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月ヶ瀬美佐子の軌跡  作者: しんた☆
6/11

6 手掛かり

 次の休日、二人は早速、奥の森神社を目指した。石段を登り、鳥居をくぐり、境内が見えてくる。美佐子の足は、引き寄せられるように宝物庫へと向かって行った。

「ここです。私が目を覚ましたのは、ここだと思います」

 中の物が搬出され、崩れかけていた宝物庫はきれいさっぱりなくなっていた。ただ、建物の土台が残っていて、すぐそばの大きな杉の木が無残にも裂かれた状態のままになっていた。

「そうか、確かにあの夜は雷がすごかったからなぁ」

 感慨深げに杉の木を見上げていた佐伯が、ふいに美佐子に向き直って提案してきた。

「思い切って、ここの人に事情を聞いてみるか?」

 不安げな瞳が佐伯に向いたその時、後ろから足音が近づいてきた。

「おはようございます。ここは、少し前に落雷に遭いまして、このような姿になっております。ですが、まだ枯れずに立っていてくれるので、見守っていこうと…」

 二人が振り向くと、涼やかな水色の袴を着た男がにこやかに説明していたが、美佐子の顔を見ると、目を大きく見開いて言葉を途切れさせた。

「あ、あの…。あなたは、その…」

 その変貌ぶりに眉をしかめた佐伯が、美佐子を守るように自分の後ろに回して、男に向き合った。

「あの、失礼ですが、あなたは?」

「ああ、申し遅れました。私はここの禰宜をしております庄司と申します。その…、お連れの方が、知人にあまりにも似ておりましたので、つい…」

 それを聞いた美佐子は、そっと佐伯の背中から顔を出した。

「それは、もしかして、この中にあった箱の?」

 すると、口元を引き締めた庄司が、そそくさと二人を社務所に招き入れた。

「で、ではやはり、関係者の方だったのですね。宝物庫に安置しておりました桐の箱の中の蝋人形と思しきものが、落雷の後無くなって、探しておりました。とある人物から預かっていた物ですが、詳細は教えてもらえないままでした。失礼ですが、あの中にいたのは…」

 その続きを口にするには、憚れるような気がして、庄司は言葉を濁した。ちらっと美佐子を伺う庄司に、申し訳なさそうに頷く。

「私、みたいです」

 それから、美佐子は、覚えている限りのこれまでのことを、簡単に庄司に話して聞かせた。

「では、それまでの記憶はないということですか?」

「はい。思い出そうとすると、頭が痛くなって…」

「そう言えば、先ほどある人物から預かったと言われていましたが、その方についておしえてもらえませんか?」

 うなだれる美佐子に佐伯が助け舟を出した。すると、庄司は思い出したように手帳を取り出した。

「ええーっと。ああ、ありました。あの落雷の後、彼の事務所に連絡を入れたんです。石田というんですが、私の学生時代の友人で、今は探検家として世界中を飛び回っています。その時は、ソロモーニア諸島の小島に向かったと言われました」

「ええ! もしかして、ルレ島ですか? 先日土砂崩れがあった」

「え、そんなことがあったんですか?」

 庄司が驚いていると、ドアをノックする音がして、どうやら何か急な用事が入ったらしく、庄司は後ろ髪引かれる想いで出かけて行き、二人は一旦引き上げることになった。

帰り道、佐伯の提案で、二人は図書館に向い、ルレ島に関する書籍を探したりした。

「さっき、どこに行かれてたんですか?」

 アパートに向いながら、ふいに美佐子が尋ねた。調べ物をしている時、佐伯が少し席を外していたのだ。

「ああ、身分証を提示して調べられるエリアがあったから、少しな」

 さらりと流す様に話すが、それは美佐子に確固たる身分を証明するものがないことを物語る。     

「まぁ、これと言って、なにもなかったがな。あー腹が減ったなぁ。何か食べたいものはあるか?」

「じゃあ、今からデートですね!」

 なんとなくごまかされたような気分になりながらも、美佐子はそんな佐伯の提案に乗ることにした。

 海沿いのレストランでランチをして、最近始まったアマチュアアーティストの展示会を冷やかし、夕方にはいつもの店に戻ってきて、佐伯が自ら作ったカクテルを楽しんだ。もちろん、入り口にはCLOSEの看板を掛け、二人きりの貸し切りだ。

「なぁ、美佐。俺は、お前がどんな人間だったとしても、変わらず傍に居るから、一人で抱え込むなよ」

 40前の男には、ちょっと照れ臭いセリフも、酒の力を借りることですんなりと口から滑りだす。美佐子は、佐伯が何かを知り得たのだと直感的に気づいたが、今はその言葉に甘えていたいと思った。佐伯の腕が、そっと美佐子の肩を引き寄せる。それは、ずっと前に経験したようなときめきで、これから起こる何かにおもわずドキドキしてしまう。

―もしかして、私、彼氏がいたのかもしれないなー

そんな思いが微かに頭の片隅に浮かんだが、目の前の佐伯の熱を帯びた視線に飲まれるようにその腕に身をゆだねた。


 翌朝、目を覚ますと、そこはカフェの2階だった。ベッドのほかは、大きなモニターとパソコンがディスクの上に鎮座している。ここが佐伯の実質の住処という事だ。ただ、佐伯の姿はすでに無かった。時間は6時。美佐子は身支度を整えに一旦アパートに戻ることにした。

 再び店にやってくると、佐伯が開店準備をしているところだった。美佐子もそれに従って、店先の掃除を始める。この時間は海風が心地よくて、思わず海を振り返ってしまう。すると、店内から佐伯が声を掛けた。

「朝飯、まだだろ? 一緒にどうだ?」

「あ、えっと、いただきます」

 佐伯の瞳に、微かに熱を感じて昨夜のことを思い出し、思わず上ずってしまう。

「その…、体は大丈夫か?」

「あ、はい。大丈夫です」

「そ、そうか。熱っ!」

 淹れたてのコーヒーなどいつも飲んでいるはずなのに、こぼしそうになって慌ててテーブルを拭く佐伯が、美佐子には無性に愛らしく思えて胸が締め付けられた。

「私は幸せ者ですね。身元も分からないのに、こんな風に…か、海斗さんに守ってもらえて」

 まだ名前を呼ぶのには恥ずかしさがにじみ出てしまう。そんな甘い空気をからかう様に海風が通り過ぎた。

「さて、今日もがんばらないとな」

「はい!」

 朝食を片付けていると、早速親子連れがやってきた。気温が上がって、小さな砂浜にも人が多くなり、いよいよ店も稼ぎ時になってきた。

 ひと夏を過ぎる頃には、二人の息もぴったりで、生活のリズムもしっかりと出来上がってきた。美佐子のアパートには碧がしっかりと腰を据え、佐伯の兄の家からは引き払ってしまった。ただ、帰って来てからの碧は少し塞ぎがちで、本来の明るい性格でごまかしているのが美佐子には気がかりだった。

 そして、定休日には何度か奥の森神社にも足を運んだが、石田は行方不明のままで、がけ崩れ現場の復旧にも随分時間がかかっているとのことだった。


 季節が変わって海に来る人がまばらになってきた。店に来るのは、近所の常連が主で、バータイムは男性がほとんどだが、昼間は家事が一段落した奥方たちでにぎわう。美佐子ともすっかり顔なじみだ。

「美佐ちゃん、聞いてよ~。うちの旦那ったら、アイドルのライブに行くっていうのよ。いい歳して、いつまでも落ち着かないんだから」

「あら、うちなんて、サーフボードにしか目がないから、ここより波の高いところに遠征に行くって、お客さん連れて一週間も留守にするって言うのよ。まったく、こっちの身にもなってほしいわ」

「ふふふ。みなさん、お元気な証拠ですね」

 いつもの愚痴大会も、すっかりおなじみだ。

「ねえ、美佐ちゃんはいつ結婚するの?」

「あら、もう籍は入れたんでしょ? なんだか最近の美佐ちゃんは、落ち着いてきたって言うか、大人っぽくなったと思うのよねぇ。新妻の色気ってやつぅ?」

「あらぁ~、いいわねぇ」

 パワフルな女性客に美佐子も楽し気に笑っていた。ただ、そんな日の夜は、鏡の前でパックに余念がない。もちろん籍は入れていない。今の時代の美佐子には、籍すらもないのだ。しかし、彼女の問題はそんなことではない。最近、肌に張りがないと感じるようになったのだ。佐伯は、そこまでしなくても充分きれいだと言うが、そういうことではないのだ。大人っぽくなったとか、落ち着いてきたという言葉は、裏を返せば若さがなくなってきたということでもあるのだ。

そんなある日、久しぶりに菅野が顔を出した。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは…」

 なんとなく、落ち着かない感じに違和感を覚えた美佐子は、グラスを磨きながら菅野が話し出すのを静かに待った。すると、意外な言葉が聞こえて来た。

「あの、実は…。僕、事情があって小学生の頃から伯父さんちで世話になっていたんです。叔父さん夫婦は共稼ぎで夜まで家には誰もいないので、よくとなりに住んでいたおじさんの家に遊びに行っていたんです。急に何の話だって思うでしょう。でも、先日、ソロモーニア諸島の事を調べたいと言われて、思い出したんです。そのおじさんもソロモーニアに行ったことがあると話してくれたこと」

「ソロモーニアに?」

 美佐子の手がぱたっと止まった。それを目に止めて、菅野は一枚の写真を差し出した。幼い菅野と覇気のない中年男が写っていた。その写真を食い入るように見ていた美佐子は、遠慮気味に尋ねる。

「この方のお名前は、分かりますか?」

「はい、先日やっと伯父さんが思い出してくれて、写真を送ってくれたんです。この方は、柳瀬さん。柳瀬 卓さんです」

「や…なせ すぐる…」

 美佐子の目が、ゆっくりと窓の外に見える海へと視線を移す。冬が近い海は、どんよりと薄暗い。その時、再び激しい頭痛が美佐子を襲った。倒れる音に気付いた佐伯が慌てて店内に下りてくると、茫然と立ち尽くす菅野に気が付いた。

「おい、なにがあったんだ? 美佐! しっかりしろ」

「ご、ごめんなさい。急に頭痛がして…。でももう大丈夫。落ち着いてきたわ」

「無理をするな。2階で寝てろ。店は俺が見ておくから」

 佐伯に追い立てられて美佐子が2階に上がると、佐伯の目が菅野を射抜く。

「いや、僕はなにもしていないですよ。そんな、睨まないでくださいよ。ただ…前に月ヶ瀬さんに頼まれて南の島の事を調べた時に、思い出したことがあってその報告に来たんです」

「報告?」

 訝し気な佐伯に、隠し事は出来ないと悟ったのか、菅野は先ほどのことを佐伯にも話して聞かせた。佐伯は腕を組んでしばらく考え込んでいたが、ふっと息を吐いて菅野に向き直った。

「変な誤解をして、すまない。ソロモーニアの事は、俺も聞いているし、少し調べてもみたんだ。あいつが昔、あの島に行ったのは間違いないだろう。行方不明の女性の名前や当時の新聞でみた顔写真もそっくりだった。それで、その柳瀬という人物は今どうしているか分かるのか?」

「それが、すでに引っ越されたみたいで、分からないそうです。あの行方不明の事件から48年。あのおじさんもたぶん、当時は20代半ばだったと思います」

「そうか…」

 菅野に礼を言って見送った佐伯は、その夜パソコンにかじりついて調べ物をしていた。

「あった! 柳瀬 卓、地殻変動について調べていたのか。確かにあの辺りは地震が多いからな」

 画面に出てくる柳瀬は、大学教授で地質調査の研究者、民族学についての執筆などとあり、早速本を取り寄せることにした。



つづく

読んでくださってありがとうございます。

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