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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第7章 大人との恋
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307 修学旅行の挨拶

 給食当番の藤城皐月(ふじしろさつき)は給食室に食器を片付けに行った後、修学旅行実行委員会の仕事のため児童会室へ向かった。他の班のメンバーは6年4組の教室に戻るようなので、方角が違う皐月はみんなと給食室で別れた。栗林真理(くりばやしまり)が寂しそうな顔をしていた。

 児童会室へ入ると副委員長の江嶋華鈴(えじまかりん)と書記の水野真帆(みずのまほ)がすでに来て話をしていた。

「遅れてごめん。今週は給食当番なんだ」

「私は来週」

 真帆が皐月の言い訳に応え、プリントを手渡した。

「出発式と到着式の挨拶文をプリントしたから読んでみて。私は後で、その紙の日付を今年度用に修正したり、委員長と会長がアレンジしたいってところがあれば直してプリントしてあげる。一度音読してみて」

 真帆に手渡されたプリントは加筆修正しやすいように行間を広めにしてあった。

 皐月が華鈴と真帆の前で音読するのは恥ずかしいと躊躇していると、華鈴が自分の挨拶文を音読し始めた。人に聞かせるような音読の仕方ではなかったので、皐月も華鈴の真似をして小声でブツブツ言うように挨拶文を読み始めた。

 華鈴は挨拶文を読み終わり、赤のボールペンで何かを書き始めた。どうやら修正箇所があるようだ。皐月は日付以外に直すところがないと思っていたので、華鈴の行動を意外に感じた。


「直すところなんてあるの?」

「うん。言葉遣いが子どもっぽいところとか、自分が言いにくいところとかを直しちゃおうかなって思ってる。藤城君は直さなくてもいいの?」

「今のところは日付だけかな。何か言い足りないことがあったら、当日アドリブでも入れるよ」

 真帆が皐月の直しを入れた原稿を欲しがったので手渡すと、議事録に入力してあった挨拶文を書き直した。

「はい。後は覚えるだけだね、委員長」

 真帆に返された原稿を受け取った皐月はすることがなくなったので、真帆が今打ち込んだ画面をなんとなく眺めていた。真帆は華鈴からも原稿を受け取り、皐月の目の前で修正した文言を打ち直した。仕事の早い真帆はその作業をすぐに終わらせた。

「私の役割は終わったから、教室に戻るね。二人の邪魔をしたくないから。じゃあね」

 タブレットを閉じた真帆はさっさと児童会室を出て行ってしまった。


 引き戸の締められた児童会室で、皐月は華鈴と二人きりになった。華鈴は手に取った挨拶文を早口の小声で読み始めた。

「なあ、江嶋。これ、今日覚えるのか?」

「そのつもりだけど……」

「今覚えたって、当日までに忘れちゃうだろ? 前日に覚えればいいじゃん」

「旅行の前の日に暗記なんてしたくないよ。ワクワクするだけにしたいから、今日覚えちゃおうって思ってるの」

「あ〜、なるほど。それもそうだな。江嶋、賢いな。じゃあ俺もここで覚えていこうかな」

 皐月は挨拶文を黙読しながら、時々目を瞑り、覚えたところを早口で暗唱した。目を開けて、合っているかどうかを確認し、一文字も間違っていなかったら次のフレーズに移った。最後まで覚えたら通しで暗唱して、正確に暗唱できるまでこの作業を繰り返した。皐月は5分とかからず出発式と到着式の挨拶文を暗記することができた。

「よしっ! 覚えた」

 皐月は勢いよく席を立ちあがった。

「ウソっ!? 藤城君、もう覚えちゃったの?」

「まあね。完璧だと思うよ。江嶋はどのくらい覚えた?」

「私はまだ旅館に到着した時の挨拶すら覚えていない。あ〜もうやんなっちゃう……」

「旅館への挨拶の方が俺のより長いのか?」

 皐月が華鈴の座っている背後に回り込んで原稿を覗き込むと、皐月の原稿の半分くらいの長さの文章しかなかった。


「結構修正したんだな。江嶋が直した文章の方がいいじゃん。賢い子の挨拶って感じで」

「賢い子とか言わないでよ。藤城君の方が私より頭がいいじゃない。覚えるのだって早いし、5年生の時だってクラスで一番勉強ができたし」

 華鈴が手にしていた原稿を机に置き、暗記をやめてしまった。ため息をつき、悲しそうな顔をしていた。

「まあ、そんなの当日までにゆっくり覚えればいいじゃん。それよりさ、江嶋たちのクラスって、バスレクどうするか決めた?」

「うん。まあ一応。バスレクって言えるようなことじゃないけど、バス会社が所有しているDVDを流すことにした」

「バス会社所有のDVD? なんでそんなことするの?」

「自分たちで持ち込んだメディアは著作権法で違法になるから流せないんだって。バス会社のサイトに書いてあるのを見たよ」

「そんなわけねーだろ。俺、JASRAC のサイトで調べたけど、大丈夫なはずだぞ」

「本当に?」

「本当だって。JASRAC は学校の授業で音楽を使うことは認めてるよ。確か1クラスを超える部数のコピーじゃなかったら、学校の授業でコピーしたCDとかDVDでも使っていいって、ウェブサイトに書いてあった。JASRAC がいいって言うんだから、いいんだよ」

 皐月は音楽配信サイトの音楽を車内で流していいのか知りたくて、昨夜ネットでいろいろ調べた。

 華鈴の懸念していることもネットで出てきたが、著作権の元締めの JASRAC で調べるのが一番だと思い、JASRAC と修学旅行と著作権で検索をしてみた。すると、JASRAC PARK というサイトの中に修学旅行での音楽の使用に関する詳しい情報が載っていた。


「俺たちのクラスはみんなから好きな音楽を聞いて、プレイリストを作ってバスで流すよ。江嶋たちもそういうのやればいいじゃん。著作権が心配なら『JASRAC 修学旅行 著作権』で検索してみればいいよ」

「ありがとう。後で調べてみるね」

「俺、後で他のクラスの実行委員にもこの情報を教えておくよ。たぶん他の委員は江嶋みたいに著作権法なんて気にしてないと思うけど、情報は共有しておかないとね」

「わかった。水野さんのクラスには私から伝えておく。この情報は議事録に載せておいた方がいいと思うから」

「じゃあ俺は田中か中澤さんに言っておくよ」

 華鈴が嬉しそうな顔をして、隣に立っている皐月を見上げた。皐月は華鈴の調べ方が悪かったんじゃないかと思った。

 バス会社の情報よりも JASRAC の情報の方が価値が高い。もしかしたら華鈴は JASRAC のことを知らなかったのかもしれない。皐月は華鈴の隣に座って、プリントの片隅に「JASRAC」のスペルを書いた。


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