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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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防衛機構と、止まった心臓


 お読みいただきありがとうございます!

 束の間の休憩を終えたノアたちを待っていたのは、ついに「侵入者を排除する」ための巨大な防衛機構でした。


 庭園を抜けると、空間がまた狭まった。


 今度は下り坂。


 フクの背中にまたがりながら、僕は指先で壁を触り続ける。


 壁の素材が、少しずつ変わっていくのが分かる。


 粗い錆びた鉄から、徐々に滑らかな合金へ。


 奥に行くほど、精密になっている。


「ノア、足元に何かあるッス。レールみたいな——」


 突然。


 がしゃん!


 足元のフクが、咄嗟に後ろへ跳んだ。


 僕の体が大きく揺れて、シオンの爪が肩に食い込む。


「——壁! 壁が動いたッスよ!?」


 左右から、巨大な金属の板が迫ってくる振動。


 挟まれる——


「シオン!」


「分かってる!」


 シオンの声と同時に、冷たい風が一瞬だけ肌を掠めた。


 シオンが何かをした——壁の動きが、数秒だけ鈍くなる。


「フク、前!」


「了解ッス!」


 フクが地面を蹴る。


 加速。


 毛皮の間を風が吹き抜ける。


 壁が背後でがちゃんと閉じた音が、背骨を伝って響いた。


 ぎりぎり。


「……っ、危なかったッス……」


 フクが荒い息をついている。


「ノア、怪我は」


「大丈夫です。シオンは?」


「私を心配する暇があるなら、自分の心拍を落としなさい。……ばくばく言ってるわよ」


「はは……。ちょっとだけびっくりしました」


「ちょっとだけ、ね」


 防衛機構。


 この迷宮は、僕たちを通すつもりがない。


 でも——今の壁の動きにも、理の糸を辿ると「悪意」はなかった。


 追い返そうとしているだけ。


 殺そうとはしていない。


 閉まった壁の隙間から、かすかに蒸気が漏れている。


 その蒸気の温度は——ぬるい。


 人を傷つけない温度に、わざわざ調整されている。


「……この迷宮を作った人は、優しい人ですね」


「は? 今、殺されかけたのよ?」


「殺そうとはしてないんです。追い返そうとしてるだけで。壁の温度も、蒸気の温度も、怪我をしないように調整されてる。——すごく不器用だけど、『来ないで』って言ってるだけなんですよ」


「来ないでって言ってるなら、帰るのが礼儀じゃないの」


「帰りませんよ。だって——来ないでって言う人ほど、本当は寂しいんです」


 シオンが、長い沈黙の後で、僕の耳元でぽつりと呟いた。


「……どこかの誰かみたいね」


「え? 誰のことですか?」


「忘れなさい」


 僕には分からなかったけれど、シオンの尻尾が、僕の首筋をいつもより長く撫でていた。





 下り坂の先に、また新しい空間が開けた。


 ここは、庭園よりもさらに空気が重い。


 糸を弾く。


 反響が——異様に複雑。


 何十、何百もの小さなものが、ぎっしりと並んでいる。


「シオン……」


「……ええ。見えてるわ」


 シオンの声が、わずかに震えた。


「動物よ。壁一面に——動物が、埋め込まれている」


「……動物?」


「鳥、鹿、兎、狐、蛇。大きいのも小さいのもいる。全部——金属に変わってる。でも形は完璧に保存されていて。走っている姿のまま、飛んでいる姿のまま、眠っている姿のまま。壁の中に、一体ずつ、丁寧に並べられてるの」


 壁に手を触れる。


 指先に伝わるのは、滑らかな金属の曲面。


 小さな背中。


 畳まれた翼。


 丸まった尻尾。


 耳を当てる。


 ——とくん。


 微かに。


 とても小さく。


「……生きてる」


「え……?」


「心臓が動いてます。ものすごくゆっくりだけど——鉄の中で、眠ったまま」


 この仔は——鹿だ。


 まだ角の小さい、子鹿。


 走っている途中で、一瞬で金属に包まれたらしい。


 四本の脚が、宙を蹴ったままの姿勢で止まっている。


 怖かっただろうか。


 痛かっただろうか。


「ノア……」


 フクが、くぅん、と喉を鳴らした。


「おいらと、同じくらいの大きさの仔がいるッス。狼みたいな……」


 フクの声が途切れた。


「……おいら。こうなりたくないッス」


 初めて聞く、フクの剥き出しの声。


 やせ我慢のない、幼い恐怖。


「鉄になって、ずっと動けなくなるの、やだッス。走れなくなるの、やだッス。ノアの背中に乗れなくなるの——」


「フク」


 フクの耳の後ろを、両手で包んだ。


 柔らかい。


 温かい。


 この毛並みの下で、フクの心臓がどくどくと速く打っている。


「大丈夫ですよ」


「……ほんとッスか」


「本当です。僕がいる限り、フクは鉄にはなりません。約束します」


「……約束……」


「うん。約束」


 フクの尻尾が、おずおずと一回だけ揺れた。


 怖い。


 でも信じたい。


 そういう揺れ方。


 僕はフクの首筋に顔を埋めて、太陽の匂いを深く吸い込んだ。


 鉄と錆の匂いしかしないこの場所で、フクの体温だけが——唯一の、生きている証拠だった。


 壁の向こうから、またあの音が聞こえる。


 がちゃん。


 がちゃん。


 がちゃん。


 少しだけ、近い。


 でも、まだ遠い。


 迷宮の主は、僕たちが来ていることを知っている。


 知っていて——待っている。


 追い返そうとしながら。


 でも、本当は——


「行きましょう」


 僕は立ち上がった。


「この先に、ずっと独りで泣いてる人がいます。……僕には、その声が聞こえるので」


 理の糸を一本、指先に巻きつける。


 赤い霧のさらに奥へ。


 鉄の心臓が鳴り続ける、この迷宮の最深部へ向かって——僕たちは、また歩き始めた。



 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 壁の中に埋め込まれた動物たち。生きたまま永遠に保存された彼らを見て、フクはかつてないほどの「鉄への恐怖」を覚えました。

 それを優しく撫でるノアの温かさが、この鉄の迷宮の中で唯一の救いです。


 次回、いよいよこの狂った迷宮の主「鼓動の主」との邂逅です!

 少しでも「先が気になる!」「フク頑張れ!」と思っていただけましたら、

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 よろしくお願いいたします!


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