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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第2章 琥珀氷の黄昏郷

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〜雷峰のフェンリルと、新たなる旅の目的〜

前回からの続きになります。フクから衝撃の事実が語られます。


 シオンの声が、すっと冷静なトーンに切り替わった。

 戦闘中のナビゲーションモードに近い、研ぎ澄まされた声。


「あなたの体から感じる理の構造——ただの太陽の神獣にしては、格が高すぎるのよ。炎の権能の奥に、雷の残滓がある。それも、とびきり濃い原種の」


「えっと……それってなんスか?」


「単刀直入に聞くわ。——あなたの母親は、フェンリルね?」


 フクが、ぴたりと動きを止めた。


「——お母さんのこと、知ってるんスか?」


「知っているかと聞かれたら、『知識としては知っている』わ。フェンリル——雷と嵐を司る太古の神獣。大陸に数体しか確認されていない、天災クラスの高位存在。あなたの体に残っている雷の痕跡は、間違いなくその血筋よ」


 フクが僕の腕の中でもぞもぞと身を捩って、小さく鼻を鳴らした。


「……うん。おいらのお母さん、フェンリルっス」


「やっぱり」


「すごく大きくて、すごくかっこよくて——雷がバリバリってなると、お母さんの毛がぶわって逆立って、すっごくキラキラするんスよ!」


 フクの声が、お母さんの話をする時だけ一段と明るくなる。


「でもおいらはお母さんとちょっと違くて、雷よりも炎の方が得意なんス。お母さんが言ってたっス——おいらは『太陽を食べて生まれた仔』だから、特別なんだって」


「太陽を食べて——」


 シオンが小さく息を呑んだ。


「……フェンリルの変異種。太陽属性の——世界で唯一の個体ということ?」


「よく分かんないっスけど、お母さんがそう言ってたからそうなんスよ、きっと!」


 僕は、フクの頭を撫でながら、ある記憶を手繰り寄せていた。


 フェンリル。


 雷の神獣。


 ——あの日のことを、思い出す。


「……シオン。僕、昔フェンリルに会ったことがあります」


「何ですって?」


「ルークたちと旅をしていた頃です。北の山脈地帯を越えた時に——雷峰と呼ばれていた山の頂で、一頭の巨大なフェンリルに遭遇しました。ルークが聖剣を抜こうとして、僕がそれを止めたんです」


「止めた?」


「あの子は——あのフェンリルは、怒っていたんじゃなくて、泣いていたんです。理の糸が、嘆きの形に歪んでいた。だから僕は剣じゃなくて、手を伸ばした。糸をほどいて、泣き止むまで一緒にいました」


 フクが僕の腕の中で、じっと僕の声を聞いている。


「あの時のフェンリルに——仔はいませんでした。一頭きりの、孤独な神獣でした」


「……じゃあ」


 シオンの声が、静かに繋げた。


「あなたたちが別れた後に、あのフェンリルが子を産んだ——それがフク」


「おいらのお母さんに会ったことがあるんスか!?」


 フクが顔を上げて、尻尾をものすごい勢いで振り始めた。


「ノア、おいらのお母さんに!? すごいっス! お母さん、どうだったっス!? 元気だったっス!?」


「うん。……あの時は、元気でしたよ。気が強くて、とても美しいフェンリルでした」


 僕は微笑んだ。


 でも——同時に、胸の奥がちくりと痛む。


 あのフェンリルが、お母さんになっていた。

 あの孤独な神獣が、仔を産んで、愛して——。


「フク。君がお母さんとはぐれたのは、いつ頃のことですか?」


「……えっと」


 フクの声が、少しだけ小さくなった。


「おいらが生まれて、しばらくしてからっス。お母さんと一緒にいた時に、変な人間たちが来たんスよ。おいらを捕まえようとして——お母さんが戦ってくれたけど、おいら、逃げてる途中で罠にかかっちゃって」


 フクの体が震えている。

 怖い記憶を思い出しているのだ。


「捕まって、冷たいところに閉じ込められたっス。ずっとずっと暗くて——お母さんの声も聞こえなくなって——」


「もういい。無理に思い出さなくていいよ」


 僕はフクの頭をそっと撫でた。

 小さな耳が、僕の手のひらの下でぺたんと伏せる。


「……ノア」


 シオンの声が、低くなった。


「今の話——仔を奪われたフェンリルがどうなるか、分かる?」


「……はい」


 分かる。


 あの時のフェンリルですら、孤独だけであそこまで嘆いていた。

 唯一の仔を人間に奪われたら——。


「発狂するわ。怒りと絶望で理の制御を失って、周囲の環境を巻き込んで暴走する。それはもう『天災級の特異点』と何ら変わりない」


 背筋に、冷たいものが走った。


「シオン。あのフェンリルがいた場所——雷峰のあたりに、特異点の報告って来ていますか?」


「……ちょっと待って」


 シオンが何かを探るように長く沈黙した。


「——あるわ。一年前から、雷峰一帯が巨大な嵐に覆われて近づけなくなっているという報告。天災級の特異点として各国に通達されているけれど、あまりに危険すぎて調査隊すら送れていない」


「……やっぱり」


 僕は仔狼を腕の中に抱いたまま、静かに目を閉じた。


 フクのお母さんは、仔を失った悲しみで壊れかけている。

 あの嵐の中で、たった一頭で、泣き叫んでいる。


 ——一年前の、あの日のように。


「フク」


「……な、なんスか」


「お母さんのところへ、行こう」


 フクが、ぴくりと跳ねた。


「おいら——お母さんに会えるんスか?」


「会えます。僕が連れていく。君が元気でいるって、直接教えてあげよう」


「で、でも——お母さんのいる場所、すっごく遠いっス。おいら、まだちっちゃいし、そんな遠くまで——」


「大丈夫。一緒に旅をしましょう。シオンもいますし、急ぐ必要はないですから」


 シオンが僕の肩の上で、小さく溜息をついた。


「……また厄介ごとを拾ったわね」


「すみません」


「謝らなくていいわよ。どうせ止めても行くんでしょう」


「はい」


「——はぁ。知ってたわ」


 シオンの尻尾が、僕の首筋にぴしゃりと当たった。

 でもすぐに、そっと巻きつく。


「お母さんのとこ——」


 フクの声が、震えている。

 嬉しさと不安が混ざった、小さな声。


「お母さんのとこに……行けるんスか。ほんとに?」


「本当に」


「……ワフッ」


 フクが鼻を僕の胸に押しつけて、くぅん、と甘い声を出した。

 尻尾がぱたぱた揺れている。


「ありがとう、ノア。おいら——おいら、頑張るっス。強くなるっス。お母さんに会えるまで、ノアと姉さんを絶対守るっス!」


「守ってくれるんだ」


「当然ッス! おいら、シオン姉さんの一番の子分で、ノアの——えっと——ノアの、一番の友達ッス!」


 僕は、少し泣きそうになった。


 この子は——氷の中で一年も寒い思いをして、お母さんからも引き離されて。

 それなのに、僕を「友達」と呼んでくれた。


「……うん。友達だね、フク」


---



「ちょっと。いつまでいちゃいちゃしてるの」


 シオンの声に棘が生えた。


「そろそろ降りましょう。村の人たちも、時計が動いたことに気づいてるわ」


「そうですね。——あ、でもその前に」


 僕はフクを見下ろした。


「フク。一つお願いがあるんだけど」


「なんスか! なんでも言うっス!」


「……村の中では、喋らないでもらえると助かります。人間に話す仔狼がいたら、大騒ぎになるので」


「えっ……おいら、せっかく喋れるようになったのに?」


「村を出るまでの間だけ。ね?」


「うぅ……分かったっス。おいら、がまんするっス」


 フクがしおしおと耳を伏せた。


 シオンの尻尾がふわりと揺れて——その先端が、フクの鼻先をちょんと撫でた。


「——! 姉さん! 今の! 尻尾触っていいっスか!?」


「触らないで」


「えー!?」


「触ったら噛むわよ」


「う、うっス……」


 僕は立ち上がって、二匹を——左肩に黒猫を、右足にまとわりつく仔狼を引き連れて、塔の階段を降り始めた。


フクのお母さんは、ルークとの旅のさなかに出会ったフェンリル。

次なる明確な旅の目的地が決まり、いよいよ村を出立します!


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