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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第2章 琥珀氷の黄昏郷

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太陽を起こす指先

い——ほどき。


圧縮された八十一本の炎が、怪物の胸の奥で弾ける。


一重目が解ける。二重目が弾ける。三重目——


そして、一年間飢え続けた太陽の仔の前に、世界で一番濃い焔が現れた。

「シオン。ウェンディゴの口——冷気のブレスの吐き出し口の座標を」


「正面、距離十一メートル。顎を開いた状態。——今もフィールドの吸引力が最も強いのはあの口腔部よ。放り込むなら、そこが一番確実」


「了解」


 右手を、持ち上げる。


 指先で挟んだ小さな結び目が——脈動している。


 とくん。


 とくん。


 とくん。


 小さな心臓みたいに。


 生まれたがっているみたいに。


 もう少しだけ待って。


 あと少しだけ——。


「——いきます」


 右手を振りかぶる——のではなく。


 人差し指を、静かに弾いた。


 リンッ。


 鈴の音が、一つ。


 凍てつく塔の最上階に、澄み切った音色が響き渡る。


 小指の爪ほどの結び目が——指先を離れた。


 ゆっくりと。


 ゆっくりと。


 焔の一粒が宙を渡っていく。


 音はない。


 光すら、ほとんどない。


 あまりに圧縮されすぎた炎は、もう燃えていない。


 燃えることすら許されないほどの密度で、自分自身を押し込められた熱の塊。


 それは——吸い込まれていった。


 ウェンディゴの吸熱フィールドが、新しい熱源を感知する。


 怪物の口腔が——結び目に向かって、吸引力を加速させる。


 当然だ。


 これだけの熱量だ。


 見逃すはずがない。


「——喰いついたわ!」


 シオンが叫ぶ。


 ウェンディゴの顎が、大きく開いた。


 琥珀氷の牙の奥に広がる底なしの冷気の渦が——小さな結び目を、丸呑みにする。


 飲み込まれた。


 瞬間——。


 塔が、揺れた。


「ノア! あいつの体内の糸が——暴れてる! 吸い込んだ炎を消化しようとしてるけど——追いつかない! 密度が高すぎて、体内の回路が焼けてる!!」


 想定通りだ。


 あの結び目の中には、八十一本分の炎が折り畳まれている。


 見かけの大きさは小指の爪ほどでも、展開したら——この塔の最上階を丸ごと埋め尽くす量の炎が詰まっている。


 怪物の吸熱回路では、処理しきれない。


「呑み込んだ炎が、体内を走ってる——胸部に向かってるわ! 回路が炎を一番冷たい場所に逃がそうとしてる——」


「一番冷たい場所」


「——氷の檻!!」


 届いた。


「シオン。今です」


「ノア——!」


い——ほどき」


 僕は——結び目を、解いた。


 正確には、十メートル先の、怪物の体内にある結び目に——指先から「解きの振動」を送り込んだ。


 糸は繋がっている。


 僕が結んだ糸は、どこにあっても——僕の指が届く。


 圧縮を、解放する。


 何重にも折り畳まれた結び目が——一つずつ、内側から弾ける。


 一重目が解ける。


 二重目が弾ける。


 三重目——四重目——五重目——。


 結び目が解けるたびに、炎の糸が膨張する。


 八十一本の炎が、一気に、本来の大きさに戻ろうとする。


 怪物の体内で。


 ——太陽の仔の、目の前で。


「——ギャアアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 ウェンディゴが——咆哮した。


 氷の肋骨の隙間から、琥珀色の——いや、もう白金色の光が噴き出す。


 塔全体が震える。


 天蓋の石が剥がれ落ちる。


 怪物の体が——内側から、膨れ上がる。


 吸熱フィールドが、消えた。


 一瞬で。


 あれだけ僕たちを苦しめていた極寒が——嘘のように消失する。


 代わりに——熱が来る。


 怪物の胸の奥から、途方もない規模の熱が溢れ出してくる。


「ノア——ッ!! あの仔が——あの仔が、炎を——!」


 シオンの声が裏返った。


 僕にも分かる。


 感じる。


 怪物の胸の奥で——何かが、目を覚まそうとしている。


 何かが——。


 僕が送り込んだ八十一本の炎を——。


 喰べている。


 むしゃむしゃと。


 がつがつと。


 一年間飢え続けた、小さな太陽が——世界で一番濃い焔に、齧りついている。


 『——あったかい』


 声が聞こえた。


 あの声。


 あの——震えていた、小さな声。


 『あったかい、あったかい、あったかいよ——!』


 歓喜だった。


 怪物の骨の檻の奥から——純粋な、燃えるような歓喜が溢れていた。


 氷の檻に亀裂が走る。


 ぱきり。


 ぱきぱきぱきぱきっ——!


 琥珀色の氷が——内側から、白金の光に押し割られていく。


 僕は見えない。


 でも——肌で分かる。


 理の糸が、歌っている。


 凍りついて沈黙していたはずの糸が、一本ずつ、震え始める。


 熱を取り戻した糸が——歌のような振動で、空間を揺らしている。


 温かい。


 温かい風が、僕の頬を撫でていく。


 吸熱フィールドの中で凍えていたこの体に——じんわりと、血が戻ってくる。


 指先に、感覚が蘇る。


「——ッ! ノア、見て……見えないけど、聞いて! あの仔の周りの氷の檻が——」


 割れた。


 塔全体を揺るがす轟音とともに——ウェンディゴの胸の中心が、白金の光で爆ぜた。


 骨の肋骨が吹き飛ぶ。


 氷の破片が四散する。


 そして——。


 その中から。


 光の塊が、こぼれ落ちた。


 小さな。


 本当に、小さな。


 白金色の毛並みを持つ——仔狼が。


 ぽとり、と。


 ウェンディゴの割れた胸の中から、塔の床の上に転がり落ちた。


「ノア——」


 シオンの声が震えた。


 怒りでも恐怖でもない。


「——あの仔、目を開けたわ」


 僕の足元で、小さな命が、息をしている。


 温かい吐息が、僕の靴の先を、ふわりと温めた。


お読みいただきありがとうございます!


『あったかい、あったかい、あったかいよ——!』


一年間「さむい」と泣き続けていた声が、初めて「あったかい」と笑いました。 書きながら泣きそうになったシーンです。


白金の仔狼が、ノアの足元に転がり落ちた——。 次回、太陽の仔に名前が与えられます。


ブックマーク・感想・評価、いつも本当にありがとうございます! 一つ一つの応援が、この物語を前に進める力になっています。

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