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世界を救った代償に存在を消された盲目の魔術師、黒猫と静かに世界を直していたら「第二の魔王」に認定されました【毎日更新中】  作者: ミロク
第2章 琥珀氷の黄昏郷

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戦略級魔術【恒星圧縮(コロナ・コラプス)】

八十一本の炎の糸が、たった一粒の結び目に閉じ込められた。


指先に——星がある。


ウェンディゴの吸熱フィールドと拮抗する、小指の爪ほどの焔。 それを——怪物に喰わせる。

「二十本目——」


 シオンの座標が続く。


 僕の指が、止まらない。


 感覚はもうほとんどない。


 指先に残っているのは、糸の手触りと、結び目の温もりだけ。


 二十本の糸が一つになった結び目を——折り畳む。


 結び目そのものを、もう一度結ぶ。


 ぎちっ。


 音が変わった。


 さっきまでの柔らかい「きゅっ」ではなく、金属の歯車が噛み合うような、硬い音。


 圧縮が、一段階深まった合図。


「ノア……指先が光ってる」


「見えませんけど、分かります。熱いですから」


 凍えていた指先が——結び目に触れている部分だけ、じんじんと灼けるように熱い。


 矛盾している。


 体は極寒の吸熱フィールドの中で凍え続けているのに、指先だけが——小さな太陽を握り締めているみたいに、燃えている。


「三十本目。——残り五十一本」


「ありがとうございます。——まだ足りない」


 三十本分の結び目を、さらに折り畳む。


 ぎちぎちぎちっ——。


 糸が悲鳴を上げている。


 これ以上は結べないと、素材そのものが抵抗する。


 普通は、ここが限界だ。


 炎の糸には本来の「密度の上限」がある。


 それを超えて圧縮すれば、糸そのものが崩壊して爆発する。


 ——でも。


 僕の指は、崩壊しない。


 理由は分からないけれど、昔からそうだった。


 他の誰にも触れない糸に触れ、他の誰にも結べない結び目を結ぶ。


 ルークに「お前の指はバグだ」と笑われた、この指。


 崩壊の寸前——ほどけかける糸を、さらに内側にたくし込んで——。


 結ぶ。


 ぎちりっ。


 密度が、跳ね上がった。




「四十本目——」


「五十本——」


 シオンの声が、少しずつ上擦っていく。


「ノア、あなたの指先にある結び目——もう普通の火じゃないわ。あの糸の密度、私の眼で正確に測れなくなってきてる」


「もう少し」


「六十本目——座標、九時方角、距離八メートル——遠いわ、吸熱フィールドの端ギリギリ!」


 遠い糸を引く。


 指先に力を込めると、距離八メートル先の炎の糸が——ぴん、と反応する。


 引く。


 手繰る。


 氷の空気を横切って、糸が僕の指先まで走ってくる。


 重ねて、巻いて、折り畳んで——。


 結ぶ。


 ぎちっ。


 結び目が——震えた。


 指先の中で、小さな球体が脈動している。


 心臓みたいに。


 生きているみたいに。


「七十本——残り十一本!」


「全部、ください」


「七時・三メートル、一時・五メートル、真下・零距離——」


 一本。


 結ぶ。


 一本。


 結ぶ。


 一本——。


 もう指の感覚がない。


 動いているのか動いていないのかすら分からない。


 ただ——糸の手触りだけが、僕の世界の全てになっている。


 七十八。


 七十九。


 八十。


「——最後の一本。ノアの真正面、距離十メートル。ウェンディゴの顎の下。酷く弱い。消えかけてる」


 最後の一本が、十メートル先。


 怪物のすぐ傍。


 吸熱フィールドの最も濃い場所で、風前の灯火のように揺れている。


 あと数秒で消える。


 ——届け。


 右手の人差し指を、真っ直ぐに伸ばす。


 指先から、意志の糸を飛ばす。


 十メートル。


 凍った空気の壁を貫いて——僕の指が、最後の炎に触れた。


 掴む。


 引く。


 一瞬の抵抗——それから、糸が手元に走ってくる。


 八十一本目。


 最後の炎の糸を、結び目に重ねる。


 巻きつける。


 折り畳む。


 そして——。


「——い」


 両手の感覚が消えた。


 指先に残っていた最後の力を、全部この一結びに注ぎ込む。


 ぎちぎちぎちぎちぎちっ————。


 悲鳴にも似た音が、指の骨の中を走った。


 八十一本の炎の糸が、一つの結び目に。


 結び目が、折り畳まれて。


 折り畳みが、さらに折り畳まれて。


 何重にも、何重にも、何重にも——。


 限界を超えて。


 限界の向こう側を、さらに超えて。


 世界が許容する密度の壁を、僕の指がこじ開けて——。


 最後の最後に。


 きゅっ、と。


 小さな鈴の音とともに——結び目が、閉じた。


 リンッ——。




 指先に——星がある。


 そうとしか、表現できない。


 見えないけれど、分かる。


 僕の右手の人差し指と親指の間に挟まれた、小指の爪ほどの結び目。


 その中に閉じ込められた熱量は——


「……ノア」


 シオンの声が、初めて聞くほど掠れていた。


「なに、それ」


「炎の球、です。八十一本分の」


「嘘よ……あの弱々しい炎が、こんな……指先に太陽を握ってるみたいな密度になるなんて……」


 シオンの声には恐怖が混じっていた。


 僕自身も、正直、少し驚いている。


 指先の球体が——脈動するたびに、吸熱フィールドの冷気が揺れる。


 怪物の力場と、僕の結び目の熱が、拮抗している。


 あの巨体のウェンディゴが生み出す吸熱フィールドと——たった一粒の結び目が、同じ重さで空間を押し合っている。


「……名前、何て言ったっけ」


恒星圧縮コロナ・コラプス


「大層な名前ね。——で、それをどうするの」


「喰わせます」


「……は?」


「ウェンディゴに。このまま正面から、放り込みます」


 シオンが、僕の肩の上で固まったのが分かった。


「あいつは今、周囲の熱を際限なく吸い込んでるんでしょう?」


「ええ——だから避けられないってこと?」


「はい。避ける必要がないんです。あの怪物の方から、勝手に吸い込んでくれますから」


 吸熱フィールドという名の、大きく開いた口。


 そこに——太陽の密度を持つ一粒を、放り込む。


 怪物は抵抗できない。


 だって、「熱を吸い込む」のは怪物自身の本能だから。


 毒だと分かっていても——吸わずにはいられない。


「吸い込んだ熱は、あいつの体内の回路を通って——一番冷たい場所に集まる」


「一番冷たい場所……」


「氷の檻。太陽の仔が、眠っている場所です」


 シオンが、小さく息を漏らした。


 分かったのだろう。


 僕の狙いが。


「炎の結び目が檻に届いた瞬間——圧縮を、解く。八十一本分の炎が、一気に解放される」


「——それで、檻が溶ける」


「檻だけじゃありません」


 僕は、笑う。


「解放された炎を——太陽の仔が、喰います」


 あの子は太陽の神獣だ。


 炎は、あの子のご飯。


 一年間、怪物に熱を奪われ続けて飢え続けていた、太陽の仔。


 その前に——八十一本分の、凝縮された炎の塊が現れたら。


「お腹を空かせた太陽が、世界で一番濃い焔を腹一杯に喰らう」


「そうしたら——」


「怪物の中で、太陽が目を覚ます」


 シオンが——息を、呑んだ。


「……あなた、本当にとんでもないことを考えるわね」


「褒め言葉ですね」


「違うわよ。——でも」


 肩の上で、シオンの体から震えが消えた。


「やりなさい」





お読みいただきありがとうございます!


「避ける必要がないんです。あの怪物の方から、勝手に吸い込んでくれますから」


毒と分かっていても、吸わずにはいられない。 吸熱フィールドが今度はノアの武器に変わります。


そして「やりなさい」と背中を押すシオンの一言。 この二人の信頼が、最高に好きです。


次回、怪物の体内で恒星が解放され——太陽の仔が、目を覚まします。


感想・ブックマーク、本当にありがとうございます。皆さんの応援が物語の燃料です。

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