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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第3章 錆骸の機巧谷

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鋼の記憶と独りぼっちの日記


 お読みいただきありがとうございます!

 機巧谷の深層へと進むノアたち。

 そこで見つけたものは、無機質な鉄の迷宮には似つかわしくない、温かな「生活の痕跡」でした。




 移動床を越えた先の通路は、壁の質感が明確に変わった。


 粗い歯車の集積ではなく、滑らかな合金の壁面。


 指先で触れると、微かに温かい。


 何かのエネルギーが、壁の奥を巡っている。


 そして——壁の途中に、窪みがあった。


 窪みの中に、何かが置かれている。


 手を伸ばす。


 指先に触れたのは、掌に乗るくらいの小さな金属の塊。


「シオン、これ——」


「見せて。……あら」


 シオンが僕の手からそれを取り上げた。


「食器よ。小さな、スープボウル。でも——装飾がドワーフのものじゃないわ。もっと繊細で、軽やかで……。底に、小さな花が彫られている」


「食器が、迷宮の壁の中に?」


「それだけじゃないわ。この窪みの奥を見て。椅子が二脚と、テーブルが一つ。全部、鉄に変わっているけれど——形は完璧。さっきまで誰かがお茶を飲んでいたみたいに」


 テーブルに触れる。


 冷たい金属。


 でも表面には、指の跡のような小さな窪みが残っている。


 誰かがここに肘をついて、長い時間座っていた。


 理の糸を辿ると——微かな振動。


 記憶の残滓。


 笑い声。


 食器が触れ合う音。


 「今日も平和だね」という、何気ない一言。


 それがある日、鉄の沈黙に飲み込まれた。


「……みんな、逃げられなかったんでしょうか」


「分からないわ。でも争った形跡はない。ある瞬間に、すべてが——『停止』した。そんな感じね」


 僕は、ボウルをそっと元の場所に戻した。


 持って行ってはいけない。


 ここは——誰かの家だったのだから。





 さらに奥。


 通路が緩やかに曲がり、空気の密度が変わった。


 鉄の匂いに混じって、「古い紙」のような——乾いた有機物の残り香が漂い始める。


「ここは?」


「書庫……かしら。壁一面に棚があって、金属の板が何百枚も差し込まれている。板には、びっしりと何かが刻まれてるわ」


 僕は棚から一枚、重い金属板を引き抜いた。


 指先を表面に滑らせる。


 溝。


 無数の、細かな溝。


 文字ではない。


「ノア、それ……波形ッスね」


 フクが鼻先を近づける。


「おいら、こういうの見たことあるッス。昔の街にあった、音楽を刻む石板みたいなやつッス」


「波形……理の糸の、振動記録?」


 僕は溝の一つに、爪先をそっと立ててなぞった。


 キィ……。


 小さな、でも澄んだ音が鳴る。


 それは——ただの音ではなかった。


 理の糸が、板に刻まれた「意志」を読み取って、僕の神経に直接伝えてきた。


 『第4521日。外部気温、低下。生命維持効率を優先し、区画B‐12の植物相を硬化保存に移行。すべては、護るために。彼らが、二度と失われないために』


「……護る、ために?」


「ノア? 今、何が聞こえたの」


「この板に——記録が刻まれてました。誰かがこの谷の生き物たちを『守る』ために鉄に変えたと。失われないように、死なないように、と」


「……守るために、命を止める。なんて狂った論理」


 シオンの声に険が混じる。


 けれど、この金属板の溝を指でなぞった僕が受け取ったのは、狂気だけじゃなかった。


 震えるような、切実な祈り。


 何千年も、誰にも聞いてもらえなかった独り言。


 板を棚に戻す。


 でも、指先にはまだ残っている。


 あの振動。


 あの孤独の温度。


 棚には、同じ板が何百枚も並んでいた。


 何千年分の、独りぼっちの日記。


「シオン」


「何」


「この先に——この記録を書いている人がいます」


「……人? こんな場所に?」


「人かどうかは分かりません。でも、まだここで頑張ってる。独りぼっちで、ずっと」


 書庫の奥から、微かに——風が吹いている。


 鉄の匂いの中に、ほんの一瞬だけ、甘い匂いが混じった。


 花の匂い。


 鉄に変えられてなお、匂いだけは消えなかった、何かの花の。


「……この先に、まだ何かあるみたいですね。行きましょう」


 書庫の奥の扉に手をかける。


 鉄の扉は——驚くほど軽く、開いた。


 まるで、誰かが待っていたかのように。




 最後までお読みいただき、ありがとうございます!


 「守るために、命を止める」

 迷宮の主の悲しい祈りが明らかになりました。

 次回、その主が残した「鋼の庭園」へと足を踏み入れます!


 少しでも「先が気になる!」「切ない」と思っていただけましたら、

 ページ下部の【☆☆☆☆☆】から応援や、ブックマークをしていただけると大変嬉しいです。

 皆さまの応援が執筆の原動力です!


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