第8話 動き出す正義
「ねえ聞いた?隣のクラスの田中君、急遽転校するんだってー」
「まだ学校始まって1ヶ月なのにねー」
翌日、学校では田中 結太の転校の話題で持ち切りになっていた。
家族で失踪しただの命を狙われているのではだの、ありもしない噂話が飛び交っていた。
実際は魔法協会が身元を拘束、取り調べを行っている。
田中 結太の両親については、父親は既に他界、母親は離婚後息子とは一切の連絡を取っていなかったようで、田中 結太がどのような方法で薬を手にして、この学校に入学したのか調査中である。
「田中君、何があったんだろうね」
夜子達の間でもその話は当然耳にしており、音楽教室に向かう途中で、渚が口にする。
渚は結太の夜の行動を知らないため、純粋な心配をしている様子だ。
「分かりませんが、この学校には良い家柄の方が沢山いるので……色々と事情はあるでしょう」
「それもそっか……ごめんね、何か急に身近な人が居なくなったからびっくりしちゃって」
「……いえ」
少し寂しそうな顔をする渚を見て、夜子は思う。
(……あなたがそんな顔するような価値、あの男にないのに)
そんな事考えても仕方がないのに。
渚の辛そうな顔を見て、夜子はそう思わずにはいられなかった。
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「……なあ、少しいいか?」
音楽の授業が終わり、先生が音楽室を出た直後、教室に戻ろうと立ち上がった夜子と渚に樹が小さな声で話しかける。
「樹?どうかした?」
「……ちょっと、暗狩に話があって…」
「え?夜子に?」
樹の言葉で夜子はすぐに昨日の事だと察するが、渚は知る由もなく、2人の顔を交互に見て、ニヤリと笑う
「何?告白?」
「…そんなんじゃねえよ」
「ふーん、まあお邪魔ならさっさと退散するけど、夜子に変な事しないでよね」
「……するわけねえだろ」
そんな冗談を言いながら、渚は先に教室に戻る。
2人になった音楽室は防音もあり静寂に包まれる。
「えっと、その、昨日あの後、大丈夫だったか?」
「大丈夫とは、何がでしょう?」
「いや、俺はあのままあそこで寝ちまって……気付いたらあんた居なくなってたからさ……」
どこか気まずそうな低い声で夜子の事を気遣う。
昨日の暴言だらけの人とは別人に見える。
「……昨日とは随分違いますね」
気になった夜子はそのまま口にする。
「ああ……頭に血が昇るとあんな風になるというか……いや、俺の話は良くて……あんたは大丈夫だったか?」
「はい。あの後普通に寮に帰って休ませていただきました。こちらこそ、あの場に置き去りにして申し訳ございません」
「いや、謝る必要はないって……あんな怖くて気持ち悪い事があったんだから、すぐに帰りたかっだろうし……」
夜子の謝罪に樹は顔を上げるように言う。
すぐに帰ったと言う夜子だが、実際は魔法を使って壊れた校舎を朝まで直していたのだが、それを正直に伝える訳にもいかないため、この話はここで終わるのが得策である。
「ともかく、無事ならいいんだ。それと、俺が魔導師だってことは渚含めて皆に秘密にしてくれないか…?」
「それは構いません。元よりそのつもりです」
一部を除いて自分が魔導師だと言い張る人間は多くない。
魔導師同士であればAランクまでは名前が知れ渡るが、夜子のような七大魔王に関しては、魔導師に対しても秘匿事項だ。
正体を明かす事の重要性、危険性を夜子はよく理解している。
「ありがとう。まあ、あんたには知られちまったし、もしまた何かあったら頼ってくれ。これも何かの縁だし、力になるよ」
夜子の気遣いに樹は感謝し、色々と力になってくれると約束する。
「ありがとうございます。お優しいんですね」
「……いや、優しくて強いのはあんただよ」
夜子の言葉に、樹はそう返した。
意味が分からず、夜子は首を傾げる。
それを見て樹は発言の意味を説明する。
「…俺は魔導師だから、力があるから人を助けるのは当然だ。でも、あんたは違う。力もないし、誰かを助ける義務もない。それでも、友達のためにあんな危険を冒してでも助けようとした。あんたはすげえ強くて優しい」
「……友達のため、ですか?」
「そうだろ?渚が危険だって思ったから昨日はあの場に居たんだろ?」
「……そう、なんでしょうか…」
「……ま、何でもいいけど、今後ああいう事があればまずは俺を頼ってくれ。絶対力になるからさ」
そう言って樹は夜子の頭をぽんぽんとして先に音楽室を出た。
また室内が静寂に包まれ、夜子は考える。
(……何で私、昨日あんな事したんだろう……)
田中 結太の狙いは渚だと分かっていた。
真咲を護衛するのが仕事の夜子があの夜、田中 結太制圧に動く必要はなかった。
いずれ必ず真咲の危険になるからと言う理由付けはできる。
けれど昨日の夜、夜子は真咲のために行動していただろうか。
そんな自問自答を繰り返しているうちにデバイスに電話が来る。
相手は会長のようで、夜子はすぐに出る。
「……はい。暗狩 夜子です。………分かりました。すぐに準備します」
会長からの話を聞き、夜子は動き出す。
何故あんな行動を取ったのか。
その答えはみつけられないまま。
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夜子に要件を伝えた後、魔法協会会長である真弾はデバイスを机に置き、その隣に置かれている資料に目を落とす。
「……神奈川県警、か…」
提出された資料の中に、神奈川県警の警察手帳を見て呟く。
随分古い物で、30年程前の物だ。
そしてもう一つの資料、最初に天正高校を襲撃した男達の体内から検出された薬物と昨夜、田中 結太が使用した魔力と肉体を増強させた薬の成分の一致を示した調査結果報告書だ。
「……やはり、そういう事なのだろうか」
考えていると、会長室に3回ノック音響く。
許可を出すと、秘書が扉を開けて入室する。
「失礼します。失村 透が全て話しました。やはり彼は、元神奈川県警失村警部の孫です。それから、3日前から神奈川支部との連絡が途絶えているそうです」
「……明らさまだな。かかってこいと言わんばかりだ」
相手の安い挑発。
それは魔法協会としても好都合である。
「撒引と安倍君をここに。こちらも動くぞ」
2人を呼びつける会長の瞳からは怒りが見える。
今、決戦の火蓋が開こうとしていた。
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魔法協会 神奈川支部 (旧神奈川県警察本部)
ここで働く職員達は、1ヶ月程前からある男の指示で働いていた。
家族を人質に取られ、魔法協会本部に嘘の伝令を送り、何事もないように装った。
怯えながら働く中、3日前からその行動も無くなり、職員全員が体と口を縛られ監禁されていた。
食事と飲みものは与えられるため、死ぬことはないが、監禁されている職員達の表情は恐怖で歪んでいた。
そんな中、全身にピアスを付けた女がいつものように食事を持って入ってくる。
「……うわぁ〜なにここ、辛気臭、気持ち悪〜」
自分達で監禁しておきながら、そんな事を口にして立ち去る。
部屋を後にした女は、別フロアの一室に戻る。
そこには女の他に3人の男が各々くつろいでいた。
ゲームをする男と読書を嗜む男、そして何もせずにただ座っている男に女は話しかける。
「リーダー、監禁部屋の空気悪すぎ。あいつらさっさと殺した方がよくない?」
「それはダメだと言っているだろ針生。彼らはただの一般人だ。罪は無い」
リーダーと言われた男は言葉を続ける。
「我々は正義だ。彼らを殺してしまえば、それは奴らと何も変わらない」
男は立ち上がり、女の隣に立つ。
ゲームをしていた男も、読書をしていた男もそれぞれやめてリーダーを見る。
「針生、言呑、阻浦。君達は私の正義に賛同した同士だ。共に魔法協会という悪を潰そうではないか!」
その言葉に、3人は笑みを浮かべる。
「いつでも来い魔法協会。この私、失村 明が正義とは何か教えてやる」
失村 明
元神奈川県警捜査一課所属であった刑事であり、
40年前、魔法協会に反逆し、国に殺された男である。




