第7話 もう一人の魔導師②
放課後になった校内、そこに一人の生徒が物音を立てないようゆっくりと歩いている。
周囲をキョロキョロと見て、誰もいないことを確認して目的の場所である1年Bクラスの教室へと足を踏み入れる。
他の席には目もくれず、海筋 渚の席の前まで行き、その席に鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。
(あ〜、何ていい香り……)
しばらく匂いを堪能し、呼吸が荒くなる。
昨日はここで邪魔が入ったが、今は夜の20時、生徒はもちろん教師達も帰宅したのは確認済み。
邪魔はありえない状況で興奮を抑えられない。
椅子に座り、机に顔を擦り付ける。
引き出しに手を入れると、ある物を発見する。
「こ、これは!」
それは、3分の1程中身が残っている500mlのペットボトルだった。
生徒の鼻息はさらに荒くなる。
「いいよね。もう、こんなに我慢したんだから!」
ペットボトルの蓋を開けて、口を付けようとしたその時、
「そこで何をしているんですか?」
扉の方から誰かに語りかけられる。
生徒は咄嗟にペットボトルを後ろに隠し、席から立ち上がる。
「な、何でここに…!?」
「それはこちらのセリフですよ。こんな夜遅くに、私達のクラスで何をしているんですか?田中 結太さん」
窓から差し込む月明かりに照らされて、その生徒の姿が露になる。
その生徒、結太は酷く汗をかき、居るはずのない夜子の姿を見て動揺を隠しきれていない。
「い、いやだな…忘れ物をしたから取りに来ただけだよ…そのついでにちょっと覗いただけじゃないか……」
「職員室からキーを盗んで?」
「!?」
天正高校は古い文化を重んじているが、セキュリティという面は当然最新式である。
中でも鍵類に関しては強固で、教室の鍵は魔力の込められたカードキーになっており、完全下校時間をすぎても職員室の特定の位置にない場合、警報がなるように設定されている。
しかし、そのセキュリティが発生していない。
その理由は、
「そのスタンガンのような魔道具、一体どんな効果なんでしょうか?」
以前、真咲の命を狙って侵入してきた輩が持っていた物と同じ魔道具を結太は手に持っていた。
それが警報の鳴らなかった理由である。
「こ、これはその……」
「その魔道具に関しては解析が済んでいます。もう5分もしないうちに警報は鳴りますよ」
「……あと、少しだったのに……」
結太が下を向き、ボソボソと呟き出す。
「あと少しで、僕の渚ちゃんとか、関節キス、できたのに……」
「そのペットボトルの事ですか?残念ながら、それは私が用意した物です。渚さんは飲みかけのペットボトルを忘れるようなドジはしません」
「な!?だ、騙したのか!お前、僕の純情を弄んだな!」
「あなたの行為の全てが純情とは遠く離れているように感じますが」
「ふざけやがって……そもそも、お前目障りだったんだ…音楽の時間もいつも僕の渚ちゃんの隣にいやがって……邪魔で邪魔で……」
結太の中の魔力が醜く増大しているのを夜子は感じていた。
そして、結太の背後に魔力が可視化されるまでに膨れ上がる。
(……この魔力…気持ち悪い)
殺気とは違う、嫌な沼にハマったような気持ち悪い感覚。
普通の人間が持つ魔力とは性質が異なっている。
「邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で邪魔で」
結太の魔力はどんどん膨れ上がりそして、
「お前さえいなければ、渚ちゃんは今頃、僕のものになってたんだー!」
結太が夜子の方へと飛びかかってくる。
そんな結太の姿を見て、夜子は目を見開く。
先程までは普通の姿に見えたが、今の結太は口が大きく裂け、歯が鋭く尖っていた。
その状態で夜子に噛み付こうと襲いかかる。
仕方がないと夜子も戦闘態勢を取ったその時、
「ぐぎゃっ!」
夜子の足元から突然大きな樹木が生える。
その樹木は教室の天井ギリギリまで成長し、結太の体を拘束する。
「な、何だよ!?これは!お前の仕業か!」
結太は抜け出そうと暴れるが、ピクリとも動かない。
「動けねえだろ」
夜子の後ろから低い声が聞こえた。
「お、お前……!」
「ったく。やっぱり渚に何かするつもりだったか。監視しといて良かったぜ」
声の主は教室の中に入ってきて、夜子の隣に並ぶ。
「最初に見た時から、気持ちの悪い奴だって思ってたんだよ。この変態野郎」
そう言って、木ノ下 樹は舌を出しながら結太に向かって中指を立てた。
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(……やっぱり、この人魔導師だったんだ)
隣に立つ樹を見て、夜子は初めて2人を見た時を思い出す。
結太は醜くくどす黒い魔力を持っており、樹は普通の生徒にしては洗練された魔力だった。
「樹……てめぇやっぱり渚ちゃん狙いだったのかー!」
「はぁ?渚はただの幼馴染だっつてんだろ。何度も言わせんなタコ」
(……口悪い)
昨日までの樹との違いに、夜子は心の中で呟く。
「んで、あんたも、友達のためとはいえ、こんな奴に女子が一人で立ち向かってんじゃねえ。乱暴されたらどうすんだ」
そう言って樹は夜子の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「焦ったぜ。魔力探知で探ってたらあんたが入ってくるからよ。何話してるかは分からなかったが、襲いかかってる姿を見てもうダッシュしたわ」
どうやら結太の事を魔力探知で監視していたようだ。
しかし、夜子程の精度ではなく、会話までは聞かれていなかったらしい。
(……ひとまず、私が魔導師だとはバレてないみたい)
その事に安堵し、夜子はこの場は任せようと1歩下がる。
「さて、どうする変態野郎?降参してお縄につくか?それとも、ボコボコにされてからお縄につくか?」
「黙れ!お前みたいなイケメンに俺の気持ちなんて分からねえんだよ!」
「分かりたくもねえよ。女子の机舐めようとするようなゴミクズ野郎の気持ちなんざ」
「いーつーきー!俺を怒らせるとどうなるか…分からせてやるー!」
そう叫ぶと、結太は服に隠し持っていた薬のような物を太ももに打ち込んだ。
「ぐっ!ぎ、ぎぎぎ!」
「これは……笑えねえな……」
結太の体が少し大きくなり、尖っていた歯はさらに肥大化する。
体中の血管が浮き出てきて、理性のない怪物のようになっていく。
「ぐっ!ぎゃあああ!」
肥大化し、牙のように尖った歯で拘束していた樹木を噛みちぎる。
樹の魔力でできていた樹木は消え、結太の拘束が解かれる。
「マジかよ……そんな力どこから……」
驚いている樹の体に、結太からの拳が打ち込まれる。
「くっ!」
咄嗟にガードの態勢を取るが、樹は廊下へと弾き飛ばされる。
人間離れしたその力、そんな力を引き出した薬のような物に夜子は目を付ける。
(魔法効果を打ち消す魔道具に、魔力を増大させる薬……)
そちらに意識を向けていると、結太が夜子の方を見る。
「……渚、ちゃん?」
見えていないのか、少し残る渚の匂いから夜子を渚だと錯覚する。
「渚ちゃーん!」
結太は勢いを増し夜子に襲いかかろうとする。
しかし、廊下からまた大きな樹木に阻まれる。
「おいおい、渚渚って言っておいて浮気か?余計に幻滅だ、よ!」
樹は魔法の出力を高めて、樹木で結太を押し込む。
「ぐ、ががが…」
「うぉおお!」
樹木はさらに肥大化し、結太の体よりも大きくなる。
どんどん大きくなり、やがて校舎の壁にヒビを入れる。
「うぉりゃあああ!」
「ぐっ!がぁぁぁ!」
そのまま壁をぶち抜き、結太があと少しで落ちる所まで来た時、動きが止まる。
「くそがっ!」
「ふん!残念だったな〜!」
「……なーんてな!」
「がっ!」
結太の体から、突然いくつも芽がではじめる。
その芽がみるみるうちに成長し、結太の体を覆う程の根になっていく。
「な、何だこれは〜!」
成長した根は結太の体を完全に縛り付け、結太のパワーでさえちぎれない程頑丈になる。
「〈束縛の木鎧〉。最初に樹木を叩きつけた時にお前の体に植え付けた。そいつはな、宿主の魔力で成長し、根になって縛り付ける魔法だ。そこまで育てば、お前のパワーでも解く事はできねえよ!」
「く、クソ野郎が〜!」
「地獄に落ちろ!変態野郎!」
動けなくなった結太は、抵抗出来ずに押し込まれて教室から落下する。
ドスンッと大きな音が響き、下を覗き込むと、結太は気絶していた。
そして、力尽きたのか肥大化した歯は元通りになっており、肉体も戻っていた。
「や、やった、ぜ……」
樹も力尽きたのか、結太が気絶したのを確認すると、その場で倒れ込んだ。
夜子は結太が持っていた薬を回収し、樹の横に座る。
「……お疲れ様です。後片付けくらいはしておきます」
そう言って夜子、は吹き抜けになった教室から星を見ながら心地の良い夜風を浴びた。




