかもしれない。
それでも、もう2度と何も失いたくない。
「どうしたら強くなれる?」
守るために。
「8階層へ向かいましょう」
8階層——
「会いに行くんだな?マッド・スカラーに」
「強くなるには、まずあなたの翼を知りましょう」
自分の翼。
「だが8階層まではどうやって行くんだ?結界は破れないし門には羽監がいるだろ?」
いくらこいつが強くても、まだ完全に信頼できない。
裏切られて敵地を抜ける力も、今は持ってない。
「ご安心ください」
「7層までは反乱時殿下の作られた結界の穴がありますので」
「何だよそれ......」
セラが小さく目を見開く。
「ルシウス王子、凄すぎ……」
エリオットの銀の瞳が、わずかに細まる。
「ええ」
静かな声。
「偉大なお方でした」
誇りと、わずかな後悔が混ざるような言葉。
風が吹き、灰が舞い上がっている。
俺は空に手を伸ばした。
「……行くぞ」
結界の向こう。
まだ見たことのない、上の世界。




