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第2話 昔話

 ぶつかってしまった相手の姿をみて、彼女は恐怖に駆られる。問題ない、と言いながらもその睨み付けるような目が身体を強ばらせる。


 彼女、使用人メイは半年程前からこの屋敷で働き始めた新人である。高い給与に、安定した職場ということでメイは大変満足しているが、一つ不満をあげるのであれば、嫡男であるエリシアのことである。


 髪と瞳の色が恐怖を駆り立てることは言うまでもない。まだ八歳の少年だというのに、可愛げがなく、愛想もない。そんな彼には悪い噂が絶えなかった。


 エリシアに兄弟がいないことを考えれば、次期当主はエリシアである。そうなれば、公爵家が存続できるかも怪しい。自分たちのためにも、新たな妻を迎え、別に跡取りをつくって欲しいというのが、家臣や使用人たちの望みである。


 エリシアを前に、なんとか立ち上がろうとするが身体が言うことを聞かない。そんな様子を見かねてか、別の使用人がメイに近づき、大丈夫かと声を掛ける。


 そんな様子を気にも留めずにエリシアは行ってしまった。同僚はエリシアを睨み続けているが、メイは少し申し訳ないという感情を覚える。


 それもそのはず。わざとではないとはいえ、ぶつかってしまったのは自分で、謝るべき立場にあるのはメイであるからだ。


 自分を心配する同僚に、メイは苦笑いを浮かべて応えた。






 魔術書を既に数十冊読破したエリシアはいよいよ魔術を行使することにした。


 魔術書によると、魔術の発動に必要な要素は大きく二つ。一つは魔力。もう一つは魔術回路。


 研究書によると、魔力とは魔術を行使するためのエネルギーで、体内に宿る『オド』と自然界に存在する『マナ』の二種類がある。この二種類の配分を調整することで、様々な魔術を行使できるようになる。


 魔術回路とはいわゆる『望み』そのものである。手段と過程と結果。それぞれを魔力で繋げること、それが魔術回路である。


 そのことを頭に留め、エリシアは両手を掲げる。望むのは、目の前の本が宙に浮かぶという『結果』。そのために、空気の流れを作り、風で浮かせるという『過程』。そしてその手段としての『風魔術』。


 もちろん、望むだけでは魔術は使えない。そのためには、魔力を使う必要がある。そして、魔力を使うためには魔力…つまり、自らに流れるオドや周囲に満ちるマナを知覚する必要がある。では、そのためには…?


 エリシアにとって、これがもっとも難しいものだった。魔力を知覚する最も簡単な方法は他人の魔術を受け、魔力をその身に受けることらしいが、エリシアの周りには魔術が使える者…は居るかもしれないが、それを受けさせてくれるような相手はいない。


 魔術のように魔力を多く含むものに触れることで、魔力を知覚できるようになるらしいが、魔力を多く含むものの心当たりがエリシアにはなかった。


 何かないかと考えたエリシアが行ったのは、滝に打たれる、いわゆる滝行である。


 何故滝行なのか。エリシアが注目したのは、マナである。人が使う魔術には、オドが多く含まれる。しかし、同じ魔力なら、受けるのはマナであってもいいはずだ。頼れる人のいないエリシアにとって、自然界に満ちるマナの方が受けやすいと考えたのだ。


 研究書によると、マナとは地球内部から溢れ出してくるものだという。それなら、同じく地下から涌き出てくる湧水、それが流れ作られた滝には多くのマナが含まれているのではないかと考えた。


 エリシアの予測は当たっていたらしく、数日打たれるうちに自分の中にマナが流れ込んでくる感覚を掴み、そこからオドの感覚も掴むことができた。


 確かに湧水には普通の水より多くのマナが含まれているが、それでもその差は微々たるものであり、それを知覚するという、エリシアの魔力感知はもとから優れていたことが伺える。もっとも、エリシア自身はそれに気付いてはいないが。


 先ほど作った魔術回路を魔力で繋げる。すると、本を浮かせる、という超常的な現象を自分は起こせるという自信のようなものがエリシアの中に生まれる。


「『空力《エアロ》』」


 エリシアがそう口にすると、ふわりと、僅かだが本が宙へと浮かぶ。


「…できた!」


 エリシアがそう呟く。望みを叶える力、『魔術』。その可能性にエリシアは笑みを浮かべる。そして、一つの昔話を思い出す。その物語では、一人の勇者と一人の賢者が、魔王を倒すことで、英雄となった。魔術を使うことが、そのまま人々から尊敬され、愛されることに繋がるのだ。


「もっと魔術を使えるようになろう。そうすればきっと、父上や家臣たちだって僕のことを愛してくれるはず!」


「だって魔術はこんなにも面白いんだから!」






 遥か昔。


 白銀の髪に碧色の瞳を持つ、一人の青年がいた。その青年は枯れた土地に緑を生やし、乾いた井戸を潤し、石ころを黄金に変え、貧しかった国を豊かにした。


 人々はその青年の能力を魔術と呼び、青年を魔王と呼び慕っていた。


 しかし、いつからか魔王はその力を戦争に使うようになった。


 何万という数えきれない人々を虐殺し、いつしか魔王は人々に恐れられるようになっていった。


 そんななか、二人の少年が魔王を倒すために立ち上がった。一人を勇者アレクサンダー、もう一人を賢者グレイマンという。


 二人は激闘の末に魔王を倒し、世界に平和をもたらした。


 その功績により、勇者アレクサンダーを新たな王とし、賢者グレイマンを国の宰相として任命し、新しく国を治めたという。

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