表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第7章 大人との恋
87/265

333 つまらない男

 藤城皐月(ふじしろさつき)が6年4組の教室に入ると、いつも通り最初に松井晴香(まついはるか)小川美緒(おがわみお)惣田由香里(そうだゆかり)の三人組と顔を合わせた。

 皐月は賑やかな三人を見るといつも和むが、土曜日にイオンで晴香に入屋千智(いりやちさと)と一緒にいるところを見られている。そのことで晴香に何か言われるんじゃないかと身構えた。

「おはよう」

 彼女たちも皐月に挨拶を返し、美緒が最初に皐月の変化に言及した。

「藤城君、髪切ったんだね」

「あっ、わかった?」

「うん。格好良くなったよ。カラーも紫が鮮やかになった」

「へへっ。今週は修学旅行だから、ちょっとはお洒落にしないとね」

 皐月は以前、美緒のヘアーを褒めたことがあった。きっと美緒はその時の恩を返してくれたのだろう。美緒の気遣いにささやかな幸せを感じていると、晴香が神妙な顔をして皐月に話しかけてきた。

「イオンで会った子って、藤城の彼女?」

 避けられないことだとは思っていたが、こうもストレートに聞かれるとかえってすっきりする。皐月は晴香のこういう率直なところが好きだ。

「違うよ。あの時、友だちって紹介したじゃん」

 美緒と由香里の反応を見ると、晴香はまだ二人にこの話をしていなかったようだ。

「そうだけどさ……美耶に何て説明したらいいのか……」

「見たまま言えばいいよ。あの子のことは噂になってるみたいだだけど、松井の言葉なら筒井も信用するだろ」

 千智とのことが噂になっているのは皐月も知っていた。憶測の域を出ない噂なので、言いたいように言わせておけばよいと思っていた。

 だが、噂の真偽を直接聞かれた時には友だちだと答えるようにしている。千智を好奇の目に晒したくないからだ。千智のことをただの友だちとは思っていないが、皐月には他にも好きな子がいるので、人には恋人だと紹介できない。


「なんだ。噂の子って、ただの友だちだったんだね。じゃあさ、これまで以上に美耶ちゃんと藤城君のこと応援しちゃおうかな」

 由香里が楽しそうに皐月をはやし立てた。

 筒井美耶(つついみや)は誰からも好かれるキャラなので、クラス中の女子から皐月との恋愛を応援されている。その美耶の応援団の筆頭が由香里であり美緒だ。

 由香里は自分の恋愛よりも友だちの恋愛の方に関心があり、晴香の月花博紀(げっかひろき)への想いを一番近くで支えている。美緒は1学期の時、皐月と美耶と席が近かったせいか、美耶と皐月が付き合うことを本気で願っている。

「筒井に俺のことを推すのはやめたほうがいいな。筒井には俺なんかよりもっといい奴が相応しい」

「なによ。藤城君がだいぶマシになってきたから、応援しようって思ってんのに」

「惣田は俺のことを過大評価をしてるんだよ。俺みたいなクズなんか親友にくっつけようとしてんじゃねえよ」

 今まで皐月はクラスの女子から美耶との仲を応援されることが嬉しく、からかわれることにさえ快感を覚えていた。それは家族や友人たちでは満たされなかった孤独感が、女子からのおせっかいで埋め合わされているような気がしていたからだ。

 だが今は違う。皐月はもう、恋愛に関しては自分のことを人から応援されるような男ではないと思っている。

 心の純潔は失われ、体は体液で汚れている……由香里や晴香、美緒らと話をしているうちにつらくなってきた。皐月はいたたまれなくなり、そっとその場を離れた。


 自分の席へ行くと、同じ班の三人の女子がいつもと同じことをしていた。後ろの席の吉口千由紀(よしぐちちゆき)は本を読んでいて、隣の席の二橋絵梨花(にはしえりか)と前の席の栗林真理(くりばやしまり)は受験勉強をしている。

 皐月は晴香たちとは違う、この三人組の関係が好きだ。この空気はいつも皐月を安心させる。

「おはよう」

「おはよう」

 いつも真っ先に挨拶を返してくるのは絵梨花だ。最近は勉強する手を止めて皐月の話し相手になっている。千由紀は顔を上げて挨拶をするとすぐに読書に戻り、真理は顔も向けず声だけで挨拶を返す。機嫌のいい時だけ振り向いて絵梨花との会話に加わる。

「藤城さん、髪を切ったんだ。また格好良くなったね」

 真理が慌てて振り向いて絵梨花を見た。涼しげな目が開き、怜悧な顔が阿呆みたいになっていた。

「ありがとう」

 下手なことは言えないな、と真理を見て言葉が詰まった。ただ穏やかに微笑むことしかできなかった。


「皐月の髪の毛、色が鮮やかになってる。染め直したんだ」

 取ってつけたように真理が会話に加わってきた。

「うん。黒に戻そうか迷ったんだけど、修学旅行までは派手にしておこうかなって思って」

「どうして黒に戻そうなんて思ったの?」

「うん……稲荷中学って校則が厳しいじゃん。そろそろ気持ちを切り替えようかなって思って」

 皐月は以前、校門の前で4年生の石川先生から言われた言葉を気にしていた。身だしなみの乱れは心の乱れ……この言葉が皐月の中に(おり)のように残っていた。因果関係はないけれど、身だしなみを整えれば今の私生活になんらかのいい影響があるかもしれないと思った。

「藤城君って、つまんないこと考えるんだね」

 今まで本を読んでいた千由紀に辛辣な言葉を浴びせられた。皐月は勝手に千由紀のことを自分の味方だと思っていたので、この言葉は効いた。

「そうだね……自分でもつまんないって思うよ」

 皐月はランドセルの中身を机の中に入れ、席を立ってランドセルを片付けに行った。一人になりたくてもなれない教室がこんなにも居心地が悪いとは感じたことがなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ