第一章 第3話 名前
5階層の街は、零階層とは違っていた。
街にはカラフルな屋根の家や、赤いレンガで作られた家もあった。
灰は薄く、上空には真っ白な壁。
ただ灰は薄いのに空気は暗い。
人がいる。
立って歩いている。
「......変な感じだ」
思わず小さく呟く。
「何の事?」
隣で彼女が首を傾げる。
「いや、人がまだ沢山いるなって」
一階層は倒れている人間の方が多かった。
でもここでは違う。
一人一人がしっかり生きている。
ただ、全員が疲れた目をしている。
そう映って見えた。
「エリオットは?」
「話があるらしい、だから先に食料を買ってくれって」
だから今は2人だけだ。
市場に入ると温かいパンの匂いがした。
1階層では感じられなかった匂い。
彼女が立ち止まった。
「ねぇ」
不意に袖を掴まれる。
振り返ると、彼女の目が少し揺れている。
「あの時、零階層で......声、聞こえた?」
彼女に共鳴するように騒めく羽と白くなる俺の翼。
あの瞬間が蘇る。
「羽の音のこと?」
彼女は首を横に振る。
「レイは聞こえてなかったのかな」
彼女は一度深呼吸をし、ゆっくりと言った。
「髪の長い女の人に——」
少し間を開けて。
「"君はセラだ"って、言われた」
懐かしく、それでいて聴き慣れた名前。
世界の音が一瞬、遠くなるように感じた。
彼女は続けた。
「私もわからない、けどセラだって言われてすごく懐かしかった」
「他にその人は何て言ってた?」
「それだけだった」
少し間を置いて。
「でもね」
彼女は、胸に手を当てる。
「その時、はっきりわかった。」
「セラって、私の名前だって」
レイは目を閉じた。
長い髪と笑顔。
空は"青い"と言って、笑っていた彼女。
今はもういない、彼女。
「......そうか」
それしか言えない。
彼女は不安そうに聞く。
「変かな」
しばらく何も言えなかった。
嬉しいのか、怖いのかもわからない。
そして。
「いや——いい名前だ」
言った時、視線は合わせられなかった。
顔を上げてみると、彼女はほっとしたように笑っていた。
その笑顔は、少しだけあたたかい。
一階層の時より、彼女の雰囲気が柔らかい。
どこかが、重なる。
同じではない。
ただ確かに、"似ている"そんな気がした。




