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リュミエーレ王国純愛奇譚無双  作者: 富士伸太
デジレ=ハークレイ 7歳~12歳 目覚めのとき
12/12

12話

 よくよく考えてみれば、私の父やお兄様の父が死んで困ったのは我が家だけじゃない。


 領民全てだ。


 特に、「魔獣が現れたらハークレイ家が出てきて退治してくれる」という安心感があるのと無いのとでは全く違う。父達が亡くなってもお祖父様は健在だが、既に60過ぎ。現役でいられる時間はあまり長いとは言えないだろう。


 他にも、不漁不作が続いたりと何かしらのトラブルがあったときに、話が通じる領主がいるかどうかで領民の生活は大きく異る。領主としての仕事の多くは父達が他界する前から代官がこなしているが、それでも代官はあくまで領主の仕事を代行するだけだ。ここぞというときに決断し、全責任を追うのは領主であることに違いはない。次の領主は誰になるのか、将来の暮らしは大丈夫なのか……という不安はあったのだろう。


 お兄様は頭が良い。そしてオタク気質だ。何かを極めようとするときはとことん取り組む。その一方で、運動神経が求められるものはとことんダメだ。どのくらいダメだったかというと高校生にして自転車に乗れないレベルである。ゲームは好きだがノベルゲーやシミュレーションゲームばかりで、アクションゲームも微妙だった。


 女衆にとってお兄様は理想の領主だ。老いも若きも目をキラキラさせて黄色い声援をあげる。が、男衆にとっては「頼りなさ」が目立つかもしれない。そのとき先代当主が連れて来た私は、男衆にとって理想の存在だったと言えるだろう。


 でもダメです。お家騒動の火種は煙が立たない内に消すに限る。


「というわけでお祖父様。ちゃんと次期当主はランベールお兄様だって説明して下さい」


 お祖父様は私の面倒を基本的に村人に任せているが、週一くらいで様子を見に来ていた。そこを捕まえてお願いすると意外そうな顔をされた。


「なんですかその顔は」

「いや、なんか野心らしきものが無いのう、と」

「お兄様の立場奪うつもりなんてねえよ」

「おぬし怒ると口が悪くなるの」

「おっと、失礼いたしましたわ。というかなんで説明してなかったんですか」

「いや期待を裏切るのも悪いと思ってのう。おぬしの修行が終わるまでは黙っていようかと」

「それ後回しにしちゃいけないでしょ……」

「まあ良いか。おぬしも盗めるだけ盗んだだろう、狩人の技を」

「まーそれなりには」


 山での気配の消し方や狩猟のやり方はかなり根深いところまで学ばせてもらった。


 「魔力を抑えて隠す」という制御については初めの一ヶ月で習得できたが、それでも狩人達ほどの見事な隠行はできなかった。それが何故なのか、狩人達をよく観察しているうちに気付いた。彼らはただ気配を消すのではなく、山の魔力と自分の魔力を調和させて自分の気配を偽装していたのだ。ただ物陰に隠れるのではなく、例えるならギリースーツを着ているようなものだ。これを極めれば草食の小動物の感覚すらも騙すことができる。なんと兎や山鳥の背後に1メートル近くまで近寄っても気づかれないのだ。単純に「戦う」となれば狩人が何人がかりでかかろうがお祖父様が負けることはないだろうが、ただ気配をひそめるということのみに限れば狩人達の方が上かもしれない。だからそれに気付いたときは打算抜きで感動して褒めまくった。で、おじさまおねがいおしえてーと囁くと顔をデレデレさせながら教えてくれた。


「あやつらに戦い方やオドの使い方を教えたのは儂じゃのに、あやつら、この山で培った技を儂に教えようとはせなんだ。『いやいや私どものような未熟者が師匠に教えるようなぶしつけな真似ができようはずもございません』とか慇懃無礼に断るんじゃぞ。すっげえムカつく。だからこれであいこじゃ」

「それが狙いかっ……!」


 この狸爺ぃ、やりやがったな。私が次の当主になるかもしれない、という期待をもたせることで村人が積極的に協力するよう仕向けたのだ。それで私が恨まれたらどーすんねん。もう覚えちゃったよこの技。


「……教えませんよ」

「良い良い。村人ならともかくおぬしからならば盗めるしの」


 と、狸爺は狸っぽい嫌らしい顔を浮かべぐふふと笑った。


「ぜってー見せてやんねー!」

「冗談じゃ。おぬしが大人になって弟子を取るようになったとき、弟子に伝えてやるならばそれでよい」

「ったくもう……」

「それに、教えを受けた恩を返す方法は、説明せんでもわかるじゃろう?」

「……はい」

「この山は魔力を溜め込み、やがて強力な魔獣を産む。それが近いうちであれば儂が剣を取ろう。じゃが」

「近い未来でも遠い将来でも、私の方が早く駆けつけます。お祖父様は屋敷で茶でも飲んでいれば結構です」

「未熟者にできるかのう」


 お祖父様は挑発的な口を叩きながらも、わしわしと私の頭をなでた。

 その日の村の寄り合いで、お祖父様がランベールが次期当主であると告げると男衆は寂しそうな顔をしたが納得してくれた。というか流石に年下の女子が継ぐのは無いだろうと頭ではわかっていたようだ。


「当主はお兄様だけど、この村のことは私がちゃーんと守る! 安心しなさい!」


 そう大声で告げると、男衆も、女衆も、みなにっかりと微笑んでくれた。

 ここへ来て良かった、そう思った。


 ただしお祖父様は結局私を通して技を盗もうとしたのがバレて村長と喧嘩になった。心配せずとも長生きしそうなジジイどもだなと思った。



★★★



 そして三ヶ月はあっという間に過ぎた。


 というか屋敷に帰るのが面倒でもうちょっと居たいと言って延長して4ヶ月ほどの滞在となったが、お母様がキレて強制的に連れ戻された。久しぶりの屋敷で待ってたのはお母様のお小言であった。


「まったく……いくら大事な場所とは言え、あんまり狩人の生活に馴染みすぎても困ります」

「わかっていますわ、お母様」

「じゃあなんですかその格好は!」

「着やすくて暖かくて便利なので」


 私は村長の奥さんが手ずから作ってくれた毛皮のマントを羽織ったままだ。狩りのときは常に着ていたし実際便利なのでこれからも愛用したいんだよな。大人になることを見越してやや長い丈で作ってもらったし。


 ともあれ、我が屋敷もなんだかんだで居心地は良い。4カ月ぶりの帰郷なので毛皮を加工したマントや燻製した肉などを土産にしてお母様に見せた。魔獣の燻製肉はお母様の肥えた舌でも美味らしく喜ばれたが、毛皮の防寒具などは微妙な顔をされてしまった。聞いてみると、この国で不況のときは領地から徴収する税金を減免したり物納を認めたりするという温情措置を取るのが通例だそうだ。で、ウチの領民、特に山近くに済む村人たちは獣の革や毛皮を納めてくることがほとんどらしい。だが物納する品目が偏ると現金化するタイミングが難しい。一気に換金すると値崩れしてしまうのでちょこちょこと折を見て売り払うことになり、どうしても在庫としてだぶついてしまうのだ。なんかもったいないな。


「お兄様に、何か売れるアイディアが無いか聞けば良いんじゃないですか。サナーダ紐とか作ったんですし」

「あら、知ってたのね。私も吃驚したわ……ランベールは発明の才も商才もあるのよ。っと、そうだ。丁度ランベールも帰ってきてるわよ。あの子、すごく頑張ったんだから挨拶して褒めてきなさい」

「はーい」


 屋敷の廊下を歩いて、メイドたちにただいまと告げながらお兄様の部屋を目指した。


 部屋ではお兄様がいつも通り読書しながら部屋でくつろいでいるところだった。相変わらずイケメンであるが、村人がキャーキャー言ってたので身内びいきというわけでもなかった。俺の審美眼はそこまで間違っていなさそうだ。


「お兄様!」


 と大声で呼びかけつつ、ランベールお兄様の部屋の扉を開いた。


「……狩人が重い税に耐えかねて一揆に着たのかと思った」

「こんな可愛いお嬢様が一揆なんてするはずありませんわ」

「そこでお嬢様口調になられてもなー。ともかくおかえり」

「うん、ただいま」


 お兄様の部屋のソファーに座って寛ぐ。

 部屋に付いているメイドが空気を読んで外に出てくれた。悪いね。


「真田紐見た。村の人みんな喜んでたぞ」

「あ、バレちゃったか。誕生日プレゼントにとっといたのになー」

「え、あるの?」

「昔は刀の下げ緒とか、鎧兜を留めたりとかに使ってたらしいからね。格好良いでしょ?」

「うん、それは良いな。毛皮と合わせればまさに真田昌幸だ」

「幸村じゃないんだ」

「私としては昌幸派」


 こんな話をできるのも妹、というかランベールお兄様だけだな。


「ともかくすげーよ。紐が作れたってことは織り機を作ったり織り方を教えたりしたんだろ? よく頑張ったな」


 と俺が褒めると、お兄様はにやーっと笑った。


「いやーもう、金の玉子どころか金のガチョウって感じだよ」

「そんなにか」

「武具に使うものとして騎士団から大量に買ってもらえそうなんだ。それで領民の稼ぎも増えるから税収も増える。ウィンウィンってやつだね」

「おおー」


 一年前は「金策する」なんて言ってたが、ここまで本気で実行するとは。


「紐の出来も凄いが、お前がそんなコミュ力必要な交渉するようになるなんて、にーちゃんちょっと感動した。凄いじゃないか」

「まあ代官の人やお母様にもかなり手伝ってもらったってのもあるけどね。あとJCJKが苦手なだけで大人とか年下の子供なら大丈夫だよ」

「私、お兄様が衆道に走らないかちょっと不安ですわ。いや走っても良いけど修羅場とかは勘弁だぞ」

「しないってば」


 お兄様はやれやれと肩をすくめる。まったく、お兄様に自覚あるかどうかわからんが、その十代の女の子にも絶大な人気があるんだぞ。貴族学校とか通って大丈夫かな。お兄様を巡った女たちのどろどろの争いとか起きそうで怖い。


「とりあえず、催眠を防ぐマジックアイテムはもうちょっとで手に入るよ。あと街道を整備したり武具を買ったり、色々とやりたいことはあるからもっとガンガン稼いでくよ」

「あんまり無理すんなよ。私の方もやれるこたぁやるからさ」

「やり過ぎ度で言えばデジレの方が凄いと思うけど……。なんか噂になってたよ。魔獣をワンパンで倒したとか」

「ワンパンじゃねーよ。数え切れないくらい殴ったわい」

「殴り殺したのが真実って時点でドン引きだよ」

「そういうこともある」

「デジレの方が心配だよ……嫁の貰い手居るのかな……」

「そういうポリティカルコレクトネスに反する発言やめてくださいましお兄様」

「ここは封建社会でぼくは侯爵家の次期当主だから、妹の結婚について口を出すのは道徳的にも法律的にも正しい話になっちゃうんだよね、悲しいことに」

「とりあえずロリコンにあてがうとかだけは絶対にやめてくれ」

「そりゃ当たり前だよ、ていうかそのくらいは信じてよ」

「わかってるって、冗談だよ」


 まったくもう、とお兄様が怒るのを笑っていなした。


 こんな風に、久しぶりの兄妹水入らずの会話を楽しんだ。将来は色々と問題あるが、こうして笑い飛ばし、楽観し、それでも前向きに取り組む気持ちを新たにすることができた。


 そして後日、約束通りお兄様から真田紐を使ったネックレスを貰い受けた。ぶら下がっているクラシカルな意匠の宝石は催眠を防ぐ効果があるらしい。そして紐の方に目をこらせば、色糸を使い分け不思議な色合いと模様を形作っているのが見て取れる。実用品ながら洒脱さもあって、お兄様らしいセンスだな。これは大事な宝物にしようと思った。


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