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月ヶ瀬美佐子の軌跡  作者: しんた☆
4/11

4 ルレ島

***


 島で唯一のホテルのラウンジで、探検家の石田 隆二は水割りを楽しんでいた。今回の旅では、火山帯の調査の案内役という立ち位置だったため、行程は気楽な物だった。夕方の便で、調査隊のメンバーは帰国していった。手元のグラスを揺らして、カランっと心地よい音を響かせる。

「さて、ここからが俺の仕事だ。今回こそ、秘境の村を見つけるぞ」

 石田は、20年も前に出会った不思議な男のことを思い出していた。飛行機を乗り継いで、南半球のこのルレ島に来たのは、あれが初めてだった。


無人島を開発して観光スポットを作ると聞いて、視察に付き合ったのだ。それまでは、隣のヴァレ島に来た観光客に、プライベートビーチと称して東隣の無人島・ルレ島の一部の砂浜を解放しているだけだったのだ。ささやかなバンガローに一泊して、秘境を満喫するというものだ。水道も電気もないところに、ヴァレ島から水を運び込み、夜はランプの明かりだけで自然を楽しむ趣向だ。それがじわじわと人気が出て、ちゃんとした観光スポットを作ろうと欲が出たというわけだ。

 ルレ島は、ヴァレ島に近い西側のエリアだけが使われているだけで、その大部分が密林となっていてだれも本当の姿を知らない。それが石田の探検家としての好奇心をくすぐった。若かったこともあって、勢いで手つかずの密林へと足を踏み入れたのだ。しばらく登っていくと、突然視界が開け、足元には滝があるのが分かった。その景色のすごさに気を取られ、足を滑らせたかと思うと、一気に斜面を滑り落ちた。そして、気が付くと、黒いフードを被った男が石田の様子をじっと見ていたのだ。男は、片言のフランス語で日本人かと聞いてきた。頷くと、ここで見たことは絶対に口外するなと強い口調で脅してきたのだ。思わず身構えたが、自分の怪我の手当がされていて、助けられたのだと悟った。

「3日経ったら、ヴァレ島に向かう船を出す。それに乗って帰れ。それまでの滞在は許す。だが、この部屋からは出るな」

そう言われても、怪我をしていた自分には頷くことしかできなかった。しかし、その建物の中では、食事を与えられ、傷の手当てもしてもらえた。石田の身の回りの世話をしたのは、小柄な少女だった。翌日になって、朝食を運んできた少女を、男が慌てて止めた。

「母上、そのようなことはなさらないでください。あなたは、唯一の奇跡の人なのですから」

「でも、仕事もしないで養ってもらっては、バチが当たります。私にもできる仕事を…」

 フードを被った男は、石田の目を気にして、少女を別の場所に連れて行った。

その日の夕方、建物の回りが妙に騒がしくなった。怒号が飛び交い、物が壊されるような音も聞こえて来た。そして、例の男が部屋に駆け込んで来たかと思うと、すぐに島を出ろと叫んだのだ。

そこからのことはよく覚えていない。暗くなりかけた入江にやや大きめの船が停泊していて、そこにたくさんの荷物と共に押し込まれたまま、すぐに船は出港した。そして、ヴァレ島に到着すると、今度は、船員が空港まで送り届けてくれたのだ。

親切な人々だと思っていたのはその時までだ。自宅に帰り着くと、大きな荷物が玄関ドアの前に置かれていた。こんな仕事をしていると、現地でもらった物を自宅に送ることもしばしばで、運送屋もすっかり慣れっこのようだ。あて先は自分。送り主は、ヴァレ島の観光会社となっていたが、電話は通じなかった。中身を確かめると、見覚えのある自分の荷物と一緒に、気味の悪い木箱が入っていたのだ。そして小さなメモに「cacher」と記されていた。石田の背中に嫌な汗が流れる。まさか、違法薬物か。木箱をそっと開けると、若い女性が横たわっていた。叫び声をあげそうになるのをぐっと堪え、もう一度確かめる。触れると冷たいが、船で運ばれたにしては、腐敗が進んでいるわけではない。そこで石田はふと思いついた。もしかしたら、これは蝋人形ではないかと。どう見ても日本人女性だ。自分に日本人かと聞いたのは、そう言う事だったのか。しかし、こんなものをどうしろというのだと、石田は困惑した。

やっと帰り着いた自宅には、他にも山のような郵便物が突っ込まれている。荷ほどきもそこそこに郵便物を確かめていると、同窓会の案内が入っていた。次の仕事まで予定もない。石田は同窓会に出席することにした。あわよくば、そこでこの困った荷物を預かってくれるところが見つかるかもしれない。そして、思惑通り、神社の跡取りに荷物を押し付けることに成功した石田は、この場所に来るまでそのことをすっかり忘れていたのだ。

 

今回は、先日大きな地震が起こった直後だったので、地質調査も念入りに行われた。あれから数日が過ぎ、余震の心配もほぼなくなったと言える。今がここを調べるチャンスなのだ。昔の記憶を頼りに石田は船をチャーターし、入江を探し始めた。こんな秘境の中でどうして蝋人形など作っていたのか、あの日、一体何が起こっていたのか、そして、あの蝋人形のモデルはどうなったのか。知りたいことは山のようにある。

「考えように寄っちゃ、大金が手に入るかもしれないな」

石田はククッと口角を上げた。しかし、思わぬことでこの探検は頓挫した。現地の案内役が、島の東側には行きたくないと断ってきたのだ。相場より、ぐんと報酬を上げても、そちら側には行きたくないと頑として首を縦に振らない。

「何か、あるのか?」

 石田の質問に、年配の男たちは横を向いた。若い男が、こそっと耳打ちする。

「島の東側には、魔術を使う村がある。あちらに行ったら、二度と帰ってこれない。俺たちが手助けするのはここまでだ。お前も命が惜しかったら、黒いフードを被った者には絶対に近づくな」

 例の入り江に辿り着く前に、近くの砂浜に船を停めて、男たちはさっさと石田の荷物を下ろすと帰ってしまった。

「おい、それはないだろ!」

 叫んでみても、彼らが帰ってくることはなかった。石田は仕方なく大きなリュックを背負って海岸沿いを歩きだす。赤道からも近いこの島は常夏だ。少し歩いただけで喉がカラカラに乾く。石田は海岸を離れ、水を求めて内陸へと足を運んだ。しばらく行くと、水の音が聞こえ、思わず足を早めた。青々と茂った雑草の隙間に小川が流れているのが見つかり、思わずしゃがみ込んで水を飲んだ。その時、微かな揺れを感じたかと思うと、いきなり土砂が襲い掛かってきた。

「うわぁ!!」

 南半球の小さな島で起こった大災害のニュースは、瞬く間に全世界に流された。


***


「月ヶ瀬さん! 大丈夫か?」

「しーっ! 病院で騒ぐんじゃないよ。疲れが出たんだろうって話だったけど、念のため一晩様子を見てから退院になるそうだよ」

「はぁ、そうか…」

 大きく息を吐いてほっとする佐伯を見て、碧は思わずふふっと噴出した。

「アンタ、相当参ってるみたいだね。39歳独身男にも、やっとやーっと春が来たのかねぇ」

「な、何言ってんだ」

 佐伯はプイっと顔を背けた。それでも負けじと言い返す。

「兄貴から連絡あったぞ。おふくろが出て行って、行方不明だって。ちゃんと連絡してやれよな」

「だぁって、嫁がきっちりしていて息苦しいんだよ。その点、美佐ちゃんはいい子だよ。やっぱりあのアパートに戻ろうかしら。あの子と二人なら狭くもないし」

「おふくろ…」

「まぁ、今回みたいなことがあるんなら、なおさらこの子を一人には出来ないでしょう」

 ベッドで静かに寝息を立てる美佐子を心配そうに見つめる碧の表情は硬かった。しかし、気分を変えるように席と立つと、ポンと息子の肩を叩いてにやりと笑う。

「変なことするんじゃないわよ。じゃあ、私はあの子の部屋に帰るわ」

「おい! んなことするか! まぁ、気をつけてな」

 碧を見送ると、佐伯はベッドの横にあるスツールに腰かけた。微かな風圧に美佐子が横向きに寝姿を変えると、佐伯はその頬にかかった髪をそっと耳にかけてやった。

「はぁ~。まさか、こんな若いのに落ちるとはな」

 中年男のつぶやきは、深夜の病室に儚く消えた。

 翌朝、すっかり元気になった美佐子は、佐伯の車でアパートに戻ってきた。部屋に入ると、碧がごちそうを作って待っていた。

「退院おめでとう、美佐ちゃん」

「ああ、ありがとうございます。なんだか大事になってしまって、ごめんなさい」

 平謝りの美佐子をぎゅっと抱きしめて、回復を喜んだ。

「それで、急な事なんだけど、私、この部屋に戻って来てもいいかしら。また、あんなことがあったら心配だし、美佐ちゃんと二人なら、老後も楽しく暮らせそうだし」

「私、ここに居ていいのですか? もともと碧さんのお部屋だったのに…」

「貴方と一緒がいいのよ。たまに野暮ったいのも来るかもしれないけどね」

「野暮ったい?」

 美佐子の荷物を運び入れていた佐伯が聞きとがめたが、碧は楽し気に笑っていた。三人で囲む食卓は穏やかで、その分美佐子の中の得体のしれない自分が不安で嫌になる。

「昨日の大規模土砂崩れから一夜明けた現地に、各国のボランティアが入っています。今のところ死者はなく、数名のけが人がいる模様。その中に探検家の石田 隆二さんがいる模様です。」

「あんな辺鄙な島に何をしに行ってたんだ? 物好きだなぁ」

「何か、面白い物でもあるのかしらねぇ」

佐伯親子の会話を聞きながら、箸が止まったままの美佐子は、テレビの画面にくぎ付けになっている。

「おい、どうしたんだ? どこか痛むか?」

「あ、いえ。大丈夫です」

「ゆっくりしたらいいのよ。退院したばかりなんだから」

 美佐子は温かな二人に心配かけまいと、笑顔で食事に取り掛かった。



つづく

読んでくださってありがとうございます。

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