09_独りの夜
夜、火車さんが帰ったあと、わたしは空き家に案内された。
【祭】が終わるまで、この村に滞在しなければならないからだ。
さぞやオンボロな家なんだろうと覚悟していたが、中に入ってビックリ。
家具は歴史を感じさせるが、とても立派なものだ。それに、チリもホコリも全く見当たらない。どうやら村の誰かがまめに掃除をしているのだろう。
多分、理由は――。
わたしは神棚を見上げる。……やっぱり、ここにも例の巻物がある。
全ての家々に飾ってあるってことなのかな? ほら、この村の風習的な?
それとも、全ての家々が【どろどろ様】の持ち家ってことなのかな? いや、妖怪なのに地主ってのも変だよね。
それにしても、未だに現実感が湧いてこない。
朝、火車さんと二人きりでフィールドワークが出来るってワクワクしてたのがウソのようだ。
でも……『分かって』しまう。平八郎さんが口にしたように、自分は超常的な存在に――妖怪かさえも不明な【どろどろ様】に、招待されてしまったのだと。
ああ……とんでもないことになっちゃった。わたし、普通の大学生なのに。
せめて火車さんが側に居れば、どんな事が起こっても怖くないのに……。
連絡しようにも、スマホの電波はずーっと圏外のままだ。
「うう……火車さぁん……」
涙を拭いながら、愛しき人の名前を呼ぶ。
「――――」
ん? 今、何か聞こえたような……? それも、聞き慣れた声だった気がする。
もしかして、火車さんが危険を顧みずに助けに来てくれたとか……!?
コンコンと、玄関から音が聞こえた。
やっぱりだ! やっぱり火車さんが来てくれたんだ!
「火車さん!」
わたしは玄関まで走り、大急ぎで扉を開けた。だが――。
「きゃあっ!?」
黒い影が、わたしに覆いかぶさってきた。まさか、そんな……!
「わんにゃー」
「ス、スネコスリ!? どうしてここに……!?」
黒い影の正体は――本物の妖怪こと、火車さんの相棒こと、ネコのスネコスリだった。
「ぐるるぅ……わんにゃー」
スネコスリは、わたしの頬をペロリと舐めた。まるで、はげますように。流れ落ちた涙を拭うかのように。
「……もしかして、火車さんの代わりに残ってくれたの……?」
「わんにゃー」
なんて……なんて心強い味方なんだろう。さすが火車さんの相棒だ。
この村に、たった一人残されたと思っていた。寂しかったし、怖かった。
でも今は……独りじゃない。それだけで、なんだか勇気が湧いてきた気がする。
「……よぉーし!」
わたしは、自分の頬を叩いて気合を入れる。
この村を調査出来るのは、もはや自分だけしか居ない。
だったらいっそ、【祭】の間に徹底的に調べて、火車さんに報告しよう。
それがきっと、助手としての役目だ。
覚悟を決めたら、なんだか楽になった気がする。
いろんな事がありすぎて、マヒしていた疲れが今になってドッと襲いかかってきた。
「ふぁ~あ……明日に備えて寝よっと。夜に村の中を歩くだなんて、どう考えてもバッドエンドフラグだもんね……」
平八郎さんが用意してくれた布団に潜り込む。だけど――。
「うわ!? な、なにこの布団!?」
驚きのあまり、わたしは飛び上がってしまった。
これは……なんてことだ! あり得ない! この布団は、この布団は――!
「超温かい……!? 凄い身体にフィットするし、布は肌に吸い付くんだけど!?」
詳しくは知らないけど、とんでもなく高級な羽毛布団だっていう事だけは分かる。
でも、どうしてこんなに良い布団をわたしに……?
【どろどろ様】に選ばれた【祭】の参加者とはいえ、わたしは急に来た厄介者でしかない。
なのに、この好待遇だ。
それとも……これに……なにか……意味が……。
ああ……ダメ……。羽毛布団が……気持ちよすぎて……なんにも……考え……。
するりとスネコスリが布団の中に入ってくる。気持ちよさそうにぐるぐるとノドを鳴らしている。
それがトドメとなり、わたしは深い眠りに落ちていった――。
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