第5話 見えない刺客
夜子が高校に入学して2週間。
想像よりも穏やかな学校生活を送る中、
「はい!夜ちゃん、あ〜ん」
夜子は今、真咲からお肉を食べさせてもらっていた。
学校の最寄り駅から約40分の所にあるBBQ場、夜子達天正高校1年生の生徒達は、親睦会のために訪れていた。
「まだまだあるから、沢山食べてね!はいあ〜ん」
もう1つのお肉が夜子の口に届くところで、真咲は首の根っこを掴まれる。
「きゃっ!」
「ちょっと、そんなに一気に食べさせたら、夜子が困るでしょ」
「いや〜なんて言うか、夜ちゃんを見てると母性が目覚めると言いますか…小っちゃくて可愛くて…」
「だとしても、夜子には夜子のペースがあるんだから」
真咲を注意する褐色の少女は、海筋 渚
真咲とは小学校からの付き合いで、頼れる姉御だ。
真咲と友人になったその日に夜子とも仲良くなり、こうして親睦会で同じ班になった。
「夜子も、面倒だったら面倒だって言っていいからね」
「いえ。特には何も」
「そ、そう?あんたも変わってるね…」
夜子の本当に何とも思って無さそうな表情に、渚は呆れたように笑う。
「まあまあ渚ちゃん、仲良しでええことやんか。それに、暗狩さんが小っちゃくて可愛いって気持ちは分かるしな〜」
「だよねだよね!さすが寧々ちゃん!」
宥めるように来たのは沼国 寧々
同じ班になったクラスメイトで、何処かおっとりした性格の少女だ。
今も夜子の頭を何故か撫でている。
それを見て真咲も羨ましくなったのか、渚の拘束を掻い潜り夜子の頭を撫で出す。
夜子はされるがままである。
「全くあんたらは……」
渚は呆れ笑いを浮かべて、肉を焼くのを再開する。
出来上がる肉を夜子の皿に真咲が乗せて、食べさせる。
まるで赤ん坊と親のようなやり取りを続けている時、夜子は気付いた。
(……殺気……すごく小さかったけど、確かに感じた…)
夜子レベルでなければ気づけない程小さな殺気、それが魔力探知に反応した。
「夜ちゃん?」
突然立ち上がった夜子を真咲達は不思議そうに見る。
「……すみません。少し御手洗に」
「あ!それなら私も─」
「はい、あんたは肉焼くの手伝って」
「え〜!私も夜ちゃんとおトイレ行きた〜い!」
「あんたは変態か……」
真咲が渚に捕まっている間に、夜子はサッとその場を離れる。
BBQ場から離れて、ちょうど真反対に位置するテニスコートの前で立ち止まる。
「……やっぱり。狙いは真咲さんですか?」
夜子がそう尋ねると、後ろに突然30代くらいの男が姿を現す。
「まさか、紛れ込んだ魔導師がこんな子供だとは。てっきり教師に居るとばかり……」
「子供だから、わざと存在をほのめかしたんですか?今みたいに消える事ができるなら、不意打ちでもすればよかったのに」
わざわざ殺気を放ち、バレるような真似をした。
それは相手が子供だからと舐めているからと夜子は考えたが、男は首を横に振る。
「それは違うな。もし俺が出した殺気に反応がなければ、そうしていたかもな。だが、お前が反応した。あんな小さな殺気に反応する奴がいれば、近付いた瞬間に俺は死んでいただろう」
相手の力量を測るための殺気。
そして夜子はその餌に食いついた。
「お前を始末した後、ゆっくりと標的を狩ればいい」
「……あなたに私を倒せると?」
「そうだな。お前が何者かは知らんが、この状況で俺の敗北はありえない」
そう言うと、男の姿は一瞬にして消えた。
「……なるほど、透明化ですか」
『その通りだ。俺の名は失村 透。さあ、お前に俺を見つけられるかな』
透明になった男の声は夜子の耳に反響して聞こえる。
音で場所を判断するのは難しい状況だ。
そして、ここは学校外のため、夜子の魔力が充満しておらず、テリトリー魔法が使えない。
「確かに厄介ですが、こういう敵は初めてではないですね」
そう言って夜子は、長い髪をヘアゴムで1本に結い、拳を黒い魔力で覆う。
そして目を瞑り、その時を待つ。
(なんだ?奴は何をしている?)
その姿を見た失村は疑問を抱く。
相手は小さな殺気にも反応する手練であると失村も分かっている。
だからこそ、その動きに意味が無いとは思わない。
それでも、失村には余裕があった。
それは、
(何をする気か知らんが、俺の透明化は魔力の痕跡すらも透明にする。魔力探知でも見つけられはしない。何かする前に、まずはその右手を切り落とす!)
失村は黒い魔力で覆われた夜子の右手目掛けて仕込んでいたナイフを取り出し構える。
そして、ナイフが夜子の腕を切る。
(取った!これで、俺の─)
直後、失村は顔を殴られたような衝撃を受ける。
次に目を開いた時、漆黒の少女に見下ろされていた。
(な、なぜだ!?確かに右手を切ったはず……)
そう思い、夜子の右手を見ると、突き刺さったナイフが黒い塊に飲み込まれていくのを見る。
失村は劣勢であることをすぐに理解し、立ち上がって距離を取る。
「さすがに戦闘慣れしてますね」
失村は考えを改める。
目の前の女子高生が自分よりもはるか高みの魔導師だと理解する。
「……どうやら俺は、まだ嬢ちゃんを舐めていたらしい」
失村はまた透明になり、気配を消す。
(さっきの衝撃はなんだった……?あの嬢ちゃんの魔法なのは確かだが……)
先程受けた衝撃波、その正体を探ろうとしていると、
(!?)
目の前に夜子の拳が飛んでくる。
(バカな!見えていないはずだ!どうやって!?)
夜子の実力からして、まぐれはありえないと失村は考える。
何故バレたのか原因を探ろうとしていると、2発目の拳が顔を掠る。
「……見つけた」
(!?まずい!?)
失村は3発目を防ぐために透明化を解き、肉体の防御に全魔力を使う。
しかし、
「ぐはっ!」
黒い魔力を覆った夜子の右拳を受けた失村は、今まで受けたことのない程の衝撃を受ける。
先程感じた衝撃よりも遥かに強い衝撃だった。
「これで終わりですね」
失村はまた夜子に見下ろされる状態になる。
しかし、先程のように立ち上がる気力はなく、魔力もほとんど残っていなかった。
「……なるほど、さっき受けた衝撃もただの殴打か」
「ただの、ではありません。私の〈闇〉が加わった殴打です。私の〈闇〉は魔力を吸い取るので」
「なるほど、だから魔力で防御してもあれだけのダメージを受けたのか……」
失村が防御に使った魔力は夜子の〈闇〉が触れた瞬間に全て吸収された。
つまりは、失村はノーガードで夜子の拳を受けたのだ。
「……さっきの動きはボクシングか?そんな華奢な体であの動き、嬢ちゃん何者だ?」
「あなたに教えるギリはありませんね」
「そう、かよ!」
失村は隠し持っていたもう1つのナイフを突き出すも、夜子は簡単に躱す。
その一瞬の隙に失村は立ち上がり、逃げようとしたが、次の瞬間、失村の体は宙に浮き、地面に叩きつけられた。
「ガハッ!」
上手く受け身が取れなかった失村は背中に痛みが走り動くことができない。
「……今度は柔道かよ……マジで何者だよ……」
「……あなたこそ、何者ですか?」
「あ?」
夜子の言っている意味が分からず、失村が首を傾げると、夜子の頬からほんの少しの切り傷が付く。
「……私に傷を付けるなんて」
「……へっ、最後の最後で一矢報いたってわけだ……」
そう言うと失村は気を失い、その場で動かなくなった。
すると、失村の服の胸ポケットから手帳のような何かが落ちる。
「……なんでしょう?これは…」
夜子が拾い上げると、40代くらいの男性の写真が貼られており、男性は何かの制服を着ている。
年齢的にも目の前の失村とは違う人間だが、顔立ちはよく似ていた。
唯一読むことのできる文字を夜子は呟く。
「……神奈川県警…?」
その先は文字が塗り潰されていた。




