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第七話 最後の魔物

 場所はスピレの庁舎、会議室。

 賢者、テュオキズ・クゼルス・スピラリヤ。

 賢者会会員、ヒュリエ・ユファイ・スピラリヤ、ゼイネ・フレマ・ハロイナイン、トートス・ウェレイゴンド。

 そして伊織とシェミカ。計六人が集まった。


「……改めて説明すると、この人員で今日集まったのは、ファノールドの魔術師、タノス・ファナクスの死について、そしてこのイオリ・コウヅキの件について話し合うためだ。まずタノスの死について、第一発見者のゼイネに話してもらおう」

「はい」


 くすんだ灰色の髪を伸ばした少女、ゼイネが話しはじめる。前髪が長く表情が少し隠れがちだが、それでも落ち着かない様子が容易に見られた。


「それじゃあ、まずお二人に自己紹介ですね。私はゼイネ・フレマ・ハロイナインっていいます、固有魔術“被干渉”を持った賢者会会員です。どういう魔術かっていうと、名前から分かるとおりシェミカさんのと対になるものなんですけど、つまり、これを発動させている間は、私の免疫は一切働かないようになります。その、だからその間は、魔術師なら私のことを好きにできるってわけですね、ふふっ……」

「……」

「……えっと、本題に入りますね。トートスさんと私は、ファノールドの王族、それも主にリミニア姫の監視役で、ファノールド城に住んでます。ここ最近の十日間ほど、多分リミニア姫がいないから私達みたいに仕事がなかったんだと思いますけど、タノスさんは城下町から少し外れた家にこもってました。それで一昨日、三月三十日の晩、タノスさんから『家に来てくれ』とだけ連絡があって、行ったら玄関で呼んでも反応がなかったんで、家の中に入っちゃいました。するとタノスさんがベッドの上で倒れてて、息をしてなくて、脈もなくて、亡くなってたんです。それで、タノスさんの通信機なんですけど、“自殺術印”が作動した後でした」


 一息ついてゼイネは、通信機を掲げた。


「お二人は“自殺術印”について知らないでしょうから、説明しますね。ライナ・ハント・セドネーっていう魔術師が一人で開発して以来、これ前提で社会が回ってる通信機ですけど、脳の状態を読み取って、自殺願望のある人を睡眠中に死なせてしまうとんでもない機能があるんです。私達はこれを“自殺術印”って呼んでるんですけど、作動し始めて発覚したのが、ライナが行方をくらませてからだったので、この機能を取り除こうにも取り除けなくて、でも今更通信機を使わないようにするわけにもいかなくて……っていうのが現状です。あっ、この話、外に漏らしちゃだめですからね」

「……」

(シェミカ……)


 伊織は、表情を陰らせたシェミカを心配する。

 隠されていた両親の死の真実。突然それを知ったシェミカの胸中は、察するに余りあるものだった。


「……話を戻しますね。タノスさんが死んでいると分かってから、私はすぐにトートスさんを呼びました。それで、トートスさんが、タノスさんの日記の最後に“犯人は魔王だ、異世界から来る勇者を探せ”って書いてるのを見つけたんです」


 トートスは、タノスの日記をかざすゼイネからの目配せを受け、咳払いをした。


「賢者会会員、トートス・ウェレイゴンドです。ゼイネさんの言うとおり、私が見つけました。筆跡からしてタノス氏が書いたもので間違いないかと。問題は、彼が何を意図してこれを書いたかですが……」

「そうだな。“魔王”、“勇者”というのはおとぎ話の概念だが、果たしてこれで何を指そうとしていたのだろうな」


 レキの学習書にもそれらの単語は載っていた。伊織はそれらを、この世界では現実的な概念だと思っていたが、事実は違うようだった。


(じゃあ昨日、突然勇者とか言い出した俺、本当にただのやばい奴じゃねえか……いや、それを言うなら楽園時代の魔術師云々言い出した時点でまずいか)

「“魔王”っていうのは、ライナのことを指してるんじゃないですか? 普通に考えたら、タノスさんを殺した犯人はライナになるでしょう」

「会員でないタノス氏がそのことを知っていたとは思えませんが」


 ゼイネの発言に冷たい声色で反論するのは、金髪の女性だった。


「ああ……そういえば自己紹介がまだでしたか。賢者会会員、ヒュリエ・ユファイ・スピラリヤです。自分の持つ魔力や術印を、特定の誰かのものにすることができる固有魔術、“放出”を持っています……リミニア姫の“吸収”と対になるものです。それと、イオリさんとは遺跡で会いましたね。あのときは申し訳ありませんでした、魔物の変種かと思って攻撃してしまって」

「いえ、いいですよ、過ぎたことですし……」


 感情のこもらない謝罪を、伊織は苦笑しつつ受け取った。


「あ、ヒュリエさん、もういいですか? タノスさんが“自殺術印”について知らないはずってことですけど、普通なら異世界から人間が来てたなんていう話だって、イオリさんとシェミカさんがこれまで他人に事情を話していなかった以上知らないはずでしょう。それを知ってたってことは、私達の知らない大きな情報源と繋がってて、そこからイオリさんについて、それと“自殺術印”について知ったって考えるほうが良くないですか? ていうか、そもそも“自殺術印”について知ってなかったら、死の直前にこんなメモ遺さないと思うんですけど」

「……そ、その、大きな情報源とは具体的に何か説明できるのですか……」


 早口でまくし立てるゼイネにたじろぐヒュリエ。


「それはもう、全世界の通信を傍受できるライナからでしょう。実はライナとの協力関係にあったのが何らかの理由で断ち切られてしまって、“自殺術印”を作動されて殺される前に、通信ではない形としてああしてメッセージを遺したってところだと私は思いますね」

「……」

「すみません、そのライナって人物についてもう少し解説してくれませんか」


 ヒュリエが返す言葉を見つけられないうちに、伊織は質問を差し込んだ。


「あっはい、大丈夫ですよ。ライナ・ハント・セドネーは五十年ほど前にスピラリヤで生まれた、固有魔術“魔術解析”を持つ魔術師です。“魔術解析”っていうのは、術印を見たとき、どんな現象を引き起こす魔術か、どんな霊窓の持ち主が使った魔術かってのを解析できる固有魔術ですね。賢者様の“霊窓解析”と対になってるって考えられてます」


 急な質問にもかかわらず、ゼイネは流暢に語りだした。


「それで、ライナが何をしたかっていうと大きく二つ、負魔力病患者の安楽死魔術の開発と、通信機の開発ですね。ライナにはソウラという負魔力病患者の娘がいて、ソウラを治すために、賢者会会員の夫、ヨルンの財産と権力を使って負魔力病の研究をしていたっていう話です。結局発見できたのは治療法じゃなくて安楽死の方法で、それもソウラの魔物化には間に合わなかったんですけどね。ちなみにソウラは、最後に魔物化した人間……いわゆる最後の魔物の正体ですね。とても強力で消滅できなかったので、遺跡に追放されたらしいです」


 軽い口調で暗い話を語るゼイネ。彼女の舌は回り続けた。


「ソウラが魔物になって遺跡に追放された数年後に開発されたのが、通信機です。遺跡で発見された楽園時代の通信機を基に作られたそうですけど、仕組みを理解してる人は、“魔術解析”を持つライナ以外に誰もいません。さらに数年して、ライナは全世界の通信を傍受する装置を持ち去って失踪、その後“自殺術印”が起動しはじめますが、誰も仕組みを理解してないので今の状況に至るってわけですね。“自殺術印”なんてものを仕込んだ動機は、娘を亡くした腹いせだとか何とか賢者会内では言われてますけど、まあ憶測の域を出る話はありません……これくらいでいいですか?」

「……はい、ありがとうございます」


 伊織は、ゼイネの解説を脳内で反芻する。

 “自殺術印”の問題を解決する方法が、頭に浮かんできていた。


「とにかく私が言いたいのは、“魔王”はライナのことで、“異世界から来る勇者”はイオリさんのことだってことです。何か反論はありますか?」


 静まり返る会議室。最初にその静寂を破ったのはテュオキズだった。


「ひとまず、ゼイネの解釈が正しいと仮定しよう。次は、イオリ・コウヅキの件についてだ……異世界から来たなどと言う素性不明の彼だが、不死身というのは事実だと分かった。魂に著しい損傷があるにもかかわらず、一切負魔力病などの症状が出ておらず、身体に傷をつけてもすぐに再生した。その能力から言えば、賢者会に入会させることによる恩恵はありそうだが、彼は魔術師ではない。私は悩んだが……ゼイネの解釈、そしてタノスのメモどおりに、イオリによって“自殺術印”の問題が解決した場合に、彼を賢者会に入会させることにする」

「……私が会員になれば、“開錠”を持つ人の情報を開示し、その人が魔術師でなかった場合、ヒュリエさんに協力してもらってその人に魔力を渡します。これは可能ですよね?」

「ああ……“開錠”が使われていたらそもそも意味のない話だが、好きにすればいい」


 伊織の脳内で、解決策は完成していた。


「分かりました、必ず解決させます。そのために、賢者様、ヒュリエさん、協力をお願いします。まず……」




 その全世界に発信されたニュースが目に映ったとき、ライナの感情は二十年ぶりに揺れ動いた。


『先日、遺跡の調査を困難にしていた最後の魔物が、十六歳の少年、イオリ・コウヅキによって無力化されました。少年の魔術によって魔物は少女に姿を変え、少女は賢者会に保護されたようです。少女はソウラと名乗り、“お母さんに会いたい”と——』


 日の光が当たらない地底で、万一居場所が知れたとき、それを把握できるように通信を傍受しつづける。そうしながら、通信によって徐々に魔力が蓄積されていく、星を壊すための巨大な空術印を見守る。

 そうしてこれまでの二十年間を過ごしてきた。このまま計画が進めば、ライナが寿命を迎える前に、通信機によって達成できるはずだった——世界を滅ぼすという目的を。


(イオリ・コウヅキ……確か、最近国籍を取った、異世界人を名乗る少年……彼の情報は……)


 本来、賢者会会員でなければ閲覧できない情報を取得する。

 彼の固有魔術の欄には、“逆行”と記されていた。


(……聞いたことのない固有魔術……けど、異世界から来たという話が本当なら、あり得なくはない……ソウラの体の反応が消えたのも事実……ソウラを倒せるほどの魔力があるとは考えにくい……)


 罠だ。

 その確信が、ライナにはあった。だが、“少女”の存在が本当かどうかまでは分からない。

 そして、本当である可能性が少しでもあるなら、ライナは進んで罠にかかる選択をするしかなかった。


「ソウラ……待ってるのよ……」




 静寂に包まれた深夜。ライナは人目を避けながら、ソウラが保護されているという、スピレ郊外の一軒家にたどり着いた。

 家屋内の魂は一つしか見つからず、それは損傷が激しく内部の解析は難しい。おそらく負魔力病患者のものと見られ、確かにソウラのものと考えても矛盾はない。

 そして“魔術解析”を使ったが、そもそも家屋内にも、家屋の周囲にも、術印が存在しなかった。


(私相手に、魔術は使わないか……なら、どういう罠が……)


 家に入って魂の位置を確認し、その部屋に向かう。


「ソウラ……本当にソウラなの?」


 扉の前に立ったライナへの返答はない。


「……入るわよ」


 身構えて、扉を開けた。


 轟音。不可知の速度で、ライナに何かが衝突する。

 ライナに一切の感覚が訪れるより先に、彼女の身体はひしゃげ、宙を舞った。

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