306 自分の本質を見抜かれた
廊下から教室に戻ると、藤城皐月の斜め前の席の神谷秀真が話しかけてきた。
「皐月、また委員会の仕事?」
「そう。豊川駅でみんなの前で挨拶をしなくちゃいけないんだって。ちょっとヤダな」
「ひえ〜っ、俺だったら絶対に無理。人前に出るなんて緊張しちゃうよ」
秀真は内向的な性格で、親しい友人以外には自分から積極的に話しかけることがない。だが共通の話題で意気投合すると、うるさいくらい喋るようになる。
これは同じ班の岩原比呂志も同じだ。秀真はオカルト、比呂志は鉄道の話題で皐月と馬が合う。
「でも、人前で話せるようにならないと大人になってから困るよ」
比呂志も話に加わった。比呂志の方が秀真よりもまだ社交性が高い。比呂志は鉄オタの大人と話す機会が多いせいか、秀真よりは大人びている。皐月からすると、比呂志は少し爺臭い気がしないでもない。
「そうだよな……まあ、挨拶くらい軽くぶちかましてやるよ」
席を空けていた女子三人、栗林真理と二橋絵梨花、吉口千由紀が教室に戻って来た。
「何をぶちかますの?」
真理には話が聞こえていたらしい。
「修学旅行の出発式と到着式で挨拶をしなくちゃいけなくなったって話」
「へぇ〜、皐月が挨拶するんだ。まあ、がんばって。私はそういうの無理だわ」
「そうだよね。人前で挨拶とか、嫌だよね」
秀真が真理に相槌を打った。秀真は最近、真理と話ができるようになった。気質が似ているのか、秀真は真理に話しかけやすいらしい。
「挨拶なんて慣れればどうってことないよ、藤城さん。いつも朝の会や帰りの会で委員会の話をしているんだから、その延長だと思えばいいよ」
絵梨花はタイプ的に華鈴と似ていて、人前で話すのを何とも思わない。絵梨花なら児童会長だってできるだろうと皐月は思っている。
「じゃあ二橋さんに挨拶、代わってもらおうかな」
「いいよ、代わってあげる」
「ホント? ラッキー!」
「バカっ! あんたが挨拶しなければいけなんでしょ?」
真理が皐月と絵梨花の冗談を真に受けて怒った。真理は即座に皐月の冗談に合わせられる絵梨花とは性格がだいぶ違う。皐月は絵梨花と親しくなり、絵梨花が入屋千智と気質が似ていることに気がついた。
「慣れると、大勢の人の前で話すのって気持ちがいいよ。中毒性があるかも」
「絵梨花ちゃんってそういう子だったんだ。政治家とか向いてるんじゃない?」
「政治家は嫌。学校の先生はやってみたいって思うことはあるけどね。でも人前で話すのなんて、人前で演奏するよりずっと気楽だよ」
皐月は絵梨花の新たな一面を見た気がした。絵梨花にはアイドルの素質があるかもしれない。
「吉口さんは人前で挨拶とか大丈夫なタイプ?」
皐月は後ろの席の吉口千由紀にも話題を振った。
「私はそういうのって好きじゃないけど、やらなければいけないんだったらできるよ」
「俺と同じだね。吉口さんが俺と一番性格が近いみたいだね」
「私が藤城君と? 私、そんなに性格明るくないよ?」
「え〜っ、明るいじゃん、吉口さん。それに俺、小説好きだし、性格は吉口さん寄りだと思うよ」
皐月は反射的に千由紀の歓心を買うことを言ってしまった。
「葉蔵みたいだね、藤城君」
千由紀の言葉に皐月は戦慄した。千由紀は『人間失格』を読んでいるので、自分の知られたくない内面に気付いたのかもしれない。『人間失格』を読んでいるから、主人公の大庭葉蔵が自分によく似ていると思ったのだろう。
「ヨーゾーって何?」
小さな声だったので絵梨花と比呂志にしか聞かれていなかった。絵梨花はスルーせずにすかさず「葉蔵」に突っ込んできた。
「藤城君って想像で私のこと明るいって言ってくれたけど、私って全然明るくないし……」
千由紀は即座に葉蔵と想像をすり替えた。
「吉口氏は最近よく笑うようになったし、僕から見れば十分明るい女の子だと思う」
比呂志が顔を赤くしながら千由紀のことを庇うようなことを言い出した。比呂志も変わったな、と思った。皐月は絵梨花の追及をかわすために比呂志の純情を利用してやろうと思った。
「俺の想像、間違ってるかな?」
「藤城君の想像通りの明るい女の子になれたらいいなって思ってるけどね」
千由紀は意味ありげに含み笑いをしていた。絵梨花は優しく微笑んでいた。皐月には絵梨花を上手く騙せたかどうか、自信がなかった。
皐月は千由紀に自分の本質を見抜かれたことに観念した。もう千由紀には見栄を張っても仕方がない。絵梨花に想像を連発し、葉蔵を想像と言いくるめる機転にも感心した。皐月は千由紀に畏れを抱いた。




