春を告げる太陽の仔(中編)
中編です!
太陽の仔の背に乗ったノア。
極寒の吸熱フィールドが消え去り、「素材」が溢れる塔の上で、ノアの真骨頂である属性複合魔術が炸裂します。
音と光、そして圧倒的なスピード感。
「糸」を操る調律師と神獣の、息の合った連携をお楽しみください。
仔狼の背中は、想像していたよりもずっと広かった。
いや——「広い」というのは正確じゃない。
中心にいるこの子の物理的な体は仔狼のサイズのままだ。
ただ、僕の体を受け入れた瞬間、背中から立ち昇る炎のたてがみが巨大な成獣のシルエットを形作り、僕をふわりと包み込むようにしなって、体がずり落ちないように宙で支えてくれたのだ。
僕の体重は炎のオーラが引き受けており、仔狼自身にはまったく負荷がかかっていない。
まるで、燃え盛る太陽の神獣そのものに抱かれているような安定感。
「ナビゲート切り替えるわ。ノア、あなたの位置は『仔狼の背中』として計算する。あの仔の速度はウェンディゴとほぼ同等、加速力はこっちが上。ただし旋回はあっちの方が小回りが利くから、狭い壁際での鉢合わせは避けて」
「了解です」
「あと——あの仔にも聞こえるように指示を出すから、あなたは糸の操作に集中しなさい。足は任せて、手だけ動かして」
「最高の分業ですね」
「お世辞はいいから。——来るわよ!」
仔狼が、跳んだ。
床を蹴った衝撃が僕の背骨を真下から突き上げる——けれど不思議と痛みはない。
炎のたてがみがクッションになって、衝撃を全部冒い取ってくれている。
速い。
風じゃない——熱風だ。
仔狼が走るたびに四肢から噴き出す白金の炎が、塔の内壁に沿って螺旋を描いていく。
そしてウェンディゴが壁を蹴って突進してくる気配を、理の糸が教えてくれた。
骨のフレームだけになった怪物は、もはや「氷の巨獣」ではなく「骨の蜘蛛」だ。
四本の脚と長い尾を使って壁面を自在に這い回り、弾丸のような速度で一直線にこちらへ飛んでくる。
「正面衝突コースよ!——仔狼、左壁に飛んで! 角度四十五度で回避!」
仔狼がシオンの声に反応し、左の壁を蹴って軌道を変えた。
ウェンディゴの突進を紙一重で躱す——骨の爪がすぐ横を見えない風として通り過ぎていくのを、僕は背中の上で感じ取った。
「すれ違いざまよ、ノア! 右の後ろ脚の関節に氷の結節がある!」
見えた——光の線として。
すれ違いの一瞬、右手の人差し指が宙を走る橙赤の糸を五本まとめてつかみ、素早く指の間で撚り合わせる。
仔狼の体から放たれ続ける余熱が周囲に散らばっているから、炎の素材には事欠かない。
撚るたびに糸が桃色に発光し、指先がほんのり焦げる匂いがする。
弾——。
——結い。フレイムショット。
ドンッ、と短い爆音。
橙色の光弾がウェンディゴの右後脚の関節に直撃し、白い蒸気が爆ぜる。
小さな炎弾一発——だが着弾と同時に関節の氷が砕けて弾け飛び、怪物の着地が一瞬だけ崩れた。
「当たったわ! でもまだ浅い——核は壊れてない!」
「分かってます。あれは牽制です」
仔狼が壁を蹴って旋回しながら、僕は周囲の糸の配置を指先で走査した。
炎。
風。
水。
氷が溶けて、この空間にはあらゆる属性の糸が漂っている。
さっきの吸熱フィールドの中とは天と地の差だ。
素材があるなら——組み合わせられる。
「シオン。次、あいつの進路を読んで。三秒後にどこにいるか教えてください」
「——天蓋左端。壁を三回蹴って、あなたの頭上に降りてくるルートよ。三秒後の座標は十一時方角、高さ六メートル」
「ありがとうございます」
三秒ある。
右手で透明の糸を七本、左手で橙赤の糸を十本、同時に手繰り寄せる。
風と炎。
この組み合わせは、以前使った。
ルークたちと旅をしていた頃、三人が崩れた橋の向こう側に取り残されたことがあった。
僕がルークの聖剣に炎と風を纏わせて、岩盤ごと橋を吹き飛ばして道を作った——あの時の術を、少し縮小して。
左手の炎糸を芯にして、右手の風糸を外側から螺旋状に巻き付ける。
回転速度が増すにつれて、二色の糸が高速で絡み合いながら白熱し始め——先端が眩くなる。
竜巻の原理で熱密度と速度を跳ね上げる中級の構成だ。
「——結い。灼旋の槍」
リンンッ——!
弦が弾ける音と同時に、僕の左手から火柱が螺旋を描きながら射出された。
直径三十センチほどの炎の錐が赤橙色の残光を引きながら空気を裂き、金属を削るような甲高い音を放ちながら加速していく。
【豪炎の竜巻】の縮小・精密版——塔を丸ごと焼くような全力ではなく、一点を貫くために絞り込んだ精密な炎の錐だ。
天蓋を蹴ろうとしていたウェンディゴの左前脚を真横から射抜く。
「——ギィッ!!」
関節を包んでいた氷が爆砕し、螺旋炎が骨の隙間に潜り込んで核を焼き焦がした。
オレンジの閃光と白煙が塔の壁を焼き、ウェンディゴの左前脚が力を失って天蓋から滑落する。
「一つ壊したわ! ——残り六つ!」
---
四つ目の核を砕いたのは、仔狼が壁面を反時計回りに駆け上がった三周目のことだった。
ウェンディゴが右前脚で壁を引っ掻きながら体勢を立て直そうとした瞬間——僕は青い糸と透明の糸を交差させ、手のひらで押し広げるようにして空間へ放った。
——結い。ミストヴェール。
ふわ、と白い霧が爆発するように広がる——溶けた氷の水蒸気を風で一気に散乱させた初級の環境操作だ。
威力はゼロ。
だが一瞬で視界が白く塗りつぶされる。
その霧の中を、仔狼の金の炎だけが光の矢のように貫いてウェンディゴの死角へ回り込んだ。
「右脇腹! 脊椎の接合部よ!」
霧の中——僕は今度、黄白色に明滅する糸を三本手繰り寄せて指先で束ねた。
静電気が走って指先が痺れる。
——結い。水雷の電導。
バチィッ——!
霧の中に稲妻が走った。
白い霧が一瞬で発光し、霧そのものが巨大な導体となって電撃がウェンディゴの濡れた骨格を一気に伝う。
脊椎の接合部に埋まった核が青白い光を放ちながら激しく震えた。
「——ギャッ!」
「ノア、痺れてるわ! 今のうちに!」
仔狼が跳躍——黄金の炎の軌跡を引きながら、痺れて固まったウェンディゴの背中を飛び越えた。
その一瞬、僕は右手を背骨に向けて突き込み、青白く光る二本の糸を根元から力任せに引き抜いた。
ほどくのではなく、引き剥がす。
ブチンッ——。
骨格から引き千切られた氷の核が青白い光を散らしながら宙に放り出される。
回転しながら浮かぶそれへ——左手に溜めていた橙色の糸を一本弾いた。
パキン——閃光。
「四つ目、粉砕! ——残り三つ!」
---
五つ目と六つ目は、ほとんど同時だった。
ウェンディゴの動きが目に見えて鈍くなっていた。
核を四つ失った怪物は残りの支柱で軋む骨格を支えきれなくなり、跳躍のたびに嫌な音を立てて関節がぶれ始めている。
だけど——まだ諦めない。
怪物は残った三つの核に力を集中させ、全身の輪郭を覆うような氷の膜を薄く再生させつつ、ひたすら壁を蹴って逃げ始めた。
「逃げてるの?」
「違います。あいつは——冷やそうとしてる」
僕は指先で空気を読んだ。
ウェンディゴは高速で移動しながら通過した壁面の温度を奪い取っている。
塔全体の温度をもう一度下げて、失った氷の装甲を再生させるつもりなのだ。
時間を稼がれたら、振り出しに戻る。
「追い込みましょう」
仔狼の炎のたてがみに指を絡ませたまま、僕は今度——初めて、三属性を同時に手繰り寄せた。
右手に透明の糸(風)、左手に黄白の糸(雷)。
そして仔狼のたてがみから直接分けてもらった橙赤の糸(炎)を、口元で銜えるようにして三つ目として加える。
三色の糸が指先で交差し、バチバチと放電しながら絡み合っていく——風で加速した雷を、炎の外殻で包む。
着弾と同時に炎が爆ぜて帯電した破片をばら撒く、上級の複合構成だ。
「シオン、あいつの進路上、二秒後の座標を三カ所」
「——九時の壁面、高さ四メートル。続けて天蓋の角、そこから十二時の壁面に跳ぶわ」
「三点全部に撒きます。逃げ場を潰す」
「——結い。煌雷散華」
リリリン——!
鈴が三枚重なったような音が鳴り響き、三つの光弾——橙と黄白がぐるぐると螺旋を描く小さな火球——が僕の指先から同時に弾け飛び、仔狼の疾走の勢いに乗って三方向へ散開した。
一発目がウェンディゴの足元に着弾——轟音と同時にオレンジの炎が広がり、帯電した破片がバチバチと壁面に貼りついた。
ウェンディゴが壁を蹴ってそのエリアを離脱する——だが、跳んだ先の天蓋に二発目が待ち構えていた。
炸裂。
電撃を帯びた炎の破片がウェンディゴの角から尾まで舐め上げ、青白い放電がバチィッと全身を走る。
痺れた巨体がつんのめって三点目の壁面へ転がり落ちる——そこに三発目。
至近距離で爆発し、ウェンディゴの左後脚と背中の脊椎を同時に直撃した。
二つの核が眩い閃光を放ちながら同時にひび割れる。
パキン——パキン——。
「五つ目と六つ目——同時粉砕! ——残り一つ! 頭部の角よ!」
中編をお読みいただきありがとうございました!
風の透明な糸、雷の明滅する糸。
これらが指先で編み合わされ、轟音と共に魔法となっていく様子を感じ取っていただければ幸いです。
そして、ウェンディゴも追い詰められた末、最後の一撃のために冷気を凝縮させます。
次はいよいよ(後編)。
ノアと太陽の仔による、文字通りの「超」魔術が決着をつけます。
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