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藤城皐月物語 3  作者: 音彌
第7章 大人との恋
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308 こんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった

 修学旅行実行委員の委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)と、副委員長の江嶋華鈴(えじまかりん)は児童会室で修学旅行の挨拶の暗記をしていた。暗記を切り上げた後、話題がバスレクに移っていた。

「俺たちのクラスはね、他にもバスレクでゲームやるよ」

「ゲーム? 藤城君はそういうのって面倒だからやらないのかと思った」

「まあゲームは準備をしたり、司会をしたりして面倒なのは確かなんだけどね。でもバスレクをやりたいって子がたくさんいたからさ、やっぱやらないとって思って。それにゲームは俺も好きだし」

 修学旅行実行委員での雑談では、どのクラスの委員もバスレクをやりたくなさそうにしていた。華鈴の言う通り、みんな面倒だと思っているのだろう。

「水野さんたち2組は何かバスレクやるって言ってた?」

「特に何も言ってなかったな。水野さんはゲームとかやりたがる性格じゃなさそうだけど……」

「でも陽向はそういうの好きそうだから、何か考えているのかもな」

 中島陽向(なかじまひなた)は陽気な少年だから、バスの中でCDを聴いたり、DVDを見たりするだけでは物足りないだろう。


「藤城君のクラスはどんなゲームをするの?」

「うん。俺たちはね、『いつどこで誰と誰が何をした』っていうのをやるんだけど、わかる?」

「わかるわけないでしょ」

 皐月は華鈴にこの遊びの概要を手短に説明した後、具体例を出してわかってもらおうと思った。

「じゃあ例文を作るね。『いつ』『どこで』『誰と』『誰が』『何をした』の順で文を作っていくからね」

「わかった」

「まずは『放課後』」

「うん」

「『児童会室で』」

「うん」

「『江嶋華鈴と』」

「私?」

「『藤城皐月が』」

「藤城君が?」

「『キスをした』」

「……」

 皐月は昨日、新倉美優(にいくらみゆ)にからかわれた時と同じ構文を使ってみた。筒井美耶(つついみや)は「ヤダー」と照れて騒いだが、華鈴は冷めた顔をして黙ってしまった。ここには伊藤恵里沙(いとうえりさ)長谷村菜央(はせむらなお)のように、自分たちをはやし立ててくれるギャラリーもいない。

(やっちまった!)

 ひどいスベり方をした。顔が真っ赤になった。言い訳も言えず、重い沈黙が流れた。校庭から児童が遊ぶ声が聞こえてきた。


「本気で言ってるの?」

 華鈴が顔をしかめていた。語気も強く、皐月は怯んでしまった。

「こういう例文を昨日作られてさ、スゲー盛り上がったから、ちょっと言ってみたくなったんだよ」

 苦しい言い訳だと思った。だが皐月は自分の言ったことを冗談だと笑いたくない気分だった。

「藤城君は私とキスしたいの?」

 苦しげな表情は変わらないが、皐月は華鈴から嫌悪を感じなかった。ここでキスなんかしたくねーよと言ったら、プライドの高い華鈴を傷つけてしまうかもしれない。

「江嶋みたいな魅力的な女の子とキスしたくない男子なんかいねーよ」

 皐月は苦し紛れに一般論でごまかした。これなら華鈴のプライドを傷つけずにすむだろう。それに華鈴とキスしてみたいという思いも隠すことができる。

 華鈴は思いつめた顔をして黙っていた。皐月はこれ以上何も言えず、華鈴から視線を外さずに沈黙に付き合った。

「キスしてもいいよ」

「えっ?」

「私だってそういうこと、興味あるから……」

 皐月は驚いて、華鈴の顔をまじまじと見てしまった。華鈴の口からこんな言葉を聞く日が来るとは思わなかった。

 目を合わせていた華鈴の顔が紅潮してきた。恥ずかしいのか、キスを待っているのか、華鈴は意を決したように目を瞑った。少し(うつむ)いていた。

 今この世界にいるのは自分と、目の前の華鈴だけだ。そう思うと、皐月は華鈴のことが愛おしくなってきた。


 皐月は腰を浮かせて椅子を移動させ、華鈴のすぐ隣へ体を寄せた。右手を華鈴の顎にかけた。抵抗する様子がなかったので、クイっと顔を持ち上げて自分の方に向きを変えた。もう後戻りはできなかった。

 優しく華鈴と唇を重ねた。緊張しているのか、華鈴は固く口を結んでいた。息を止めているようで、華鈴の吐息を感じなかった。

 皐月はわざと細い息を華鈴にかけてみた。皐月に呼応するように華鈴も鼻で息をした。華鈴の吐息は栗林真理(くりばやしまり)や女子高生の及川祐希(おいかわゆうき)、芸妓の明日美(あすみ)と似て、甘くとろけそうな匂いがした。

 皐月から顔を離した。華鈴の顔を見つめていると、少し遅れて華鈴も目を開いた。

「ごめんね」

 華鈴が謝ってきた。

「何が?」

「入屋さんがいるのにこんなことしちゃって……」

「いいよ」

 全然良くなかった。昨日、荼枳尼天(だきにてん)の前で煩悩を祓うことを決意したのに、もう破ってしまった。

「藤城君、入屋さんとキスしたこと、ある?」

「……ない」

「……そうなんだ」

 華鈴は恥ずかしそうに微笑むと、急に席を立った。

「私、もう行くね。じゃあ」

 華鈴は慌てて児童会室を出ようと駆けだした。足元を何かに引っ掛けて、出入り口の引き戸につんのめりそうになっていた。赤い顔で嬉しそうに手を振る華鈴を皐月は座ったまま見送った。


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